第6姓 内緒
「私……!」
ガラガラッ。
「お嬢様、萌菜様。
お迎えに上がりました。」
保健室の扉が開いて執事のお爺さんが現れる。
「あ……。」
「サーセン、ありがとうございます。」
「いえいえ、参りましょう。」
ブゥゥン……。
車に乗り込み発進する。
「……。」
タイミングが悪かったのか冥菜は黙り込んでいる。
家に着くとそそくさと行ってしまった。
部屋に戻ると冥菜は部屋に籠りきり。
ご飯さえ食べに来なかった。
「なーんか悪いことしちゃったかなぁ……。」
ベッドに転がりながら考えていると扉をノックする音が聞こえる。
「んお、夜中に誰だ?」
扉を開けると冥菜だった。
「めーちゃん、すまねぇ。
悪いことした。」
「はい?」
目を丸くしている冥菜。
違ったのかな。
「あっ!、ごめんなさい。
萌菜さんが悪いわけじゃないんです。」
ぱたぱた手を振る冥菜。
「こんな時間……、ですけど起きていらしてよかったです。
お話があるんですけど、眠かったら改めます。」
「いーよ?
待ってたところもあるしな。
……部屋きったねーけどいい?」
「うふふ、構いません。」
片付いていない部屋に冥菜を招く。
「ふぅー……、あの萌菜さん。」
「あいよ。」
適当に座った冥菜が呼吸を整えて向き直る。
「私、天使なんです。」
「……可愛いもんね?」
「違うんですよー。
本当なんですよー。」
少しだけ服をはだける冥菜。
「めーちゃん!?」
「しーっ、しーっ。
お母様が起きちゃったらどうするんですか。」
「はれ?
お義母さんも知らんの?」
「はい。」
「あら……。」
はだけた背中からふわりと小さな羽が広がる。
「後ろ見ても?」
「は、恥ずかしいですけど我慢します。」
「そこは恥ずかしいのね……。」
後ろに回ると肩甲骨あたりから羽が生えている。
「ほー……、コスプレにしては手が込んでるな。
どんな原理なんだこれ。」
触ろうとしたところで手を止める。
「……触らないんですか?」
「羞恥心がないめーちゃんがここで恥ずかしいって言ったんだぞ。
触りそうになったのは謝るが、触ったらダメなんじゃね?」
「……右の羽。」
「ん?」
ぱたぱたと右の羽が羽ばたく。
筋肉も一緒に動いている。
コスプレじゃない。
「モノホンかー……。
てっきり自分を天使ちゃんって言っちゃう子かと。」
「そこまでおバカさんじゃないですよぅ。」
「すまん、しまっていーよ。」
「えぇ。」
服を戻す冥菜。
「さて、めーちゃんよ。」
「っ。」
「そんな怯えた顔しないでくれ。
見方は変わらん。」
「……どうして?
人間じゃないんですよ?」
「俺も人間だ。
俺は……、の方が正しいのか?
あー、分からん。
多少は驚いた。
けど、めーちゃんの性格は変わらない。
勇気出して見せてくれたじゃないの。
ありがとうな。」
「え?」
「恥ずかしかっただろうし、怖かったろう。
俺も人に言えない秘密を言うときは死ぬほど勇気がいる。
それを冥菜ちゃん、やったんだぞ。
マジカッケー。」
「萌菜さん、やっぱ変ですよ。」
「アホだからな!」
「くすくす。」
「気になることあるんだけど、聞いても?」
「何なりと。」
「スポーツテストあったよな?
着替え大丈夫だったん?」
「そこですか?
壁を背に着替えましたので。」
「体育とかあるけどこれから大丈夫そ?」
「意外と小さくたためますので。
鴉の羽が落ちているのを見たことはありますか?」
「あるな。」
「あれくらいにはたためます。」
「そういや羽、黄色がかってたな……。
あると思わないと気付かんな。
大丈夫か。」
「……他には?」
「な……、あ。ある。」
「はい。」
「天使の名前とか別にあるん?」
「メナエルが私の本名です。」
「ほぉん。」
「あぁもう。」
「どうした。」
「何しに来たのかとか、
なんでお母様は知らないかとか、
私の事を気遣ってばっかり。」
「心配なんだよ。
いつ気付いたん?
