6,俺の事が嫌いな委員長と……?
加藤と藤井を追っ払った後、駅前のショッピングモール内にある、緑色のとある全国チェーンのカフェに入店。注文を済ませた後、俺と向かい合う形で琴石姉弟が着席した。
宣言通り、お金は向こうが出してくれた。
とりあえず新作のフラペチーノと、イチゴ味のドーナツを頼んでもらった。
「お兄さん。今日も助けていただいて、本当なんてお礼をすればいいのか……」
優斗君は同じフラペチーノを飲みながら、申し訳なさそうな顔で話を切り出す。
「気にするなよ」
「いえ、ありがとうございました。本当に助かりました」
「そうか……」
そこまで真っすぐとした眼差しでお礼を言われると、俺のほうが気恥ずかしい。
昨日奴らに殴られた優斗君の頬は、腫れがだいぶ収まっている様子だった。
「優斗君だっけ? アイツらにちょっかいかけられているのか?」
「はい……お恥ずかしながら、クラス替えからずっと……」
「でも今朝、お母さんが学校に電話したわよね?」
「うん。それでアイツら先生に怒られたんだけど、それを逆恨みして……」
心底ろくでもない奴らだな。
自分たちの行動が招いた結果だというのに、それを優斗君のせいだと当たり散らしていたのがさっきの出来事のようだ。
「まぁ、今度から何かあったら姉ちゃんに言うんだな」
「そうよ。昨日、病院行って診断書も貰ったんだから、被害届を出せばアイツら終わりだからね」
多分、今日の事があったので何もしないと思いたいし、これで何かをするようなら面の皮が厚すぎると言わざるを得ない。
「まぁ、とりあえず明日またなんかあったら被害届でいいんでね?」
「そうね。優斗、何かあったらすぐ言うのよ」
「わかった……姉ちゃん、ごめん」
「いいの、可愛い弟のためなんだから」
「ちょ、やめてよ……」
優斗君の頭を撫でる琴石だったが、優斗君は頬を赤らめて恥ずかしがっていた。
見た目は幼い印象だが、優斗君も中学生だからソレは恥ずかしいだろうな。
「……仲いいんだな、お前ら姉弟」
「そうね、あまり喧嘩もしないものね」
「お兄さんは兄弟いるんですか?」
「俺は年の離れた妹がいる」
「櫻井君、あんた妹居たのね」
最近、周りに自分の家族関係を話す機会が多い気がする。
「ああ、可愛いぞ。まだ小学一年生だからな、お兄ちゃんって甘えてくれる」
「……櫻井君ってシスコン?」
「てめえにだけは言われたくねえな、ブラコン」
「なっ、ブラコンちゃうわ!!」
顔を真っ赤にして否定しているが、優斗君を溺愛していて、優斗君のために真剣になって怒る姿を見ていると、ブラコンのように見えなくもない。
姉弟で仲がいいのは、微笑ましい事だとは思うけどな。
「そういえば僕、お兄さんの名前を聞いてないですね」
「俺か? 俺は櫻井慎、お前の姉ちゃんとはクラスメイトだ」
「櫻井さんですね……よろしくお願いします」
優斗君がぺこりと頭を下げる。
姉とは違って、弟のほうは素直で可愛いな。
「……そうだ、櫻井君。あなたとはこれからの事、話し合わないといけないわね」
琴石は真剣な面持ちになって、ここに来る前に言っていた"これからの事"というワードを口にする。
「これからの事ってなんだよ」
「今回の件、片が付くまで私の恋人になってもらうって話よ」
「……………………は?」
…………………………は?
恋人?
