4,俺の事が嫌いな委員長に誘われた
昨日は思わぬアクシデントが起きて、しかもトラブルに首を突っ込んでしまったのだが、あの後無事に電車は運行を再開したため、家には無事に帰る事ができた。
無事、新刊もその日のうちに読破する事ができたので、安達にはMIENで明日ソレを貸せる事を伝え、すぐに「楽しみにしています」という返事が届いた。
そして翌日。
「おはようございます、センパイ」
「おはよ。ほら、これ約束の」
電車に乗ると、いつものように安達が駆け寄ってきた。
カバンから袋に入れた新刊を取り出し、それを安達に差し出す。
「わー、ありがとうございます!! 明日返しますね!!」
安達は目を輝かせながら、ソレを自分のカバンにしまう。
「そういえばセンパイ、昨日人身事故がありましたけど大丈夫でした?」
「巻き込まれたし、復旧するまで綾の森で足止め食らってたぞ」
「うわぁ、災難ですね。あたしは何とか道場には遅れなかったんですけど……」
「そうか、それなら良かったじゃねーか」
俺にとっては人身事故以上に、琴石姉弟を助けるために不良二人と喧嘩になりかけた事のほうが記憶に残っている。
アレはマジでビビった。
二度とあのような状況には遭遇したくない。
「ふふん。センパイには今度、お礼をしなきゃダメですね」
「お礼?」
「漫画を貸してくれたので!!」
「ああ、別にいらねーよ」
「えー? ほんとは欲しくないですか? 例えば……投げキッスとか!!」
得意げな顔を口元を抑える安達。
また始まったよ、安達のダル絡みが。
「あんま人をからかうなよ、嬉しくねーよ投げキッスなんか貰っても」
「え、ひょっとしてホントにキスして欲しい系ですか!? すみませんそれはいきなり飛躍しすぎだと思うので、きちんと告白してもらってからでいいですか?」
どうして急に俺から距離を取るんだ。
しかもまんざらでもなさそうな反応だったため、少し顔が熱くなってしまう。
「……告白したらしてくれんのかよ」
心臓の鼓動が激しくなる。
少し、ほんの少し、期待してしまっている自分がいる。
別に安達が好きとか、そういうのではないとは思うが、気になってしまう。
いや、だって健全な男子高校生ならさ、彼女はぶっちゃけ欲しいじゃん。
「え、普通に振りますけど?」
だが期待に反し、安達はあっけらかんとした顔でそう言ってきたのだ。
「てめえ……!!」
「もしかして期待しちゃいました?」
「安達ぃ……っ!!」
「きゃははは!! 流石にまだ早いですよ、もう少し好感度積んでください!!」
そう冗談っぽく言う安達の頬はほんのり赤いように見えたので、安達も実は恥ずかしいのではないかと勘繰ってしまう。
だが俺は前回の敗北を鮮明に覚えているため、安達に対して都合のいい解釈はしない事に決めたんだ。
結局、それをやって恥をかくのは俺の方だからな。
「センパイ顔真っ赤、ほんと可愛い反応しますよね」
「ウゼェ……人の気持ちを弄びやがって」
「……でもあたし、センパイの事はわりと好きですよ?」
「────っっっ!?」
頬を赤らめて上目遣いで言う安達の言葉に、俺は度肝を抜かれてしまう。
好きって、安達が、俺の事を……?
