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[Z-E-R-O]  作者: 村岡凡斎
激闘編
94/125

18th STAGE [A]

3/13…Illustrations更新



―――― * * * ――――



『お待ちくださいエックス様!どうかお待ちを!』


自分に目もくれず、ただ通り過ぎようとする救世主に、彼は叫ぶように懇願した。

自身に掛けられた嫌疑の全てが、言われもない冤罪であることを声の限りに訴えた。百年もの間この世界を統治してきた、そんな救世主程の男であるならば、窮地に立たされた自分をきっと救ってくれるだろうと信じていたのだ。

だが、彼へとその救世主が向けた視線は、まるで理解のできない摩訶不思議な物体を見るかのようで。それどころか、出会したことのない状況に困惑しているようですらあった。そんな者に、今の彼の状況を理解し、救う力など有るはずもない。

後から考えればそう納得できるのだが、その時の彼は、そんな相手の様子に気づくこともなく、ただ声を上げるばかりだった。

すると突然、彼の視界が赤みがかった光の刃の切っ先で遮られる。思わず腰を抜かす。

刃の主は、四天王のリーダー格、ハルピュイアだった。


『我らが主に縋り付こうとは……烏滸がましいにもほどがあるぞ、痴れ者が』


そのまま右足で彼の頬を蹴り飛ばす。彼はその場に倒れこんだ。


『イレギュラー処分を受けなかっただけでもありがたく思え。そして、二度とこのユグドラシルに近づくな』


そう言ってハルピュイアもまた、背を向け歩き始めた。


彼は力の抜けた腕で上体を起こし、前を見る。

そして、ハルピュイアの背中を見つめた。白いマントの背中が、無力な彼を嘲笑っているように見えた。


――――あの…“白”が……


憧れていた。救世主を囲む者達が纏う、白いマントや衣の類。いつかそれを身に纏いたいものだと想いを馳せた。

一介のレプリロイドの研究員ではあったが、戦略研究所でも優秀な成績を残し、地位も築きつつあった。その努力と才を認められ、いつかきっとかの救世主に召し上げられるだろうと信じていた。

だが、その夢は儚く砕けて散ってしまった。


――――あの“白”が……憎い


今の彼にとって、憧れた白のマントは、憎悪の対象となり変わった。あれ程までに憧れていたというのに。自身を裏切った“白”をどうしても許せなかった。

だがそれでも、心の奥底で、“いつかきっと”と思わずにはいられなかった。その思いを捨てられなかった。

栄光と威厳とを併せ持つ、あの白いマントを、いつか必ず我が手に掴みたいと、願わずにはいられなかった。

奥歯を食いしばる。指の先には地面をひっかくように力を込めた。憎しみと、悔しさと、憤りと……そう言ったあらゆる負の感情がぐるぐると頭の中で渦巻いていた。


『だいじょうぶ……?』


不意に聞こえてきた声の方へ視線を向けると、小さな手が差し伸べられていた。

そこに立っていたのは幼い少女だった。可愛らしいポニーテールを揺らし、優しく微笑んでいる。

今まで一度も向けられたことのないあどけないその笑顔に、彼はただ手を伸ばすことしか出来なかった。



そして、伸ばした手を握り返してくれた小さな手の温もりは、彼の心を優しく包み込んだ。











18th STAGE




   color of mine/d


















――――  1  ――――



「くだらない……」


メモリーが見せる回想風景に、エルピスは起床とともに毒づく。

もう七年も昔のことだ。今更何の役にも立たない、くだらない記憶。


とは言え、あれが始まりだったのは確かだ。この闘争も、感情も。


だからと言って、何故今、思い出すのか。それには間違いなく、自身を取り囲む最近の状況が関係しているのだろう。


解放議会軍の裏をかいた謀略。度重なるミュートスレプリロイドとの戦闘における活躍。闘将との戦闘と生還――――。ゼロはその実力を余す事無く発揮し、英雄として申し分ない働きを見せている。エルピスの計画通りに事が運んでいれば、彼を旗印にネオ・アルカディア打倒の流れを作り上げ、その勢いのまま進撃を続け、今頃エルピス自身はその流れの中枢を担っていた筈だった。

だが、議会軍の裏切りから何かがズレ始めた。

今や白の団内では、解放議会軍との共闘を進めてきた方針が失策であったことを批判する者が出始め、同時に、トップの椅子に座りつつも、ゼロとは違い自ら危険を冒すことのないエルピスに対し、真っ向から反抗を示す者まで出始めていた。

