15,タイマン
今日は二者面談という事で、俺は居残りさせられて、進路希望調査を元に担任と面談という非常にダルい放課後を過ごした。
ぶっちゃけ俺、成績面は全く問題がなくて、普通に四年制の大学に進学するつもりなのだが、その点について担任からとやかく言われる事はなく、その調子で勉学に励むようにと背中を押されただけだった。
ただし、それ以外の事で色々と言われたのだが。
──その金髪はやめて欲しい、もし推薦を受けるとしてもそれでは推せない。
──琴石さんと交際の噂があるけど、本当か?
──もっと他の生徒たちとも交流するように。
いや、うるせえよ。
髪色や服装に関して言われるのはともかくとして、紗月との交際とか、他の奴とも関わるようにとか、担任には関係のない話だ。クラス委員長で、かつ優等生の紗月と俺の交際は少し問題だとか、知らねえよって感じだ。
最も担任には交際の事実は伏せて、少し関係が改善しただけだと伝えたが。
まったく、イライラするな。
憂さ晴らしにゲーセンでも行こうかと、ポケットに手を突っ込んだ。
「ちっ、誰だよ。人がイラついてる時に電話かけてくるバカはよぉ~ッ」
手がスマホに触れた事で、スマホがバイブレーションを起こしている事に気付いたため、着信が来ている事に気付く。
イライラしながらスマホを取り出し、画面を見ると発信は紗月からだった。
紗月から電話をかけてくるのは珍しかったため、何かと思いつつも電話に出る。
「もしもし紗月?」
『よぉ、オメーが加藤と藤井をナメた金髪か?』
知らない奴の声だった。
しかも加藤と藤井の名前が出てきて、機嫌が悪くなって眉間に皺を寄せる。
「……誰だてめえ、なんで紗月のスマホから電話かけてる?」
『俺は綾の森中のテルって者だよ。アンタの大事な彼女はこっちで預かっているからよ、返して欲しかったら関実の近く、初谷五丁目にある廃倉庫に来い』
紗月のスマホからの発信。
綾の森中のテル。
加藤と藤井。
関実。
廃倉庫。
紗月を預かっている。
状況が飲み込めた、どうやら紗月は連中に拉致されたらしい。
最近、加藤と藤井は大人しいという報告があったけど、これをやるために息を潜めていたという事が。
ひどく冷静に状況を整理してから、何かが俺の中で爆発しそうになる。
「──ナメてんのか、てめえ?」
爆発しそうな怒りを声に乗せて、電話越しにテルに伝える。
『綾の森をナメたテメェが悪いんだよ。そうそう、春田ってヤツも連れて来いって指示だったな。殺してやるから、二人で来いよ』
テルはどういうわけか、アッくんの名前まで出して呼びつけようとしている。
ひょっとして以前、話題に上がった東って奴も絡んでいるのだろうか。
様々な憶測が脳内を駆け巡るが、それよりまずテルに言いたい事がある。
「……てめえら、一人残らず全員殺す」
それだけ伝えて、俺は電話を切ってやった。
さて、問題はここからだ。
相手は少なく見積もって加藤と藤井、そして電話をかけてきたテルの三人以上は確実に居て、下手したら東も一緒かもしれない。
そうなると俺一人が行っても相手になるわけがなく、こちらも人数を集めないと厳しい戦いになりそうだ。
だけど全員の集合を待てるほど、時間的な余裕はきっと無い。
「──もしもしアッくん?」
『慎ちゃん? どうしたの?』
俺は走りながらアッくんに電話をかける。
意外にも早く、三コールくらいで電話に出てくれた。
「例の中坊が動きやがった。紗月が攫われたらしい、多分だが東もいる」
簡潔に、わかりやすく、現在の状況をアッくんに伝える。
『なに!? 場所は!?』
「初谷の廃倉庫って言ってたな、関実の近くらしい」
『そこ関実の溜まり場だわ!! 東あの野郎、殺す!!』
久しく聞いていなかった、アッくんの怒りのこもった声が電話越しに響く。
「お前今どこ?」
『悪ぃ、もう地元戻っちまってるんだよ。原チャで行くから待ってて!!』
「待てねえよ。俺、先行ってるからとにかく来てくれ!!」
『おい、ちょ待って!? 慎ちゃんじゃ東は無理だって、おい!!』
そこで俺はアッくんとの通話を切って、全速力でバス停まで走った。
ちょうどバスが出る時間だったため、飛び乗って駅前まで移動する。
いつも乗る会社ではなく、別会社の鉄道路線に乗るため、いつもとは違う改札口へ移動しようとしたが、そこで俺は信じられないものを目撃する。
「さ、櫻井さん……っ」
それは右肩を左手で押さえながら、フラフラと歩く優斗君だった。
優斗君に駆け寄った俺は、フラつく優斗君の体を痛まないであろう左半身に手を添えて、支えてやった。
「おい、どうしたんだその肩は?」
「姉ちゃんが、加藤と藤井に……っ!! 他にも、たくさん人が居て……っ!!」
この様子だと、紗月は優斗君と二人でいる時に襲撃されたようだ。
そして優斗君は加藤達から何らかの攻撃を受けて、右肩を負傷したようだ。
「わかってるから、オメーはさっさと親に言って病院行けよ」
「けど、姉ちゃんが……っ!!」
「俺がなんとかしてやるからよ、まずてめえの心配をしろよ」
