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24,衣装選び

 土曜日の朝を迎えた。

 今日は紗月との約束があるため、鏡の前で髪型をセットして、私服姿の自分と睨めっこをする。

 まあ正直なところ、俺はそんなに服をたくさん持っている方ではない。

 今日のコーデは濃紺(のうこん)の生地に南国情緒(なんごくじょうちょ)が溢れる柄がペイントされたアロハシャツに、ゆったり気味のベージュのペインターパンツ。

 ちょっとガラの悪さが目立つ気もするが、まあ違和感は無いだろう。

 自分のファッションセンスにはあまり自信が無いため、少し不安には思う。


「あら、出かけるの?」


 洗面所から出ると、掃除機を持った母さんと廊下で居合わせる。


「友達と約束あって」


「そう、お昼はいらないのかい?」


「昼はいらない。ちなみに明日も多分、昼はいらない」


「連日遊びに行くなんて……ひょっとしてコレ?」


 母さんはニヤニヤしながら、右手の小指だけを立ててきた。

 そのジェスチャーの仕方、古いだろ。


「ちげぇよ」


「なんだ違うの……アンタも年頃なんだし、彼女の一人や二人くらい連れてきてくれたら母さん安心なんだけどね」


 余計なお世話である。

 母さんを無視して家を出た俺は、徒歩で駅へと向かう。

 紗月との待ち合わせ場所は綾の森。紗月の家から近く、俺としても通学定期内で移動できる場所で、買い物には困らない場所となると、綾の森がベストであるという話になった。


 電車を降りて、待ち合わせ場所の駅前で待つこと数分。


「お待たせ、慎君」


 約束の時間に現れた紗月は、半袖の白いシースルートップスに、ワイドなダークグレーのハイウエストデニムパンツ、そして黒いサンダルという格好をしていた。

 だがそれ以上に驚いたのは、普段はツインテールの髪型を下ろしていた事。

 シンプルながらスタイルの良さを際立(きわだ)たせたメリハリのあるコーデに、下ろしたさらさらの黒髪が、いつもとは違う大人びた雰囲気を(かも)し出している。


「……慎君、どうかした?」


「あ、いや。なんでもねえよ?」


「そう?」


 似合っているとか、気の利いた事を言えればよかったのかもしれない。

 だけど紗月に目を奪われている最中に声をかけられ、気が動転してしまった俺には、そんな女性に慣れたような対応はできなかった。


「慎君の私服、そんな感じなのね」


「ッ…………なんか変?」


「いいえ、結構いい感じに着こなせているわ」


「そうか……紗月も似合っていると思う」


「そう、嬉しいわ」


 褒められた流れで、俺も紗月のファッションを褒める。

 紗月は照れくさそうにはにかんで、自分の髪の毛先を親指と人差し指で挟んだ。


「さあ、買い出しに行きましょう?」


「そうだな」


 今日の目的は、あくまでも綾森祭で着るコスチュームの調達。

 断じてデートではない。


 とはいえ紗月は学年でもトップレベルに美少女だと噂で、すらっとしたモデルのような体型だからか、周りの男たちからの視線を嫌でも感じる。

 あわよくばナンパしようと企んでいる奴も、中にはいるかもしれない。

 注目の(まと)である紗月の横を、俺はポケットに手を突っ込んだ状態で歩いている。


 ──何見てんだ、見世物じゃねえぞ。


 露骨な視線を向けてくる奴に対しては、睨みをきかせる。

 そうすると目を背けてくれるので、俺はナンパ()けとして機能しているようだ。

 

 ──なんだ、彼氏いるのかよ。


 そんな心の声が聞こえてくるようだった。


「ここなんか、たくさん衣装あるんじゃないか?」


 俺が紗月と一緒に入った店は、綾の森のショッピングモール内にあるアパレル店だが、この店は少し変わった店で、奥の方にコスプレ衣装が陳列されているコーナーがある。


「凄いわね、ここって専門店ではないのよね?」 

 

「ああ、違うけど店長の趣味なんだろうかね。コスプレ衣装が売ってるんだわ」


 陳列されているコスプレ衣装は、いわゆる仮装レベルのモノから、流行ったアニメやゲームの衣装まで、多種多様の在庫があった。


「早速、選んでいきましょうか」


「そうだな。けど、俺あんまり高いのは買えねーぞ?」


「それなら心配に及ばないわ、慎君の衣装は私が買ってあげる」


「え? いやいや、それはいくらなんでも……」


 紗月の提案を俺が躊躇(ためら)っていると、紗月は少し体勢を屈め、ちょうど上目遣いになる角度で俺の顔を覗き込む。


「慎君には色々と迷惑をかけたから、これは私からのお礼よ?」


「…………っ」


 上目遣いで、しかもお礼だと言われると、流石に断りづらいな。

 紗月の心情としては、恋人のフリをしてくれた事や、例の事件から助けてくれた事に対して、お礼がしたいのだろう。

 だったら断るのは、逆に紗月の気持ちを無碍(むげ)にする結果になるかもしれない。


「……わかった、じゃあ厚意に甘えるよ」


「素直でよろしい」


 背筋を正した紗月が、ぽんと俺の右肩に右手を伸ばしてきた。


「……で、どれにしようか」


 陳列されたコスプレ衣装に目を通すが、そもそもコスプレをした事がないので、自分にどんな衣装が似合うのかもわからない。

 悩んでいると、紗月がおもむろに一着の衣装に手を伸ばす。


「慎君は金髪で目も鋭いし、これなんか似合うんじゃないかしら?」


 紗月が俺に向けて差し出してきた衣装は、赤を基調とした上下に、黄金の刺繍が入れられた黒いマント、白いベルトと手袋とブーツ。

 

