13,後輩と委員長と俺
どこに行こうかと主に小森とアッくん、俺がメインとなって話した結果、駅前のカラオケに行こうという話になった。
確かに歌えるついでに飲食も可能だし、遊びとおやつを兼ねていて都合はいい。
紗月もそれに同意し、安達も異議は無かったた。
移動中のバス車内ではいつもの三人が主に話をする中、安達と紗月に関しては大人しくて、黙っている事の方が多かった。
なんとも微妙な空気のおかげで、気まずさを払拭できない。
「すぐ入れるって」
小森が主導となってテキパキと受付を済ませ、部屋へと移動する。
小森とアッくんが俺の向かいに座り、俺の左隣に安達、右隣に紗月という配置で座る事になった。
──いや、気まずいんだが?
この三人との間で特に会話もなく、微妙な空気が流れている。
そんな俺たちの様子などガン無視で、小森は早速タッチパネルで楽曲を入れて、マイクを持って元気よく歌い始めた。
「ゆりちゃんいいよ~!!」
アッくんが盛り上げタンバリンを用いて小森を上げていた。
ちなみに小森はなんとも微妙な歌唱力で、流暢に歌うので相当聴いて口ずさんでいるものだと思われるが、所々で微妙に音程を外していた。
約四分ほどの曲を歌い終えると、順番的に次は紗月だった。
紗月が入れたのは"サウダージ"という平成の時代に流行った曲だった。
「いいんちょ懐メロだね」
「最近また流行ってるらしいよ?」
小森とアッくんが反応をする中、この曲はイントロがそこまで長くはないため、紗月が歌い始めるのはすぐだった。
「え、いいんちょ歌上手くない!?」
「慎ちゃんに張り合えるの現れたって感じだな」
紗月の歌唱力は、アッくんと小森が絶賛するほどに上手かった。
特に採点モードを入れているわけではないが、素人目に見ても音程が合っている事がわかるし、紗月の透き通った声質も相まって、聴いてて心地よさを感じる歌声だった。
「いいんちょ凄いじゃん!!」
「え? ええ、ありがとう……」
「次から採点入れよっか、入れていい?」
「別に構わないわ」
「俺もいいぞ」
「あ、あたしも別に大丈夫です」
紗月が歌い終わると、小森とアッくんは興奮気味に紗月を褒め称え、話の流れで採点を入れる事になってしまった。
という事は次は俺、ここから採点が始まるというわけか。
「センパイ、頑張ってください!!」
「…………。」
安達に応援されながら、俺はマイクを片手に立ち上がった。
自慢じゃないけど、俺は趣味の一つにカラオケがあって、歌う事にはそれなりに自信がある。
俺が入れたのは"純恋歌"だ。
「やっぱ慎ちゃん安定感あるわ」
「センパイ、歌ウマかったんですね……」
「意外ね……」
この曲はそこそこ長いし、ジャンル的にはレゲエなので、しっかり歌詞とリズムを覚えていないと歌えない曲だが、何度もカラオケで歌っているので正確に歌ってみせる。
いつもからかってくる安達が聴き入っていて、紗月も感心した様子で俺を見てくれている。
別に下心はなかったが、二人からそういう目で見られるのは気分が良い。
そんな感じで歌った結果、点数は九十五点だった。
「え、やっぱ櫻井すごくね!?」
「マジでこいつ、中学の頃からずっと歌上手いんだよ」
「センパイ凄かったです!! この曲よく知らないですけど!!」
「本当ね、あなたにこんな特技があったとは思わなかったわ」
「……おう」
流石に全員からベタ褒めされると、気恥ずかしいな。
「あ、センパイ顔赤くなってますよ?」
「うるせ、次お前だぞ」
ニヤニヤといつもの通りからかってくる安達に文句を言いながら、安達にマイクを渡した。
その時一瞬触れた安達の小さい手が、温かくて細いのに柔らかかった。
陽葵の手ならよく握っているのに、それとはまた違った感触を覚えた。
「センパイには負けられないですね!!」
そう意気揚々と宣言する安達が入れた曲は、"アイドル"だった。
普段から安達と話していて思うのは、安達は一見すると陽キャ女子の雰囲気ではあるが、趣味はどちらかというとオタク寄りである。
恐らく選曲からして非オタ相手を意識して、誰でも知っていそうな曲をチョイスしているのだろうが、そう思うとアッくんや小森が居ない時に、どんな選曲をするのか好奇心が湧いてくる。
ちなみに安達もそこそこ歌が上手く、難しい曲ながら八十九点の高得点を叩き出した事で、アッくんや小森も沸き立っていた。
その後、歌いだしたアッくんは典型的な音痴なので、聴いているフリだ。
──そういえば、微妙な空気は消えたな。
カラオケで盛り上がっているうちに、主に安達と紗月との間にあった緊張感は和らいで、始終賑やかな雰囲気のまま時間が経過。
結局、俺たちは三時間ほどカラオケを楽しんだ。
◇ ◇ ◇
「それじゃあお開きにするかー!!」
まだまだ楽しめそうな雰囲気ではあったが、明日も学校だ。
