10,俺のマブダチはいい奴
「はあ? 付き合ってるフリ……?」
翌日、俺はアッくんの家で対戦ゲームをして遊びながら、紗月との関係をカミングアウトしていた。
アッくんとは小学五年生からの付き合いであり、親友。昨日は言うタイミングが無かったので説明できなかったが、コイツなら理解者になってくれると信じて、今の状況を相談してみる事にした。
「そうなんだよ、悪かったな昨日説明できなくて」
「別にいいけど……なんで?」
「成り行きでアイツの弟を助けてな。その翌日、弟にちょっかいかけていたバカ共がまた絡んでて、成り行きで彼女って嘘ついたんで、嘘に説得力を持たせるために恋人のフリを一か月限定でする事になった」
話を聞くアッくんは口を開けて呆然としていた。
仕方ない、俺自身が何を言っているのかわかっていない。
とにかく状況が複雑すぎて、口で説明するのが難しい。
「えーっと、つまりどういうこと?」
「まぁ、アレだ。バカ二人が姉を襲う可能性もあるから、ボディーガード?」
「……はあ」
多分この感じ、アッくんは全てを理解しきれているわけではなさそうだ。
「要するにとっぽい中坊が琴石にも牙を剥くかもしれないし、弟の件もあるから嘘を嘘じゃなくしたって事?」
「まあ、そういう事になるな」
「慎ちゃん……おまえケンカできたの?」
信じられないものを見る目で俺を見てくるアッくんに、少々イラっとする。
驚くところそっちかよ。
「ケンカはしてねーよ……ちょっと威圧しただけだ」
「あ、ハッタリ効かせたのね。確かに慎ちゃんにガンつけられたら、中坊ならビビるだろうねぇ」
遠まわしに顔が怖いと言われているようでムッときたが、実際この強面のおかげで痛い目を見ずに済んだので、これに関してはアッくんの言う通りである。
アッくんは俺に比べると表情も柔らかく、どちらかと言えば男性アイドルのような甘いマスクの持ち主なので、俺がもしアッくんみたいな顔だったら、加藤と藤井はビビッてはくれなかっただろう。
今回に関してのみ、俺と母を捨てたクソ実父に感謝すべきかもな。
「けど、その中坊ってたぶん綾の森中でしょ?」
その時、今までにこやかだったアッくんの表情が一気に曇る。
「さあ、学校はわかんねーけど……まああの辺ならそうなんじゃね?」
「慎ちゃん、東って覚えてる?」
「東? 中学の時、アッくんと揉めてた奴?」
「そう。あの東って綾の森だったんだよね、中学」
バリバリ武闘派だったアッくんとは違い、俺はそういう事から一歩引いた立場で傍観していたため、東と会ったのはアッくんと二人でいる時に奴が単身で現れた時だけで、その時はアッくんが東と一対一で喧嘩をしていた。
直接、俺が東と拳を交えた事はない。
だが喧嘩が強かったアッくんと、互角にやり合っていた事を今でも覚えている。
「慎ちゃんと揉めたガキ共って、もし三年なら東と面識があるはずだよ」
「そういえば優斗君って何年だったっけな……」
聞くのを忘れたが、加藤と藤井とは同級生っぽいので、彼らの体格からして三年である可能性は高い。
「気をつけなよ~慎ちゃん、ヤバかったらすぐオレを呼べよな」
「どういう事だ?」
「もしそのガキ共、東に頼るような事があったらやべえって話だよ。アイツはオレが喧嘩してきた相手の中でも、ダントツで強かったからさ」
俺も東も凄まじさはこの目で見ているし、アッくんがこれだけ警戒する理由も理解はできる。
「その東って今、何やってんだ?」
「聞いた話だと、関実に通ってるらしいよ」
「関実か、あそこ悪そうなの多いもんな」
関東実業高校、略して関実。
菫山市の北部にある私立の工業系の高校で、偏差値は三十九と低く、このあたりでは昔からバカと不良の吹き溜まりとして有名なところだ。
大昔は生徒の七割がヤンキーという逸話もあったが、令和の世でそこまで気合いの入った奴は、全校生徒の一割にも満たなしいらしい。
とはいえ現代でも確実に不良がいる、筋金入りの不良校である。
「ま、とにかく気をつけなよ。東も十分やべーけど、噂じゃもう一つヤバい派閥があるって話だからさ」
「わかったよ……」
ひょっとして俺、とんでもなく面倒な事に首を突っ込んでしまったのでは。
もし仮にアッくんの話通り、東が今回の件に絡んできたとしたら、俺だけではどうすることもできない相手である。
それにこの話は、紗月と優斗君にも共有しておいた方がよさそうだ。
◇ ◇ ◇
「もしもし紗月?」
アッくんの家で遊んだ後、俺は合間で連絡しておいた紗月に電話を入れる。
『慎君、話って何かしら?』
「今から話す事はもしもの話だから、一応気を付けてくれってレベルの話なんだけど、説明するぞ──」
俺は今日、アッくんから聞いた事を元に、紗月に確認を取りつつ事情を全て説明した。
結果として優斗君も例の二人も綾の森中学校の生徒で、優斗君も奴らも三年生である事が発覚。三年で不良をやっているなら、間違いなく二人は東と面識があると考えていいだろう。
『なんなのよ、その話!!』
俺から説明を受けた紗月は、電話越しに怒りをあらわにした。
「落ち着け、まだ確実にそうなるって決まったわけじゃない」
