第2話 ウイスキーを学ぶ~ブラックニッカディープブレンド~
「ストレート、ロック、水割り、ハイボール、そしてトワイスアップ……」
宮原美咲は小さなメモ帳にウイスキーの基本的な飲み方を書き込みながら、そっと呟いた。
パソコンの画面には、様々なウイスキーの飲み方を解説するYouTube動画が映し出されていた。
先週、ブラックニッカスペシャルを飲み始めてから、美咲のウイスキー熱は日に日に高まっていた。
仕事の合間を縫って、インターネットでウイスキーについての知識を集めるのが日課になっていた。
「トワイスアップって、ウイスキーと同量のお水を入れるんだ……ふーん」
美咲は興味津々にメモを取る。
さらに動画を見進めていくと、「ブラックニッカディープブレンド」というワードが何度も登場することに気づいた。
「ディープブレンド?スペシャルの次はこれかなぁ……」
翌日、買い物のついでに近所のドラッグストア・コスモスに立ち寄った美咲は、思いがけない光景に目を輝かせた。
「わっ、すごい!」
ウイスキーコーナーに、「ブラックニッカディープブレンド セール 1,300円」の表示。しかも、購入特典としてブラックニッカロゴ入りのボールペンが付いていた。
「これは運命かもね」
美咲は迷わずショッピングカートに入れた。
以前なら考えもしなかった行動だ。
その夜、いつものように10時を過ぎてから、美咲は新たに購入したディープブレンドのボトルを眺めていた。
深い琥珀色の液体が、部屋の灯りに照らされて美しく輝いている。
「YouTubeではハイボールがおすすめって言ってたよね……」
冷やした水をソーダストリームで炭酸水にし、ウイスキーを注ぐ準備をした。
氷は冷凍庫になかったので、試しに500gのものを近所のコンビニで買ってみた。
でも、適量を計るのに使うのはダイソーで買った小さな計量カップだ。
「うーん、これだとちょっと味気ないなぁ……」
美咲は少し不満そうに計量カップを見つめた。近いうちにウイスキー専用のメジャーカップを買おうと心に決めた。
計量カップで30mlを測り、グラスに注いだ。
その上から冷えた炭酸水をゆっくりと、YouTubeで勉強したように氷にはなるべく当てないよう注意しながら注ぐ。
泡が立ち、グラスの中でウイスキーと炭酸が混ざり合っていく。
最後にマドラー――は持っていなかったので、箸で氷をそっと持ち上げて戻す。
心の中で「マドラーも買わなきゃ」と呟きながら。
「さて、どんな味かなぁ」
一口飲んでみたけど、正直なところ、期待していたほどの感動はなかった。
ストレートで飲んだ時の香りが薄れてしまって、飲みやすさはあるものの、あっという間に30mlが消えてしまう感覚に少しがっかりした。
「うーん、そういう感じなんだ……」
美咲は思案顔でグラスを眺めた。
YouTubeで人気だからといって、自分の好みと合うとは限らないのかも。
ふと、数か月前のことを思い出した。偶然スーパーの特売で見つけたバランタイン7年を購入したエピソードだ。
以前バランタインファイネストを飲んだ時に美味しいと感じられなかったけど、年数が長ければ美味しくなるかなって思って手を出してみたの。
ファイネストも7年も評価が高い銘柄だから結構期待して飲んだんだけど――
結果はイマイチで、一度飲んだだけでお蔵入りになってしまった。
「また同じ失敗はしたくないなぁ……」
でも今回は違う。ハイボールはあまりピンとこなかったけど、ディープブレンドそのものは悪くない。
むしろ、もう一度ストレートで味わってみたいなって気持ちが湧いてきた。
もう一杯、今度はストレートで30mlを注いだ。
ゆっくり口に含むと、スペシャルとはまた違った風味が広がる。
ちょっと重厚な感じと、深みのある甘さ。
「うん、私にはこっちの方が合うかも」
美咲はメモ帳に「ディープブレンド:ハイボールよりストレートの方が好き♡」と書き込んだ。
そういえば一週間前に友人と居酒屋に行った時、久しぶりに飲み放題のハイボールを飲んだんだけど、なんだか不味く感じたんだよね。
少し「贅沢」なウイスキーを飲み始めたせいか、舌が肥えてきたのかな。
「ねえ、これって面白いね」
美咲は小さく笑みを浮かべた。
ウイスキーを趣味にして、自分の好みや味覚が変化していくのを感じるのは新鮮だった。
グラスに残ったウイスキーの香りを楽しみながら、美咲はパソコンで次の検索をした。
『ウイスキー メジャーカップ おすすめ』
画面にはいろんなメジャーカップが表示される。
ジガーと呼ばれる専用の計量カップもあれば、目盛り付きのグラスもある。
値段は千円から数千円まで幅広い。
「うーん、とりあえずお手頃なのがいいかなぁ……」
美咲は1,000円程度のシンプルなメジャーカップをAmazonのカートに入れた。
そして、ついでにウイスキー初心者向けの本も検索してみる。
「飲み方だけじゃなくて、種類とか歴史も知りたいなぁ……」
デスクの上には原稿の締め切り表が置いてある。
明日からはまた執筆に集中しなくちゃいけない。
でも、この短い時間に楽しむウイスキーの時間が、日々の活力になっていた。
「次は何を試してみようかなぁ……」
美咲はディープブレンドのボトルを眺めながら考えた。
二千円以下っていう予算内で、まだ試していない銘柄はたくさんある。
グラスの底に残った最後の一滴まで味わって、美咲は満足そうに目を閉じた。
窓の外は静かな夜。
明日もまた、新たな発見があるかもしれない。
「ウイスキーライターとして、いろんな飲み方を試してみなきゃね」
そう呟きながら、美咲は次回のウイスキー購入計画を心の中で練り始めていた。