第6話 村を焼く者たち
焦げた大地を抜けた先に、ひっそりと佇む小さな集落があった。
家々は崩れ、畑は黒く枯れ、井戸には蓋がされている。まるで時間が止まったような光景だった。
だが、人はいた。わずかに。
物陰から怯えた瞳が覗き、廃屋の奥で子どもが母親の背に隠れる。
かろうじて生き延びた者たち。ここは、“焼かれた村”のひとつ――《ベルグ村》。
「……ひでぇな」
ガロンが唾を吐き、肩の斧をきしませながら歩く。
「兵士に襲われた痕じゃない。これは……何かが一瞬で全てを“燃やした”跡だ」
「恐らく、神鎧兵プルトンの先遣部隊がここを通った」
シエルが地面の炭化を調べながら答える。「炎の範囲が直線状に拡がっている。これは“命令”ではなく、“見せしめ”の可能性が高い」
その言葉に、アシュレイは唇を噛みしめた。
目の前に立っているのは、崩れた納屋に佇む老人だった。
片目に包帯を巻き、杖をついている。だが、その視線は強かった。
「……“神を見た”って、本当ですか?」
アシュレイが訊いた。老人は小さくうなずく。
「見たとも。……焔の中から現れた黒い影。人の形をしていたが、あれは“人”ではなかった。目が、燃えていた。全身から火を吐き、歩くだけで建物が崩れた」
「それは……プルトンだったのか……?」
「いや。違う。あれは、プルトンに仕える“執行者”と呼ばれる者。神鎧兵に仕える狂信の剣だ」
空気が一瞬で凍る。
つまり、あれですら“神”ではない。神の“爪”にすぎないのだ。
その時、空気がざわりと震えた。
シエルが即座に魔導書を開いた。「……接近音。数……六、否、七。剣と鎧の反響音。南の林から来る!」
「隠れろ!」
アシュレイが子どもたちを抱え、崩れた家屋の影へ誘導する。
間もなく、森の向こうから現れたのは――黒鎧に身を包んだ、赤い仮面の兵士たちだった。
その先頭にいたのは、異様な男だった。
顔を覆う赤銅の仮面。両手に長剣。背には火を宿したようなマント。
地面を踏むたびに、草が焼ける。体温が異常だ。
「……帝国第七執行隊、《煉鎧のフォグス》。反乱の芽を焼き潰す」
「来やがったか……!」
ガロンが斧を抜き、前に出る。
「シエル、村人の誘導を頼む。アシュ、お前は後ろから援護しろ!」
「わかった!」
アシュレイは手にした短剣を握りしめた。炎を宿す剣ではない。だが、今はこれで十分だった。
フォグスが足を踏み出す。マントが揺れ、熱風が吹き荒れる。
その瞬間、ガロンが地を蹴った。斧が火を切り裂き、仮面の男へ叩きつけられる。
だが――
「遅い」
フォグスが片手で剣を払う。火の剣と鉄の斧がぶつかり、火花が弾けた。
ガロンが歯を食いしばる。
「こいつ、ただの兵じゃねぇな……!」
その後ろから、アシュレイが走り込む。
剣を振るい、フォグスの脇を狙う――が、火の刃が目前に迫った。
「っ、熱い……!」
間一髪で後退。火の魔力が肌を焦がす。仮面の男の力は、まるで“小型の神鎧兵”のようだった。
「……こいつ一人で、村一つ焼けるな」
ガロンが苦笑しながら言う。
「だが、負けるわけにはいかねぇ」
「その通りだ。ここで退いたら、あの旗を掲げる資格はない」
アシュレイが立ち上がる。
焔紋旗――人として抗う意志の象徴。
それを背負う者として、彼は火に立ち向かう。