「櫻井さん……っ」
優斗君を無理やり納得させたところで、俺は優斗君から手を離した。
「じゃあな!!」
「さ、櫻井さん!!」
優斗君が背後から俺の名前を叫ぶが、それを無視して駅のほうへと走る。
そして電車に駆け込み、二駅移動して関実の最寄り駅で下車後、廃倉庫という断片的な情報しか得られていないため、近隣をマップで検索してそれっぽい場所を調べ上げ、それっぽい場所を見つけたのでそこへ向かって駆けた。
「はぁ、はぁ、はぁ……ここか」
到着した頃、俺はもう息切れをしていた。
住宅街の一角に、恐らくかつて何か零細企業の社屋だった建物に並ぶ形で、錆が浮いている倉庫が立っていた。
この付近で廃倉庫があるのは、ここだけ。
恐らくここが関実がアジトにしている場所だろう。
──アッくんが原チャで飛ばしてきても、あと数十分はかかる。
その間、紗月が無事という保証はない。
そう思うと胸が締め付けられそうになり、それと同時に怒りがこみ上げてくるのだが、とにかくアッくんを待っている余裕は無い。
俺一人ではどうしようもないだろうが、とにかくアッくんが来るまで時間を稼がなくてはならない。
意を決して、俺は閉ざされたシャッターに手をかけて、一気に引き上げた。
「てめえら……俺の彼女オンナに何してくれてるんだよ」
ちょっと恥ずかしかったが、俺と紗月は付き合っている設定であるため、あえて連中に向けてそう言ってやった。
「慎君!!」
光が差し込む廃倉庫の中には、手足が拘束された紗月が座り込んでいた。
そして加藤と藤井、同じ中学と思われるとっぽい連中合計五人と、高校生くらいと思われる学ランの男子が二人。
その中心に立つように、見覚えのあるツーブロックのオールバックの男がいた。
「久しぶりだな、櫻井。中学以来か?」
「……てめえ、東か」
東辰吉。
中学時代、アッくんとは何度も壮絶な喧嘩を繰り広げ、綾の森中の不良を纏め上げていた男である。
予想はしていたが、加藤や藤井なんかとは比較にならない猛者の風格だ。
「春田の腰巾着が、一人で何しに来たんだ?」
「その女を解放しろよ。東さんともあろう者が、こんなシャバい真似してよ」
「これは俺の指示じゃねーんでな……それより春田はどうしたんだ」
「心配しなくてもよ、後で来るぜ。アイツは俺より遠方に居たんでな」
ぶっちゃけ震えそうになりながら、それを我慢しようと体が固まっている。
人数も多いし、東もいるしで、もうどうしようもないほどの恐怖心に逃げ出したいくらいだが、紗月は手足を拘束されているだけで無事のようだ。
ここで俺が逃げたら、紗月がどんな目に遇わされてしまうか。
──たとえ一人でも、俺は闘る。
紗月の身の安全がかかっているせいか、不思議と前のように体は震えなかった。
鋭く東を睨み、啖呵を切ることができた。
「東さん!! やっちまってください!!」
「あの金髪はムカつくからよぉ、オレらも混ざるか?」
加藤と藤井が喋りながら前に出てきて、その仲間たちも一斉に俺を取り囲む。
「テメェら、手出し無用だ」
だが東はそれを制止する。
そういえば東って野郎は硬派というか、一対一にこだわる奴だったな。
「春田を待ってやってもいいんだが、オメーにもオトシマエつけさせねぇとよ」
両手を合わせて、パキポキと指の関節を鳴らす東。
「俺に中坊がナメられたから、オメーが出てくるのか」
「一応、こんな奴らでも後輩なんでな。ナメられちゃ洒落にならねぇぜ」
東辰吉、コイツの強さはよく知っている。
俺よりも圧倒的に強いアッくんと、何度も勝った負けたを繰り返していて、最後の大一番でアッくんが勝ちはしたが、実力はアッくんとほぼ互角と見ていい。
対して俺は喧嘩らしい喧嘩の経験が無く、身体能力も特別高くはない。
喧嘩慣れした不良、ましてやその中でも猛者である東。
俺に勝ち目なんか、万に一つもないだろう。
「…………っ」
だけど不安そうにこっちを見ている紗月を見て、やるしかないと自分を奮い立たせる。
「タイマンだ。逃がさねぇぞ、春田の腰巾着」
「誰が腰巾着だコラ……上等だ、やってやるよ」
両方の拳を握って、少し腰回りの重心を落として身構える。
「……フッ、俺を知っていながら啖呵を切れる。その度胸だけは認めてやるぜ」
口角を上げてそう言いながら、東はおもむろに歩き始める。
奴はただ歩いているだけだが、少しずつ奴との間合いが詰まる。
「──死ね、この野郎!!」
もう手が届く。
そう思い、俺は握った右の拳を振り上げて、東の鼻っ柱を目掛け、力いっぱい拳をぶつけにいった。
だが東は涼しい顔で首を少し動かし、俺の渾身のパンチは虚しく空を切る。
「お、ぶ──ッ!?」
次の瞬間、目にもとまらぬ速さのボディブローが俺の鳩尾に突き刺さり、鈍く浸透するような痛みが広がる。
同時、肺の中の空気が全部抜けたかのように、呼吸困難に陥ってしまう。
「バカがよ」
東がそう言い放つと同時、右ストレートが俺の頬に突き刺さる。
痛い、という感覚を自覚した頃にはもう、俺は大の字になって床に倒れていた。