琴石の奴が何を言っているのか、理解ができず思考がフリーズする。
「こ、恋人?」
「そうよ。も、もちろんフリよ、フリ!!」
恋人のフリ、つまり俺と琴石が偽の恋人になるということか。
「いやちょっと待て、どうしてそうなる?」
「あなたのせいでしょ!! あの二人にそう口走ったからじゃない」
「あれは……いや、けど俺とお前が付き合ってるフリする必要はなくね?」
「あるわよ。アイツらが諦めたって確証はまだ得られていないから、もしアイツらと遭遇した時、設定を継続していないとまずいじゃない」
琴石が言わんとしている事は理解できた。
要するに俺が奴らに琴石と恋人だと口走ってしまったため、もし奴らと遭遇するような事があった場合、その時に赤の他人だったら不自然という話である。
確かにその通りだし、これは俺のせいでもある。
「いや、でも……」
「何? あなた彼女いないんでしょ? 何か問題あるの?」
「ちょっと待て、なんで俺に彼女いない前提なんだよ」
「あの後輩の子とは付き合ってないんでしょ? 小森さんは春田君とお付き合いしているみたいだし、他にあなたの事を好いている異性がいるのかしら?」
得意げに笑いながら指摘をしてくる琴石に、俺は何の反論もできなかった。
ぶっちゃけ安達ほど仲のいい女子が出来たのは初めてで、そもそも俺は彼女が出来た事すらない。
この顔なんで、多くの女子は俺を第一印象で怖がってしまうんだ。
「私としてもあなたと付き合うなんて不本意よ、けど弟のためなのよ」
今まで嫌っていた俺と、フリとはいえ付き合う。
その覚悟があるという事は、琴石にとって優斗君がそれだけ大切だという事。
「……具体的にいつまでフリをすればいいんだ?」
「そうね……一か月、何もなければ彼らは何もしてこないんじゃないかしら?」
「一か月か……」
確かに奴らの短絡的な性格を考えれば、一か月も音沙汰が無ければ優斗君や俺達に対する復讐はしないと見ていいだろう。
だが一か月、あまり好きではない女の子と恋人のフリをするのか。
「あの、櫻井さん。姉ちゃんの無理強いだから、別に受け入れなくても……」
「優斗、これは優斗のためなのよ?」
「でも櫻井さんに迷惑かかっちゃうんじゃ……」
自信満々な琴石に対して、優斗君はオドオドしている。
この辺の感覚は優斗君のほうが常識人という印象だ。
「もちろんタダとは言わないわ、後でお礼はするわよ」
「お礼?」
「そうね……一日、あなたの言う事、なんでも聞くとか?」
「は? なんでも……?」
ほんのりと赤くなりながら、俺から僅かに目を逸らす。
その顔でそんな事を言われると、どうしてもエロい妄想をしてしまう。
「え、エロい事はナシよ!?」
「なっ!? んな事考えてねーよ……」
すみません、実はエロい事しか考えてませんでした。
「まあでも、ハグくらいまでなら頑張るわ……」
「ハグ……っ」
思わず固唾をのんでしまう。
本当に一か月、恋人のフリをするだけで琴石に好きな事を命令できるのか。
正直今まで散々罵倒されてきたから、ある意味これは仕返しのチャンスかもしれない。
悪い話ではないと思い始めてきた。
「しょうがねーな、一か月だけだぞ」
「え、本当にいいの? 実は後輩の子が好きだったりとか、そういう理由があるなら断ってもいいのよ?」
俺が承諾すると、それまで強気だった琴石が怖気づいたように狼狽える。
さっきまで俺の都合など無視する勢いだったろうが。
「ねーよ、そんな理由。恋愛的な目では見てねーよ、今のところ」
どうせ告白しても振られるらしいからな。
「…………まあ、あんたがそれでいいならいいわ。それなら今日から恋人のフリをするという事で、いいわね?」
「あ、ああ……」
やばい。
琴石の顔も赤いが、多分俺の顔も真っ赤になっているだろう。
安達がここに居たら、多分センパイ顔真っ赤ですよってからかうに違いない。
「それじゃあ櫻井君……いや、彼氏を苗字で呼ぶのはおかしいわね。これからは慎君と呼ばせてもらうわ」
「お、おう」
「だから、その……慎君も私の事は名前で呼びなさい」
「え、ああ……紗月」
うわ、なんだこれ恥ずかしすぎる。
かつてないほど心臓がバクバク言っていて、好きでもなかった琴石改め紗月の事を嫌でも意識してしまう。
勘違いするな、俺。
これは俺の自爆が招いた、あくまで形式的な一か月限定の関係。
てめえのケツをてめえで拭くだけでしかないんだ。
「よろしくお願いするわ、慎君」
「あ、ああ……よろしく、紗月」
櫻井慎、今年の六月で十七歳になる予定の十六歳。
彼女いない歴=年齢の俺に、この日初めての彼女ができた。
正確には恋人のフリだけど、今までの人生で無かった事が起きている。
──これからどうなるんだ、俺?
「……あの、僕帰ってもいいかな?」
一人、話についていけない優斗君は、とても気まずそうな顔をしていた。




