7,ダル絡みしてくる後輩の様子がおかしい
今日は金曜日。
今日という日を乗り越えれば、やっと休日が訪れる。
──琴石紗月。
家を出て、陽葵と並んで歩きながらスマホを操作すると、通話アプリのMINEにはその名前が追加されている。
昨日、俺と紗月は偽の恋人関係になった。
フリとはいえ恋人は恋人で、優斗君の件で連絡をする可能性もあるので、紗月と連絡先を交換する事になった。
紗月の名前が俺のスマホに表示される日が来るとは、思いもしなかった。
「おにいちゃん、どうしたの?」
スマホと睨めっこをしていると、陽葵が心配そうな顔で俺を見上げる。
「なんでもないよ、ちょっと連絡が来ただけ」
「そうなの?」
「ああ」
俺の表情が硬かった事を心配してくれていたのだろう。
本当に良くできた妹だ。陽葵の不安を取り除こうと、精一杯微笑んでみせる。
「それじゃおにいちゃん、陽葵学校こっちだから!!」
「ああ、気を付けていくんだぞ」
「うん!!」
学校へ向けてちょこちょこと走る陽葵。
後ろ姿が見えなくなるまで立ち止まり、陽葵が無事に学校のほうへ向かった事を確認してから、駅へと向かって歩き始める。
あの様子なら陽葵は学校生活がうまくいっているのだろう。
──もし優斗君の件を、陽葵に置き換えたら。
うん、ダメだ。
間違いなく俺はキレる。
だがその事を思えば、紗月が優斗君に対して過保護気味になる気持ちもわかる。
俺が口走った事の尻拭いでもあるし、偽彼氏の役目はしっかり全うしよう。
「……よお、安達」
電車に乗り込むと、やはり同じ車両に安達が乗っていたが、今日は俺に気付いていないのか駆け寄ってこなかったため、こちらから挨拶をしに行く。
すると安達はジトっとした目つきで、何故か俺を睨んできた。
「あ、センパイ……おはようございます」
「おはよう……どうした、なんか元気なくね?」
元気がないというか、機嫌が悪そうだ。
しかも俺に対してそういう目を向けるという事は、俺に怒っているのだろうか。
「センパイ……昨日、女の子と帰ってましたよね?」
「え? あぁー」
紗月と一緒にカフェへ向かう様子を、安達に見られていたのか。
「まあ、ちょっと頼み事をされてな」
「あの人、誰なんですか?」
「クラスメイト」
「本当に? ただのクラスメイトなんですか?」
俺を訝しむ安達の目が、俺の心臓に突き刺さるようで心が痛い。
あの件は安達には関係がないので、口外するのはどうかと思うものの、安達に嘘を吐くのもそれはそれで心が痛む。
いっその事、安達には本当の事を言ってみるか。
「……昨日から付き合い始めた」
「え……?」
突然のカミングアウトを受けてか、安達が呆然とした様子で固まった。
「言っとくけど、フリだぞ?」
「……え? え? ……フリ?」
「そうだ、フリ。つまり偽装カップル的なやつだ」
「……いや、ますます意味わからないんですけど?」
安達の表情が険しくなる。
確かにこれだけ言っても説明不足で、理解は難しいだろう
だけど俺が思っていた反応とは違う。絶対からかわれると思っていたのに、予想に反して安達の機嫌が悪い。
「まあちょっとな、色々あって人助けのために一か月限定でそうなった」
「え、じゃあ別にセンパイは、あの人の事が好きってわけじゃないんですか?」
「むしろ一昨日まで嫌い合っていたんだがな」
「はあ……」
いまいち納得できないといった様子で、安達がため息交じりの声を漏らす。
「センパイの話が本当だとしたら、センパイ流石にお人好しすぎません?」
「自分でもそう思う」
安達にそう答えた瞬間、安達は力は弱いながらも肘で俺の脇腹を小突いてきた。
「なんだよ?」
「センパイが女の子にモテるなんて、ちょっと意外でしたね」
「モテているわけではないと思うんだけど。向こうは俺の事嫌いっぽいし」
「嫌いな人とはフリでも恋人にならないと思いますよ!?」
今までテンションが低かったのに、急に大声で突っ込み始めた。
一体なんなんだ。
今日の安達は情緒不安定すぎる、ひょっとして生理の日だろうか。
「ていうか具体的に何したんですか? その子とそうなった理由は?」
「それ言わなきゃダメ?」
「気になりますよ!!」
そこまで真っすぐな眼差しでグイグイこられると、ここで嘘をついたりはぐらかすのは心が痛むな。
「まあちょっとあの子を弟ごと一緒に助けた。んでちょっかいかけてきた相手に色々と疑われんよう、話を合わせるために付き合う事にした」
かなり簡潔で端折ってはいるが、大まかな概要を安達に説明する。
安達は俺の話を理解しきれていないのか、眉間には皺が寄っていた。
「……よくわかりませんけど、じゃあ一か月後にはあの人と別れるんですか?」
「ちょっかいかけてきた連中からアクションがなければ、そうなる予定だな」
