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9,ダル絡みしてくる後輩に対する決意

 紗月との偽装カップルは、実に徹底的なものだった。

 昼休みには一緒に食事を取ろうと誘われて、二年になって初めてアッくんと小森以外の人とお昼ごはんを食べた。

 不良として有名な俺と、優等生でクラス委員長の紗月。

 俺たちが突然仲良くなった事は、当然クラスメイト達にとっても衝撃的な出来事だったらしく、(またた)く間に俺たちの噂が広まった。

 帰りのホームルームが終わる頃には、少なくともA組の奴はほぼ全員が俺たちの交際を認知している状況だ。


 ──本当にこれ、一か月後には別れるのか?


 そう思えてくるほど、完璧なカップル像を紗月は作ろうとしていた。


「慎君、一緒に帰りましょう?」


「え? ああ……わかった」


 案の定、帰りも紗月に誘われる。


「慎ちゃんと琴石、どうやらマジっぽいな……」


「信じられねぇ~。櫻井、女の趣味どうかしてるよ」


 横目で二人を見ると、アッくんは俺と紗月の関係を認めつつあるようだが、元々紗月が嫌いな小森は(いま)だに認められない様子だった。

 実際、クラスメイト達の反応も賛否両論と言った感じである。


「おい紗月、俺たちだいぶ注目の(まと)っぽいけど?」


「そうね、私も色んな人から慎君との関係を質問されたわ」


「やっぱコレ良くないんじゃねーか?」


「誰のせいよ、誰の」


 刺々しい声色で突っ込みながら、じっとりとした目で俺を見てくる。

 確かに俺のせいと言えばそうなんだが、学校でまで徹底的に演じる必要があったのだろうか。


「ちなみに後輩いるだろ? アイツだけにはフリだって言ったんだけど」


「は? ちょっと慎君、あなた何勝手な事をしてるのよ?」


 事実をありのまま伝えると、紗月は不機嫌そうな顔で俺を追求してくる。


「仕方ねーだろ、アイツには嘘を()きたくなかった」


「あら、随分その子には素直なのね?」


「まぁ、直近だとアッくん達以外では一番よく話す奴だし……」


 安達の事を喋っていると、今朝の出来事をどうしても思い出す。

 フリとは言え、俺と紗月が付き合っている事は事実だから、安達は自分の存在が迷惑だと思ったんだろう。

 安達との付き合いはまだ浅いが、あんな情緒不安定な安達は初めて見た。


「あなた、なんか悩み事でもあるのかしら?」


「あ? ……そう見えるのか?」


「表情が暗くて、ただでさえ怖い顔がヤバいくらい怖いわよ」


「なんだそりゃ……」


 紗月の言葉はだいぶ失礼だったが、実際今の気持ちが顔に出ていたのだろう。

 当たり前だ。あんな安達を見て、心配にならないほうがおかしい。


「ひょっとして、その後輩の関係かしら?」


「…………。」


「無言は肯定と(とら)えるわよ」


 いっそのこと、紗月には安達の事を相談した方がいいのか。


「……アイツ、多分この関係の事を気にして俺を避けてる」


「そういう話?」


「多分な、この事を話したら急によそよそしくなった。近くにいたら浮気を疑われるとか言ってたから、気を使ってるんだと思う」


 今の状況を伝えると、紗月は少し(うつ)いて無言になった。

 考え込んでいる様子だったが、数秒ほど立つと俺の前に立ち(ふさ)がった。


「私と慎君は今、付き合っている……そういう設定よね?」


「そうだな」


「なら、確かに第三者から見て、あなたが他の異性と(した)しくしていたら、浮気を疑われる可能性はあるわね」


 紗月の言っている事は、その通りだと思う。

 ならやっぱり安達が正しくて、安達とは距離を置くべきなのだろうか。

 

