第1話 星(1)
20年前、田舎の小さな村で起きた無差別殺人事件
被害にあったのは子供から大人まで合わせて6名
犯人の名前は桐崎 拓也
その事件は全国で報じられ「殺人鬼だ」と世間を震撼させた
そしてその"殺人鬼"は
私の父だ
事件が起きたのは私が3歳のとき。父とは会ったことも見たこともない、いやもしかしたらあるのかもしれないが一切記憶には無い。父は死刑判決を受け私が10歳のときに死んだらしいが私には心底どうでもいいことだ。
私にあるのは施設での思い出とまだ薄らと残る母親の面影だけ。
母親の桐崎 笑子は事件から半年後、私を施設へ預け亡くなった。そのことを聞いたのはある程度大きくなってから当時担任だった職員さんを通して伝えられた。その頃私は小6ぐらいだったがその話を聞いて驚きはしなかった。幼いながらにまぁそうだろうと。その理由は、母との数少ない記憶の中で一番鮮明に残っているあの日、雨の中施設へと預けられ母と別れを告げたあの日
「ごめんね...」と涙を浮かべながら悔しそうにこちらを見ていた1人の女性は、頬は痩け、目の下には大きなクマ、整ってはいるが23歳という年齢の割には老けた顔、無造作な一つ結びで数本白髪の生えたボサボサな髪、雨だというのに傘もささずびしょびしょになったボロボロのジャンパー
それが私の見た最後の母の姿だった。そんな姿で見送られたものだから亡くなったと聞いても当然としか思えなかったのである。
事件後の母と暮らしていた半年間の記憶はあまりよくは覚えていない。だが"殺人鬼の家族"としてとても苦労していたのは何となく覚えている。もとは美しかった母がそのような見た目になったのもその影響だ。
◇◇◇
現在23歳になり母が亡くなった年齢と等しくなった私は桐崎 楓から木村 楓に名前を変え、あの事件とは無関係な人間として生きている。だがそれだけで許されるわけは無かった。
事件から20年経った今でも
『もし元の名前がバレたらどうしよう』
『殺人鬼の娘だと分かればどんな扱いを受けるだろう』
『私もいつかは人を殺してしまうのか』
『こうしている間にも私には殺人鬼の血が流れている...』
そんな不安が後を絶たない。そしてその不安は悪夢として度々現れては私の心も身体も蝕んでいった。
「あぁ...もう死んだ方がラクなのかな...」
人はみな寝静まった深夜。反射した街の灯りが眼下で無数の星のように輝く。高い場所から見下ろすその星達はキラキラと揺れ真っ黒な私をそちらへと誘う。冷たい風が肌を刺す。
欄干へと両手をかけ体重をかける。つま先立ちになり身体を前へ乗り出して覗き込む。深淵の星達はキラキラと揺れている。色とりどりに各々の輝きを放っている。地面から右足を離す。更に身体を前に倒し手に力を込める。
「今そっちにいくから」
左足も離そうとした、その瞬間
「何してるんです?」
ふと我に返り足を地面につける。慌てて声のするほうを向く。
そこにはセンター分けの短い黒髪ストレートで黒のタートルネック、ワイドパンツ、ロングコートというシンプルな全身黒ずくめの服装で、手には黒い皮の手袋をはめた男が立っていた。服装とは反対に、肌は白く、顔立ちは整っており、どこか影のある物憂げな雰囲気を漂わせるその姿は不気味なほど美しかった。
「あの、大丈夫ですか?」
「...あ、はい。」
「こんなところで何されてたんです?」
「ぁあ、ええーと...星...見てました。」
「星?橋の上で?んまぁここからでも綺麗に見えはし
ますけど...」
と言って男は上を見上げる。直前の私の体勢から私がここで何をしようとしていたかはきっと気づいているはずだ。
重苦しい空気の中慌てる私とは対照的に、ひどく落ち着いた様子の男。そして沈黙を切り裂くように、低く、冷たく、それでいて磁石のように人を惹きつける男の声が響いた。
「死んだら星になれると思います?」
「えっ?」
「ほらよく言うじゃないですか"人は死んだら星になる"って。どう思います?」
「うーん。...なれる人もいるとは思いますけど、少なくとも私はなれないと思います。」
私がそう答えると男は妖艶な笑みを浮かべる。
「奇遇ですね。私も星にはなれないです。...でも、そのほうが良くないですか?」
「え?」
「だって、もし自分が星になってしまったらこんなにも綺麗な星空を見ることは出来なくなってしまうんですよ?」
何となく上を見上げた。そこには息を飲むような綺麗な星空が広がっていた。
無数の星が頭上で力強く輝く。深遠な闇に浮かぶ、無数のダイヤモンドの粒。それは揺れることなく、静かに、しかし確実に、月夜に照らされる私を見守っていた。
そういえばこうして空を見上げたのは何時ぶりだろう。今までずっと不安を背負い、下を見ながらただひたすらに生きてきた私にとってその日の星空はまるで、今までの私を肯定し労っているかのように思えた。
