1,ダル絡みしてくる後輩に反撃してみた
『何睨んでんだよ。弱虫のクセに喧嘩売ってんのかよ!!』
『この格好で堂々としてみな、人ってのは最初は形かたちからだよ』
『オレ厚成あつなり、仲良くしよーぜ転校生』
『今年の一年。春田はるた厚成あつなりと櫻井慎……すげー派手だよな』
『怖いわ……』
────。
──。
瞼まぶたを開けると、見慣れた自室の天井)てんじょう)。
目を擦こすりながらベッドで上体を起こしても、先程まで見ていた夢の内容、つまり昔の記憶が鮮明に頭の中に残っている。
俺は昔、いじめられっ子だった。
人見知りで友達付き合いが苦手。これに関しては今も若干そうなのだが、幼い頃は今よりもっとその傾向が強かった。それなのに目つきが悪くて、怖いとか喧嘩を売っていると誤解される事が頻繁にあった。
ある種、イジメは彼らの防衛反応だったのかもしれない。
よくモノを隠されたり、ハブられたり、殴る蹴るを伴なうイジメを受け、泣きながら家に帰る事だってあった。
そんな俺を、奇想天外な方法で母は救おうとした。
──あえてヤンキーっぽいファッションをすること。
見た目を変えて転校しただけで、周囲の俺に対する見方は百八十度変わった。
決して良い印象ではないが、少なくとも大人しそうだった頃に比べ、暴力的な仕打ちを受ける事は無くなった。
成長した今なら、別にこんな格好をしなくてもいいのかもしれない。
だけど昔の事がやはりトラウマなのか、今でも心の底では怖いのかもしれない。
今でもヤンキーっぽい見た目を維持いじしているのは、そのせいだろう。
「あらおはよう、ご飯できてるよ」
ダイニングに移動すると、黒髪ロングの妙齢の女性がキッチンでお弁当を作っている最中だった。
「おはよ。母さん、今日の弁当何?」
「今日はもうパート行くから、簡単にカレーだよ」
「了解」
夢に出てきた母、櫻井心春はまだ茶髪だったが、今は年相応に落ち着いた身だしなみをしている。
元ヤンで、俺の実父とは何やらトラブルがあって離婚。その後今の夫、つまり俺にとって義父にあたる櫻井大輔再婚し、現在に至る。
そんな義父は朝食を食べながら、メモ帳に目を通していた。
「先生、朝から忙しそうだな」
「運動会も近いからね、スケジュール管理も大変だよ」
義父さんは三十六歳にして幼稚園の園長を務めており、その昔は幼稚園時代の俺のクラス担任でもあった。
そういう経緯なので、未だに義父さんの事をたまに先生と呼んでしまう。
「おにいちゃん、おはよう!!」
義父さんと話をしていると、洗面所のほうからバタバタと駆けてきた茶髪の背の小さい女の子が、俺に挨拶をしてきた。
「陽葵、もう学校行く準備したのか?」
「うん!! はやく学校いきたいから!!」
「陽葵はお兄ちゃんより学校行くの楽しそうだなぁ!!」
「うん、お友達もたくさんできて楽しいよ!!」
「義父さん、俺と比べたらそりゃ当然だろ……」
そう呆れる俺の横で天真爛漫に笑う陽葵は、母さんと義父さんとの間に生まれた子供で、俺にとっては異父妹にあたる。
今年、小学校に入学したばかりの陽葵は、俺とは違って社交的な性格で、見た目も可愛らしい事もあってか、どうやら友達には恵めぐまれている様子だ。
兄貴としては、年の離れた妹の楽しそうな姿は実に微笑ましい。
複雑な家庭といえば、そうなのかもしれない。
だけど俺にとって義父は元々先生だったし、シングルマザーだった頃の母親と比べると今は幸せそうだし、妹は可愛いし、家族仲は良好。俺としてはこの結果には納得していて、良い家だと思っている。
朝飯を食べた後、学校へ行く準備を済ませる。
「行ってくるわ」
「いってきまーす!!」
「行ってらっしゃい、二人とも気を付けてね」
いつもの電車に乗るため、母さんに見送られながら陽葵と一緒に家を出る。
途中で陽葵と別れて、自宅の最寄り駅までは徒歩。
東京方面に向かう満員電車を見送って、逆方面のホームに立つ。
いつも改札口から近い場所で電車を待つので、いつも乗る号車は同じ。
「あ、センパイおはようございます!!」
電車が到着してドアが開き、乗り込むと決まって出迎えてくれる安達。
一つ先のドア付近に立っていた安達が、ぴょこぴょこと歩み寄ってくる。
「おはよう」
「最近暑いですよね~、まだ五月なのに」
そう言いながら、安達は自分の襟元をばたつかせた。
「はしたないぞ」
「これくらいじゃ何も見えませんよ。センパイ、想像しちゃいました?」
目を細め、からかうように甘ったるい声で煽ってくる。
「……ガキの下着に興味なんかねーよ」
「失敬ですね!! あたしこう見えても結構あるほうだと思うんですけど!?」
抗議しながら胸を張りだして、胸元を強調しようとする安達。
確かに制服の上からだとわかりにくいが、小さいと無いであろう膨ふくらみが確認できるので、多分本当にそこそこ大きいのかもしれない。
