22,変わっていく評価
「はぁ……」
めちゃくちゃ疲れた。
少しの延長戦を挟んで、ロングホームルームは無事に終わった。
アッくんの他、数名はバイトを理由に途中で帰ったが、俺を含めた残りの人間により議論は進み、まずフランクフルトなど電子レンジで調理できる簡単なモノを優先して採用。料理部の奴にパンケーキを作ってもらうという形にした。
飲み物はスーパーの安い奴を中心に、食に関してはコスパと手軽さを重視。
──結局、これも俺の提案だったが。
陽キャグループが次から次へと案を列挙するのだが、どれも手間がかかる上にコストがかかりそうなもの、保健所から許可が降りなさそうなものばかりだったので、紗月に話を振られて俺が助言する形が定着してしまった。
「櫻井君、君の事を見直したよ」
「そうかよ……」
ロングホームルームが終わって、速水からそんな声をかけられた。
だが疲れ切った俺はもう面倒くさくて、速水に対して塩対応をする。
「最近、琴石さんと付き合い始めてから、いい顔するようになったよね」
今まで話もした事がなかったハズの速水が、やたらと俺に絡んでくる。
「付き合ってねーよ」
「そうなの? 付き合っているって聞いたけど」
「まぁ、ちょっと諸事情あってな……今は普通に友達って奴だ」
「あ、そうなのか」
俺の含みがある言葉を受けてか、速水は察してくれたようで、それ以上俺と紗月の事について詮索してこようとはしなかった。
矢口や村井ならさらに突っ込んできそうだが、速水は話のわかる奴のようだ。
「……じゃあ、俺は帰るぞ」
「うん、オレも部活行く。綾森祭、一緒に盛り上げよう」
そう言って速水は踵を返し、恐らくサッカー部の活動へと向かった。
「えーっと、櫻井君!!」
そして入れ替わるように、今度は高橋が俺に声をかけてきた。
その隣には紗月も居て、紗月は微笑みながら俺の顔を見て、挨拶のつもりなのかコクリと首を縦に振った。
「高橋、だったか……」
「覚えててくれたんか、嬉しいやんけ」
大阪訛りの言葉で話す高橋は、栗色のショートヘアで、見た目通り元気な女の子といった印象だ。
優等生な紗月とは対照的な雰囲気だが、この二人は仲が良いらしい。
「慎君、ごめんね。あなたに助けを求める形になってしまって」
「別に構わんが……なんで俺に振ろうとしたんだ?」
どちらかというと紗月に対してではなく、高橋の顔を見て質問をする。
「実はうち二人の話は聞いててなー。あんたクラスで浮いてるし、親友の元カレをいい方向に株上げてやれないかなと思って」
俺がアッくんに相談をしていたように、紗月も親友として高橋に俺たちの事を相談していたのだろうか。
あの関係について高橋は知っているようで、元カレという含みのある言葉のチョイスに、俺は胸を何かで掴まれたような感覚を覚える。
あの関係を解消して、何日が経っただろうか。
紗月の顔を見て、あの日々を思い返す。
──フリでも紗月の彼氏だった時期があった。
睫毛の長い、ほんの少し吊り上がった暗い紫色の瞳。
忖度なしに美少女だと思う紗月と、そんな関係だった。
そう思い返すと、なんか紗月の事をどうしても意識してしまう。
「人の顔をじろじろ見て、どうしたのかしら?」
「いや、なんでもねーよ」
「そう……」
そんな俺と紗月の様子を見て、高橋がニヤついた顔で俺に近寄ってくる。
なんか、とてつもなく嫌な予感がする。
「ほんまに付き合っちゃえばよかったのにぃ~」
そういたずらっぽく言う高橋の発言に、熱湯を浴びせられたというほどに顔が熱くなった。
「ちょっと、侑那!!」
紗月も同じようで、顔を真っ赤にして高橋に抗議していた。
「あはは、冗談やって。まあ櫻井君、これからも紗月の事お願いね」
冗談にしてはぶっ飛んでいるが、紗月を想う気持ちは本物なのだろう。
紗月と仲良くするようにというニュアンスだと受け取れる、そんな発言をする高橋は笑いながらも、目には気持ちが籠っていた。
「……おう」
俺は小さく、一言だけ答えた。
「じゃあうち、部活あるから行くな!!」
「あ、うん。頑張ってね、侑那」
小走りで遠ざかり、手をブンブン振りながら別れを告げる高橋に、紗月もそっと手を振り返した。
そしてこの場には、俺と紗月が取り残される。
「仲いいんだな、高橋と」
「ええ。中学の頃、大阪から転校してきて以来の親友よ」
「アイツと話したのは初めてだけど、なんか安達みたいな奴だな」
「そうかもしれないわね。安達さんより背は高いし、日焼けしているけれど」
安達と言えば、紗月と並んで歩いていると、もう学校の玄関まで到着したわけだが、安達の姿は見えない。
先に帰ったか、まだ学校にいるのか、道場か。
アッくんはバイトで先に帰り、小森も気付けば居なくなっていたため、必然的にこのまま紗月と途中まで一緒になるのだろう。
