第11話「神の目が見るもの」
村の炎がようやく沈静化しはじめた頃だった。
突如、空が低く唸るように鳴り、黒雲が渦を巻くように空を覆った。重く、冷たい、胸の奥を締めつけるような圧。空気が変わる。まるで空そのものが、誰かの怒りに震えているようだった。
「……来るぞ」
アシュレイは焔剣の柄に手をかけ、焔紋旗の前に立つ。
地鳴りのような足音とともに、村の北側、森の影から“それ”は姿を現した。金属の鎧を纏い、赤く鈍く光る単眼を仮面のような顔の中央に備えた人型兵器。だがその動きはまるで生き物のようにしなやかで、確実な意志を感じさせた。
「神鎧兵……プルトン」
シエルが息を呑みながら呟いた。
「戦闘力、未知数。通常兵器は無効とされている……これが本物だとしたら、今の俺たちじゃ……」
「なんでこんなタイミングで現れやがった……」
ガロンが斧を構え、警戒する。
プルトンは数歩歩み出ると、機械音のようなノイズを伴って言葉を発した。
「標的確認。アシュレイ・ゼイン。焔紋旗、起動状態。抹消プロトコルを開始する」
「ちっ、俺の名前まで割れてやがるのか……!」
「逃げるべきです、アシュ」
シエルが低い声で言う。「この距離なら逃走も可能ですが――相手は神。簡単には撒けません」
「……だったら、やるしかないってことだな」
アシュレイが焔剣を抜く。その刃が赤く脈動するように光を帯びた。村のために、仲間のために――今この瞬間、逃げることはできなかった。
プルトンの右腕が変形し、砲口が現れる。
「構えろ……撃ってくる!」
ガロンが叫ぶと同時に、爆音が大地を揺るがした。
凄まじい爆風とともに炎が村の門を吹き飛ばす。寸前で跳躍したアシュレイの姿が空を横切り、地面に着地すると同時に剣を振り抜いた。
焔の斬撃が、プルトンの胴体をかすめる――金属が焦げ、黒煙が上がる。
「……効いてる」
ガロンが目を見開いた。「アシュの剣、あいつに通るぞ!」
「でも、反撃が来る!」
シエルが叫ぶ。
プルトンの肩から小型魔導ミサイルが複数発射される。
「散開して!」
シエルの指示で、三人は左右と後方に飛び、爆風をかわした。地面が抉れ、煙と土煙が舞う。
「くそっ……無茶苦茶すぎる!」
ガロンが歯を食いしばりながら前に出る。「だがやるしかねぇ!」
ガロンが斧を肩に担ぎ、全力で突進する。プルトンの腕が迎撃に出るが、重厚な斧が金属の腕を打ち砕いた。
「このっ……鋼鉄の化け物がァッ!!」
その瞬間、シエルの目が赤く輝く。「熱反応に偏りあり……右脚に冷却エネルギー集中。そこが弱点です!」
「了解、俺がいく!」
アシュレイが跳躍、剣を焔で包み、プルトンの右脚へ斬撃を叩き込んだ。
爆ぜるような金属音とともに、プルトンの体勢が崩れる。
「ガロン、今だ!」
「うおおおおおおっ!!」
全身の力を斧に込め、一撃。プルトンの胸部装甲が裂け、火花を散らすと同時に、異音を響かせて膝をついた。
その場に立ち尽くす三人。アシュレイの頬には火薬の煤が付着し、呼吸も荒い。だが――彼ははっきりと、自らの中にある「確信」を感じていた。
「……これが、“神に抗う”ってことか」
それは、始まりの一歩だった。




