第7話 反撃の狼煙
空気が焼ける音がした。
フォグスの纏う“煉鎧”が、まるで生きているかのように身の内で火を膨らませる。
剣戟の衝撃で後退したガロンは、地面に斧を突き立てて体勢を立て直すと、口の端を吊り上げた。
「やっぱ“火の帝国”の兵ってのは化けもんだな……面白ぇ!」
だがその言葉とは裏腹に、彼の腕には微細な火傷がいくつも刻まれていた。フォグスの剣はただの熱ではない。魔力を媒介とした“神炎”に近い。受け止めるだけでも、肉体に負荷がかかる。
「その熱……普通の剣じゃ無理だ」
アシュレイが息を切らしながら言った。
「斬っても、燃える。斧すら焼ける。つまり――“近づくな”ってのが奴の戦い方だ」
「では、こちらは“遠くから削る”。時間差と位置取りで対抗する」
シエルがその場に座り込み、魔法陣を描き始めた。円を描くように小石を並べ、指先に光を宿す。
「ガロン、囮になれるか?」
「上等だ。熱湯浴びるのも三度目だ。慣れたもんだ」
「アシュレイ、君は西側に回り、斬撃と同時に旗を振れ。風を起こす。“それ”が合図だ」
アシュレイは一瞬驚いたが、すぐにうなずいた。
「分かった。……やるしかないんだよな」
戦場に再び緊張が走る。フォグスが無言のまま剣を構えた。相変わらず仮面の下の表情は読めない。ただ、彼の周囲には常に“火”の気配があった。
ガロンが先んじて動いた。
斧を振るい、正面からフォグスに飛びかかる。火柱が応じるように逆巻いた。
「ぬぅぉおおッ!」
火と鋼がぶつかり、爆音が響く。
その瞬間、アシュレイは左へと駆けた。民家の残骸を縫うように走り、フォグスの背後――いや、“死角”に近い位置へと滑り込む。
風が吹いた。
焔紋旗を掲げる。布がたなびき、火の熱気と交錯する。
その旗に風を孕ませると、強く振った。
「――今だ、シエル!」
瞬間、魔法陣が光を放った。
シエルが発動させたのは《断熱結界》――熱干渉を一瞬だけ無効化する補助魔法。
わずか1.5秒。
その“隙”を、アシュレイが突いた。
剣が、フォグスの背へと届いた。
「……!」
鋼が火を切り裂き、仮面の男のマントを切り裂いた。
火花が飛び、フォグスが初めて一歩後退する。
その直後――
「ガロン、右だッ!」
ガロンが吠えた。アシュレイが伏せる。
斧が唸りを上げ、フォグスの肩に激突した。重い音。装甲がわずかに凹む。
「……人間の分際で……」
初めて、仮面の下から声が漏れた。くぐもった声。怒気と驚愕が混じっている。
だが、アシュレイは恐れなかった。
「人間だからこそ、こんな戦い方ができるんだ。神みたいに一撃で全部を終わらせるなんて真似は、俺たちにはできない。でも、積み重ねることはできる。何度でも、立ち上がって、足掻いて、抗う!」
その声は、村中に響いた。
フォグスは静かに後退した。傷ついた鎧を見つめ、アシュレイたち三人を順に睨みつける。
「……報告する。想定外の敵性存在、確認。アルザーン王家の紋章、確認済。全隊、後退――」
仮面の奥に光が灯り、彼の体が赤く輝く。熱気が一気に高まり、周囲の空気が波打った。
「まずい……! 逃げるぞ!」
シエルが叫ぶ。その瞬間、フォグスの足元に火柱が上がり、視界が遮られた。
気づけば、彼の姿は消えていた。
戦いが終わった。だが、それは勝利ではなかった。
ほんの一瞬、たった一つの傷をつけたに過ぎない。
だが、それは確かに“神への反撃”の狼煙だった。
「……やったのか?」
「いや」
アシュレイは剣を地に突き、立ち上がった。
「始めたんだ。俺たちの戦いを」