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来客③

 リリス嬢が住んでいるという屋敷は、先ほど訪れた公爵家の本邸と比べると、かなり規模が小さく、門を開ければすぐに屋敷の扉が目に入ってきた。

 僕たちはそのまま扉へ向かって歩き出したが、少し進んだところで中庭の方から人の気配を感じ、思わず足を止める。

 そちらへ視線を向けると、三人のメイドに囲まれながら、庭で優雅に紅茶を嗜む一人の令嬢の姿があった。


「彼女がリリス嬢?」

「恐らくは。」


 僕は足を止めたまま、しばらく彼女の様子を遠目から観察していた。

 見た限りでは、話に聞いていたほど病弱には見えないし、メイドに対しても、我がままに振る舞っているようには思えない。

 少なくとも今の時点では、彼女だけがここで暮らしている理由は見当たらなかった。


 やがて、リリス嬢は紅茶をすべて飲み干すと、静かにティーカップを置き、ひとつ息を吐いた。


「ねえ、エリー。今日は来客の予定があったかしら?」

「いいえ、そのような話は存じておりません。」

「それなら、そこにいる無礼な訪問者たちは、一体どなたかしら。」

「⁉︎」


 そう言って、彼女は静かにこちらへ視線を向けた。

 これだけ距離があり、足音など聞こえるはずもないというのに、彼女は最初から、僕たちの存在に気づいていたかのようだった。


「約束もなく、人の屋敷にズカズカと踏み入るなんて……一体どこの盗人でしょうね?」


 その皮肉めいた言葉に、僕が呆然とする中、その様子を見かねたのか、クレスが一歩前に出て声を上げた。


「盗人とは失礼な!この方はこの国の第一王子であられるレオンハルト殿下です!」

「なるほど……つまり王子なら、女性が暮らす屋敷の敷地内に無断で入ってきても問題ない、と?」

「そ、そういう訳では――」

「いいえ、いいのよ別に、だってこの国の王子ですもの。それくらいの無礼は許されるでしょう……ただ、私はその様な人間に頭を垂れないけどね。」


 そう言って反論したクレスだったが、その勢いは彼女の言葉にあっさりと封じられてしまった。

 元より非はこちらにある。これ以上言葉を重ねても無意味だと悟り、僕は胸に手を当てて、素直に頭を下げた。


「勝手に門を開け、屋敷に入った無礼をお許しください。」

「で、殿下!」


 僕が頭を下げたことにクレスが慌てたように声を上げたが、僕は構う事なく、そのまま謝罪する。


「……いいでしょう、許します。」


 素直に謝ったのが良かったのか、彼女からあっさり許しを得ると、僕は続けて自分の名を名乗る。


「私は、エヴァンス王国第一王子、レオンハルト・エヴァンスと申します。」


 そう告げると、彼女は僕をまっすぐに見据えたまま、ゆっくりと立ち上がった。


「初めまして、レオンハルト殿下。私はエトワール公爵家が長女、リリス・エトワールと申します。以後、お見知りおきを……」


 そう名乗ると、彼女は静かにこちらへ向き直り、思わず目を奪われるほど見事なカーテシーを披露した。


 流れるような動作、気品に満ちた佇まい、その一連の所作を前に、僕は彼女に見惚れてしまった。

 それは今まで見てきたどの令嬢よりも、美しく、完璧なカーテシーだった。


「……それで、殿下はどうしてこちらに?」

「え?あ、はい、実はリリス嬢が病気がちのため、あまり表に出てこられないと聞いたので、一度こちらから挨拶に伺おうと思いまして――」

「ああ、そう言う設定なのね。」


 僕の慌てて並べた言い訳に、彼女は呆れながらも納得を見せる。

 設定と言っているのを聞く限り、やはり彼女は病弱などではない。

 今のカーテシーを見るかぎり、礼儀作法が身についていないというのも、公爵が彼女を表に出さないためについた嘘なのだろう。


 そして、その理由も、今なら理解できた。


 それは、彼女の瞳だった。

 太陽の光を受けて輝く金色の髪とは対照的に、その瞳は、吸い込まれるような漆黒の色をしていた。

 あまりにも異質なその組み合わせは、見栄えを何より重んじる貴族社会では、決して歓迎されるものではない。

 ……自分にも、同じような身内がいるから、わかる。


「……」

「あら?私の瞳が気になりますか?」

「あ、すみません。そういうわけでは――」


 しまった、少し見すぎたか。

 視線を向けていたことに気づかれた僕は、慌てて取り繕おうと言葉を探す。


「素晴らしいでしょう?」

「えっ?」

「金色の髪に漆黒の瞳。このような容姿をしているのは、恐らくこの世で私だけ。今は亡き母から授かった、特別な私に相応しい姿だと思いませんか?」


 金色の髪を靡かせ、黒い瞳で見つめながら、そう誇らしげに語る彼女に僕は完全に言葉を失った。

 多くの者が異質であることを恐れ、隠そうとする中で、彼女はそれを誇りとして受け入れている。

 その在り方は、あまりにも眩しく見えた。


「殿下、そろそろお時間が……」

「……」

「殿下?」

「え? あ、ああ、そうだね……ひとまず挨拶も済んだことだし、今日はこの辺で失礼させてもらいます。」


 クレスに促され、僕は名残惜しさを振り切るように話を切り上げ、馬車へ向かう。

 ……だが、その前に、もう一度、彼女の方を振り返ってしまった。


「あの……また、会いに来てもよろしいでしょうか?」

「ええ、もちろんです。ただし、今度はきちんと父の許可をもらってからですけどね。」


 そう言った彼女に見送られ、僕はその屋敷を後にした。


「……なあ、クレス。彼女に会いたいと言ったら、公爵は許してくれるだろうか?」

「正直に言って、難しいでしょうね。彼女がここで暮らしている理由を考えれば――」


 その言葉に、僕は黙り込んだ。

 彼女があの屋敷で暮らしているのは、公爵が彼女の存在を表に出したくないからに他ならない。

 そう思えば、公爵が進んで彼女に会わせてくれるとは、どうしても考えられなかった。


「なら、娘を不当に扱っていることを父に報告して、王家が介入すれば――」

「それはお勧めしませんね。仮にそれが通って彼女が本邸で暮らすことになったとしても、今度は屋敷の中で不当な扱いを受けるだけでしょう。」


 ……確かに、その通りかもしれない。

 妾の子であることや、魔力が乏しいことを理由に、家の中で冷遇される子供は決して珍しくない。

 そう考えれば、あの離れで暮らしている今の方が、彼女にとってはまだ穏やかな環境なのだろう。


 それに何より、彼女自身が、そんな形での介入を望んでいるとは思えなかった。


「ただ、貴族には学園に通う義務があります。いずれ彼女も社交デビューはするでしょう。」


 いずれ……か。

 学園に通うのは十五歳になってからだ。そう考えると、近いうちに彼女もデビューすることになるのかもしれない。

 しかし……


「僕は、今すぐにでも彼女と話がしたい。」


 理由は特別なものではない。

 ただ、彼女と話してみたい……純粋に、そう思った。


「……わかりました。普段は我が儘を言われない殿下が、そこまで望まれるのであれば、私も手を尽くしましょう。」

「本当かい?」

「ええ。ただし、彼女一人だけ、という形は難しいでしょうが……」

「ああ、それで十分だ。」


 たとえ公の場であっても、短い時間でも構わない。

 もう一度、彼女と改めて言葉を交わせるのなら、今はそれで十分だった。




 

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