偽恋人をしていた時は一緒に帰っていたが、紗月と二人きりで帰路につくのは久しぶりかもしれない。
バス停まで、紗月と肩を並べて歩く。
「ところで綾森祭の件だけど」
しばらくは無言だったが、横を歩く紗月が突然綾森祭の話を切り出す。
「接客スタッフは全員、仮装という事でいいのかしら?」
「そうだな……できれば全員、何かしら仮装してもらいたいというのが理想だが」
「という事は……慎君も何か着るの?」
「……まあ、そういう事になるな」
しまった、紗月から言われて初めて自分が墓穴掘った事に気付いた。
仮装カフェという事は、俺も何か仮装をしなければいけないじゃないか。
「へぇ、ところで何を着るのか決めているのかしら?」
「いや、全く……」
「ふ~ん?」
気のせいだろうか、俺には紗月が何かを企んでいるように見える。
「ねぇ、土日どちらか空いているかしら?」
関係が恋人のフリから友達に変わって、初めて紗月から予定を確認された。
「……土曜なら」
「あら、日曜は用事があるのね?」
「まぁ、ちょっとな」
「へえ……安達さんかしら?」
紗月からの指摘が的確すぎて、弾丸を撃ち抜かれたかのような衝撃が走った。
「やっぱり」
「……なんでわかった?」
「あなた、顔に出るのよ。誤魔化すのが苦手で、嘘をつけないタイプよね」
「…………。」
安達からもよく赤くなっているとからかわれる事があるが、俺はそんなに他人から見てわかりやすいのだろうか。
「まあいいわ。それより土曜が暇なら、衣装を買いにいかないかしら?」
「衣装?」
「綾森祭の仮装よ。今日話が纏まった事を実際に衣装を用意して示すと、みんなも準備しやすいかなと思って」
確かに、紗月の言う事には一理がある。
仮装と言っても、どういう衣装を用意すればいいのかわらないという人は、絶対に数人はいるはずである。
それをクラス委員である紗月が、率先して着る事でみんなに示す。確かにこれほど単純明快で、クラスの連中にとってわかりやすい参考例はない。
一瞬、デートの誘いかと思い、ドキッとしてしまった。
だけどクラス委員の仕事の延長線だと知って、少し冷静になれた。
「まぁ、それはいい案だと思うが……俺、必要か?」
「男子の例も用意しておきたいのよ。それで、考えてみたら私が気軽に誘える男の子って、あなたしかいないのよね」
「アッくんは?」
「彼に彼女がいるの知ってて聞いたでしょ? あの関係に亀裂が入るような真似はしたくないのよ」
こう答えがくるのは分かりきっていたが、紗月もアッくんと小森の関係を応援している事が伺えた。
「じゃあ優斗君は?」
「優斗はダメよ、何着せても女の子っぽくて可愛くなってしまうわ」
「それは……わかる気がする」
優斗君は男らしいタイプというより、可愛い系だからな。
あの子を女装させたら、知らない奴に女の子だって紹介しても騙せるだろう。
「さっきから代役を用意しようとするわね……そんなに嫌なのかしら?」
「そういうわけじゃねぇ、クラスで目立ちたくねぇんだよ……俺」
「目立ちたくないなら、まず金髪をやめればいいと思うのだけど」
「うっ……」
紗月め、痛いところをついてくる。
「慎君、これはチャンスなのよ」
「チャンスだと?」
「侑那も言っていたでしょ。あなたはクラスで浮いている、この現状をどうにかしてあげたいのは、私も同じ気持ちだわ」
面と向かってそう言ってくる紗月の表情は、まさしく真剣そのものだった。
見た目が怖いとか、ヤバい噂があるとか、暴力振るいそうだとか、この見た目のおかげで学校中から避けられ、教員からも悪印象を抱かれている事は間違いない。
紗月だってかつては俺に悪印象を抱いていた一人だったし、これは俺が金髪にしてからずっと続いてきた事だから、俺としてはもう慣れっこだった。
むしろ恐れられ、避けられ、危害を加えられない。
そこに平穏さえ感じていた。
だからぶっちゃけた話、高橋や紗月の思惑は余計なお世話。
そう思っていたんだが──紗月が俺を心配する気持ちを無碍にはできない。
どうにも俺は、紗月に甘くなっていた。
「……好きにしてくれよ」
だから突っぱねるような態度を取りつつも、紗月の気持ちを否定まではしない。
「素直でよろしい」
「……今のどこに素直さがあった?」
「私は肯定と受け取ったわよ」
ニコニコと話す紗月。
随分と自分に都合のいい解釈だが、悪い気はしなかった。
「まぁ話を戻すけど、そういうわけだから土曜日、付き合ってくれるわね?」
「わかったよ」
「決まりね」
元より衣装の件は断る理由もなく、こうしてあっさり俺の土曜日の予定が決定されたわけだ。
日曜日は安達と出かける事になっており、今週末は忙しそうだ。
──金、足りるかな。
そんな不安が頭を過ったが、それ以上の充実感を覚えるのだった。




