5,またしても懲りない奴ら
「優斗とは駅前で待ち合わせをしているわ」
琴石が俺の隣を歩いているという現状が、現実のものとは思えない。
ほんの少し風が吹いている事もあって、琴石のツインテールが靡いている。
こうして横目で見ていると、琴石は本当に透き通るような美少女で、横に並んで歩いているだけ緊張のあまり、心臓の鼓動が早まるレベルである。
高校生らしく顔にあどけなさを残しながらも、綺麗な美人という印象で、可愛い小動物系の安達とは別ベクトルの美少女。しかも一年生の頃からいがみ合っていた琴石が、俺の隣を歩いている。
昨日までの俺に現状を説明しても、多分信じてくれないだろう。
「そういえばあなた、最近一年の子と一緒に登校しているわね」
「は? ……どこ情報だよ」
「たまたま見たのよ。同じ学校なんだから、見かけても不思議じゃないでしょ」
「そうか……」
安達と一緒に登校している事はアッくんにもバレていたが、琴石にまで目撃されていたとは。
確かに安達は騒がしい奴だし、俺も見た目だけは派手なので、俺と安達はもしかすると学校でも目立つ部類なのかもしれない。
「あの子、彼女?」
「ちげーよ」
「そう、違うのね」
「ああ、ただの後輩」
やはり昨日までいがみ合っていたからか、琴石との話は非常に淡泊で、そもそも何かを話題を振っても続く気がしない。
だから何も声をかけられないし、ぶっちゃけ琴石と話す事など何もない。
「どういう経緯で知り合ったの?」
「大したことじゃねーよ、たまたま定期入れを拾っただけ」
「そう……あなたって、見た目に反してお人好しなのね」
「知らねーよ」
安達の件に関しては目の前で定期入れを落とされて、それを拾わないのは心が痛むと思っただけ。
琴石の件にしたって、イジメという現場を見て胸糞が悪かっただけだ。
「昨日、足が震えていたわね」
「……うるせーよ」
「ケンカ、苦手なの?」
「知らねーよ」
「……くす、そういうことね」
肯定も否定もせずにいると、何故か琴石は口元を手で押さえて笑いをこぼした。
そういうことねって、どういうことなんだよ。
「私は、どうやらあなたという人間を先入観だけで判断していたみたいね……」
笑ったと思いきや、今度は物悲しそうな顔を浮かべる。
「仕方ないんじゃねーの。俺も別に、校則を守ってるわけじゃねーし」
「校則は守って欲しいんだけどね」
琴石としても昨日の恩人が俺みたいな人間だから、複雑な心境なのだろう。
とはいえ琴石の言葉からして、俺が今まで自分で思っていたほどの悪人ではないと、認識を改めつつあるようだ。
俺としては別に、善でも悪でもどっちでもいいんだがな。
「あっ……」
バスに揺られて十数分、駅に到着してバスから降りた矢先、琴石が小さな声を漏らして立ち止まった。
その原因は琴石の視線の先を見て、すぐにハッキリとした。
「オイ優斗、てめえ昨日はよくも恥かかせてくれたな?」
「ちょっと俺らに付き合えよ。今日は姉ちゃんも金髪もいねーぞ?」
見覚えのある古臭い格好の不良少年二人組が、見覚えのある可愛い顔をした少年に詰め寄っている。
また加藤と藤井が、優斗君に絡んでいた。
駅前の人通りが多い場所で白昼堂々と、大した度胸である。
「優斗……っ!!」
琴石の目には憎悪が宿り、歯をギリギリと噛み締める。
だが琴石が単独で出て行ったところで、結果は昨日と同じだろう。
「おい、琴石。俺から離れるなよ」
「え、櫻井君?」
「優斗君を助けるぞ」
「ちょ……っ!!」
俺が歩き始めると、出遅れた琴石は小走りで俺を追いかけてきた。
「……おいコラ」
優斗君に詰め寄る加藤と藤井に近づいた俺は、奴らの背後からドスを効かせた声を発する。
「あぁ? ……げっ!?」
「てめえ、昨日の金髪……ッ!?」
振り返った二人は、俺の姿を見て明らかに狼狽える。
俺の横には琴石も並び、彼らに向かって怒りのこもった眼差しを向けていた。
「姉ちゃん!! お兄さん……っ!!」
優斗君は二人の横を回って、素早く走って俺と琴石の後ろに隠れた。
「テメーら、またコイツの事イジメてんのか?」
「な、なんだよテメーはよぉ!! 関係ねぇだろ!!」
「テメーは一体なんなんだよ!? その制服、綾の森だろ!?」
加藤と藤井はビビりつつも、大声をあげて俺に質問を投げかけてくる。
──なんなんだよ、か。
確かに、この場合なんて答えればいいのだろうか。
琴石の同級生というだけでは弟を守る理由には弱いし、かといって優斗君の先輩だというのは制服からして中学も違うし、流石に無理がある話だな。
この場を乗り切れればいいわけだから、適当な理由を言えばいい。
