来客①
お嬢様が前世の記憶を思い出してから、早くも六ヶ月が経とうとしていた。
人というのは不思議なもので、始めた頃は毎日死ぬかと思うほど過酷だった鍛錬も、気づけば当たり前のものになっていた。
上限に終わりが見えなかった鍛錬メニューは、五ヶ月ほど経った頃にひとまず打ち止めとなり、現在は鍛錬と、メイド活動を交互に行っている。
そして今日は、メイド活動の日だった。
……というわけで、私は現在、カリーナと共に、公爵家本邸に忍び込んでいた。
なぜそんなことをしているのかと言うと、事の発端は「理想のメイドとは何か」という何気ない議論をしていた時だった。
そこで私は、ふと前世で見たアニメに登場する、身の回りの世話から護衛、密偵まで何でもこなすスーパーメイドの事を思い出し、その話をした。
冗談半分でその話をしたつもりだったのだが、なぜかそれがお嬢様に気に入られ正式に採用されてしまったのだ。
そしてその結果、アリサは「護衛もできるメイド」として、お嬢様と共に修行の一環で冒険者活動に励んでおり、私とカリーナは「密偵役」としてのスキルを磨くため、こうして定期的に屋敷へ忍び込んでいる、というわけだ。
最初の頃はお嬢様の付き添いとして忍び込んでいたのだが、ある程度慣れてきたこともあって、今回はカリーナと二人きりでの侵入となっている。
今回の目標は、書庫から私自身のスキルアップに役立つ本と、お嬢様が好みそうな本を合わせて五冊拝借することだ。
書庫といっても、重要な書類は執務室に保管されており、あるのは勉学の本が殆どで、実際には公爵家の人間ですらほとんど利用しない場所である。
そのため警備は非常に薄く、忍び込むには打ってつけだった。
一応、私たちも公爵家の人間とはいえ、不法侵入しているのでバレれば一巻の終わりである。
だからこそ、私達は侵入経路や時間帯を念入りに確認し、万全の状態であえて油断しやすい昼間を選んで行動に移したのだった。
私たちは本邸につくと、無駄に広い中庭を通り抜け一階の空いた窓から屋敷に侵入すると、中に人がいないのを確認してそのまま書庫へと入りこんだ。
「……意外とあっさり侵入できたわね。」
部屋の扉を静かに締めた後、カリーナが小声でつぶやく。
「多分、みんな王子の対応で忙しいんだと思う。」
「王子?」
「うん。さっき外にいたメイドたちが話していたのが聞こえたんだけど、なんでも、今日はレオンハルト殿下が屋敷にやって来るみたいよ」
「で、殿下⁉︎殿下って、あの第一王子のレオンハルト殿下?」
「そうだけど?」
私が頷くと、カリーナは小声で黄色い悲鳴を上げた。
この国の第一王子レオンハルトは、容姿端麗にして才色兼備と名高い若き王子である。
年齢もお嬢様と同じ十二歳で、このままいけば次期国王になる方だ。
イケメンで王子、しかも年齢も私達と近い。玉の輿を夢見る彼女にとって、まさに理想の相手だ。
そして彼は、『ローズエンペラー』に登場する攻略キャラクターの一人でもある。
レオンハルトと主人公であるローズの出会いは、休み時間に中庭で偶然顔を合わせたことがきっかけだった。
そのときに交わした何気ない会話を通じて彼はローズに興味を抱き、さらに彼女が貴重な光属性を持っている関係で、何度か関わるうちに次第に親しくなっていく。
しかし、それと同時に、彼は婚約者であるエリスがローズに嫌がらせをしていることを知り、彼女との距離感に悩まされることになるのだった。
攻略ルートに進めば、最後は魔王復活を企てたエリスを断罪し、無事ローズと結ばれることになる。
王子としての責任感が強い反面、ローズを諦めきれず執着心をのぞかせるなど、どこか腹黒い一面も持ち合わせている。
確かゲームでは、シナリオ開始時点ですでに王子はエリスと婚約していたはずなので、そう考えると、もしかすると今日は婚約を結ぶための顔合わせに来ているのかもしれない。
ただ……
「まあ、私達には関係ない話ね。」
「それもそっか……」
ゲームではモブ、現実では別邸で潜むように暮らす私たちには関係のない話だった。
その後、私たちは、いくつか本を持ち出すと。そそくさと、屋敷へ戻っていった。
「ところで、エリーは何の本を見ってきたの?」
本邸から離れ、ひとまず落ち着いたところで、カリーナが尋ねてくる。
「私はこれ」
そう言って私はカリーナに持ち出した本を見せる。
「メイドの心得と三冊と、あとはホラー小説と歴史書?」
「そう、お嬢様は恋愛とか冒険譚には興味なさそうだったからね。」
っちゃけ、アンデッドが普通にいる世界でホラーに需要があるのかは分からない。
けれど、あの書庫の中ではこれが一番マシだと思って、ひとまず持ってきた。
「カリーナは?」
「私はこれよ」
「えーと……『平民でもできる楽に稼げる百の方法』と、『目指せ、男を落とすスキルベスト百』……」
なるほど、いかにも、カリーナらしいラインナップである。
しかしそんな本、いったい何処で見つけてきたんだろう?
