20,ご褒美ください
月日は流れ、季節は進み、六月。
五月末の中間考査は無事、アッくんも小森も赤点を取る事はなく、俺もまずまずの結果を残す事ができ、やはり紗月は学年首位のとんでもない点数を取って無事に終了。
安達もまあまあの感触だったらしく、全員が今年の第一関門を突破できた。
「もうすっかり暑いですね~」
いつもの通学電車、安達がブラウスの襟元を右手で掴み、バサバサと仰いで体に空気を送ろうとしていた。
今月から夏服期間が始まり、既に夏日はおろか、真夏日の予報も出てきて、梅雨の季節でもあるため湿度が高く、ましてやここは満員電車の車内であり、汗ばむような熱気を帯びている。
なので暑いのは仕方がないが、安達の胸元がはだけそうで心臓に悪い。
「おい、はしたないからソレやめろ」
「え~、もしかしてセンパイあたしに興奮してます?」
「誰がてめえで興奮するかよ」
いたずらっぽい表情で煽ってくる安達を突っぱねてはみたが、薄着になった事でブラウスの上から体のラインがより鮮明に浮かぶため、安達は小柄なくせに意外と女性の象徴的な部位が、大きい事に気付かされる。
肉眼でハッキリとわかるほど、ブラウスを張り上げる膨らみに、悲しき男の性なのか、つい見てしまう。
すると安達は、ニヤニヤしながら両腕で胸元を隠すような仕草を見せる。
「センパイ、バレバレですよ?」
「……あ?」
煽ってくる安達に対し、俺はあえて睨みをきかせて誤魔化そうとした。
「女の子って、意外と男の子の視線には気付いてるんですよ。知ってました?」
「…………。」
無言で、安達から目を逸らした。
「センパイ」
すると安達は、俺を呼びながらワイシャツの裾を引っ張ってきた。
「なんだよ?」
「センパイもやっぱりエッチなんですね」
「……やかましいわ」
口では悪態づいてみせたが、そうだよ悪いかよ。
健全な男子高校生がおっぱい大好きで何が悪い。
「ちなみにあたし、Eらしいですよ?」
「い、E……?」
罠だとわかっているのに、思わず固唾を飲んでしまう。
「あはははっ!! センパイ目が血走ってますよ!! マジエロセンパイですね!!」
「てめえ……!!」
腹を抱えて笑い始めた安達に対し、俺は歯を食いしばって拳を握りしめる。
だが実際、安達の胸元に視線が向かってしまった事は事実なので、何も言い返せず言葉に詰まってしまった。
「あはは。まぁでも、センパイにもちゃんと性欲はあるんですね」
「どういう意味だよ」
「だってセンパイ、照れるわりに全然そういうの興味なさそうな素振りしてましたもん。一時ホモだと思ってました」
「なに言ってんだてめえ、普通にノンケだわ」
「ノンケってワードが咄嗟に出てくるあたり、センパイってオタクですよね」
「……うぜえ」
安達はいたずらっぽく笑いながら口を平手で覆う。
安達と通学するようになって二か月が経つが、こっちの気など知らないであろう安達のからかいは、本当に毎朝の事ながら心臓に悪い。
「ところでセンパイ、テストが終わりましたね」
さっきまで俺をからかっていた安達が、いきなり話題を大きく変えてきた。
「ああ、終わったな」
「クラスの皆さんとはどこか行ったんですか?」
「まぁ、打ち上げがてらメシに……」
テストが終わった直後、アッくんと小森、そして紗月と一緒にファミレスで昼飯を食べた事を思い出す。
気づけばあのメンツに紗月が加わる事も増え、それも日常と化していた。
「あたし誘われてないんですけど!?」
だが俺の答えに、安達は愕然とした顔で声を張り上げる。
「しょうがねーだろ、お前学年違うんだもん」
「勉強会には誘ってくれたのに?」
「それはお前が望んだからだろ」
「あーあ。まぁ、あたしも友達と遊んでましたけど」
だったら別にいいじゃないかと、口にはしないで心の中で突っ込む。
「センパイ、あたし今回のテスト頑張ったんですよ」
「そうなのか」
「はい、自分の中ではいい点数だったんですよ」
「そうか」
「はい、ご褒美があってもいいと思うんですよ」
ひょっとして安達の奴、俺にご褒美をおねだりしているのか。
可愛らしいドヤ顔で迫られ、俺はため息を吐きながら後頭部を掻く。
──ちなみにセンパイ、あたし日曜日ヒマなんですよね。
そういえば前にも、安達は俺に誘って欲しそうな雰囲気を出していた。
あの時は家の用事があるからと断り、実際家族で出かける用事があったので、どうする事もできなかったのだが、断った後の露骨にテンションが落ちた安達の姿は今でも覚えている。
あの時の埋め合わせも兼ねて、安達の罠にハマってやろう。
「お前、土日どっちか暇か?」
「え? はい、土曜は道場ですが、日曜なら……」
「今週末公開で、見たい映画あるんだけど」
「…………。」
安達がぽかんと口を開け、俺を呆然とした様子で見つめる。
「え、なんですか!? もしかしてデートのお誘いですか!?」
そして少しのラグを置いて、安達が驚き半分で俺をからかってくる。
「違ぇよ。前にどっか行きたそうだったし、ついでにご褒美くれてやる」
「へ、へえ? センパイ、もしかして前の事、覚えててくれたんですか?」
ほんの僅かながら、安達が動揺しているように見えた。
「……まぁ、映画は俺のエゴだから、ポップコーンくらいなら奢ってやる」
「ちなみに何の映画ですか?」
「プリティア」
「女児アニメじゃないですか!!」
「別にいいだろ。戦隊モノよりそっち見て育ったんだよ、俺は」
大きいお友達ナメんじゃねーぞ。
ツッコミを入れる安達に対し、俺は堂々とした態度で向き合う。
「まぁ、ぶっちゃけあたしも見てるんで全然いいですよ。行きましょう」
「お前なら見てると思ったよ。まぁ、詳細は後で送るわ」
「はい!! センパイとのデート、楽しみにしておきますね!!」
「だからデートじゃねえって……」
結局、安達の言い回しのせいでこっちが恥ずかしくなってしまい、安達から目を逸らしてしまった。
だけど安達が満面の笑みで楽しみにしてくれる様子は、悪い気がしなかった。
「……過去に言った事を覚えててくれたのは、ポイント高いですよ」
「ん、なんか言った?」
「いえ、センパイはやっぱりセンパイですね!!」
「は?」
何かを呟いていたが、それがあまりにも小声すぎて聞き取れなかった。
確認しても安達は笑って誤魔化すだけで、結局何が言いたかったのかわからないままである。
本人が話したくないのなら、詮索するのは無粋だろう。
電車が綾の森に到着して、俺より先に安達が軽やかな足取りで降車する。
基本的にテンション高めの安達だが、いつもより機嫌が良さそうに見えた。




