第六章:卒業
ラビリンスワールドに来てからこの3年間で小さな家なら買えるぐらいのゴールドは溜まっていた。家を買うつもりはなかったので、思い切って広めのガーデニング区画を借りることにした。花屋にいって、花屋の店員に花やハーブのことを聞いて気に入った花やハーブの苗を購入した。
購入した苗をガーデニングの区画に植え、水をあげた。気のせいか水をあげた苗は喜んでいるようだった。
「どんな花が咲くのかな。楽しみだ」と思わずひとりごとがもれていた。ハーブが成長してゴールドに変わるまでしばらく時間がかかるが、インゴットをつくる仕事に戻る気にはなれなかった。
収入はなかったが、ラビリンスワールドでは特に問題ではなかった。時間があったので、カフェに寄ってみることにした。
「マコトさん。ガーデニングの区画を借りて、花やハーブを育て始めたんですよ」
「それはよかったですね。楽しいですか」
「はい」
「楽しそうですね。それは何よりです」
「人数は少ないですが、ガーデニングをしている男性もいます。男性はガーデニングなんかしないというのは私の思い込みだったようです。それと、ガーデニングは土を耕したりする力仕事もあり、男性は重宝されています。私も仲間のために力仕事したりしているんですよ。これまでだったら、一銭もならない仕事は絶対しなかったのですが、今では普通にやってます」
「それはすごい。だいぶ変わりましたね。これならもう私は必要ないでしょう」
「いやいや、まだまだ教えてほしいことはいっぱいありますよ。とっても頼りにしているんです」
「依存を生んでしまう関係はよくないですね。これからはご自分だけでやっていけますよ」
「まだまだ、わからないことがいっぱいあります。マコトさんがいなくなったら、どうしていいかわからなくなってしまいます」
「そんなときにはどのように対応すればよいか教えたじゃあないですか」
「え、なんでしたっけ」
「困ったときは、内側を探してください」
「あ、それですか。でも、答えが見つからないことがよくあるんです」
「内側に問いかけたあと答えがわからなかったら、次に会った人の言葉や、たまたま見たSNSの文章、カフェの隣の席から聞こえてきた会話の中に答えがあったりします。
それを偶然と片づけないでください。偶然と聞き流したり、見過ごしているといつまでたっても答えは見つかりませんよ。それでもどうしてもわからなかった場合には、ラビリンスの廊下で私と再会したり、別の人が相談に乗ってくれたりします。
『もとめよ、さらば与えられん』ですよ。心配するのはよくないですよ。それではそろそろお別れです」
「そうですか。ありがとうございました。大変お世話になったのでお礼がしたいのですが、よろしいですか」
「はい、喜んで」
「あ、断られるかと思いました。いいことをしている人はお金をもらわないと思っていました」
「それも思い込みですね。そのような思い込みがあると好きなこと、楽しいことをしていたらお金が入ってこなくなります。いいことや好きなことをしてお金をもらってもいいんですよ。ショウさんもいいこと好きなことをしてお金をもらってもいいんです」
「そうなんですね。そう考えると気分がよくなりますね。それでは少ないですがほんのお礼の気持ちです」といってスマホから少しのゴールドをマコトに送った。
「ありがとうございました。しあわせにお過ごしください。それではさようなら」といってマコトはカフェからでていった。
その後マコトの姿を見ることはなかった。
ショウは楽しんでガーデニングを行い、数年後には交配で珍しい色の花をつくったり、栽培が難しいハーブの栽培ができるようになったりして、ガーデニングを極めていた。そんなある日、いつものカフェは飽きたので、気分転換にラビリンスワールドに来たときに説明を聞いた、受付の近くに置いてあるイスに座ってくつろいでいた。するといつものようにカプセルホテルの清掃員の女性が
「カプセルホテルの清掃が終わりましたので、ご使用できます」とショウにいってきたので、ショウは
「ありがとうございました」とお礼をいった。
その後、カプセルホテルの通用口に入っていった。そのときふっと疑問が湧いてきた。
あれ、今の女性はカプセルホテルの清掃が終わったといっていたのにカプセルホテルの通用口に入っていったぞ。
なんかおかしいぞ。そう思って、清掃員が入っていったカプセルホテルの通用口に入ってみた。
通用口のドアを抜けるとまっすぐな廊下が続いていて、そのまままっすぐ歩いていくと突き当りに出口と書いたドアがあった。
ドアの周りを見回しても電子錠はなく、すぐに扉が開いた。ショウは何の迷いもなく、そのドアから外にでていった。
その日以来、ラビリンスワールドでショウの姿を見た人はいなかった。