第10話 決意と血と炎
火薬の匂いが、風に乗って届いた。
敵は、もうすぐそこまで迫っている。
村の見張り台からは、赤い炎のような影が地平を舐めるように近づいてくるのが見えた。
それは、ルグドリア帝国の“フレイム・ハウンド”部隊――
村を丸ごと焼き払い、敵の影を消し去るためだけに編成された、残虐無比な掃討部隊。
その後ろには、神鎧兵の存在も噂されている。
「アシュ、どうする?」
ガロンが斧を手に、既に戦闘準備を整えて言った。
「数は?」
「少なくとも四十。先遣隊だろうが、奴らは容赦しねぇ。村人全員、虐殺される」
「逃げるか? 今ならまだ、裏山を抜ければ――」
「逃げない」
アシュレイは、静かに言った。
その声には、はっきりとした重みがあった。
「俺たちがここで逃げたら、村人はどうなる。あいつらを見捨てることになる」
シエルが目を細める。「つまり、戦うと?」
「戦う。そして、守る」
アシュレイは剣の柄に手をかけ、深く息を吸った。
「俺が命じる」
二人が顔を上げる。
「これより“焔紋旗”のもとに、敵を迎え撃つ。村を死守する。必要があれば、俺の名を使え。アシュレイ・ゼインの名で命令を出す」
「……おいおい」
ガロンが肩をすくめた。
「急に“王子”らしくなったじゃねぇか」
「でも、悪くない」
シエルが頷いた。「君がそう言うなら、僕は動く。頭脳として、戦術を練るよ」
「ガロンは村の南門を。そこが最も開けている。突撃型が来るだろう。君の斧で足止めを頼む」
「了解。ぶちかましてやるよ」
「僕は北側の森に罠を仕掛ける。敵の進軍を分断するためだ。時間稼ぎにはなる」
「ありがとう、二人とも」
アシュレイは剣を引き抜いた。
その刃には、昨夜の戦いで宿った“焔の痕”がまだ残っている。
――神に抗う剣。
その力はまだ未知数だが、今はこの手で守れるものを守るだけだ。
村人たちは、避難所へ移動を始めていた。
だがその顔には不安が色濃い。
「王子様……本当に、大丈夫なのでしょうか……?」
老婦人が問いかける。アシュレイは剣を収め、まっすぐに彼女を見た。
「大丈夫です。あなたたちは、俺たちが守ります。ここは……絶対に通さない」
不安そうな目が、ほんの少し和らいだ。
それだけで、立つ意味があった。
やがて――
地響きが鳴った。
鉄の爪が地を削る音。火の呪紋を纏った獣兵たちが、村へと踏み込んでくる。
「敵襲!!」
ガロンの叫びが響いた瞬間、村の南門が爆発した。
炎と共に突進してきたのは、身体に魔導火器を纏った“犬型獣兵”。口からは熱線を放ち、一撃で木製の柵を焼き払う。
「こいつらが“フレイム・ハウンド”か……!!」
ガロンが地を蹴り、斧を振るう。一体、二体、獣兵を豪快に叩き伏せる。
「おらァアアッ!! 王子命令だ、てめぇら通すかってんだ!!」
森の北側でも、仕掛けた罠が次々と発動した。
シエルの作った爆裂陣が火柱を上げ、敵の足を止める。
その混乱の中――
アシュレイは、焔紋旗の下で剣を構えていた。
そして、一体の獣兵が彼の前に立ちふさがる。
炎を纏った異形の姿。それはもはや“兵士”ではなく、“焼き尽くすための兵器”。
「どけ」
アシュレイが言った。
敵は咆哮を上げて突っ込んでくる。
その瞬間、剣が光を放った。
赤く、まばゆく、焔のように――
「どけぇえええッ!!」
一閃。
剣から放たれた炎が獣兵を包み、瞬く間に燃やし尽くした。
村を焼くために来た兵が、焔に飲まれて消える。
それは、まるで“逆裁き”のようだった。
アシュレイは剣を握りしめたまま、炎の中に立っていた。
その背に、焔紋旗がはためく。
命を守るための“焔”が、初めて真の力を見せた瞬間だった。