「えーと、あとは……え?これってもしかして魔法書!そんなのあったの⁉︎」
「ええ、お嬢様って魔法とか好きそうかなあと思ってね?」
そう言ったカリーナはどこか意地の悪そうな笑みを浮かべている。
恐らく、魔力が少なく碌に魔法を使えないお嬢様への、分かりやすい当てつけだ。
それでも要望通りの本を持ってきている以上、お嬢様が怒らないことは計算済みなのだろう。
この半年で、カリーナもずいぶんお嬢様の性格を理解してきたようだ。
……さすがカリーナ、陰湿である。
だが、彼女はまだお嬢様のことをわかっていない、お嬢様はそう言うのが大好きだと言うことを……
いや、寧ろ、私がそれを見つけたかった!
私はすでに敗北した気分で、帰路を進んだ。
そして屋敷に戻ると、私たちは中庭でアリサと一緒にお茶を楽しんでいるお嬢様に、拝借してきた本を差し出す。
「ふーん、エリーにしては無難なのを取ってきたわね。」
私が渡した本に対するお嬢様の反応は、予想通り、可もなく不可もないものだった。
そして今度は、カリーナの方へと目を向ける。
「……カリーナ、これは?」
「魔法書です。」
カリーナは、いかにもしてやったりという顔で答えた。
「魔法の基礎とか原理などが書かれていて、魔力がある人なら誰でも魔法を使えるようになるというとっておきの書なのですよ?」
「ふーん。」
そう言うとお嬢様はパラパラとページをめくり、ひと通り目を通したあと、あっさりと本を閉じた。
「カリーナ、ちょっとこちらへきなさい」
「え? ど、どうしてですか? ちゃんと指定された物を持ってきたじゃないですか!」
「いいから来なさい」
「ひぃ!」
逆らえず、カリーナは恐る恐るお嬢様の前へ進み出る。
お嬢様は静かに立ち上がると、母からの形見であるペンダントをきゅっと握りしめ、
もう片方の手で、そっとカリーナの肩に触れた。
すると――
「あばばばばばば!」
カリーナは電撃でも食らったかのような声を上げ、その場に倒れ込んだ。
だが、すぐに起き上がる。
「うぅ……何するんですか――」
「カリーナ、あなた、魔法を使ってみなさい」
「へ? どうして――」
「いいから、使ってみなさい」
訳も分からぬまま、カリーナは言われるがまま魔法を発動させる。
すると、次の瞬間、彼女の手から、勢いよく炎が噴き出した。
「へ?嘘!私、こんな威力のある魔法、使えないわよ?」
「なるほど。この本に書かれている原理は、本物のようね」
そう言って、お嬢様は再び本をめくった。
「お嬢様、カリーナに何をしたのですか?」
「この子の体に魔力を流して、体内の魔力が通る“道”を強引に開いたの。私自身の魔力は少ないけれど、このペンダントを使えば、これくらいのことはできるみたいね。今度から、この鍛錬も取り入れましょう」
その言葉に、私たちは思わず小さな歓声を上げた。
魔力を持っていても、才能がなく魔法をうまく扱えない人間は決して少なくない。
そして、私たちもまさにその部類だった。
本来なら、学園に通えば基礎から魔法を学ぶことができ、ある程度は使えるようになる。
だが、私たちのような貧乏貴族に、そんな選択肢はなかった。
私たちが喜びに沸いていると、アリサがふと神妙な面持ちで屋敷の外へと視線を向けた。
「お嬢さま……」
「あら、来客が来たようね」
「え、来客?」
お嬢様がそう告げると、私たちは練習通り即座に気を引き締め、何事もなかったかのように“普通のメイド”として振る舞う。
するとほどなくして、お嬢様の言葉通り、こちらへ向かってくる人影が見えた。
高貴な服に身を包んだ、美しい金髪の少年だ。
そして、その少し後ろを従うように歩く、供回りと思しき男の姿もいた。
その姿に私は見覚えがあった。
私の知っている彼よりも、まだ少し幼いけれど、ゲームで見たあの顔立ちの面影は、間違いなくそこにあった。
……なんで。
なんで王子が、ここにいるの――⁉