「俺は……この子の姉ちゃんの彼氏だ」
「……っ!?」
俺の突拍子の無いカミングアウトに、事前に打ち合わせなどしていない琴石は当然のように驚いた。
──頼む、話を合わせてくれ。
困惑する琴石の方を見て、俺は彼女の腕に自分の腕を絡めて、アイコンタクトを取った。
もちろん優斗君もびっくりしているが、説明は後でいいだろう。
「か、彼氏だぁ?」
「そうだよ。なんか文句あんのか……あ?」
そう言いながら、俺と加藤と藤井に対する睨みをより鋭くする。
「最近付き合い始めたばっかだけどよ、大事な彼女の弟を守るのは当然だろ」
「……そ、そうよ!! 私たち付き合ってるの。だからアンタ達を追っ払うために、彼氏に協力を仰いだのよ!!」
流石は琴石だと感心した。
頭の回転が速いからか、俺の意図を理解して作戦に乗ってくれた。
「う、嘘つくな!!」
「そうだそうだ!! てめえ姉ちゃん、昨日不良は嫌いだって言ってただろ!?」
「彼は見た目はとっぽいかもしれないけど、アンタ達みたいな粗暴なチンピラとは違う、優しくて正義感に溢れてる人なのよ!!」
琴石は絡めた腕に体を押し付けながら、恐らく演技だろうが俺の事を持ち上げるために必死に叫んだ。
……やばい、この体勢は。
体が密着しているから、琴石の柔らかい部分が腕に当たっている。
安達のほうが大きそうだが、しっかりと柔らかい女の子を象徴する膨らみ。それ以外の全身も、男の自分からは想像がつかない柔らかさ。
何よりこの距離だと、琴石の甘い香りが鼻腔を包む。
シャンプーなのか、体臭なのか、ハッキリとは分からないがイイ匂いすぎる。
胸の鼓動が早まるのと同時、顔全体が熱くなって、もうオーバーヒート寸前だ。
「なになに、揉め事?」
「あれ綾の森中の子と、綾の森高の子よね?」
「何事だ?」
「不良同士の喧嘩?」
駅前という人通りの多い場所というもあって、俺たちの大声を聞きつけた通行人たちが、やがて野次馬として集まりだした。
こうなっては二人も、昨日のように暴力的な手段には出られないだろう。
「おい加藤、人が集まりだしたぜ?」
「チッ、行くぞ藤井……」
加藤と藤井も、流石にこの状況で暴れるほど頭が悪いわけではなかった。
バツが悪そうに悪態をつきながら踵を返し、駅から遠ざかる方向へ遠ざかる。
「オイお前ら、二度とイジメなんかするんじゃねーぞ!!」
俺はあえて立ち去ろうとする二人に対し、そう大声で言ってやった。
「え、イジメ?」
「金髪と女の子の後ろに、男の子が隠れてる?」
「もしかしてアイツらイジメてたの?」
「最低じゃない、あの不良二人!!」
「おい動画回そうぜ~?」
優斗君にとっては恥ずかしいかもしれないが、それでもこの状況だと群衆を味方につけた方が得策だと判断した。
だからあえてイジメがあったという事実を声高らかに叫び、加藤と藤井にとって都合の悪い状況を作ってやった。
今後、優斗君に対するイジメへの抑止力となる事も期待しての行動だ。
「くそっ、あの金髪!!」
「加藤、さっさとずらかるぞ!?」
加藤と藤井は流石にこの状況がまずいと理解したのか、ダッシュで俺たちの前から立ち去っていった。
「……ふう」
安堵のため息を吐く。
良かった、今回も殴り合いにならずに解決できた。
もし最悪の事態になっては、多分中学生が相手でも勝てない可能性が高い。
「櫻井君……」
俺から離れた琴石が、ふるふると体を震わせながら俺の前に立つ。
「なんだ?」
「か、かかか……彼女ってどういうコトなのよ!!」
「うぉっ!?」
突然、顔を真っ赤にした琴石が両手で俺の胸をどついてきた。
大した威力ではなかったが、突然の事で身構える隙もなく、俺は数歩ほど後ろによろめいてしまった。
「姉ちゃん、落ち着いて」
「ふしゃー!! ふしゃー!!」
琴石は顔を真っ赤にしたまま、歯をむいて息を荒くする。
こいつは猫かよ。
「しょうがねーだろ。奴らに優斗君を庇う義理がある事を証明するためだ」
「友達でも良かったじゃない!!」
「それは……あぁー」
言われてみれば、別に友達の弟だから助けるって話でも良かったかもしれない。
冷静になって考えてみたら、彼女って流石に飛躍しすぎな話だったか。
「櫻井君!!」
「はい」
琴石は自分の腰に左手を当てて、右手の人差し指をビシッと向けてきた。
「話を追加よ、今後の事で話があるわ!!」
ただ昨日のお礼をしてもらうという事で、琴石姉弟からカフェを奢ってもらうだけのつもりだったのに、咄嗟の事とはいえ俺が余計な事をしてしまったがために、面倒な事になりそうな予感である。
早く帰りてえな。