小森が宣言した事で、この日はここで解散する流れになった。
「ね、行こ?」
「うん。じゃあ慎ちゃん、あと琴石、会えたら安達ちゃん、また明日ね~」
「じゃあな、アッくん」
小森はアッくんの腕に抱き着いて、普段のサバサバした雰囲気からは想像がつかないほど、発情の混じった女の顔をしていた。
そんな小森の腰に手をまわしたアッくんは、俺たち三人に別れの挨拶をする。
イチャイチャと二人でくっついたまま、駅の方へと遠ざかっていく。
「センパイ。あの二人、付き合ってるんですか?」
「まあ、そうなるな」
「クラスでもあの調子なのよ。少しは人目を気にして欲しいものだけど……」
アッくんと小森のバカップルは今に始まった事ではないので、俺にとっては見慣れた光景でしかないが、真面目な紗月と二人の関係性を始めて見る安達から見れば、呆れるほどイチャイチャして見えるのだろう。
「アレ……絶対この後はお楽しみですよね?」
「お楽しみ……っ!?」
うっすらと笑いながら二人のその後を想像する安達の発言に、何かを想像した紗月が頬を真っ赤に染め、狼狽えた様子で声を漏らす。
イメージ通りというのか、やっぱりこの堅物は純情なのか。
「やめろ、想像したくもないんだが……」
「これは失敬でした。でも純情なセンパイと、琴石先輩が恋人のフリをしている理由が、ぶっちゃけ気になりますね」
この三人が取り残されると、そっちの話題にるのは必然か。
そういえば安達には事情をさらっとしか説明していなかったので、紗月もいる今は説明をする絶好のタイミングと言えるかもしれない。
紗月とアイコンタクトを取って、紗月も喋って良さそうな雰囲気を感じ取れたので、事情を安達に説明する決心をした。
「……成り行きでよ、コイツの弟を助けたんだわ。とっぽい連中からな」
「センパイ、とっぽいって死語ですよ?」
「うるせ。で、それが二回ほどあってよ、その二人に俺が関係ないって言われたんで、咄嗟に恋人だって嘘ついた」
「そうなのよ。それで嘘に整合性を持たせるために、慎君と恋人のフリをしているのよ」
結末を補足した紗月の言葉を聞き終えると、安達は眉間に皺を寄せた。
そして呆れかえったように大きなため息を吐き、肩をだらんと落とした。
「はぁぁぁ……それはセンパイが悪いですね」
「んだよ、この件の説教なら紗月にもされたけど?」
「全くですよ。友達じゃダメだったんですか?」
「…………。」
安達から紗月と同じような指摘を受けて、全く反論ができない。
あの時は他に浮かばなかったが、友達でも十分良かったわけだから。
「一応、彼の擁護をすると、私たち友達ですらなかったから、友達というワードですら思い浮かばなかったんでしょうね」
紗月が静かに言い放つ。
全くもってその通りで、そもそも嫌い合っていた間柄なので、友達ではなく単なる同級生という発想しかなくて、それでは弱いと思ったから恋人だと飛躍した事を口走ってしまったわけだ。
今思い返すと、自分の発想の貧困さを恨んでしまう。
「センパイ、不器用すぎますよ?」
「はい、すんません……」
「まあでも、意外と効果はあるのか、あれから優斗も例の二人にちょっかいをかけられていないらしいわ。私としては素直に感謝の気持ちしかないわよ」
紗月の口元が緩み、穏やかな声色で感謝の気持ちを伝えてきた。
「まぁ、それなら体を張った甲斐はあったな」
「センパイ、喧嘩したんですか?」
「安心して。彼は殆ど手を出していないし、しかも脚が震えていたわ」
「あ、やっぱセンパイってファッションヤンキーだったんですね」
「おい……」
不良のレッテルが剥がれる事は、親しい人間限定で歓迎すべき事だろうが、その言い回しだとまるで俺がヘタレみたいである。
体が震えていたのは事実なので、あまり強く二人に言えなかったが。
「ところで安達さんは、どうやって彼と仲良くなったのかしら?」
「あたしが定期入れを落とした時に、センパイが拾ってくれたんですよ。それからこの人面白いなって思って、話すようになったんですよね」
「あなたってお人好しというか、お節介というか、誰に対してもそうなのね」
「何だよ、悪いか?」
「いえ、むしろ悪いヤツじゃないというのはよく理解できたわ」
安達にも似たような事を言われた記憶があるのだが、義理と人情で動くスタンスを曲げるつもりは無い。
本当は面倒だけど、安達にしろ紗月にしろ、どちらのケースも見過ごすのは気分が悪かっただけだ。
「ところで安達さん……あなたに聞いておきたい事があるの」
「はい、なんでしょうか?」
改まった顔つきの紗月からそう言われた安達も、真面目な顔つきになって紗月と向き合う。
「私と慎君の偽装カップル関係、どう思うかしら?」
紗月の結構ストレートな質問を聞いて、安達よりも俺のほうがぎょっとする。
ソレ、聞いてしまうのかと驚きながら、紗月と安達の顔を交互に見ようとして、自分の顔をキョロキョロと動かしてしまう。