皮肉にも、どれもこれも英雄と称されるゼロの行動との比較から生まれたものであった。


そういった状況から、エルピスの心にも少なからず動揺が生まれていたのだ。


ベッドから起き上がり、団服に袖を通す。そして、掛けていた白のマントに手を伸ばした。

不意に、夢の光景がフラッシュバックする。


「……だから何だと言うのか…」


苦い顔をしながら、その“白”を手に取り、上から羽織った。











「さっすが伝説の英雄だよなー!もうミュートスレプリロイドを八体も、しかもあの四天王の一人もやっつけちまったんだから、すっげーよなー!」


談話室で称賛の声を上げながらメナートが騒いでいる。

その様子を見ながら、コルボーは呆れたように声を漏らす。


「初めは腹が立つほど非難してたくせに……調子がいいよな、本当に」


「まあ、そう言ってやるなよ」


トムスが宥める。


「実際、全体的にも同じような声が上がり始めてる。あの英雄さんがみんなから認められてきたっていう証拠だろ。いい傾向だよ」


確かにトムスの言うとおりだ。いや、それ以上の影響があるといってもいい。コルボーは思わずニヤケ顔になる。

最初に命を救われた時から今日まで、コルボー達はゼロの力を信じ、協力を続けてきた。

前までは彼に対する批判を耳にして気分を悪くすることも少なくはなかったし、自分達自身も変わり者のように扱われたこともあった。

だが、今ではそのようなことは一切見られなくなり、むしろ、ゼロとの信頼関係の深さと行なってきた共同作戦の数から、マークをリーダーとしたチーム自体もエースとして崇められているような節さえある。


正直な話をすれば、元は彼ら自身もまた、あの英雄に対して半信半疑だったはずなのだが。


「だが…残念ながらいい傾向ばかりでもないんだな、これが」


マークが二人の間に割って入る。


「知ってるだろ、“英雄派”を名乗る連中のこと」


白の団内で次第に数が増え始めている“英雄”――――即ちゼロの名前を掲げる派閥のことは、確かにコルボーもトムスも知っていた。

エルピスの指令や作戦に対して反抗し、何かとゼロの名を持ちだしてはエルピスの批判ばかりを繰り返している。

例え、ゼロのことを信頼しているマークたちでも、彼らのやり方は好ましいと思えなかった。


「そもそも、大してゼロさんと親しかったわけでもない連中がそんな事言い出してるわけですからね!腹立たしいもんですよ!」


「結局、どいつもこいつも危ない橋を渡るのが怖くなってきたってだけですよね」


コルボーとトムスの言うとおり、彼らの中心にいるのは、ゼロとそれほど親交が深かったわけではない者達ばかりで、それどころかまともな戦闘に参加したことのない者もいたくらいだ。

要は、平穏な基地内の生活に慣れすぎたおかげで、戦地へと赴くことに恐れをなし、反抗するための理由にゼロの名を挙げては、エルピスの批判へとすり替えているというだけの話だった。


