目覚め
「あ……ギルドマスター……」
後ろから現れた男性に受付嬢が、思わずそう呟いた。
ギルドマスターと呼ばれた男性は、そのままカウンターを回り込み外に出ると、そのままゆっくりと、お嬢様のもとへ歩み寄る。
「……驚いたな。何の騒ぎかと思って来てみれば、なかなか耳の痛い話をしているじゃないか。確かに、ここ最近は気が緩んでいる奴も何人かいたようだ。」
そう言って、ギルドマスターは、先ほど絡んできた『鋼の剣』の一行へと視線を向ける。
すると、彼らは一斉に、バツの悪そうに目を逸らした。
それから、ゆっくりとお嬢様へ視線を戻すと、その目を真っ直ぐに見据え、静かな声で口を開いた。
「だが一つ聞きたい。お嬢さんの言う『自分に相応しい冒険者』とは何だ?覚悟があればいいのか?それとも実力か?」
「いいえ。常に自分の実力に見合った、最善の選択を成せる冒険者よ。」
即答するお嬢様に、ギルドマスターは一瞬きょとんとした表情を浮かべたが、すぐに小さく微笑んだ。
「なるほど……求めるものが高いな。ならば、それだけ求める君自身も、相応の実力を持っているというのだな?ギルドマスターの俺が言うのもなんだが、この街は冒険者を嫌う領主の影響で、人材が不足している。正直、こいつら程度をねじ伏せたところで、大した自慢にもならんぞ?」
「それは、これからの行動で証明してみせましょう。とりあえず、まずは一年以内に、Sランクへ上がることを約束するわ。」
「い、一年でSランクだと⁉」
その言葉に、ギルド内が一斉にざわめいた。
言うまでもないが、Sランクへの昇格は並大抵のことではない。
先ほど聞いた昇格条件には、大きく分けて二つの方法がある。
一つは、一定数の依頼をこなし、ギルドマスターから推薦状を得たうえで昇格試験を受けること。
そしてもう一つが、緊急招集などによってランク以上の依頼に参加し、明確な成果を残すことだ。
もっとも、緊急招集が行われること自体が稀であり、通常は前者の方法を積み重ねていくのが前提となる。
だがそれでも簡単とは言い難い。ランクが上がるにつれて依頼の難易度も跳ね上がり、多くの冒険者が途中で足踏みすることになるのが現実だ。
そして上位ランクになれば、試験ではなく、それ相応の実績が必要となる。
「本当なら三ヵ月くらいが理想なのだけど、生憎、私も毎日通える状況じゃないの。だから申し訳ないけれど、一年という目安で見ておいてもらえるかしら?」
周囲の冒険者たちは、その期間をあまりにも短いと感じていたのだが、お嬢様にはそのざわめきが別の意味に聞こえたらしく、どこか申し訳なさそうにそう付け加えた。
「ほう、ずいぶん大きく出たものだな、Sランクは国の中でも数えるほどしかいないぞ?」
「それができるからこそ、大言壮語も吐けるのよ。それともう一つ、あなた達が手に負えないことがあれば、私がすべて片付けてあげるわ。強力なモンスターの討伐や、めんどくさい貴族関係もね」
お嬢様が、さも当然のようにそう告げると、ギルドマスターは愉快そうに笑い始めた。
「ハハハ、そりゃいいや。そこまでしてもらえるなら、誰も文句も言えねえな。」
そう言って、ギルドマスターはお嬢様に手を差し出した。
「俺はウッドルフ、この街のギルドを任されているギルドマスターだ。お前さん、名は?」
「カーミラ・レイジー」
「……なるほど、いい名前じゃねえか。今後、お前さんがどんな仕事ぶりを見せてくれるか、せいぜい楽しみにしてるぜ。」
ウッドルフはそう言うと、満足げな笑みを浮かべ、再び奥の部屋へと戻っていった。
その後、ざわつきが残ったギルドを後にして、私とお嬢様は改めて薬草採取のため、森へと足を運んだ。
Fランクの依頼だった事もあり、目当ての薬草は森に入ってほどなく見つかり、依頼はものの数分で達成することができた。
そして依頼を終えた後は、資金稼ぎと私の鍛錬を兼ねて、日が暮れるまで森に生息するゴブリンやウルフの討伐を行っていた。
「どう? 初の戦闘は?」
「色々思うところはありますが……とりあえず早く、お風呂に入りたいです」
街への帰り道、お嬢様にそう尋ねられ、私は返り血のこびりついたローブを身にまとったまま、疲れ切った声でぼそりと答えた。
「フフ、でも初めてにしては上出来よ?あなた、うちに来る前は剣術でもやっていたのかしら?」
「いえ……でも父がそれなりに剣の心得を持っており、二人の兄も共に剣に長けているため、もしかしたら才能を受け継いでいたのかもしれません」