 ──いや、違うな。


「けど私たちは本当の恋人じゃないわ。なら、あなたの覚悟次第じゃない?」


「…………。」


「慎君、あなたはどうしたいの?」


「俺は……」


 そうだ、紗月の言う通りだ。

 俺と紗月は本当の恋人ではないし、その事は安達にもハッキリと言ってある。

 周りがどう思うかという問題は確かにあるが、それで被害を(こうむ)るのは当事者だけである。

 だったら安達と仲良くしたって問題ない。


「……どうせ俺、評判悪いからな。他人にとやかく言われようが関係ねーわ」


 そうハッキリと宣言してやると、紗月の表情が(やわ)らいだ。


「あなたって、本当にお人好しなのね」


「……はぁ?」


「後輩の子が心配なんでしょ?」


「……フン」


 ニヤニヤしながら俺の顔を覗き込もうとしてくるので、紗月から目を()らす。


「とにかく次にその子と会ったら、ちゃんと話をすることね」


「オメーに言われなくても、そのつもりだ」


 腹は決まった。

 安達はこの一か月、俺を怖がらず自然体(しぜんたい)で接してくれた貴重な奴。このまま疎遠(そえん)になるのは嫌だし、アイツにはハッキリと今まで通りで良いと言う。

 紗月のおかげで決意が固まったので、俺は内心で紗月に感謝をした。



 ◇ ◇ ◇



「きょうね、運動会のれんしゅうで、ダンスが上手ってみんなから褒められたの。ほら、こんなかんじで!!」


 夜、陽葵を風呂に入れていると、体を洗っていた陽葵が学校での出来事を報告しながら、泡だらけの状態でダンスを踊り始める。

 俺の頃は運動会って秋のイメージだったが、最近は残暑(ざんしょ)が厳しいという事情もあってか、陽葵の小学校では五月に運動会があるらしい。

 その種目の一つにダンスがあって、陽葵はダンスが得意なようだ。


「陽葵、お風呂場で踊ると足が滑って危ないぞ?」


「は~い」


 陽葵は返事をすると素直に踊るのをやめて、シャワーを使って一人で体についた泡を洗い流していく。

 陽葵の風呂は義父さんと母さん、俺の三人で交代しながら面倒を見ているわけだが、子供の成長というのは早いもので、ちょっと前まで陽葵の体は全面的に洗ってあげていたのに、今ではもう大体一人で体を洗う事が出来る。

 そろそろ一人で風呂に入るんだろうと思うと、嬉しさ半分寂しさ半分だ。


「おにいちゃん、はいるね」


 そう言って陽葵は浴槽(よくそう)(また)いで、割と勢いよく湯舟に入ってくる。

 そして俺に背中を密着させるような形で、気持ちよさそうに声を漏らす。


「運動会は来週か、何組なんだ?」


「紅組だよ!!」


「紅組か」


「うん。おにいちゃん、応援きてくれるよね?」


「当たり前だろ」


「やった!! おにいちゃんだいすき!」


 陽葵の天使みたいな笑顔を見ていると、ここ数日で起きた一連のゴタゴタを忘れられる。

 最初は年の離れた妹ができた事に複雑な心境だったが、いざ生まれてみたら可愛いし、年が離れているから兄貴というより保護者の気分で、よく聞く年の近い兄妹(きょうだい)にありがちな軋轢(あつれき)も俺と陽葵には無い。

 まだ幼いゆえに純粋な陽葵は、まさしく俺にとって心の癒しであった。


「……よし、六十数えたら上がるか?」


「うん!! いーち、にー、さん──」


 それから俺と陽葵は二人で六十を数え、風呂から上がってドライヤーで陽葵の髪を乾かしてあげた。


「義父さん、風呂空いたぞ」


 脱衣所を出た俺は、リビングでB級っぽい海外映画を見ていた義父に風呂が空いた事を伝える。


「おお、そうか。なあ慎、父さんも一緒に入りたかったなぁ」


 義父さんも大概子煩悩で、陽葵の事を溺愛(できあい)している。

 それゆえの発言だろうが、俺は眉間に(しわ)を寄せる。


「勘弁してくれ。風呂狭いし、いい歳こいてオヤジと風呂入れっかよ」


「くぅぅぅ~。初めて会った頃はこ~んな小さかったのに、いつの間かデカくなったよなぁ!!」


 自分の腰下あたりに手を添えながら、目に涙を浮かべる。


「アンタの中じゃ俺っていつまでも園児なんだな、先生よぉ……」


「いやぁ、あの頃の慎は可愛かったよな」


「…………。」


 もう何もコメントが出ない。

 三十六歳と年齢が若い上、二歳年下の母親に負けじと容姿(ようし)も若々しいため、兄貴分が泣いているようにしか見えない。


「しかし陽葵が一年生って事は、慎は高二だもんな」


「んだよ、突然?」


「慎も青春真っただ中だろうし、そろそろ彼女とか連れて来ちゃったりな」


 あっけらかんとした様子で、多分冗談だと思われるセリフを吐く義父さん。

 彼女か。

 偽装とはいえ彼女が居るなんて言ったら、この人絶対仰天するだろうな。


「いるぞ、彼女」


 面白そうだから、言ってみた。


「……へ?」


 すると義父さんは目がまん丸になり、その状態でしばらくフリーズした。


「つーか風呂冷めるぞ、さっさと入ってきなよ」


「…………へ? 慎に、彼女……?」


 呆然とする義父を置いて、俺は自分の部屋に戻ろうとした。

 もう頼むから、まだ幼い陽葵はともかくとして、いい加減俺からは子離(こばな)れして欲しいものである。

 一か月後には別れる予定の紗月を紹介するつもりは皆無だが、子煩悩すぎる義父にはいい薬だろう。


 部屋に戻った俺はベッドに寝転がった。

 そしてスマホを弄っているうちに(まぶた)が重たくなり、やがて意識を手放した。

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