「あ、センパイまた真っ赤ですよ?」
一瞬安達の事が好きになりかけてしまったかもしれないが、その気持ちは一瞬にして打ち砕かれてしまった。
やっぱり安達は俺の事をからかっているだけだった。
「お前なぁ……!!」
「あはは、センパイか~わいい」
「お前、それで俺が勘違いしたらどうするんだよ?」
「センパイ、ちゃんとあたしに好きって言えるんですか?」
いたずらっぽく笑いながらからかってくる安達だが、確かにそれは的を得た指摘だった。
可愛いって言う事すら恥ずかしかったのに、好きだなんて冗談でも言えない。
安達と違って、俺は繊細な性格をしているんだ。
「……やっぱりまだ早いですね!!」
「安達、てめえホントいい性格してるな」
「だってセンパイ、あたしに反撃しようと必死なんですもん」
どうやら安達に俺の思惑はバレバレだったようだ。
安達に反撃して、俺と同じ気持ちを味わってもらう作戦は失敗に終わった。
「……チッ」
「怒らないでくださいよ、センパイ。先に可愛いって言ったのセンパイですよ?」
「…………っ」
頭痛がしてきて、額に手のひらを当ててしまう。
確かに始まりはあの一件で、結果として俺の方がダメージを受けている。
安達に可愛いだなんて、言わなきゃよかったと今更後悔し始めた。
「……ちなみにセンパイ、あたし日曜日ヒマなんですよね」
「はあ、それがどうした?」
「ヒマなんですよ、暇!!」
安達が身を乗り出してきて、やたらと週末が暇である事を強調してくる。
「……言っとくけど、週末予定あるぞ?」
「え?」
「うち妹が小さいからな。義父さんが週末家族で遊びに行くぞって、今からスゲー張り切ってるんだわ」
「ええ、そうなんですね」
気のせいだろうか、安達の声色からしてテンションが下がった気がする。
顔は笑っているのに、目は笑っていないような気がする。
「センパイ、ヤンキーなのに家族と仲いいんですね」
「んだよ、なんか悪いのか?」
「いえ、マイルドヤンキーって地元ラブ家族ラブ友達サイコーですもんね……」
さっきから安達は何を言っているんだか。
「ちなみに妹さんって何歳なんですか?」
「今年小学一年生だし、まだ誕生日迎えてないからな……六歳か?」
「へえ、可愛いですね!!」
「会った事ないだろ」
「センパイの妹さんだから、きっと可愛いですよ!!」
どういう理屈かは不明だが、実際俺の妹は可愛いと思うので、正直安達にそう言われると嬉しい。
まだ幼いし、年が離れているから喧嘩をする事も殆ど無い。
ぶっちゃけ天使みたいなものだと思っている。
「ま、仕方ないですね。家族との時間、大切にしてあげてくださいね」
「……そうだな」
結局、安達が一瞬ふてくされていた理由はわからないままだったが、その後は安達からからかわれる事もなく、気づけば学校に到着していた。
★ ★ ★
学校での一日はいつも通りだった。
一年の頃に仲が良かった奴らは他のクラスになってしまったため、クラスにはアッくんと小森以外、あまり親しい人間がいない。
そのため今日も二人とばかりツルんで、一日はあっという間に過ぎていく。
「琴石さん、さっきの授業でここわからなかったんだよね」
「ああ、これならこの公式を使って──」
琴石の様子もいつも通りだ。
学年でもトップレベルの成績を誇る彼女は、他の生徒たちから勉強の面で頼られる事も多く、俺たち以外には愛想がいいので人気も高い。
「なんでうちらには手厳しいんだろうねー、あの子」
「知らねー、去年からずっとそうだし」
昼休み、いつもの三人で固まって昼飯を食べる中、アッくんと小森が琴石の事を話題にし始めた。
今日は琴石とは一切喋っておらず、そもそも昨日のようなやり取りをする事自体が稀で、基本琴石と関わる事はない。たまに琴石と話せば昨日のような説教だったり、クラス委員としての仕事だったり、俺たちと琴石の関係性はそんなものだ。
