23,またしても不穏な気配
紗月と約束を交わしてから、さらに数日が過ぎた。
今日は金曜日、今日を乗り切れば土曜は紗月と、日曜は安達との用事があり、忙しい週末が訪れる。
「いやぁ~、もうそれほぼ二股じゃん」
昼休み、その話をアッくんにすると、奴はニヤニヤしながらそう言ってきた。
「てめぇ殺すぞ?」
「慎ちゃん顔怖いって。で、実際のところどうなの?」
「何が?」
「慎ちゃんは安達ちゃんと琴石さん、どっちが好きなん?」
「知らん」
質問に対して、俺はぶっきらぼうに一言で答えた。
アッくんは興味本位でそんな事を聞いてきたのだろうが、考えた事もない事を答えられるわけがない。
「うわ~、ナチュラルにキープしてるよこいつ……」
「紛らわしい言い方をするな、マジで考えた事がない」
「そうなん? にしては安達ちゃんにはめっちゃ懐かれているし、あれだけお前の事を嫌っていた琴石も、今じゃ態度が昔と正反対だしなぁ」
ぶっちゃけ彼女達が俺の事をどう思っているかなど、俺は知らない。
少なくとも嫌われていない事は間違いないし、休日に一緒に出かけてくれる時点で信頼はされているのだろう。
だけど安達に関しては思わせぶりな態度を取りつつ、結局からかっているかのようで、本音がよくわからない。
紗月とは多分、いい友達関係を築けているとは思う。
──まあ、そんな彼女たちを俺は、好きか嫌いかで言えば好きだ。
ただ安達に対しては先輩という立場から見て、可愛い奴だという話。
紗月に対しても、友達として好きという話。
「だからって何でも色恋沙汰と絡めるなよ、アッくんと小森じゃあるまいし」
「いやぁ、普通は仲いい男女ってそういう感じになると思うよ~オレは」
「男女だって友情くらいは成立するだろ、知らんけど」
「いや知らんのかい……はっ、もしかして慎ちゃんってホモ!?」
突然、アッくんが自分の胸元で腕をクロスさせて、俺を見ながら顔がどんどん青ざめていく。
「ブン殴るぞ? 小森が風邪で休んでるからってメンタル壊れてんのか?」
そう、今日は珍しく小森が風邪で休んでいる。
そのせいなのか知らないが、アッくんは朝からそわそわしていて、だから気を紛らわせるために俺にダル絡みをしているのだろう。
「うぅ……大丈夫かなぁ」
「言うてもただの風邪らしいし、来週には普通に学校来るだろ」
「それは、そうだと思うんだけどねえ……」
なんて気弱な姿なのだろう。
これが先日、東と死闘を繰り広げた蟷螂拳の春田と同一人物とは思えない。
「たくよぉ、喧嘩強い癖にメンタルは雑魚だよなお前」
「うるさい。慎ちゃんだって好きな人が出来たら、この気持ちは理解できるよ」
「いや、わかるけどな。俺だって陽葵が熱出したら取り乱す自信あるわ」
「妹じゃんそれ。もしかして慎ちゃん、シスコン……」
「お前そろそろマジで殴るぞ?」
「さぁせん」
やれやれ、これはかなり精神的に参っている様子だ。
小森には早く治して登校してきてもらわないと、今のアッくんの前から小森が居なくなったら面倒すぎる。
「話変わるけど、そういえば喧嘩で思い出した。関実が大変な事になっているらしいよねぇ」
本当に話が百八十度変わったが、アッくんはいきなり真顔になって、関実の話を出してきた。
関実──関東実業高校。
それは先日、俺やアッくんが壮絶に喧嘩した、東辰吉が番を張っている底辺高校である。
県内随一とも言われる不良のサラブレット校なので、きな臭い噂は多い。
「東のところの学校か、それがどうしたんだ?」
「その東がさ、先日オレに負けたじゃん」
「ああ、とんでもない喧嘩だったな……」
俺はあの時ボロボロだったが、今でも二人の激闘は目に焼き付いている。
戦況が二転三転する戦いの末、最後はアッくんの蟷螂拳が、東のボクシングを超越して、アッくんが見事に勝利したんだ。
アレから加藤と藤井は本当に大人しく、学校で優斗君に手は出していない。
関実の連中が俺らに絡んでくる事もなく、今の所は平和そのものだ。
「なんかその件で、東の求心力が関実の中で落ちてるっぽいのよ」
「ふ~ん。それってつまり、内輪揉めが始まってるって事か?」
「ま、そういう事だね。元々関実には東の他に、船井派って派閥があって、そこの頭の船井って奴が東から番格の座を奪おうと、東派と揉めてるらしいんだよね」
関実には東以外にもヤバい奴がいるとは、以前アッくんから聞かされている。
そのヤバい奴の筆頭が船井という奴なのだろう。
まさか令和の時代に漫画のような派閥争いが起きているだなんて、流石は底辺校だと思ってしまった。
「今時漫画みたいな話だな。けど東って強いし、どうせ東派が勝つんじゃね?」
奴の強さは、俺も身をもって体感している。
とてもあの男が、簡単に番格の座から引きずり降ろされるとは思えない。
「どうだろうねえ。その船井って奴、松戸から来ているらしいけど、松戸じゃ相当有名なワルだったらしいよ。中学の頃に極道ボコったとか噂があったりね」
船井のとんでもない噂を聞いて、俺は呆れて開いた口が塞がらなくなった。
「…………いや、漫画かよ」
「うん、それは流石にオレも嘘だと思う。でもまぁヤバいのは間違いないらしい」
東と並んで噂になるほどの男なのだから、危ない奴なのだろう。
「で、結局何なんだ? 急に関実の話題なんか出して……俺らに関係あるのか?」
「大アリっしょ。だって東派の失墜ってオレらに負けた事が発端だしね」
「ふ~ん。つまりその船井って奴が、俺たちに仕掛けてくる可能性があると?」
「まぁ、可能性としてはあるよね。不良ってメンツの生き物だからさ、東がオレに執着していたように、船井が標的をオレらに向ける可能性はあると思うよ」
面倒くさい界隈だな、ヤンキーというのは。
最も面倒くさいからこそ、アッくんは連中の動向を気にしているのだろう。
「その心配が杞憂で終わって欲しいものだな……」
「だねえ。オレも正直、アイツらの相手なんかしたくないわ~」
「わかる。俺はもう、あんな痛い思いは御免だわ」
最近、やっと怪我が治ったので、切実にそう思うのだった。
とりあえずリスクを頭の片隅には置いておくとして、面倒事には巻き込まれないように願って、これからも毎日を過ごそうと思った。
◇ ◇ ◇
「東の野郎から離反した奴が、随分増えたもんだな」
「へへへ、東はもう落ち目っスよ……船井さん」
「じゃあそろそろ綾の森の春田と櫻井、それと空手使いの女……狩るか」
「船井さん、やるんスね?」
「このままじゃ関実は綾の森にナメられっぱなしだからよぉ。それに俺が連中をぶちのめせば、東より俺の方が強ぇって話になるじゃん?」