「声でけーよ、周りに変質者がいたらどうするんだ?」
「その時はコレですよ!!」
安達は目に留まらぬ速さで、右の拳を螺旋回転させて突き出す。
それと同時に左の拳は腰元に引かれていて、それはとても鮮かな動きだった。
「空手か?」
「はい、実は黒帯なんですよあたし」
「意外だな。いつから空手やってるんだ?」
「小学生の頃からですよ。もうなんだかんだで八年くらいですかね」
「それはすげーな」
小柄で可愛らしい見た目とは、全くイメージが異なる武闘派な習らい事。
安達の言葉を借りて言うなら、これがギャップ萌えというやつか。
「センパイはなんか、部活とかやってないんですか?」
「何もやってねーな。俺、苦手なんだよスポーツって」
「あー、確かに。センパイって見た目ヤンキーですけど、中身はオタクっぽいですもんね」
「……ウゼェ」
正直すぎるんだよ、この子。
だけど否定はできないので、何も反論ができない。
「センパイってどうしてヤンキーみたいな格好してるんですか?」
「まあ、趣味だな」
「つまりセンパイはマイルドヤンキーってやつなんですね!!」
「……はあ?」
なんじゃそりゃと思ったが、言われてみたらそうなのかもしれない。
基本的に地元、菫山すみれやま市から出たいとは思わない。友達ダチや家族は大切だし、見た目が校則に違反している事を除いて、悪事を働いてもいない。
意識した事はなかったが、俺ってマイルドヤンキーだったのか。
「プラスに捉えてくださいよ、センパイ」
「マイルドヤンキーっていい意味じゃない気がするんだけど……」
「センパイ見た目は怖いけど、真面目で優しいの隠せてないですし、反応が初心でカワイイですし、ギャップが尊くて、あたし的にポイント高いですよ」
「──ッッッ」
コイツは、本当にもう、どうして純粋な眼差しで恥ずかしげもなく、人の事を褒めてくるのだろうか。
安達の言葉は心臓にまで響いて、顔から耳にかけて灼熱を帯びていく。
「あ、センパイ赤くなってますよ!?」
「うっせ……」
お前のせいだろと心の中で突っ込む。
ニヤニヤと白い歯を見せて笑う安達は、まるで小悪魔のようだった。
「センパイ、か~わいい」
コイツは本当に、いつも俺の反応を楽しむためにからかってくる。
このままでは先輩としての威厳が無いし、毎回やられっぱなしというのも癪ではある。
そうだ、安達にも同じ気持ちを味わってもらえばいいんだ。
俺が何も言い返さないと、初心な反応しかできないと思っているから、コイツは調子に乗って俺をからかってくるわけだ。
なら俺だって同じ事ができると、安達に証明してやればいい。
「……え、センパイ?」
俺は無言で、静かに安達の右肩に手を置いた。
初めて安達に触れてみたが、小さくて、温かくて、改めて安達が小柄な女の子である事を実感させられた。
だが俺は顔に出さないように意識して、真っすぐ安達を見つめる。
「安達も可愛いと思う」
言った。
言ってやった、反撃してやったぞ。
めちゃくちゃ恥ずかしいが、嘘は言っていないから罪悪感は無い。
「────。」
俺の言葉を受けた安達の頬は、ほんのりと赤く染まっているような気がした。
「……センパイ」
静かに、安達が口角を上げながら俺を呼ぶ。
「センパイも、カッコいいと思いますよ?」
「────っ!?」
ニヤニヤと笑いながら放たれたソレを聞いた俺は、もう気絶しそうなほど頭の中が真っ白になってしまった。
とにかく全身という全身が熱くて、安達を直視できず顔を手で覆ってしまう。
「きゃははは!! センパイ顔真っ赤!! あたしの勝ちですね!!」
「てめえ……!!」
醜態を晒してしまった俺を、安達は人差し指を差してけらけらと笑う。
畜生め。
不意打ちをしたつもりだったのに、逆に不意打ちで返されてしまった。
「そっかそっか。センパイって、あたしの事カワイイと思ってたんですね」
「……前言撤回、取り消す」
「いいんですよ? もっと言ってください、あたし可愛いんですよね!?」
安達が背伸びをして、両方の人差し指をあざとく自分の頬に当てる。
「……マジでウゼェ!!」
「ひどい!?」
安達は想像以上に強敵だった。
俺と違ってメンタルが強いのだろう。
面と向かって可愛いって言ってやったのに、照れるどころか反撃をされるとは思わなかったし、安達に可愛いって言ってしまった事が脳内でフラッシュバックしてしまい、俺のほうが恥ずかしさで悶え死にそうになった。
「センパイ、駅着きましたよ?」
「え、ああ……」
今のやり取りの事しか頭に浮かばなくて、ついぼけーっとしていた。
安達の言葉で現実に引き戻され、ドアが開いた電車からホームに降りる。
「ふんふん、ふ~ん」
だけど気のせいだろうか。
前を軽やかに歩く安達は鼻歌まで歌って、とても機嫌が良さそうだった。