「でもよー、アイツらの言うことも一理あると俺は思うぜ?」


何時から聞いていたのか、メナートが軽い調子で口を挟む。


「何が一理あるだよ。そんなやり方されて、ゼロさんにだって迷惑だろ」


「だってよー、だんちょーさんが戦わねえのは事実じゃん?結局、俺らばっかり下働きで危ない目にあってさ」


戦地へと足を運ばず、基地の中枢にある司令室で指揮を執り続けている姿に対して、メナートのような見方をするものが少なくない。

英雄派の者達も、結局はそこを最初に突いて来たのだ。とは言え、それもまた理不尽な話である。


「戦場に出ることもなく、テキトーに遊んでるだけのおまえが言うな!」


思わずコルボーが怒鳴りつけると、トムスが肩を掴み、「まあまあ」と宥めた。


「うっせーなあ……でも本当のことだろ!偉そうにふんぞり返って、『あれしろ』『こうしろ』『戦ってこい』――――おかしいと思わねえ?」


「成程、メナートの言いたいことも分からないわけではない」


「な!」と驚きの声を上げるコルボー。今にも騒ぎ出しそうなその口を、トムスは咄嗟に塞いだ。マークは話を続ける。


「だけどな、メナート。もしも団長がいなかったらどうなっていたと思う?」


「『いなかったら』…って?」


突然の問いかけに、メナートは考えこむ。横で聞いていたコルボーとトムスも同時に顔を見合わせ、考え始めた。


「そりゃ……ん~……」


考えども上手く答えはでない。というより、ある程度分かってはいたのだが、口にしにくかった。

マークが続ける。


「覚えてるか、フラクロスの輸送列車を襲撃した作戦のこと。あれを考えたのは団長だったし、たぶん団長じゃなかったら考えつかなかった」


ネオ・アルカディアの力の象徴の一つ、パンター・フラクロスの輸送列車を襲撃しようなどとは、実際のところ誰も考えつかなかった。特に、戦闘力的に乏しい白の団に取っては不可能といっても過言ではなかっただろう。ゼロの力で成功したとはいえ、初めに提案したのはエルピスだ。


「それだけじゃない。今日まで白の団を統制してきたのはあの人だ。あの人がいなかったら、正直、非戦闘型の俺達がここまで組織としてまとまって、生き残っては来れなかっただろうさ」


日毎にネオ・アルカディアの攻勢は勢いを増している。多くのレジスタンス組織が潰れていき、集落もまた襲撃にあっていると聞く。

だが、白の団は生き残り続けている。黒狼軍のように戦闘のプロ集団が所属しているわけではなく、ただの一般型レプリロイド達がこれだけの大所帯を築きながらも、敵に本拠地が割れることもなく、残り続けているのだ。

これは正直、奇跡といっても良かった。


「その団長がもしも死んでしまったらどうなるか考えて見ろ。いったい誰がこの組織をまとめていくんだ?……たぶんゼロさんはやってくれないぞ」


群れることを好んでいるようには決して見えない彼のことだ。リーダーを務めてくれとお願いしたところで、それを素直に受けてくれるとは思えない。

無論、シエルが務めたとしても、エルピスほどの指揮能力や、戦略眼があるとは思えない。

となれば、もしもエルピスがいなくなってしまえば、ここは本物の烏合の衆となり果て、早々に消えてしまうだろうことは容易に考えられる。


「団長はそれだけの役割と、その分の責任を負ってるんだよ。だから、『前線に』云々の批判をする事自体が筋違いさ」


これには流石のメナートも言い返せなかった。「だけどよぉ…」と小さく呟き、口を尖らせる。流石は一チームを率いるリーダーだけはあると、トムスは感心し、コルボーに至っては真っ向からメナートと言い争いをしようとした自分の幼稚さ加減を静かに反省した。


「本当に、そういうもんかねえ……」


不意に横から聞こえた声に、思わず一同は反応する。そこには、白の団内でも皮肉屋で有名なピックが悠々と座っていた。


「へへへ……そう怖い顔すんなよ」


ピックは薄ら笑いを浮かべながら、敵意を顕に睨むマークに向けてそう言った。


「何が言いたいか…はっきり言えばいいだろう、ピック」


「マーク、まあ落ち着けって…へへへ。俺は別に悪気があって言う訳じゃあねえんだぜぇ?」


そうは言うものの、ピックは明らかに挑発するような笑みを浮かべてマーク達を見ている。

だが、マーク達の視線を物ともせず、ピックは飄々とした態度で語りを続ける。


「ただよ…あんたが言うような状況になったところで、大して困りゃしないんじゃないかと俺は思うんだよな」


「なに?」


『あんたが言うような状況』――――即ち、エルピスがもしも死んでしまったらという場合である。マークは先程、エルピスの存在価値と必要性を説いた。だが。ピックはそれに異を唱えるというのだ。


「何故そんなことが言える」


「へへへ、そうさな……例えばそんな状況になっても、マーク……あんたがリーダーをやったところで変わりゃしないじゃないか?」


自分のことを担ぎ上げるような意見に、マークは驚き、呆然とする。開いた口がふさがらない彼に代わり、トムスが「どういうことだ」と問い直す。

ピックは厭味ったらしく口端を吊り上げ、得意げに話しだす。


「よくよく考えても見な。この白の団って組織が、実際にレジスタンスとしてどんだけの成果を出してんのかをよ」


マークたちだけでなく、メナートまでもがこれまでの経緯を振り返る。

各地でのゲリラ活動、脱国者や崩壊した他のレジスタンス構成員達の保護等、その活動は多岐にわたっている。

敵部隊への襲撃は、フラクロスの輸送列車襲撃に代表されるように、成功を収めた作戦も決して少なくないし、多くのレプリロイド達を保護し、今も白の団の人数は拡大し続けている。