「はあ……事情はわかりました。半分理解できないですけど、とにかくセンパイは人助けをしたって事ですね」
安達は渋々といった感じだが、俺の話に納得をしてくれたようだ。
そんな安達が唐突に自分のカバンの中身を漁り始め、やがて中から出てきたのは見覚えのあるレジ袋だった。
「はい、センパイ。これセンパイから借りた漫画です」
「おお、全部読んだのか」
「はい、だからお返ししますね」
安達から袋を受け取り、漫画本の入ったソレを自分のカバンの中にしまう。
「ではセンパイ、あたしはこれで」
「え? どこ行くんだ?」
俺にブツを渡し終えた安達が、何故か俺から離れようと踵を返した。
わけがわからなかったので、思わず安達を呼び止めてしまう。
「センパイには"カワイイ彼女"がいるじゃないですか。あたしが近くにいたら"浮気"を疑われちゃいますからね」
それだけ言い残して、安達は電車内を歩いて俺から遠ざかっていく。
最後の言葉を発した時、安達は口角を上げて笑っていた。
だが目が笑っていないというか、どこか物悲しい雰囲気が漂っていて、いきなり豹変した安達の事が心配になってしまう。
偽装とはいえ、恋人ができた事で安達に余計な心配をかけてしまったようだ。
──悪い事したかもな。
安達には何か、埋め合わせをしてやらないといけないかもしれない。
とにかく次に会った時にでも、別に自分が気にする事ではないと伝えるか。
◇ ◇ ◇
結局、その後は電車の時間的に安達とは同じバスだったものの、なんとなく安達に声をかけづらい雰囲気だったので、離れて座って別々に登校する事になった。
学校に到着して、いつものようにアッくんと小森から挨拶をされる。
そして三人で固まって駄弁っている時、ふと視線を紗月に向ける。
──いつも通りだな。
紗月は自分の友達と話をしていて、特にこちらを見る事はない。
偽の恋人を演じるとは言ったが、確かに設定上の話であって恋人らしい事をする必要は無いんだよな。
などと考えていると、紗月は友達との会話を切り上げ、しかも俺の事を見ながらこちらへ歩いてきた。
まさか俺に声をかけるつもりなのかと、身構えてしまう。
「おはよう、慎君」
やっぱりか。
紗月は穏やかに微笑みながら、俺に挨拶をしてきた。
「……え?」
「……はぁ?」
アッくんも小森も、間の抜けた声を漏らして驚いていた。
「おはよう、紗月……」
「ちょ、ちょちょちょ、ちょい待って!! どゆこと!?」
小森が大声をあげた。
そういえばコイツは昨日、俺が紗月に誘われる様子を見ていたんだっけ。
「ねえ、櫻井と琴石!! 一体昨日何があったの!?」
「そうだよ。おまえら下の名前で呼び合って……どういう風の吹き回し!?」
アッくんと小森が驚きのあまりか、大声で俺と紗月の関係を問い質す。
「さあ、それは想像にお任せするわ?」
そんな二人に対する紗月の回答、それはいたずらっぽく笑いながら曖昧な言葉を紡ぐだけだった。
想像を掻き立てられるような言い回しであるため、二人はぽかんと口を開けたまま固まってしまう。
そして先に我に返ってアッくんが、俺の胸倉を掴んできた。
「ちょっと慎ちゃん!? まさか琴石と付き合ってるん!?」
「おえっ、苦しいってアッくん……まあ想像に任せるわ」
面倒くさくて、俺も紗月と同じ言葉をアッくんに伝えた。
「ま、まじぃ? オレてっきり慎ちゃんは後輩ちゃんの事が好きなのかと……」
「まあでもヤンキー櫻井に優等生の琴石……漫画だったら定番じゃね?」
もう二人の間では、俺と紗月が付き合っているという事になっているようだ。
偽装とはいえ、間違いではないので否定のしようもないのだが。
「おい紗月、お前もしかして学校でも付き合ってる設定でいくの?」
俺は紗月の横に回り込んで、彼女に顔を近づけて小声で耳打ちをする。
「当たり前よ。情報がどこから漏れるかわからないから、徹底的に演じるわよ」
「いや、でも一か月後には別れるんだろ? どうするんだよ、コレ」
「大丈夫よ。一か月後には普通に別れたって事にすればいいのよ」
小声で紗月と話し合う様子を、アッくんと小森は呆然とした様子で見つめる。
多分奴らから見ればイチャついているように見えるのだろう。
そんな楽しい話をしているわけではないし、とりあえず紗月が学校でも俺と恋人でいるつもりなのは理解したが、一か月後に別れるって内容次第ではお互いの立場が危くなりそうだし、果たして大丈夫なのだろうか。
──もしかして俺、とんでもない事に首を突っ込んでしまった?
とはいえ琴石姉弟を助けた事に後悔は無い。
それよりまた加藤と藤井に襲われる事があったら問題だから、気は進まないけど彼氏役をしっかり演じるとしよう。




