19,ダル絡みしてくる後輩と、俺の事が嫌いだった委員長
「こっぴどくやられたねぇ、病院は押さえてあるから行くよ」
あの後、喋るのがしんどかったため、紗月にスマホを渡して連絡関係を任せて、しばらくして母さんが車で琴石家まで迎えに来てくれた。
紗月と母さんは簡単に挨拶をして、紗月から簡単な引継ぎを受けていた。
そして俺の怪我の程度を予想していた母さんは、既に病院の予約を取り付けているとの事で、そのまま病院に連れていかれる事になった。
「アンタが怪我するの、昔イジメられていた時以来じゃない?」
「まあ……多分」
「喧嘩したの? で、勝ったの? 負けたの?」
この母親、喧嘩をした事を咎めるわけではなく、勝敗を気にするあたりが元ヤンである。
見た目こそ当時に比べて落ち着いたが、根本的な気質は昔のままなのだろう。
「勝ったわけじゃねーけど……まあ、完全な負けでもねぇかもな」
嘘は言っていない、一度は東をダウンさせたのだから。
「結局負けじゃん。弱いねぇ~アンタ、見かけ倒しじゃんかよ」
「あのなぁ……」
喧嘩に負けて母親に茶化されるって、前代未聞すぎる。
この人の全盛期を俺は知らないが、高校中退で俺を出産したくらいなので、相当荒れた人生を送ってきたのだろう。
「ま、闘るだけ昔よりは成長したのかな。そこは認めてやるよ」
「…………。」
いや、喧嘩した事を咎めてくれよ。
自分の母親の教育方針がやんちゃすぎて、陽葵の将来が心配になる。
流石に現在の家庭環境で、陽葵がグレる事はないとは思いたいが。
「ところであたしに電話してきたあの子、アンタの彼女」
「いや、友達」
「なんだ彼女じゃないのか……まぁアオハルにはなりそうだけどね」
「どういう意味だよ?」
「はぁ、誰に似たんだか、鈍感だねえ……まあいいけどね」
ため息を吐いたと思いきや、なんか俺の事をディスりながら、ニヤニヤしている母親が意味不明すぎる。
そんな母親が運転する車はやがて病院に到着し、俺は医師の診察と怪我の処置を受ける事になった。
◇ ◇ ◇
それから俺は、そのまま入院する事になった。
だが思っていたほど深刻な状態ではなく、骨にも脳にも異常は無く、裂傷や打撲だけで全治二週間程度という診断結果で、月曜日には退院を許されて帰宅。結局、一日学校を休む羽目になってしまったが、その程度で済んで良かった。
今回ばかりは、丈夫な体に生んでくれた母親に感謝の気持ちを抱く。
三日も経てば色々と情報が入ってくるのだが、まず東との喧嘩で怪我をしてアッくんも、あれから特に異常はなく、怪我は快方に向かっているとの事。優斗君も肩を負傷したが、サポーターを装着すれば問題なく動かせるとの事だ。
月曜日、優斗君は問題なく登校した。
加藤と藤井は、優斗君とは目を合わせようともせず、いつも調子に乗って騒がしい連中であるらしいが、その日は大人しかったようだ。
警察沙汰にするか否かで少し協議もあったようだが、結局こちらも手を出している手前、面倒な事になるのは間違いない事、相手も不良で警察に駆け込むリスクは低いと判断したため、このままやり過ごす方針となった。
そんなこんなで火曜日、今日から俺は学校に行く事になった。
「おはようございます、センパイ!!」
いつもの通学電車、いつもの車両に乗り込むと、安達が俺の袖を引っ張って存在感をアピールした後、いつもの調子で挨拶をしてきた。
「おはよう、安達」
「怪我の方は大丈夫ですか?」
「完治はしてねぇけど、動けるくらいにはなった」
「ほっ……そうですか、それなら良かったです」
安達は小さく吐息を漏らしてから、穏やかな表情で俺の快方を喜んでくれた。
「昨日、紗月先輩とは色々話しましたよ」
今まで琴石先輩と呼んでいた安達だが、今日は紗月先輩呼びに変わっていた。
色々と話したというのは、恐らく本当の事なのだろう。
「センパイ、紗月先輩とは別れたんですってね」
「……まあ、もう恋人のフリをする必要性が無いからな」
「じゃあ、先輩とイチャイチャしても問題ないって事ですね!!」
「…………。」
満面の笑みで喜ぶ安達の顔を直視していると、顔中が熱くなっていくのを感じてしまい、恥ずかしくて目を逸らしてしまった。
「あは、顔真っ赤になっちゃいましたね」
「……黙っとれ」
「東と殴り合うセンパイ、ちょっと見てみたかったですねぇ」
「ただの醜態だろ……」
一発殴り返せたとはいえ、基本ただボコボコにされていただけである。
紗月は号泣していたし、あんな姿を誰かに見せたいとは思わない。
「けど彼女のために根性見せる彼氏、あたしはカッコいいと思いますよ」
「それをカッコいいと思うのは、漫画の読みすぎだ」
「あははは。まぁ、だからセンパイって隅に置けないのかもしれませんね」
「……何の話?」
「なんでもないですよー」
何食わぬ顔でそう言う安達。
結局、安達が何を言っているのか全く理解できなかった。
「ふふ、んー、ふふふ」