『でも、そんな怖い人たちが動いたら……』
「そうなったらアッくんも動くし、俺も出る限りはどうにかする」
『ちょ、喧嘩はダメよ?』
「心配するな。アッくんはともかく、俺は腕っ節に自信がない」
『……くすっ、それ自慢する事?』
紗月の声色から悲壮感が漂っていたため、自虐ネタを吹っ掛けると、思惑通りに紗月から笑いがこぼれた。
「……ところで、優斗君は何もなかったのか?」
『ええ。声すらもかけられなかったし、何もなかったみたいよ』
「そうか、それならよかった。一応この話は優斗君にも伝えて欲しい。連中の狙いが優斗君に向く可能性もあるから」
『わかった、伝えておくわね』
情報共有完了、これで琴石姉弟に起きるかもしれないリスクを伝えられた。
優斗君にも紗月にも、そして俺にも東に太刀打ちできる術は無いが、人通りの少ない場所を避けるとか、夜道をなるべく歩かないとか、基本的な対策でもリスクを減らす事はできるはず。
『ところで春田君だっけ、彼とは付き合いが長いのかしら?』
「ああ、アイツは小学生の頃からの親友だよ」
『そう。彼、随分アウトローな世界に詳しいのね』
「まあアイツは中学の頃まで武闘派だったからな、俺と違って血気盛んで、ケンカも強かったし、けど高校入ってキッパリ辞めたんだよ」
正直、あの頃のアッくんに憧れがなかったかというと、嘘になる。
強くて仲間想いで、そんなアッくんに憧れていた時期もあったが、アッくんは俺も喧嘩に参加しようとすると毎回止めてきた。
確かに俺は根性無いし、足手まといになる可能性も高い。
だがそれ以上に、俺が根本的に平和主義で喧嘩が苦手であると、アッくんは当時から理解してくれていたのだろう。
改めて思い返すと、アッくんは本当にいい奴だ。
『そうだったのね……けど、それだけ荒れていたのに喧嘩は辞めたんだ』
「まあ、アイツも家庭環境に事情があるからな。本人なりに思うところがあったんじゃねーか?」
聞かれるから言わなくてもいい事は伏せつつ、アッくんの事を紗月に説明しながら、ふと思った。
紗月があれだけ嫌っていたアッくんの事を、妙に事細かく聞いてくる。
つまり紗月がアッくんに関心を持っている事に、少しだけ驚かされた。
『そうなのね……小森さんは? 彼女は不良なの?』
小森の事まで聞いてくるとは、紗月にとって小森は因縁の相手だろうに。
なんといっても小森は紗月のスカートを捲り、俺とアッくんに下着を晒す原因になった人物だ。
「小森? あの子は見た目ギャルだけど、別にグレてはいねーよ。アレで中学まで陸上やってたらしいし、アッくんにも一途だからな」
『そう……』
電話越しでも伝わるほど、紗月に元気が無い。
「どうした? 元気ないな」
『……慎君、ごめんなさい』
突然、紗月から謝罪された。
何かの冗談かと一瞬思ったが、声色からして紗月が真剣な事がビリビリ伝わる。
「なんだよ?」
『私は今まで、あなた方に対して先入観だけで接していたわ』
「それ、前にも聞いたぞ?」
『あの時はちゃんと話せていなかったから、しっかり謝りたくて』
言葉を紡ぎながら、すーっと息を吸う様子が電話越しに伝わる。
『ごめんなさい。今まであなた達の事を誤解して、酷い事を言ってしまったわ』
そして紗月の真剣な声色が、俺の耳から頭に響く。
紗月から謝罪を受ける日が来るなど、今まで想像もした事がなかった。
ある意味、偽装カップルの関係になった時以上の衝撃を受けた。
「……いや、もういいだろ」
紗月の気持ちがこもった謝罪に対する俺の答え、それがコレだ。
「前にも言ったけど、俺はこんな見た目してるからよ。まあ、見た目で悪い奴だと思われるのは仕方ねーし、実際いい子でもねーし」
『でも……』
「俺はもう気にしてない。紗月の言い分だって、クラス委員としての立場、優斗君が不良にいじめられていたって事情を考えたら、当然の事だと思う」
紗月は、黙って俺の話を聞き続ける。
「だから俺に対しては別に、謝らなくていい。強いて言うなら、そこまで気にするなら、アイツらにソレを言ってみたら?」
『え?』
俺の提案に対し、紗月が小さく声を漏らした。
「俺がお前に謝られてビックリしたんだ。アイツらも多分、お前が謝ったら驚いて、話くらいは真面目に聞いてくれると思うぞ?」
多分、そうした方が紗月にとって心のつっかえが取れる。
アッくんと小森が紗月の謝罪を受け入れるかはともかくとして、紗月自身がここまで真剣に考えているなら、あの二人にこの話をした方がいいと思った。
あとは単純に、これでわだかまりが解けるなら喜ばしい事である。
──特に紗月と小森。
この二人が火花を散らす間に挟まれていると、俺の気が持たない。
正直、これで事が解決するなら解決して欲しい。
『……わかったわ。来週、学校で会ったら二人と話をしてみる』
「ま、頑張れよ。間は取り持つからよ」
『ええ。頼りにしているわ、私の彼氏』
「──っ!?」
今のは心臓に悪い、本当に胸に刺さった。
いたずらっぽい紗月の声と、紡いだ言葉。それは安達にも匹敵する攻撃力の高さだった。
安達といい、紗月といい、今年の俺はやたらと女の子に振り回される。