琴石に直接何かをした覚えはないので、二人が琴石の態度を疑問視するのは当然の事だろう。
──まあ、俺はなんとなくわかった気がする。
加藤と藤井。
あの昭和に憧れたボーイズたちは、日頃から優斗君をイジメているのだろう。
直接の関係が無くたって良いイメージが無い人種だから、身内が被害に遭っている立場の琴石が、ヤンキーを嫌悪するのは当然と言える。
昨日の件で、琴石からはまだ話しかけられていない。
俺としても改めて話す事は無いし、このまま今までの関係に戻るのだろう。
「……別に、アイツの事なんかどうでもいいだろ」
「うわ~、慎ちゃん厳しい」
「まあでも櫻井の言う通りだよね、話したらイラつくだけだし」
アッくんはともかく、小森のほうは琴石の事がかなり嫌いなようだ。
俺もぶっちゃけ好きではないが、この溝が埋まる事は多分無いだろう。
それから昼休みが終わると、午後の授業もいつの間にか終わっていた。
昼ごはんを食べて眠かったのか、その間アッくんはずっと寝ていた。
帰りのホームルームを終え、帰り支度を始める。
「ふぁ~、よく寝た。てかバイトだわ~、オレ帰るね~」
「じゃあな」
「あーくんまた明日」
アッくんは放課後、バイトがあるため足早に教室を去っていく。
アイツも片親で妹が居て、経済的にそれほど恵まれていないので、少しでも生活を楽にするためバイトをしているらしい。
軽薄そうに見えて、アッくんはアッくんで苦労をしているようだ。
「ふぁ~、あーくんバイトだし退屈だなぁ」
小森がスマホを弄りながら、あくびをして呟く。
「昨日の埋め合わせに、どっか行くか?」
「ごめんね~、アッくん以外の男とは二人きりで遊ばない主義なのよ」
「お前、そういうところは真面目なんだな」
「彼女ですから」
ノリが軽く、いかにも遊んでいそうな雰囲気だけど、こういう真面目なところがあるからアッくんとも続いているのだろう。
アッくんも考えていないようで意外と考えている男なので、ある意味お似合いのカップルなのかもしれない。
「櫻井君」
小森との会話が途切れて数秒、予想外の人物に声をかけられた。
「琴石……」
「うげぇ、なんか用? また櫻井の事イジメんならスカート捲るよ?」
「違うわよ。あと、私小森さんの事は許してないから」
「けっ、謝んねぇよ~だ」
マジで仲悪いな、コイツら。
昨日の出来事を考えたら当たり前と言えば当たり前だが。
「櫻井君、放課後って暇かしら?」
「あ? ……まあ、用事はねーけど」
「ちょっと、付き合ってもらえるかしら」
「……はあ?」
「ええ!?」
俺も驚いたが、小森のほうが大声で驚いていた。
「弟があなたに会いたがってるのよ」
「弟って……確か優斗君だっけ?」
「そう……って、あの子の名前言ったかしら?」
「昨日、アイツらが名前言ってた」
「そういうことね」
俺と琴石がそんなやり取りをしている横で、小森は目をぎょっと開いたまま体が硬直していた。
「あまり時間は取らせないわ、お礼も兼ねてカフェでも奢るわよ」
「別に礼なんていらねーから、優斗君によろしく言っといてくれよ」
「奢られてくれないかしら? 私も優斗も、恩義はちゃんと返したい性分なの」
俺が謙遜をしても、琴石は真剣な眼差しで決して引こうとはしなかった。
これが琴石だけだったら、正直今までの事もあるので誘いに乗る気は起きないのだろうが、今回は優斗君の存在もある。
あの子の事はよく知らないが、知らない人間にまで冷たくする必要はないか。
「分かった、付き合うよ」
「ありがとう、櫻井君。優斗もきっと喜ぶわ」
琴石は俺に礼を言いながら、穏やかに口角を上げた。
足が震える俺の醜態を見て吹き出してはいたが、こういう形で琴石から笑顔を向けられるのは、間違いなく今日が初めてである。
「おいおい……マジでどうなってんの?」
琴石と一緒に教室を出ようとする俺の後ろから、小森の困惑する声が聞こえた。




