ギルドマスターの期待と不安
――ウッドルフ視点
ギルドと繋がっている酒場の方から冒険者たちの騒ぎ声が聞こえる中、俺は一人、黙々と仕事をしていた。
すでにギルドの営業時間はとっくに過ぎており、普段ならこんな時間まで仕事などしない。
だが今日はやけに仕事が捗り、手を休めるタイミングを見失っていた。
それもきっと、今日ギルドを訪れたあの少女の存在が大きいのだろう。
公爵の屋敷を擁する街『セントロール』は、その恩恵もあって大きく発展してきた。
だが、冒険者ギルドに限って言えば、あまり発展しているとは言えなかった。
その原因は、この街を治めるエトワール公爵家の存在にある。
エトワール公爵家は、王家の血を引く傍流として、代々王都近郊の要地を任されてきた名門だ。
大規模な兵力と強力な騎士団を擁し、この街セントロールを拠点に、街の周辺に出没する魔物の討伐は公爵家自らが担ってきた。
そのため、この街では冒険者ギルドの役割が限定され、存在意義が薄れていったのである。
さらに、公爵家の現当主であるレビンは、素性の分からない冒険者という存在そのものを不要だとすら考えていた。
とはいえ、公爵家が些細な問題にまで介入することはなく、そうした案件は冒険者任せにされていたため、ギルドを完全に廃するには至らなかった。
その結果、ギルド自体は存続しているものの、当主の方針もあって規模は縮小され、冒険者たちの士気は低く、有望な者ほど早々に別の街へと移ってしまう。
しかもレビンは、歴代の当主たちと比べ、領内の問題に積極的とは言い難い人物だった。
その結果として、周辺の村や小さな町では、魔物や賊による被害への対応が追いつかない状況が続いていた。
俺自身の仕事も、冒険者と貴族とのいざこざの調停が大半を占めており、正直なところ意欲を削がれていた。
だが、それも彼女の存在によって、大きく変わろうとしている。
カーミラ・レイジー……今日、突如ギルドに現れた少女だった。
彼女は最近素行が目立っていた『鋼の剣』の連中と諍いを起こし、返り討ちにすると、そのまま他の冒険者たちにも喧嘩を売り、ギルドは一時騒然となった。
彼女は暴虐無人に振る舞い、大々的なギルド改革を一方的に宣言したことで、冒険者たちの反発を一身に集めた。
それでも、誰一人として彼女の言葉に反論できなかった。
今日、彼女に対する冒険者たちの反応は冷ややかなものだった。
だが、それでも彼女の言葉は、間違いなく彼らの心に刺さっていたはずだ。
今後、彼女の影響を受ける冒険者も、少なからず現れるだろう。
もちろん、そのためには彼女が有言実行することが大前提になる。
だが、その点に関しては、何一つ心配していなかった。
あの場ではああ言ったが、元Aランク冒険者である俺の目から見ても、彼女の実力は現時点でも間違いなく上位ランク冒険者の域にある。
共にいた女性も、かなり腕が経つ部類だろう。
そして、決め手となるのが彼女の素性だ。
周囲の冒険者たちは誰も気づいていなかったようだが、あの子の黒い瞳は黒曜族特有のものだった。
黒曜族は絶滅した種族だとされているため、一般の冒険者がその特徴を知らなくても不思議ではない。
しかし俺は、十年ほど前、公爵家に黒曜族の血を引く女性が嫁いできたことを覚えている。
確か地方男爵家の令嬢で、挨拶に訪れた際、一度だけ言葉を交わしたはずだ。
その時に目にした、見慣れない黒い髪と黒い瞳は、今でも強く印象に残っている。
カーミラは、素性を隠しているようだったが、恐らくエトワール公爵家の令嬢なのだろう。
実力は言うまでもなく、その立ち居振る舞いには、生まれながらに上に立つ者の気品があった。
そんな彼女が、このギルドを一番にすると言ったのだ、期待せずにはいられない。
現当主については思うところもあるが、もしあの娘が将来当主となるのなら、民の一人としてそれも悪くない。
ただ、黒曜族の特徴は、貴族の間では差別の対象となることが多い。
もしかすると彼女は、公爵家の中で不当な扱いを受けているのかもしれない。
特にあの当主なら、十分あり得る話だ。
そう考えれば、彼女が冒険者になった理由にも納得がいく。
そんな彼女が、果たして当主になれるのだろうか?
貴族の事はよくわからないが、そもそも女で当主になるという話はあまり聞かないし、たとえなれたとしても、彼女自身がそれを望むかどうかは分からない。
それにあれほどの才覚だ。王家が放っておくはずもない。
もしかしたら、王家に嫁いで王妃になるかもしれない。
いや、むしろその方が大いにあり得る。
「……少し集中力が切れたな。」
まあ、なんにせよ。
これからこのギルドがどう変わっていくのか、楽しみで仕方がない。
俺はペンを置いて一息つくと、酒場へ向かい、そのまま冒険者たちと朝まで飲み明かした。




