8,あたしとセンパイ
あたし──安達愛には、少し前から仲良くさせていただいている、二年生のセンパイが居ます。
綾の森高校に入学した直後、そのセンパイはあたしが落としたハンカチを拾ってくれました。金髪で目つきが悪くて、初めて見た時は怖かった事を今でも覚えています。
でも怖いという気持ちは、すぐに吹き飛びました。
ハンカチを拾ってくれたという恩義もありますが、怖いのは見た目だけで、話をしてみるとセンパイはいい人でした。
センパイはぶっきらぼうに見えて、意外と他人の事を気遣ってくれます。
センパイはちょっとからかうと、すぐ顔を真っ赤にします。
センパイはきっと純粋な人なんでしょう、嘘をつくのが苦手みたいです。
漫画とか、アニメとか、ゲームとか、センパイは見た目がヤンキーなわりに結構そういうが好きみたいで、あたしとも趣味が合います。
だから一緒にいるのが楽しくて、気づけばセンパイと一緒に学校に行くのが日常になっていました。
──そんなセンパイに、偽装とはいえ彼女ができたようです。
「はあ……」
昼休み、あたしはお母さんに作ってもらった弁当箱を開けますが、全然食欲が湧きません。
──センパイに彼女。
いや、もし偽物じゃなくて本物だったとしても、意外ではないです。
ぶっちゃけセンパイはカッコいいです。
目つきは悪いですが、顔が整っているなと最初から思っていました。
それに加えて口では関心が無いような事を言っておきながら、面倒見が良くて気遣いも出来ていて、だからあの人に彼女が出来た事がないとうのは、きっと不器用だからだと思っていました。
別に、だからセンパイに彼女ができる事自体は不思議じゃないです。
──だけど強く当たりすぎたかもしれません。
今朝のあたし、きっと態度最悪だったと思います。
ただセンパイと後輩ってだけで、あんな態度を取ってしまうなんて最低です。
でも、センパイもセンパイだと思っています。
──安達も可愛いと思う。
あんなこと言ってきたくせに。
──告白したらしてくれんのかよ。
あんな期待をしてきたくせに。
彼女ってなんですか。
結局、センパイは女の子だったら誰でも良かったんですか。
……あたしは、一体どうしてしまったんでしょうか。
「……安達? お~い、安達ぃ~?」
「ふぇ?」
ずっと考え事をしていると、向かい合って弁当を広げていたクラスメイトの上村莉音が、あたしの事を何度も呼んでいた事に気付く。
上村のおかげで、あたしは現実世界に戻れました。
「ふぇ、じゃないよ。どうしたの? 今日ずっと上の空だよ?」
「上村……ごめんね」
上村はあたしの後ろの席で、入学式の日に声をかけてもらって以来、ウマが合うのでいつも一緒にいる友人の一人です。
明るい茶髪を伸ばして、後頭部にシニヨンを作ったオシャレな雰囲気。
あたしに足りていない色気を持っている、そんな女の子です。
「はは~ん、さては男だな?」
「えっ!?」
「お~図星か? かわいいヤツめ、最近一緒に登校してるあの怖い先輩?」
「上村はなんでもお見通しなんだね……」
「そりゃあんな有名な人と一緒に登校してたらね」
上村は出会って間もないけど、本当にあたしの事をよく見ている。
確かにセンパイは有名だ。
金髪でケンカ最強だとか、センパイが近隣の中学を纏めていた番長だったとか、ヤクザを病院送りにした事があるとか、色んな噂があります。
まあ実際センパイと話していて、それらの噂はどうもセンパイのご友人の話らしくて、センパイ本人はケンカもした事がないらしいんですが。
「で、その先輩と何があったの?」
「……実は、センパイにちょっと嫌な態度を取っちゃったんだよね」
「ええ、なんで?」
「センパイに彼女ができたらしくて、だからあたし一緒に居たら良くないと思って、センパイと距離を取ろうと思って、でもその時の態度が良くなかったなって」
センパイは男で、あたしは女。
センパイに彼女がいるという事は、あたしの存在は相手にとって失礼。
今までみたいに絡んでいたら、センパイが浮気を疑われてしまいます。
