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第5話 神鎧兵の噂

村を出て二日目の朝。空はまだ薄曇りで、風は肌に冷たかった。


 アシュレイたち三人は、ルグドリア帝国の外縁部に位置するロートへ向けて、山道を進んでいた。目指すは、かつて炎帝プルトンによって壊滅させられた村々。その傷痕をこの目で確かめ、そして、そこに生き残る“声”を拾い集めるためだった。


「……この辺り、空気が変だな」

 先頭を行くガロンがつぶやいた。


 道の両側には黒く焦げた草木が広がっていた。燃え尽きたのではなく、“焼き払われた”という表現の方が正しい。一本の木も生えていない荒野が、数百メートルにわたって続いていた。


「空気中の“灰の粒子”が異常に濃い。まるで……熱の記憶が、この地に刻まれているみたいだ」

 後ろでシエルが呟いた。掌には魔力測定用の結晶が握られている。それがうっすらと赤く脈打っていた。


「これが……神鎧兵“プルトン”の力……か」


 アシュレイは無意識に背中の焔紋旗へと手を伸ばしていた。握りしめる掌に汗がにじむ。


「プルトンって……どんな存在なんだ?」


 問いかけに、シエルが本をめくりながら語り出す。


「《紅蓮帝プルトン》――かつて“戦争を終わらせるために造られた兵器”だとされている。全高六メートル、鋼鉄と魔石の融合体。だが今は、人の姿を模して活動している。なぜ“人型”なのかは分かっていない。意志を持つ神鎧兵の中でも、とりわけ攻撃性が高く、破壊を命じられれば、一都市を半日で焼却できるとも言われている」


「……人間じゃ、到底敵わないな」


「その通り。普通の人間では、刃すら通らない。熱で近づくことすら難しい。これまでに直接対峙した者は、ほとんど死んでいる」


 アシュレイは小さく息を飲んだ。

 知識としては理解していた。だが、実際に“焼き払われた土地”を目にすると、実感が違う。


 神に抗うというのは――つまり、こういうことなのか。


「……それでも、俺は戦う。いや、戦わなきゃいけない」


 立ち止まったアシュレイに、ガロンが少し顔を向ける。


「無理するなよ、アシュ。お前が恐れるのは当たり前だ。俺も初めて戦場に立った時は、足が震えて動けなかった。でも――」


 ガロンは地を蹴り、乾いた焦げ土を握った。


「それでも、ここで何が起きたかを無視するわけにはいかない。人の命が、尊厳が、踏みにじられた。その事実から目を逸らす方が、よほど恐ろしい」


 アシュレイは、ガロンの言葉を受け止め、もう一度空を仰いだ。空は静かだった。まるで、何事もなかったかのように。


 けれど、大地は覚えている。焼かれ、踏み荒らされ、命を奪われたことを。


「……ありがとう、ガロン。俺は忘れない。この地に立った時の“重さ”を。だからこそ、立ち向かう価値がある」


「では、次に進もう」

 シエルが歩き出す。「この先に、生き残った村があるらしい。噂では、そこに“火の中から帰ってきた男”がいるらしい」


「火の中から?」


「ああ。“神を見た”と口にした唯一の生存者だそうだ」


 それが事実かどうかは分からない。

 だが、たとえ狂言であっても、確かめる価値はある。


 三人は歩き出す。焼けた大地を踏みしめながら。

 その足音は、まるでこの世界に、小さな反逆のリズムを刻んでいるかのようだった。



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