「シャアじゃねーか」


「似合うと思うけれど……試着してみたら?」


 紗月が視線を送った数メートル先に、おあつらえ向きの試着室があった。


「まぁ……いいけど」


「さて、私は何にしようかしらね」


 そう言ってコスプレ衣装を選ぶ紗月。

 この時、俺の頭によからぬ考えが浮かんでしまう。


「……なあ紗月」


「なにかしら?」


「お前、恋人のフリをする時に、なんでも言う事聞いてくれるって言ってたよな」


「え? ええ、そういえば、そんな事言ったかしら……?」


「じゃあ俺が選んだ衣装を着てもらっていいか?」


「え? ……まあ、いいけれど」


 交渉成立。

 まさかあの時紗月が言っていた言葉が、ここにきて役に立とうとは。


「う~~ん」


 しかし俺の趣味で紗月の衣装を選べる権利を得たとはいえ、紗月に何を着てもらおうか悩ましい。


「あの、慎君? あまりエッチなのは勘弁して欲しいのだけれど……」


「心配するな。エロいのはそもそも、綾森祭で着れないだろ」


「そ、そうね……」


 どこか不安そうな紗月を見ながら、考えを巡らせる。

 大前提として紗月はスレンダー体型で、ぱっと見た感じバストに関しては安達の方が大きそうである。

 臀部(でんぶ)も引き締まっていて、かつ雰囲気としては清楚系で、髪型に関してはロングヘアのため、普段がツインテールである事を考えたら、如何様(いかよう)にも変更は可能であろう。

 紗月の雰囲気や体型から、最適解を模索する。


「ちょ、そんなにじろじろ見られると恥ずかしいのだけど……」


 紗月は胸元で腕をクロスさせ、顔を赤く染めて弱弱しい声で抗議する。


「すまん、お前に似合いそうな衣装を考えていた」


「真剣に考えてくれるのは嬉しいけど、見すぎよ……」


「悪い。お前美人だから、何着せても似合いそうで悩んでる」


「びっ……!?」


 紗月の顔面が真っ赤に染まった。

 あれ、冷静に考えたら俺、めちゃくちゃ恥ずかしい事を言ってしまったのでは。


「…………。」


 自分の顔も熱くなるのを感じつつ、再び陳列された衣装を漁る。

 漁って、漁って、漁りまくって、ある衣装が目に入った時、手が止まった。


 ──これだ。


 紗月のイメージに合いそうな衣装を見つけて、俺の中で電撃が走る。


「紗月、これなんてどうだ?」


 そう言いながら、手に持った衣装を紗月に見せつけた。


「これは……なんの衣装かしら?」


「とある魔法少女アニメのキャラの衣装」


 白を基調としたシャツに、灰色のスカート。紫色のリボン。黒いタイツ。

 一見すると学校の制服のようにも見えるが、れっきとした魔法少女の戦闘装束であり、しかも(たて)まで再現されている徹底ぶり。

 黒髪ロングでスレンダーなキャラクターなので、紗月には似合いそうだ。


「よくわからないのだけど、スカートにフリルがあって可愛い衣装ね」

 

「だろ? 是非、着てみて欲しいんだ」


「わかったわ……とりあえずお互い、選んだ衣装で試着してみましょう」


 紗月の提案を受けた後、お互いの手に持った衣装を交換し、試着室へ移動して選んでもらった衣装に着替える。

 一通り着替え終わって、試着室にある鏡を見てみる。


 ──見事に真っ赤だ。


 鏡で見る自分はイケメンに見えるという説もあるが、意外にもこの衣装が自分に似合っている事に気付かされる。

 確かに髪が金髪で、目つきも鋭いため、それっぽくは見える。

 そう自画自賛していると、隣の試着室のカーテンが開く音がしたため、俺も試着室から出る事にした。

 カーテンを開けて外に出る。


 そこには暁美(あほみ)ほむらのコスプレをして、恥ずかしそうにもじもじしている紗月の姿があった。

 俺の予想通りというか、似合いすぎていて言葉を失ってしまう。


「……どう?」


「……似合ってると思う」


「そう……慎君も似合っていると思うわ」


「そうか……」


 なんだこれ、非常に恥ずかしい。

 試着室の前で、お互いにコスプレをした状態で向き合う事が、ここまで恥ずかしいとは思わなかった。


「まあ、でもいいんじゃないか? 絶対それ、ウケはいいと思うぜ?」


 紗月のコスプレが似合っていると思うのは本心で、それをたどたどしく伝える。


「そう言ってくれるのは嬉しいわ」


「おう……」


 会話が続かない。

 褒めれば褒めるほど、自分が恥ずかしい事を言っているような気がして、顔が熱くなってしまう。

 それは紗月も同じようで、紗月の頬もほんのりと赤く染まっていた。


「……そろそろ着替えましょうか」


「そうだな、これでいいなら会計済ませちゃおうか」


「ええ、そうしましょう」


 きっとお互い、さっさとコスプレ衣装を脱ぎたかったのだろう。

 申し合わせたように言葉を交わし、俺と紗月は再び試着室に入るのだった。




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