安達がニヤニヤしながら俺の顔を覗き込んでくるので、気恥ずかしくて安達から目を逸らす。
「……こっち見んな」
「えー、にらめっこしましょうよセンパイ」
「ガキか」
「女の子の顔を直視できないセンパイよりは大人ですよ~だ」
「……ちっ」
うぜえ、相変わらず安達はウザい。
結局、コイツに可愛いって言っても反応は変わらなかったし、何を言えば安達に反撃ができるのだろうか。
一度でいいから、コイツが思いっきり照れた顔を見てみたい。
だけど俺の脳みそでは良い案が思い浮かばず、結局この日も安達には一方的にからかわれっぱなしで、綾の森の駅に到着してしまう。
学校方面へ行くバス停へ向かうと、風に靡くツインテールの後ろ姿が見えた。
「よう、紗月」
「おはようございます、紗月先輩!!」
「あら。慎君、愛、おはよう」
穏やかな表情で挨拶をする紗月だったが、まさか紗月まで安達の事を下の名前で呼んでいるとは。
一体、何の話をしたのか。
男子禁制のガールズトークだろうから、俺が気にしても無駄か。
「慎君、怪我はいいのかしら?」
「大丈夫……とは言い難いが、まあ大丈夫だ」
「そう。本当、大事にならなくて良かったわ」
そう言う紗月は、安達に容体を伝えた時と全く同様の反応をした。
あの事件の直後は責任を感じていた紗月だが、今は表情も穏やかだ。
「よぉ、生きてたか~慎ちゃん」
三人に割って入ってくるように、頭に包帯を巻いたアッくんが挨拶をしてきた。
その隣には、ニヤニヤしながら俺を見る小森の姿もあった。
「生きてたかって、お前は大丈夫なのかよ?」
「大丈夫大丈夫、あーくんはあの日の晩から元気だったもんね?」
「それは言わないでよ~」
いや、朝から生々しすぎるって。
知りたくなかったわ、アッくんと小森の夜の事情なんて。
「つーか櫻井の快気祝いにどっか遊び行きたいよね」
「小森さん、残念ながらもうすぐ中間考査よ?」
「うげぇ、テストかぁ……」
「マジか、オレも鬱になってきたわぁ」
勉強はからっきし苦手な小森とアッくんは、中間考査というワードを聞いた瞬間、露骨に嫌そうな表情を浮かべる。
二人とも勉強が嫌いで、一年の頃から赤点ギリギリだったからな。
「二年になると難しそうですよね……センパイは大丈夫なんですか?」
「俺は別に、多分大丈夫」
昨日休んだ分も紗月にノートの写真を送ってもらっているため、頭には問題なく入っている。
よほど間抜けなミスをしない限り、今回のテストも恐らく突破できる。
「随分余裕なんですね……」
「慎ちゃん頭いいからねぇ」
「ホント羨ましいわ、今回も櫻井にノートのコピー取ってもらお」
「言っとくけど、紗月の方が成績はいいぞ?」
俺は成績上位グループに属している事は間違いないが、学年トップの紗月という壁には届かない。
実際、紗月のノートは良く整理されていて、俺も感心するレベルだった。
「助けてくれよ~いいんちょ、赤点取りたくねぇよ~」
「ちょっと、小森さん?」
小森は甘えた声を出して、紗月に抱きついた。
当然、そんな小森に紗月は困惑した様子だが、あれだけ嫌い合っていた二人が仲良さそうにしている姿は、ぶっちゃけ言うと微笑ましい。
「……そうね、なら勉強会なんてやってもいいんじゃないかしら?」
紗月の頬に自分の頬をすりつける小森に折れたのか、紗月が諦め半分で勉強会の開催を提案する。
「まじ!? いいんちょ恩に着るわ~!!」
「ちょ、小森さん!? すりすりやめて!?」
「今年もなんとか赤点回避できそうだなぁ」
感激してぎゅっと紗月を抱きしめる小森の傍らで、アッくんも安堵のため息を吐いていた。
最も紗月が勉強会の開催を提案してくれなければ、この二人は間違いなく俺を頼ろうとするため、負担を減らすという意味で、紗月の提案には賛成だ。
「あの~、それってあたしは行ったらまずいですかね?」
二年で盛り上がっていたため、一年の安達は蚊帳の外になっていた。
そんな安達は気まずそうな顔をしながら、恐る恐る俺たちに尋ねてきた。
「いいんじゃねぇの? こいつ等に教えるよりは楽そうだし」
そう言いながら俺は、紗月に向かってアイコンタクトを送る。
「そうね。愛には助けてもらった恩もあるし、もちろん参加していいわよ」
「ありがとうございます!!」
安達は軽くお辞儀をしながら、元気よくお礼の言葉を伝えてきた。
「……正々堂々だものね」
「そうですね、正々堂々ですもんね」
紗月が安達の近くに歩み寄ったと思いきや、俺の方をチラチラ見ながら、お互い何かを小声で耳打ちしていた。
何を話したんだか、二人は随分と親密な関係になったようだ。
ともあれ優斗君へのイジメを発端として、俺が首を突っ込んだ事で始まった騒動は無事に解決。なりゆきで俺を嫌っていたクラス委員長とも仲良くなり、その輪にダル絡みしてくる後輩も混じっている。
結果オーライというか、みんな仲良くなって不安な要素も消えた。
五月もまもなく、終わる。
代わり映えのなかった高校生活も、この夏は少し賑やかになっていきそうだ。