だからあたしは、センパイから距離を取ろうと思いました。
「ふ~ん、要するに安達は先輩を取られて嫉妬しちゃったわけだ」
「え、嫉妬!?」
「違うの? 安達、その先輩のこと好きなんでしょ?」
「ふぇ!? すすす、好き!? いや、好きって言うか、センパイに絡むのが楽しくて、センパイからかったら反応が可愛くて楽しいから……」
センパイに対する気持ちは、正直あたし自身もわからない。
センパイと一緒にいるのは楽しいし、センパイはいい人ですし、センパイに彼女が出来たって聞いた時は若干ショックでしたし、センパイに可愛いって言われたのはちょっと嬉しかったです。
センパイとはもっと仲良くなりたい──そう思っていました。
「そういうのを好きって言うと思うんだけど……まあとりあえず、安達はその先輩とどうなりたい感じ?」
「どうって言われても……センパイ、一か月で別れる予定みたいだし、少なくとも一か月我慢すればいいかなって」
「……はあ?」
流石に説明が足りませんでしたね。
上村は目をまん丸にして、何事か理解できていないようでした。
「あ、恋人って言ってもフリらしいよ。なんか事情があるらしくて……」
「事情ねえ……なんかその辺の事情はあたしにはわからんけどさ、じゃあ厳密にはその先輩って人、正式な恋人がいるわけじゃないってこと?」
「まあ、そうなるよね」
そう答えた瞬間、上村は両手を机について身を乗り出してきた。
「じゃあ何も先輩の彼女とやらにも、その先輩にも遠慮することないじゃん!!」
そしてあたしの目を真っすぐ見据えて、上村は真剣な面持ちで熱弁してきた。
「ええ? そう言われても、センパイの彼女は本気かもしれないし……」
「恋人のフリならノーカンよノーカン!! そんなのただの遊びじゃん!!」
「う~ん」
確かに、上村の言う通りなのかもしれない。
センパイは確かに一か月で別れる予定だと、偽装カップルの関係だと宣言していましたから、正式な恋人関係ではないのは間違いないです。
考えようによってはそんな関係、確かにノーカウントかもしれません。
「安達、あんたはどうしたいの? センパイと仲直りしたいんでしょ?」
「それは……」
あたしは、センパイと昨日までみたいに色々な話がしたいです。
もっとあたしの知らない、センパイの色々な事を知りたいです。
──センパイと、もっと仲良くなりたい。
「もう次から普通に話しかけちゃいなよ」
「ええ、でも今朝、あんまり態度取っちゃったし……」
「大丈夫だって!! てか今まで仲良かったんでしょ? いきなりそんな避けるような事したら、向こうだって気にしてるはずだから」
それは、確かにそうかもしれません。
センパイは少なくとも、あたしの事を嫌ってはいないと思います。
今朝だって引き留めようとしていましたし、センパイもあたしの事を気にしているのかもしれません。
「うぅ、でもセンパイに声かけづらいよぉ……」
「あんたって普段は元気でイケイケだし、センパイの事からかって遊んでるみたいなのに、自分の事になると途端に臆病なんだね……そこがまぁ可愛いけど」
どうしたいんだろう、あたしは。
センパイとは仲直りがしたい。でもどうやって、あんな冷たい態度をとっておきながら、どの面下げてセンパイに声をかければいいんだろう。
そもそもあたし、どうしてこんなにモヤモヤしているんだろう。
上村はこれが恋だと言っているけど、あたしにはわからないよ。
──好きってどんな気持ち?
今、あたしがセンパイに抱いているこの気持ちは、好きって事なの?
センパイには偉そうな事言っておきながら、あたしは恋なんかした事がない。
漫画で読んで、そういうのに憧れる事はあっても、当事者になった事はない。
もうあたし、一体どうしたらいいんでしょう。
「がんばれ、安達。まずは気持ちを自覚するところからだぞ」
ニヤニヤしながら小声で何かを呟く上村でしたが、たくさんの事が頭の中を駆け巡る今のあたしに、その内容が届く事はありませんでした。