「特に今日は星がよく見える日らしいですね。山に見に行くという人は見かけましたが、橋の上で、しかも深夜のこんな人通りの少ないところで見るなんて、女性一人では危険ですよ。危ない人がいるかもしれませんから。」
私は完全に魅入っていた。きっとあの男の人が話しかけてこなければ、こんな綺麗なものにずっと気づけないままだったかもしれない。感謝を伝えようと顔を上げると、さっきまでそこにいたはずの姿は、もうどこにも見当たらなかった。一瞬のように思えたが、もしかしたら私が魅入っているうちに時間は経っていたのかもしれない。
帰る間際、男が何か言っていたことを思い出す。
『危ない人がいるかもしれませんから』
まさか私以上に危ない人物がいるのかと、自嘲気味に考えながら、家路についた。
昨日まで死の瀬戸際だったが、生きると決めたからには働かなくてはいけない。重い身体に鞭打って支度をする。BGM程度に流していたテレビの番組が変わる。
『皆様、おはようございます。まずは速報でお伝えします。本日未明、星見山の山頂付近で、登山中の男性が死亡しているのが発見されました。警察の発表によると、男性は都内在住の50代会社員、芦田 誠さんと判明。昨日、単独で登山に出かけたものの、予定日を過ぎても帰宅しないため、家族が警察に捜索願を提出していました。
警察は、芦田さんの所持品や現場の状況から、自殺の可能性も視野に入れて捜査を進めています...』
(今はそんな気分じゃない)
とチャンネルを変え支度を続けた。
私はクリーニング店で働いている。仕事内容は決して楽とは言えないが、施設育ちでいろいろとワケあり(殺人鬼の娘であることは隠している)な私を良い顔で、はなかったが、引き受けてくれた数少ない店だ。
そして私は今日もお局様にいびられている。まぁもう慣れたと言えば慣れたが、悪夢のせいであまり寝れなかった日とお局様の不機嫌が重なるとかなりくる。今日のご機嫌はそこそこといったところか?
お局様こと樺澤さんは実年齢は分からないものの見た目50代くらいで、いつもパリッとしたブラウスに膝丈のスカート、普段アクセサリーは控えめだが、何か予定があるのかここぞというときには真珠のネックレスを愛用している。白髪混じりの髪をきっちりとまとめたいつもと同じヘアスタイルに、いつもと同じローズピンクの口紅。
おかげでローズピンクは大嫌いになった。
そして金魚のフンのようにお局様の周りにいる3~40代の取り巻きの女性2人はいつものごとくお局様の身の回りのものを褒めちぎっては薄っぺらい笑顔を浮かべている。この人たちも当然のごとく私のことを煙たがっている。
休憩中、そんなお局様と取り巻きたちの会話が耳に入った。
「今朝のニュース見ました?あれってうちの店からも見える、あの山のことですよね?」
「あ、見ました!あれやっぱりそうですよね?私よくあそこに星を見に行ってたんですけど、もう気味が悪くて行けないです...」
「本当ですよねぇ。自殺するにしても少しは周りのこと考え欲しいですよね。」
「ちょっと、今は食事中なんだからそんな話よしなさい?」
「あ、すみません...」
「...えっと樺澤さん、あれ知ってます?ここの近くに新しくできたバーがあるみたいなんですけど。」
「あら、そうなの?私なんて仕事ばっかりで全然知らないのよね、そういう話。どんなお店なの?」
「私も詳しくはないんですけど、とても雰囲気が良いらしくて。あ、そう!そこのオーナーさんが直々にバーテンダーやられてるみたいでその方がものすごくイケメンなんですって。」
「あ、それ私も知ってます!1回行ってみたかったんですよね〜良かったら今度みなさんで行きませんか?」
「そうねぇ、まあいいわよ。せっかく誘ってくれたし、私もオーナーさんとお話してみたいわ。」
「それじゃあいつにします?空いてる日ってありますかね?...」
ふーん、新しく出来たバーか。最近思い詰めることも多いしたまにはそういう所で息抜きするのもいいのかもなあ、と思いながらその場を離れた。
退勤後話にあったバーに行ってみることにした。お店の場所は話から大体分かったが、念の為ネットでも調べた。しかしどう調べても出てこない。お店の名前は分からないにしても周辺検索で出てきそうなものだが、そのお店どころか周辺にあるバーすら出てこなかった。仕方なく自分の記憶力を頼りにお店へ向かった。
(確か、ここら辺だったよな...)
昼たまたま聞こえた会話をよくよく思い出しながら、誰も通らないような路地の奥深くへ進む。
夕暮れの光も次第に届かなくなり薄暗さを増す中、突如として現れた、光を拒むように佇む黒塗りの壁。昼間はひっそりとしたオフィスビルの裏口にしか見えない。しかし夜が訪れると、壁を縁取るように淡い光が浮かび上がり、その存在をほのかに主張する。重厚な扉には装飾はなく、ただ無機質な金属の取っ手だけが、訪れる者を静かに迎える。
(多分、ここだ...)
全くバーらしい看板も無ければお店らしい賑わいもないが、何となくここが目的の場所だとそう私の直感が言っていた。
恐る恐る扉を開ける。




