呼び出し③
私は、公爵からの呼び出しに応じたお嬢様に同行する形で、兵士たちと共に本邸へと来ていた。
こうして正面から堂々と入るのは、およそ半年ぶりになるが、私たちの姿を見た使用人たちからは、以前と変わらぬ冷ややかな視線や、お嬢様の瞳を嘲笑するような囁きが聞こえてきた。
私たちは、公爵がいるという広間へと案内されると、そこでは公爵と夫人、そしてお嬢様の妹であるエリスと、もう一人青年が、豪華な食卓を囲んでいた。
エトワール家特有の金とは違う、淡い色合いの金髪に、青空のように透き通った水色の瞳。
年の頃は、私と同じくらいだろうか?
美しいと感じるほど整った顔立ちの青年は、何もせず、ただ静かに座って待っている。
そして私は、彼のことを知っていた。
「遅いぞ! 貴様ら、一体何をやっていた!」
「そ、それは――」
「私が食事を終えるのを待っていただけよ。ねえ?」
「は、はい!」
兵士が余計なことを口にする前に、お嬢様が先に牽制して話を被せる。
そのまま誤魔化される形になり、公爵は小さく舌打ちをした。
「チッ……こんな者を、敬う必要はないと言っただろうに……」
「至急の呼び出しの割には、ずいぶん無駄口を叩く余裕があるのね。」
「まあ、相変わらず生意気な娘だこと!」
お嬢様の態度に夫人は苛立ちを露わにするが、話を進めたかったのか、公爵がそれを制した。
そして、そのまま本題に入る。
「王家から、エリスとお前宛に招待状が届いた。二人で城へ来い、とのことだ。」
「あら、珍しいわね。どういう理由かしら?」
「お前が知る必要はない。本来、貴様のような我が家の汚点を、王家に引き合わせるなど不本意だが、お前を伴わねば、この話は白紙にすると言われてな。エリスと共に城へ行け。」
公爵は有無を言わせぬ口調でそう告げた。
しかし――
「嫌よ。」
お嬢様はあっさりと断った。
「なんだと!」
「だって、めんどくさいじゃない。」
「貴様、出来損ないの分際で、断れる立場だと思っているのか⁉」
「断れるわよ。」
「貴様……」
「あら?なに?また罰でも与えてみる?それなら行かざるを得ないわね。でも、そうなったら……うっかり王子たちに、傷ついた身体を見られてしまうかもしれないわね。」
そう言って、お嬢様は、相手をからかうようにクスクスと笑った。
「調子に乗りおって――」
痺れを切らした公爵が、怒りに任せて食卓を叩くと、乾いた音が広間に響く。
その直後、傍から静かなため息が聞こえた。
「素行の悪さゆえに、離れに幽閉されていたと聞いていたが……どうやら、話に聞いていた通りのようだな」
今まで黙っていた少年が、淡々とそう呟いた。
「……誰?」
「お嬢様の兄にあたる、キリアン様です」
その答えに、お嬢様はさらに顔を顰めた。
「私に兄なんていたかしら?」
「お嬢様がご存じないのも無理はありません。キリアン様は三年前に公爵家へ迎え入れられた方で、お嬢様はその時には既に離れにいましたから。」
何故そのようなことを知っているのかというと、このキリアン・エトワールは『ローズエンペラー』に登場する、エリスとリリスの義理の兄であり、攻略対象の一人だからだ。
キリアンは作中でも屈指の実力を誇る魔術師で、膨大な魔力に加え、貴重な氷と雷という二つの属性を併せ持っており、そのクールな性格と端正な顔立ちから、別名『氷雷の貴公子』と呼ばれている。
ゲームでのキリアンは、十二歳の時にその才能を見込まれ、エトワール家の跡取りとして分家から養子に迎えられた青年だ。年齢はローズたちより五つ年上で、この屋敷で領地の管理を任されていた。
根は悪い人ではないのだが、非常に生真面目で、少し偏見が強いところがある。
そのうえ養子という立場から公爵には頭が上がらない。
学園に通うため王都の屋敷へ移ったエリスとリリスと入れ替わる形で、この屋敷にやって来たため、二人とはほとんど関わりがなかった。
その結果、姉妹に対してもあまり関心を持っていない人物だった。
