苦悩する側近のモーリーの平穏なはずの日常
数ある中からお話を選んでいただきありがとうございます!
前作「誘拐されたのは王子ではなく影武者の2歳の男の子ですが、とんでもないことになりました」のモーリーとカルロスの出会いのシーンを書きました。
(連載版にしようかと温めておりましたが、続きが思いつかなかったため、出会いのみで投稿します)
ゆるっとお読みいただければ幸いです!
机に乗せた日記帳を見返す。
俺は今まで起きた沢山のことを思い浮かべる。
革張りの装丁の表紙をめくると若き日の在りし日々が目の前に広がってきた。
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「モーリー・ヘリオドール、そろそろ重役の側近になってみないか?」
目の前にいるのは王城の執事を束ねる管理長。
「もし可能であれば挑戦してみたいですね」
俺はやる気のあるキラキラとした顔を管理長へと向ける。
「それは良かった。適正のためにいくつか質問させてくれ。まず、体力はある方か?」
「はいっ、ばりばりあります。王城から家まで走って行って帰れるくらいの体力は十分にあります」
「⋯⋯その10倍はつけてほしい」
管理長は静かに言う。俺は口を開けたまま固まった。
えっその10倍?
重役なんだよな。王様の暗殺組織の側近とか? いや、あの人たちに側近は要らないだろう。
⋯⋯もしかしたら王族の伝達係か?
昔ながらに伝達係として走られられるんだろうか? うん、とにかく返事をしよう。
「はいっ、頑張ります」
「よろしい。24時間付くことになるが大丈夫か?」
24時間付きっきりかぁ。それって側近の中でも1番近い人物だよな。ものすごく信頼されて、余生には思い出話に花が咲きまくるやつか。うん、それは良いな。
「大丈夫です。余生は語りたいタイプなので」
「⋯⋯? ⋯⋯分かった。予想以上に構ってちゃんかもしれないが大丈夫か?」
構ってちゃん?
もしかしてシャルル王女付きになるのか?
「あなたはずーっと私の隣にいないと駄目でしょ?」
「もちろんです。私は命を賭してあなたをお守りいたします」
「あい、よろしい」
なんて3歳になる王女とキュン死にしそうな会話が、四六時中出来るのか?
いやいや、俺はロリコンではないが子どもは大好きだ。
「構ってちゃん、大歓迎です!」
「そうか、それなら良かった。最後になるが子どもは好きか?」
俺は間髪入れずに答えた。
「大好物です」
あ、違った。その返答は捕まるやつだ。
“初めから目つきがおかしかったのよねぇ”なんて、あることないこと言われたら困る。
「じゃ、じゃなくて三度の飯より子どもは大好きです。可愛いですよね」
これでよし。
管理長はそれを聞くと目尻を下げて微笑んだ。
「モーリーが適任のようで良かった。これから案内しよう」
「はいっ!」
俺はシャルル王女のことに思いを馳せた。
管理長は王城の廊下をゆっくり歩いていく。俺は浮かれる気持ちからスキップしたいのを抑えて後ろからついていく。
しばらくついて行くと、シャルル王女の部屋とは行き先が違うことに気がついた。
あれ、シャルル王女ではなかったのか。
それではどの幼女様だ?
管理長はある扉の前に来ると止まって扉の中へと声をかける。
すると扉の中から声がした。
それを聞いた俺は管理長と共に入室した。
目の前にはサラサラの黄金色の髪、90センチほどの身長のタクト王子とその執事のシュフール。それから⋯⋯俺の幼女様はいずこへ?
黒髪のタクト王子みたいな男の子が扉の方に走ってくる。
そして俺の方へ人差し指を差した。
「ばば!」
えっばば? もしかしてパパ? 俺は産んだ覚えはありませんよ。
俺は驚きすぎて目の前の男の子と管理長とシュフールを交互に見ていく。すると管理長は腰を屈めて「カルロス坊ちゃま、モーリーです」と紹介した。
それを聞いたカルロスは口をモゴモゴした後、俺を見た。
「モーニー⋯⋯でし!」
モーニーでし、だぁ?
そんなきらきらした目で名前を間違えるんじゃない。俺がきつく教えてやる。
「モー! リー!」
「⋯⋯モー! イー!」
俺は頭を掻きむしりたい衝動に駆られる。俺は下を向いて考え込む。そうすると俺の周りをぐるぐると走り始めるカルロス。
「モー、イー! モー、イー! モー⋯⋯」
カルロスは名前を忘れたよう。追いかけていた鳥が飛んでいったみたいな虚無感を前面に出した顔をするんじゃない。
せめてモーイーでも、もう良いから忘れないでくれ。
「モー⋯⋯モーモー、うし!」
おい、人間から離れているじゃないか。
せめて人間に戻してくれ。
それからカルロスに何度も教えたがモーイーより先には進まないので、諦めることにした。
俺は片膝をついてこれから主になるタクト王子の影武者のカルロスに挨拶をする。
「カルロス坊ちゃま、モーリーでございます」
「モーイー⋯⋯ご。もい⋯⋯ご。モーモー、うし!」
駄目だ。3文字以上は牛にされてしまう。1歳児なんてそんなものか。
俺はそう納得して、少しため息をつくとカルロスはにこにこしながら俺の足に絡みついてきた。
ざわ⋯⋯。
胸騒ぎがする。
⋯⋯あれ、なんかよく見たらカルロス坊ちゃま、めちゃくちゃ可愛くないか?
俺は優しい目をして、カルロスを見ると微笑んだ。
「モーモー」
「坊ちゃま、モーリーです!」
「モーイー⋯⋯でし!」
これがカルロス坊ちゃまとの出会いだった。
お読みいただきありがとうございました!