第21話「灰の都と機械仕掛けの玉座」
「……ここが、“アルギュレア”……か」
アシュレイは、マントの隙間から吹き込む乾いた風に目を細めた。
かつて“灰の都”と呼ばれたこの地は、文明の頂点を築きながら、たった一晩で崩壊したと伝えられる。
現在は無人都市――いや、正確には“人が生きられぬ都市”となっていた。
建物のほとんどは骨組みだけを残し、灰と煤に覆われ、鉄と錆の臭いが空に立ち込めている。
そして街の中央、巨大な円形構造体――“中央神殿跡”に、あの“神”は座しているという。
神鎧兵。
「熱反応、ゼロ。生命反応、ゼロ」
シエルが魔術式のレンズを通して確認する。
「この街……完全に“機械”で動いてるな」
ガロンが周囲を見回す。
通りに並ぶ街灯は自動で明滅し、瓦礫の陰には奇妙な四脚の巡回機械が巡回している。
ドクン……ドクン……と、心臓のように鳴る機械振動が地下から周期的に響いていた。
「“あの音”が気に入らないわね」
メルゼが肩越しに呟いた。
「プルトンの制御中枢だ」
シエルが即答する。「恐らく、中央神殿跡地下にある“玉座”から、都市全体へ命令を送ってる」
「玉座……?」
「プルトンは“座して支配する神”なんだ。戦場を歩くギルスとは違う。プルトンは動かない。代わりに都市そのものが武器になる」
「つまり……ここ全体が“神鎧兵”の一部ってことか」
アシュレイが剣を握り直す。
「そのとおり」
低く重い声が、突然後方から響いた。
振り返ると、崩れた時計塔の上に、再び“あの男”が立っていた。
白髪に黒衣、無機質な視線。ルシフェル・ヴァン=レイド。
「お前……どうしてここに」
ガロンが警戒するように斧を持ち上げた。
「導きだ。私はただ、“プルトンの意志”を伝えに来ただけだ」
「意志?」
アシュレイが一歩前に出た。
「プルトンは、生きてはいない。だが、死んでもいない。彼は記録する。“人類の行動すべてを記録し、統計し、最適化する”……それが彼の存在理由だ」
「まるで……神じゃなくて、AIだな」
シエルが小さく呟いた。
「そう。その通り。プルトンは、最も完成された意思決定AIであり、“神の模倣者”でもある」
そのとき、街の中心――中央神殿から、轟音が響いた。
建物の瓦礫が自動で動き、折れた柱が立ち直る。
そしてその奥、半球状のドームが開かれ、巨大な“玉座”が現れる。
そこに座していたのは――
巨大な黒金の装甲をまとい、左右の目に異なる色のレンズを持つ、神鎧兵プルトン。
その胸部から、機械音声が発せられた。
《……侵入者、確認。所属:不明。脅威度:低。観測開始》
「……観測って、なんだ?」
アシュレイが眉をひそめる。
《全行動、記録中。戦闘選択肢、展開中。最適殺害ルート……生成完了》
「おい、やばいぞ」
ガロンが一歩後退した。
《交戦開始まで――10、9、8……》
「くっ……全員、距離を取れ!!」
アシュレイの叫びと同時に、都市中の地面が震え出す。
路地の下から、次々と現れる鋼の触手。
建物の壁から突き出す火砲。
空を飛ぶ機械の群れ。
プルトンが“都市”として、目覚め始めていた。
「これが……神の都市かよ!!」
ガロンが叫ぶ。
「否――これは、“最も冷たい神”」
ルシフェルがそう呟いた。
「殺す価値も、慈しむ価値もない。“計算された殺意”が、君たちに襲いかかるぞ」