ローズと出会うのは、彼女が光属性魔法の修行の一環として冒険者活動をしていた頃、ギルドで偶然顔を合わせたのがきっかけだった。
当初の彼は、公爵夫妻の言葉を鵜呑みにしており、冒険者に対して強い偏見を抱いていた。
だが、その態度をローズに厳しく咎められ、他の冒険者たちと共にクエストを受けたことをきっかけに、少しずつ考えを改めていく。
そしてそれと同時に、彼女自身にも強い興味を抱き始めるのだった。
クエスト終了後、キリアンはローズや他の冒険者たちに謝罪する。
そしてこの出来事をきっかけに、公爵夫妻の言葉に疑念を抱くようになり、王都での用事を終えた後も本邸には戻らず、王都の屋敷で過ごすようになった。
その後も彼は、何かと理由をつけてローズに指名依頼を出し、共にクエストへ赴くようになる。
中にはそれを口実にデートをするようなイベントもあり、私からしてみれば職権乱用ではないかと思ってしまうほどだった。
そして物語が進むにつれ、エリスとの衝突も増えていき、最終的には公爵夫妻とエリスの不祥事を公にして自らも責任を取るため出頭するのだが、王子とローズの計らいによって不問とされ、その後は公爵家を継ぎ、ローズと共に生きていく……そんなシナリオだった。
ちなみに友人曰く、ファンの間では『ツンデレ貴公子』なんて呼ばれて非常に人気が高いらしい。
「そして現在は学園に在学されているため、王都の屋敷で暮らしておられます。ですので、顔を合わせる機会もなかったかと思われます。」
「あら、随分詳しいのね?」
「私はお嬢様のメイドですから。」
この場でゲームのことは言えないので、とりあえずそう言っておく。
ちなみに、この情報はゲームの内容だけでなく、玉の輿相手の候補として彼を調べていたカリーナからもしっかり確認済みである。
同じ轍は二度と踏まないのだ。
「そう、まあいいわ。それで? 私はどういうふうに聞かされていたのかしら? お兄様?」
お嬢様がキリアンに視線を移して尋ねる。
「屋敷では使用人やエリスをいじめ、街に出れば癇癪を起こして人々に迷惑をかける。何度注意されても治らないから、屋敷に幽閉したと聞いている。」
「そう、そうなのよ! キリアン!この出来損ないの娘は、ことあるごとに問題を起こして私たちを困らせるのよ!」
「なら、きっと親が悪いのね。」
「なんですって!」
お嬢様の一言に夫人が発狂すると、キリアンはため息を吐いた。
「王家からの招待は非常に名誉なことだ。誘いを断るにはそれ相応の理由が必要になる。それをめんどくさいの一言で終わらせられると思っているのか?」
「あら?なら、王子様なんかと会いたくない、という理由に変えようかしら?」
お嬢様が挑発するような笑みを浮かべると、キリアンは鋭く睨みつけた。
「……ま、そこまで行って欲しいのなら、条件次第では行ってあげてもよくってよ?」
その上から目線の言葉に公爵はますます苛立ちを見せるが、キリアンの前ではいつものような態度は取れず、怒りを鎮めるように息を吐いた。
「……なにが望みだ?」
「私が住んでいる、あの離れ。あれが欲しいわ」
「なに?」
「あそこは、お母さまと過ごした大切な場所なの。今はあなた達に借りているような形でしょう? だから、あの屋敷の所有権を私に頂けるかしら?」
その提案に、公爵はしばらく考え込んだ後、静かに頷いた。
「フン、いいだろう。あんな犬小屋、お前くらいしか使わん。くれてやる。その代わり、城では余計なことは言うなよ? お前はあくまでエリスのための“ついで”なのだからな」
「ええ。これは私にとって、いわば仕事のようなものですもの。いただくものさえいただければ、ご要望通りの“娘”を演じてみせますわ」
そう言って、お嬢様は完璧なカーテシーを披露する。
だが、公爵たちは、その所作の見事さに気づきもしなかった。
……その姿にわずかに目を見張っていた、キリアンを除いては……




