prologue,ダル絡みしてくるウザ可愛い後輩
人との出会いというのは、いつ訪れるか予想がつかないものだ。
それを実感したのは今年の四月、高校二年生に上がって間もない頃の通学路。
「あ……すんませーん」
俺、櫻井慎は電車通学のため、高校の最寄り駅である綾の森駅を降りて、いつものように改札を通ろうとしていた。
すると前を歩く、ネイビーブルーを基調としたブレザーの制服を身に纏った小柄な女の子の手元から、淡いピンク色の定期入れが床に落ちる瞬間を目撃。反射的にそれを拾ってしまったので、とりあえず女の子に声をかけた。
「はい…………っ!?」
振り返った女の子の表情がみるみるうちに青ざめ、強張っていくのがわかる。
──まあ、これは俺が悪い。
派手な金髪のセンターパート。幼い頃に家を出て行った実父譲りの三白眼。制服の着こなしもルーズで、見た目は完全にただのヤンキー。
こんな容姿をしている奴に声をかけられたら、誰だって警戒するだろう。
だけどそれでは話が進まないため、右手に持った定期入れを差し出した。
「これ、落としましたよ」
「え、あっ……!!」
俺の言葉、そして差し出された桃色の定期入れを目に捉えた少女は、やっと事態を飲み込んだ様子で声を漏らした。
「すみません!! ありがとうございます!!」
「いや、別に。綾の森だったら無いと困るだろうし……」
高校の最寄り駅と言っても、徒歩だと二十分以上はかかるほど離れているため、基本高校への通学は駅からバスに乗り換えとなる。
俺から定期入れを受け取った少女は、ブレザーのポケットにソレを入れた。
こうして向き合う事で初めて顔を見る事になったのだが、相手の女の子はとても可愛い顔をしていた。
白い肌で、ほっそりとした体躯。身長は百五十センチ代前半だろうか、小柄で顔つきも幼さが残っている。暗めの茶髪でふわっとしたショートボブ。半目気味の瞳はエメラルドグリーンだった。
モルモットやウサギのような小動物のような可愛さを持つ、美少女。
きょとんとした顔を見つめる少女に、思わず見惚れてしまう。
「あ、綾の森の制服ですね」
少女は俺の着ている制服が、自分と同じ学校だと気付いたようだ。
「俺は二年だけど、一年?」
「はい、昨日入学したばかりのピカピカの一年生です!!」
そう自分を紹介する少女は、ほんの少しばかり得意げな表情を浮かべた。
俺の見た目に畏怖していただけで、本来は明るい子なのだろう。
「そっか。つーか、そろそろバス来るんじゃね?」
「あ、そうですね!! バス停まで行きましょう!!」
スマホで時間を確認すると、まもなく乗り換えのバスが到着する時間で、俺が少女に声をかけてから歩き始めると、少女はちょこちょこと俺より狭い歩幅で追いかけてくる。
小走り気味で追いついてきた少女は、減速して俺の隣を歩く。
「友達と登校しなくていいのか?」
「はい。まだそんなに、誰がどっち方面とかわかってないので」
「そうか。けど、俺の隣なんか歩いてて、イメージ的に大丈夫なのか?」
「大丈夫だと思いますよ。ていうかセンパイ、見た目はワルそうなのに結構あたしの事、気遣ってくれますよね」
「いや……単純に俺、この見てくれだし、評判あんま良くねーからさ」
この目つきのせいで昔から損な人生を歩んできたし、人間社会なんて第一印象で殆ど決まってしまうようなものなので、こんな格好をしていれば評判なんて良いわけがない。
そんな俺とツルんでいると、噂にでもなったら彼女の為にはならない。
そう思っただけなんだが……。
「気にしないですよ。だってセンパイ、親切じゃないですか」
横に並ぶ小柄な彼女は、そんな俺を親切だと言いながら微笑んでくれた。
「親切……か」
「あ、センパイ顔赤くなった」
「ばっ、赤くねーよ」
「あはは!! センパイちょっと反応カワイイですよ?」
「ッッッ」
いたずらっぽく笑う少女を見ていると、だんだん顔中に熱を帯びていく。
なんだこの生意気で、だけど可愛い生き物は。
「そういえばセンパイ、お名前聞いてもいいですか?」
「……櫻井、櫻井慎」
「櫻井慎……センパイですね。あたし安達、安達愛です!!」
「安達か……」
可愛い子って、名前も可愛いんだな。
「センパイって、いつもこの時間の電車なんですか?」
「まあな」
「不良なのに真面目に学校行くんですね」
「どういう意味だよ……こう見えても真面目なんだよ、意外と」
「ふ~ん。じゃあ毎朝この時間の電車に乗れば、センパイに会えるんですね」
ニヤニヤしながらそう確認してくる安達から、俺は目を逸らしてしまう。
直視していたら顔が赤いって、また茶化されそうだからだ。
「……まあ、バスの本数も限られてるからな」
「センパイってすぐ顔赤くなりますね」
「うるせえ」
「あはは!! なんかギャップ萌えって感じです!!」
「はあ?」
思えば出会った時から、俺と安達の関係は決定づけられていたのかもしれない。
安達のペースに乗せられて、会話を自分のペースに持っていけない。安達にどぎまぎさせられて、安達は面白そうにいつも俺のことをからかってくる。
──初めて会った時から現在まで、ずっとこの関係が続いている。
安達とは意外と趣味が合う事もあって、なんだかんだこの一か月、関係が途切れる事なく仲良くやれている。
だが安達にはいつもからかわれているし、安達の絡み方は割とダル絡み。
まあ、時々ウザい。
強く出れない俺も悪いんだが、先輩としての威厳を示せていない気がする。
安達に一発、クリティカルな一撃を与えられないか。
何か安達に対して反撃する術はないか、最近考え始めていた。