「……正直に言いますね。話の流れ的に仕方なかったというのは理解できます」
安達はマジで本音を語っているのだろう。
紡ぐ言葉、その声のトーンはいつもより低かった。
「フリだというのは理解しています。ですが世間から見たら、センパイ達は本当に付き合っているようにしか映らないと思います」
「まあ、そこは覚悟の上よね。だから事が落ち着けば別れた事にするつもりよ」
「はい、それも聞きました。ですけどあたしは、もし今までみたいにセンパイと仲良くしていたら、お二人に迷惑がかかるかなと……一時センパイを避けてました」
安達の言葉を、俺も紗月も黙って聞く。
「けど……やっぱり、なんか嫌なんですよね。元の他人に戻るのは」
「……そうよね」
「ですけどセンパイが言ってくれたんです。俺はどう言われようが構わないって」
「……あなた、そんな事言ったの?」
安達のカミングアウトを受けて、紗月が呆れた様子で確認を取ってくる。
「言ったな」
「そういう自己犠牲的なところは正直、あまり関心しないわよ?」
「別にいいだろ。元より評判良くねぇんだし、今更周りにどう思われようがよ」
「あなたねえ……一応私の彼氏って設定なんだから、気にしなさいよ」
「今まで俺を悪く言っていた筆頭に言われてもな」
「うっ……」
俺の振る舞いに苦言を呈する紗月だったが、俺の学校での評判を形成した原因の一つは間違いなく紗月なので、その事をハッキリと伝える。
すると図星だったのか、紗月は気まずそうな顔になって黙った。
これ以上、何も言ってはこないだろう。
「まぁ、そういうわけだ。俺もぶっちゃけ、コイツと他人に戻るのは嫌だ」
「センパイ……」
安達の意思を尊重しつつ、自分の意思を紗月にハッキリと伝えた。
紗月は無言のまま、目線だけを俺と安達から逸らす。
「だから俺は安達に俺の事は気にするなって言った……だろ?」
「はい。あの、だから……申し訳ないんですけど、あたしはセンパイの言葉に甘えるつもりです」
それは安達にとって、俺に対して今まで通りに接するという宣言だった。
「それで琴石先輩、そういう事でも大丈夫でしょうか?」
「……まあ、私には元もあった二人の関係を、制限する権限は無いわね」
口ではそう言ってくれているものの、顔色は決して芳しくはなく、完全には納得できていない様子が伺える。
「いいのかよ? 結構リスクのあるわがまま言ってるつもりだけど?」
もちろん俺だって、この話が俺の評判だけの話じゃない事は理解している。
加藤と藤井、もし奴らにこの事が知られてしまえば、これを利用して何らかの行動に出てくる可能性もある。
そのリスクは承知しているが、だからといって安達とは他人に戻れない。
──まあ、最悪は加藤と藤井と戦う。
そのくらいの覚悟は、俺の中で出来ていた。
「……もしあの二人にこの事がバレたら、あなたはどうするつもり?」
「最悪は闘る」
「足が震えていたじゃない、そんな事できるの?」
「あんまナメんじゃねーぞ?」
「そうですよ。それに最悪、あたしも協力しますから!!」
そう言いながら安達は左の拳を腰に引くと同時、右の拳を螺旋回転させながら鋭く正面に突いた。
空手の正拳突き。
風切り音が聞こえるほどにキレのある安達の形は、素人目に見ても凄まじい。
「……ふふ、そうね。慎君はちょっと心配だけど、あなたは心強そうね」
「オイ、どういう意味だよ」
微笑みながら俺を心配する紗月に対し、突っ込みを入れてしまう。
実際腕っ節に全く自信は無いが、ここまで期待されていないと普通に悲しい。
「まあいいわ。別に付き合っているわけではないものね……いつも通りにしてくれても、私は構わないわ」
ようやく納得がいったのか、紗月の表情が和らいだ。
その言葉を受けた安達も、嬉しそうに口角が上がる。
「ありがとうございます!!」
安達は深々を頭を下げて、紗月にお礼を言う。
「悪いな、我儘を言ってよ」
「いいのよ、無理をお願いしているのは私のほうだから」
融通の利かない堅物の真面目委員長だと思っていたが、彼女の中で認めた相手に対しては、その限りではないのだろう。
「……けど、危ない事はできれば避けてよね。怪我をされるのは正直嫌よ」
「わかってるよ……」
紗月に心配されるだなんて、人生で初めてじゃないだろうか。
少し照れくさくて、紗月から目を逸らしてポケットに手を突っ込んだ。
「センパイ、なんか照れてません?」
「ちげぇよ」
「前から思っていたけど、あなたって反応が初心よね」
「……フン」
二人からの追求が歯がゆくて、二人に対して背を向けてしまう。
「明日も学校だろ、帰るぞ」
「あ、逃げたわね」
「はい、逃げましたね」
なんなんだ、安達と紗月の謎に息の合った連携攻撃は。
最近、紗月にまでからかわれているような気がしてきた。




