第3話 ホットウイスキーとソーセージ~サントリーオールド~
「日本の二大ウイスキーメーカーと言えばニッカとサントリーだよね」
宮原美咲は、新たに手に入れたウイスキーのボトルを眺めながら小さく呟いた。
これまでニッカのブラックニッカばかり飲んできた彼女にとって、サントリーのウイスキーはまだ未知の領域。
そろそろ挑戦してみようと思い立ったのだ。
その選択がサントリーオールド。
近所のスーパーでセール中、ちょうど二千円ほど。
美咲の予算内ギリギリだけど、長年愛されてきた銘柄を試さない手はないと思った。
「だるま」「たぬき」とも呼ばれる独特なフォルムのボトル。
子供の頃、親戚の家で見かけた記憶があって、どこか懐かしい気持ちになる。
「変わらないデザインって、なんかすごいよね」
ボトルを手に取り、ラベルをじっくり眺めた。
「ジャパニーズウイスキー」の文字。
YouTubeで得た知識によれば、2021年から施行された表示基準に合致した正真正銘の日本産ウイスキーだとか。
「昔はこれをバーでキープするのがステータスだったみたいだね」
酒場でオールドをキープするのは、一種の社会的地位の象徴だった時代があることも動画で知った。
今は手の届く価格になったとはいえ、その歴史の重みを感じながら美咲はちょっとワクワクしていた。
小さなグラスに30mlほど注ぐ。
琥珀色の液体が部屋の灯りに照らされてキラキラ輝く。
香りを楽しむように鼻を近づけると、モルトの香ばしさと、どこか果実のような甘い香りが漂ってきた。
「まずはストレートで一口」
口に含むと、ブラックニッカとはまた違った風味が広がる。
ほのかな甘さの奥に、しっかりとした骨格のある味わい。
「うん、これはこれで美味しいね」
部屋に戻る前に、イオンで買っておいた激安ソーセージを取り出した。
フライパンで軽く焼き、小皿に盛る。
つまみとしてはシンプルすぎるかなと思ったけど、これで十分。
「ソーセージとウイスキー、合うかなぁ」
一口ソーセージを食べ、その後にウイスキーを飲んでみる。
「うーん、まあまあかな」
完璧な組み合わせとは言えないけど、悪くはない。
ふと窓の外を見ると、雨が降り始めていた。
急に気温が下がったのか、部屋の中も少し肌寒く感じる。
「こんな日は……」
美咲はYouTubeで見たホットウイスキーを試してみることにした。
電気ケトルでお湯を沸かし、普段コーヒーを飲むマグカップを用意する。
「ウイスキー1に対してお湯3の割合だったよね」
30mlのウイスキーを注ぎ、その後90mlほどのお湯をそっと加えた。
すぐに湯気と共に香りが立ち上ってくる。
「わぁっ」
美咲は思わず小さく感嘆の声を漏らした。
ストレートで飲んだ時よりも、香りが部屋中にふわっと広がる。
湯気に乗って、モルトの香ばしさやフルーティーな香りがより鮮やかに感じられた。
一口飲んでみると、熱さと共にウイスキーの風味が口の中全体に広がった。
アルコールの刺激は和らぎ、優しい温かさが喉から胃へと伝わっていく。
「こ、これはいいかも!」
もう一度ソーセージを一口。
そして、ホットウイスキーをまた一口。
「おっ!合う!」
ストレートの時は微妙だったソーセージとの相性が、ホットウイスキーになるとびっくりするほど良くなった。
塩気のあるソーセージと、温かく香り高いウイスキーが見事に調和している。
「ホットはストレートの次に好きかも」
美咲は満足げにマグカップを両手で包み込むように持った。
窓を打つ雨音を聞きながら、温かいウイスキーと香ばしいソーセージを楽しむ。
このちょっとした贅沢な時間が、心地よかった。
数か月前には想像もしなかった光景だ。
友人との飲み会ではお茶ばかりだった美咲が、今や一人でいろんな飲み方を試して、ウイスキーの奥深さに夢中になっている。
ふと、数年前のクリエイターパーティで高級ウイスキーを飲む機会を逃した記憶が蘇った。
アランやイチローズモルト、今ならもっと美味しく味わえたら最高だろうなって銘柄たち。
でも、今の美咲には手頃なウイスキーを少しずつ楽しむ喜びがある。ディープブレンドのストレートや、今回のホットウイスキーみたいに、自分好みの発見があるから。
「まだまだ知らないことだらけだなぁ」
マグカップの底に残ったウイスキーを飲み干し、美咲はパソコンに向かった。
明日の締め切りのために、あと少し原稿を進めなきゃいけない。
でも、ホットウイスキーの心地よい余韻が体に残っていて、不思議とストーリーがスラスラ浮かんでくる。
「ウイスキーライターとしては、次は何を試してみようかな」
雨の音を聞きながら、美咲は次なるウイスキーとの出会いに思いを馳せた。
メモ帳には「サントリーオールド:ホットがおすすめ♡」と書き加えて、そっと微笑んだ。