正直、私自身も、ここまで剣の才能があるとは思ってもみなかった。
エリーやカリーナと比べて、体力がある方だとは思っていたけれど、剣に関しては、今日改めて実感した。
先ほど行った初めての実戦。
初めは恐怖を覚えるものだと思っていたのに、実際には、体が覚えているかのように自然と動き、臆することなく相手を倒してしまっていた。
「なるほど、ならその才能は、ぜひ伸ばしていかないとね。」
「……」
「あら? もしかして、他に何かやりたいことがあるのかしら? それなら話は変わるけど……」
「い、いいえ。ただ……私なんかが、剣を握っていていいのかな、と思いまして。」
正直に言えば、何の取り柄もなかった私に、剣の才能があったことは素直に嬉しかった。
だがそれと同時に、自分の置かれている状況を思い出してしまう。
私の家は、父が若い頃に起きたスタンピードで活躍したことをきっかけに爵位を授かった、騎士爵の家系だ。
爵位は準男爵に過ぎず、他の貴族との強い繋がりもない。
そのため、跡取りである二人の兄とは違い、私は他家との関係を結ぶためいずれどこかの貴族へ嫁ぐことを求められている。
だが、子を産み、家を繋ぐことを期待されている立場の私が、剣術で貴族社会に取り入ろうとするのは、果たして正しいのだろうか。
中には、女性が剣を持つこと自体を「野蛮だ」と批判する貴族もいる。
そんな私が、このまま剣を握り続けていいのだろうか。
その迷いをお嬢様に伝えると、お嬢様はつまらなそうに、あっさりと切り捨てた。
「意味が分からないわね。今の話と、あなたが剣を握ることは何の関係もないじゃない。」
「でも……剣を持つ女性を嫌う貴族もいますから……」
「それはあなたの問題じゃないわ。家の問題よ。あなた自身は、どうしたいの?」
「私自身……ですか?」
「そう。貴族とか家のことは無いものとして考えなさい。あなたは剣を持ちたい? それとも、貴族と結婚したいの?」
お嬢様の言葉に、私は少し考え込む。
これまでずっと、結婚することが家での私の役目だと疑いもしなかった。
それが当たり前で、選ぶ余地などないものだと思っていたから。
けれど……私自身はどうなのか。
そう問われた瞬間、頭の中が真っ白になった。
そんなこと、考えたことすらなかったのだ。
本音を言えば、家のことを取っ払ってしまえば、私は異性に興味を持ったことがない。
実家にいた頃は、村の男子たちから遠巻きに見られるだけの存在だったし
屋敷に来てからも、エリーやカリーナ、そしてお嬢様と一緒に過ごす日々で、男性と関わる機会など、ほとんどなかった。
「……どう?」
「……正直なところ、私自身は結婚そのものにあまり興味はありません。ただ、やはり私の家のこと考えると……」
「なら、私に生涯仕えなさい。そうすれば、公爵家とも繋がりが持てるわよ?」
お嬢様の提案に、私は思わず言葉を忘れてしまった。
確かに、お嬢様が後ろ盾になってくださるのなら、その意味は大きい。
けれど、それでも関係はあくまで主従。
婚姻のような、明確な立場が得られるわけでは――
……って、えぇ⁉
気づけば、いつの間にかお嬢様の顔が、すぐ目の前まで迫っていた。
「私としては、あなたがずっと傍で支えてくれたら、とても助かるのだけど?」
「え?え?」
どうしてだろう。
頬が熱くて、胸の奥がざわつく。
心臓の音が、やけに大きく、早く聞こえてくる。
お嬢様は、そんな私の戸惑いを楽しむように妖艶に笑うと、そっと距離を取った。
「まあ、私は誰かを縛るつもりはないわ。嫁ぐのも、仕えるのも、すべてあなたの自由」
そう前置いてから、お嬢様は愉しげに続ける。
「……だから私は、あなたが自分の意思で、ずっと私の元にいてくれるよう、これからも口説き続けるわ」
そう言って、お嬢様は何事もなかったかのように、私の前を歩き出した。
私の頬の火照りは、街へ戻ってからも、なかなか引かなかった。
その後、お嬢様が依頼の報告とともに提出した素材の、あまりにも完璧な剥ぎ取りに、ギルドが再びどよめいたらしい。
こんな感覚は、これまで経験したことがなかった。
いや、正確に言えば、どこかで似た感覚を覚えたことは、何度かある。
それは、エリーやカリーナと一緒におふ――ではなく、一緒にいる時に感じた感覚に似ていた。
その日――
私は、何か大切な殻を、一つ破った気がした。




