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第6話 パンドラの箱(物理)と封印(迷惑)

私の目の前には、曰く付きのオーラをビンビンに放つ古びた木箱。左右には、期待と圧力の視線を送ってくる騎士様(お邪魔虫)と治安隊長(不審者改め)。背後には、埃っぽい第二書庫の不穏な空気。……逃げ場、ゼロ!


(ああ……神様……もし本当にいらっしゃるなら、今すぐ私に都合よく腹痛か何かを……! できれば1週間くらい休めるやつをお願いします……!)


内心で切実な祈りを捧げつつ、私は観念して、震える指で木箱の古めかしい留め金に触れた。ひんやりとした金属の感触。……よし、まだ呪われてはいないわね?


「ご、ご開帳……」


誰に言うでもなく呟き、まるで時限爆弾でも処理するかのような慎重さで、ゆっくり、そーっと蓋を持ち上げる。ギギギ……と、本日何度目かの不気味な軋み音が響く。頼むから、中からミイラの手とか、大量の虫とか、そういうのが出てきませんように……!


ぱかっ。


恐る恐る目を開けて、箱の中を覗き込む。

そこにあったのは――意外にも、たった一本の、古びた羊皮紙の巻物だった。黒い木製の軸に巻かれ、茶色い革紐で結ばれている。見た目は……うん、まあ、年代物ではあるけれど、想像していたよりずっと普通だ。少なくとも、干からびたカエルよりは数億倍マシ。


「……あれ? これだけ……?」


思わず拍子抜けした声が出る。もっとこう、ドクロとか、怪しげな宝石とか、そういうのがゴテゴテ入っているのかと……。


「これか! 『異聞録』は!」

私の隣で、レオンハルト様が期待に満ちた声を上げる。その瞳は、獲物を見つけた鷹のようにギラギラしている。やめて、そんな熱い目で見ないで。私はただの司書(希望)です。


一方、カイエン隊長は、相変わらずの無表情。けれど、その黒曜石のような瞳が、心なしか普段より鋭く、巻物に注がれている気がする。やっぱり、この人もこの巻物を探していたのかしら……?


(まあ、何はともあれ、ヤバそうなブツじゃなくてよかったわ……)


私が内心でほっと胸をなでおろし、「では、中身の確認は専門の方にお任せするとして、私はこれで……」と、そそくさと退散しようとした、その時だった。


油断して、巻物に指先が触れた瞬間。


ピリッ!


微かな静電気のような感覚と共に、巻物に描かれていた複雑な紋様――あの木箱や、例の金属装丁の本と同じ紋様――が、一瞬だけ、淡い、本当に淡い緑色の光を放ったのだ!


「ひゃっ!?」


思わず悲鳴を上げて手を引っ込める! な、なに今の!? やっぱり呪われてるじゃないのこれ!


「どうした、ミレイユ司書? 顔色が悪いぞ?」

レオンハルト様は、幸か不幸か、その一瞬の光には気づかなかったらしい。怪訝な顔で私を見ている。


「い、いえ! なんでもありませんわ! きっと静電気です! この時期は乾燥しますから、ええ!」

必死で取り繕い、ぶんぶんと手を振って誤魔化す。しかし、隣に立つカイエン隊長の視線が、私の手元と巻物の間で鋭く動いたのを、私は見逃さなかった。


「……今のは……」


何かを呟きかけたカイエン隊長だったが、結局それ以上は何も言わず、再び口を閉ざしてしまった。なんなのよもう! 気になるじゃない!


(ぜ、絶対なんかあったわよね!? あの光! あのピリピリ感! やっぱりこの巻物、普通じゃない!)


冷や汗が背中を伝うのを感じながらも、私は「早くこの場から逃れたい」一心で、努めて平静を装い、巻物をそっと持ち上げた。


「と、とにかく、中身を確認しませんとね! レオンハルト様、どうぞ!」


さっさとこの厄介物を押し付けてしまおうと、レオンハルト様に巻物を差し出す。しかし、彼はなぜか受け取ろうとせず、逆に私に巻物を押し返してきた。


「いや、君が開けてくれ」

「はぁ!? なぜわたくしが!?」

「……この手の古文書は、扱いを間違えると劣化したり、呪いが発動したりすることもあると聞く。司書である君の方が適任だろう」


(うっそでしょ!? それ、ただの押し付け! 絶対面倒なだけでしょ!?)


納得いかない! と顔に書いて抗議する私。しかし、レオンハルト様は騎士の威厳(?)で押し切るつもりらしい。くっ……こうなったら……。


「わ、わかりましたわ……。では、紐を解きますので、少々お待ちを……」


観念したふりをして、巻物の茶色い革紐に指をかける。……うん、やっぱり普通の紐だわ。これなら簡単に……って、あれ?


「……固っ!?」


紐が、まるで鉄線のように固く、びくともしないのだ。力を込めて引っ張ってみるが、全く解ける気配がない。


「む……貸してみろ」


見かねたレオンハルト様が、私から巻物を取り上げ、むんずと紐を掴む。騎士様の膂力をもってすれば、こんな紐、一瞬で……。


「……んんんっ!」


レオンハルト様の顔が、みるみるうちに赤くなっていく。血管が浮き出て、プルプルと腕が震えている。それでも、紐はピクリともしない。


(……だ、大丈夫かしら、この騎士様……。顔、真っ赤だけど……)


思わず心配になってしまうほどの奮闘ぶり。しかし、結果は変わらず。


「……くそっ、なんだこの紐は……!」


ぜえぜえと肩で息をしながら、レオンハルト様が悔しそうに呟いた、その時。それまで黙って成り行きを見ていたカイエン隊長が、静かに口を開いた。


「無駄だ。それは特定の血筋、あるいは同質の魔力を持つ者でなければ解けぬ封印だ」


その冷静すぎる指摘に、私とレオンハルト様は、ぽかん、と口を開けてカイエン隊長を見た。


「特定の……血筋? 魔力……?」


レオンハルト様が困惑したように繰り返す。そして、すぐにハッとしたように、私の方を勢いよく振り返った! その目には、明らかに「こいつなら!」という期待の色が宿っている!


「ローデル家……! そうか、古くから特殊な魔術に関わってきたというローデル家の血筋なら……! ミレイユ司書、君なら、あるいはこの封印を解けるかもしれない!」


(でーーーーーーたーーーーーーっ! その展開ーーーーーっ!)


私の脳内で、本日何度目かの警報が鳴り響く! いやいやいや! 無理無理無理!


「で、ですからわたくしは、もうローデル家とは関係ございませんし! 大体、魔力なんて使えませんわ! 平凡な一司書ですのよ!?」


必死で抵抗する私に、カイエン隊長が追い打ちをかける。


「……試してみる価値はあるかもしれんな。ローデルの血が、その巻物に反応したのは事実のようだ」


(やっぱり気づいてたのね!? さっきの光!)


ああ、もう、完全に外堀を埋められた。王命という大義名分(レオンハルト様)、曰く付きの状況証拠(カイエン隊長)、そして私の(迷惑な)血筋。全てのピースが、私に「封印解除係」という名の生贄になることを強いている!


「ああもう……神様仏様ご先祖様……! わたくし、前世で何か徳を積まなかったのでしょうか!? それとも、悪役令嬢に転生した時点で、こういう星の下に生まれついちゃったんですかぁぁぁぁ!?」


私の心の叫びは、もはや誰にも届かない。埃っぽい第二書庫に虚しく響き渡るだけ……。私の平穏な読書ライフへの道は、完全に、跡形もなく、断たれた模様だ……。

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