第5話 隊長(不審者)と騎士(お邪魔虫)と私
「ミレイユ司書! 大変だ! 王宮から至急の使いが……って、あれ? ヴァレンティア隊長? なぜ貴方がここに?」
息を切らせて第二書庫の奥に飛び込んできた騎士様、レオンハルト=アーヴィングは、私の隣に立つ黒服の男――カイエン=ヴァレンティアを見て、驚きと警戒を露わにした。
(た、隊長……? えっ、ちょ、待って? ヴァレンティア隊長って……あの!? 王都の悪党どもがその名を聞いただけで震え上がり、夜泣きする子供も黙るっていう、あの鬼の治安隊長のこと!?)
私の脳内データベースが、猛スピードで検索を開始する。黒ずくめ、無愛想、鋭い眼光、神出鬼没……うわぁ、噂と目の前の人物像が、恐ろしいほど一致しているんですけど! このどう見てもカタギじゃない雰囲気(失礼千万)の人が、あの!?
あまりの衝撃に、私は口をパクパクさせることしかできない。その間にも、レオンハルト様とカイエン隊長(仮)の間には、バチバチバチッ! と激しい火花……のようなものが見える気がする。え、なにこの空気? 知り合いなの? 仲悪いの?
「ヴァレンティア隊長、なぜ貴方がこのような場所に? まさか、例の件で……?」
レオンハルト様が、詰問するようにカイエン隊長(もう隊長って呼ぶしかないわね!)に問いかける。対するカイエン隊長は、表情筋一つ動かさず、壁に寄りかかったまま素っ気なく答えた。
「……ただの調査だ。騎士団には関係ない」
「関係なくはないでしょう! この図書館は王家の管轄、貴方の独断での捜査は問題になるのでは?」
「俺は俺の仕事をしているだけだ。邪魔をするな」
(うわぁ……仲悪いんだ、この二人……。というか、子供の喧嘩みたい……)
火花散る二人の間に挟まれ、私は完全に居場所を失っていた。埃まみれの元悪役令嬢、生真面目すぎる騎士様、そして無愛想すぎる治安隊長。なんだこのシュールな絵面は。誰か助けて。
「あ、あのぅ……わたくし、そろそろお暇してもよろしいでしょうか……? 午後からは第一書庫の貸出カウンター業務が……」
今がチャンス! とばかりに、そろり、と後ずさりしようとした私。しかし、その企みは、左右から突き刺さる二対の鋭い視線によって、無慈悲にも打ち砕かれた。
「「待て(待て)」」
声、ハモってるし! なんなのよもう!
完全に逃げ場を失った私を見て、レオンハルト様はようやく本来の目的を思い出したらしい。私に向き直り、騎士らしい(?)凛々しい顔で告げた。
「ミレイユ司書、話の途中だったな! 王宮より緊急の指示だ! 例の――」
(あ、これ絶対アレだわ……さっきカイエン隊長が言ってた……)
「――『アークブレイド王家の血脈に関する異聞録』、もしくはそれに類する可能性のある文献を、至急探し出してほしいとのことだ!」
(ほら来たーーーーーーーーっ!! やっぱりーーーーーっ!!)
内心で盛大に頭を抱える。もうね、デジャヴュ。さっき聞いた。聞いたけど聞きたくなかった!
「ですからレオンハルト様、わたくしはまだ新米で、そのような貴重な文献については皆目……」
必死で言い訳を重ねようとする私に、レオンハルト様は有無を言わさぬ口調で続ける。
「言い訳は聞かん! 君がこの第二書庫の曰く付き古文書の整理を担当していると、館長から聞いている! 何か手がかりを知っているはずだ! これは王命だぞ!」
(館長ぉぉぉ! アンタ、やっぱり全部仕組んでたのね!? 私を厄介払い……じゃなくて、厄介事処理係に任命する気満々だったのね!?)
もはやこれまでか、と私が観念しかけた、その時。それまで黙って二人のやり取り(というか、私の受難)を眺めていたカイエン隊長が、ふと、先ほど彼が気にしていた、あの奇妙な紋様の描かれた古びた木箱に目をやった。
そして、まるでタイミングを見計らったかのように、ボソリと呟いた。
「……その文献とやらが、もし実在するなら。あるいは、この中かもしれんな」
その言葉に、レオンハルト様が「本当か、ヴァレンティア隊長!?」と、カエルの干物を見つけた時とは比べ物にならない勢いで食いつく。そして、その勢いのまま、私に向かってビシッと指をさした!
「よし、ミレイユ司書! 聞いただろう! すぐにその木箱を確認するんだ!」
「はいぃぃぃぃ!?」
ちょっと待て! なんで私が!? 指示するだけして、自分はやらない気!?
私が抗議の声を上げるより早く、カイエン隊長までもが、まるでそれが当然であるかのように頷いた。
「ああ、ちょうどいい。俺も中身が気になっていたところだ。開けてみろ」
(ちょっ……アンタまで便乗するなぁぁぁぁっ!)
左からは騎士の威圧感、右からは治安隊長の無言の圧力。そして目の前には、見るからに「開けたら呪われます」的なオーラを放つ曰く付きの木箱。
……完全に、詰んだ。
もはや抵抗する気力も失せた私は、「もう……どうにでもなれ……」と力なく呟き、震える手で、その古びた木箱の留め金に、そっ……と指をかけたのだった。
(ああ……私の平穏な読書ライフ……さようなら……。来世は、無人島の灯台守にでもなりたい……)
果たして、このパンドラの箱(物理)の中身とは!? そして、私の明日はどっちだ!?