あ、生まれ持ち?」
「小学生になってから、ですね。」
「それまでは記憶とかあったの?」
「ありましたよ?
生まれ持ちでしたらバレてしまいますから。
時期をずらして力を起こしました。」
「あ、どおりでお義母さん知らんわけだ。
じゃ、めーちゃんのお話から。
何しに来たの?」
「オウム返しじゃないですかー。」
「あ、何しに来たか興味ないのバレたな。
生まれ持ちで記憶があって力を後で起こせるってことは
何か意図があってこの辺に来たのかなってことにする。」
「……恥ずかしい話なのですが。」
「ほい。」
「お婿さん探しです。」
「人間相手でいいん?」
「特段の制約はありません。
私が天使は嫌だと言いましたので。」
「どして?
天使って高貴な存在じゃん。」
「……機械的でつまんない。」
口をとがらせる冥菜。
「へ?
めーちゃん天使なんしょ?」
「えぇ。」
「全然機械的に見えんが。」
「私が特殊だと思います。
みんな事務的ですよ?」
「なーるほ。
めーちゃん、意思があるんだ。
行って来いって言われたんじゃない?」
「分かるんですか?」
「意思がある天使って珍しいんじゃなかったかな。
めーちゃん、天界に選ばれたんじゃね?」
「驚きました。
天界事情を知っている方がみえるなんて。
一応、天使代表です。
内緒にしていただけると。」
「おっけ、二人だけの内緒だ。」
「……。」
「お? どした?」
「萌菜さんってちょっと鈍いですか?」
「なんか至らない点があったらすまんね。」
「二人の内緒ということは、
私、萌菜さんに求婚しているんですけど。」
「はへ……。」
「ふふ、気付いてなかったんですね。」
「俺、アホだぞ。」
「でも、私の事をよく見てくれています。
大好きです。」
「あ、あー……。
俺も可愛いと思ってるよ。」
「好きとは言ってくれないんですか?」
「言ってるつもり。
すまん、めっちゃ照れてる。」
「あはは、じゃあいつか言ってくださいね。」
「努力します……。」
「あ、遅くなっちゃいますね。
そろそろ戻らないと。」
立ち上がる冥菜がくるりと振り返る。
「萌菜さん。」
「ん?」
「羽、触ってもよかったんですよ?」
「その、なんだ。
一番恥ずかしいところに触るのと一緒かなって。
だから控えた。」
「……萌菜さんのえっち。」
「触ってないんだが!?」
「見たでしょう?」
「あ、すまん。」
「あはは、いいですよ。」
「どれくらい恥ずかしいのか聞いたら……、
ダメだよなぁ。」
「んー、求婚してますから言いますけど
裸になるくらいですかね。」
「俺、重罪じゃね?」
「そもそも見せただろうとは言わないんですね?」
「後ろに回らないってことも出来たんじゃ?」
「コスプレと差が分かりませんよ?」
「そうだけど……。」
「萌菜さんが悪いなんて言わせませんよ。」
「めーちゃん、強いなぁ。」
「ふふ。
あ、いっけない。」
そろそろと冥菜が近寄ってくる。
「どうしたー?」
ふっと膝をついた冥菜が萌菜の頬にキスをする。
「ふぁっ!?」
「あはは、女の子みたいな声を上げるんですね。」
「ちょ、なに!?
刺激が強いから揶揄っちゃダメだって!」
「あら、求婚していると言いましたよ?」
「展開急だな!?」
「お嫌でした?」
「勘違いしても知ら……、
お?
勘違いしても勘違いにならないんじゃないのか?」
「えぇ。」
にっこり微笑む冥菜。
「おやすみなさい。」
「お、おやすみ……。」
ウキウキ気分で冥菜が出て行ったのが背中越しでもわかる。
その夜、萌菜は全然眠れなかった。
Copyright(C)2025-大餅 おしるこ