マークは再びピックを睨みつける。


「確かに俺達は、戦闘においては非力だ。それでもいつだって命懸けで活動に取り組んできたし、救った者達もいる」


「だがよ、それがネオ・アルカディアにどれだけの影響を与えたとあんたは思うのかい?」


ピックの問いに、マークは口篭った。『どれだけの影響を与えた』か――――それについて、自分は確かに触れていなかった。

遣り取りを聞いていたコルボーは思わず動揺を顔に出す。その様子を見逃さなかったピックは、すかさずコルボーを指差し、「心当たりのある奴もちゃぁんといるみたいじゃねえか、へへへ」と厭味ったらしい薄ら笑いを浮かべた。


「へへへ……そうさ、俺達程度の連中がどれだけ体を張ろうが、結局あのでけえ国には傷一つ付けられちゃいないのよ」


むしろレジスタンス全体の形勢は日に日に悪くなっているようにも見えた。

フラクロスに限らず、どれだけの猛者を倒そうとも敵の攻勢は収まらず、小規模のレジスタンス達は次々と姿を消し、集落はいいように襲撃を受け続けている。


「あの英雄は“紅いイレギュラー”だなんて名前で呼ばれて警戒されてるが、片や俺達の方はどうだい?“白の団”の中で他に誰がネオ・アルカディアに目を付けられた?注目されるような働きをした?」


白の団に限らず、ネオ・アルカディアという国にとって、脅威となり得る要注意人物というのは、正直なところあらゆるレジスタンス組織を覗いても殆ど現れてはいない。

結局は今も警戒されているのは、黒狼軍のベルサルクとゼロ位のものだ。


「だからと言って、俺がエルピスさんの代わりになれるなんて理由になりはしないだろ」


そう反論するマークに、ピックは「分かってねえな」と首を横に振る。


「現状で目を見張るような成果を出せてもいないのに、“あの人じゃなきゃ”なんてどうして言えるんだい?」


その言葉にマーク達は言葉を失う。それを見て、ピックの薄ら笑いは嘲笑へと変わった。


先ほど口にした輸送列車襲撃の功績も、彼一人のものではなかったし、そもそも結果的に、ネオ・アルカディアには予想していた程の打撃を与えることが出来なかったと言って良い。あの作戦以後、ネオ・アルカディアが騒ぎたてた話題といえば“紅いイレギュラー”の活躍だけであって、それで国内の生活水準が逼迫したという話を聞いたことも、軍の活動範囲に大きな影を落としたという話も聞かない。

結局、あの輸送列車がなくなろうと、代用する補給路は他にも用意することができたし、他に強力な部隊がないわけでもなかった。

フラクロスを撃破した英雄の存在は騒がれても、作戦を提案し指揮をとった人物を「なんと優秀な者がいたものだ」と賞賛する声も、畏怖する声も聞こえてこなかった。


もしもエルピスでなかったなら――――確かに輸送列車襲撃作戦は思いつかなかったかもしれない。


だが、それで本当に大きな負の影響が生まれただろうか。


エルピスでなければ本当に白の団はまとまらなかったか?

ゼロという英雄が活躍してくれるのであれば、他の誰が指揮を執ったところで、何ら問題がないのではないか?


“エルピスじゃなければいけない理由”がどこにあるというのか?


「要はよ。リーダーなんてのは誰がやろうと変わんないのさ。あの英雄が暴れ回ってくれてさえいればよ。…へへへ」


横で「なるほど」と頷くメナートを尻目に、何とか言い返そうとマーク達は言葉を探した。だが、ピックの言葉に反論の余地が見つからない。

彼の言うとおり、ゼロが闘い続け、成果を出し続けていれば――――極論すれば、エルピスだけでなく、白の団が存在しなくなったとしても――――白の団がレジスタンスとして目指していた目的は達成できてしまうだろうと考えられた。

そう、ピックは白の団の存在意義までも否定したのだ。だが、それに返す言葉が彼らには見つけられなかった。


「……じゃあ…どうしてお前は白の団にいるんだよ」


コルボーが声を搾り出すように問いかける。するとピックは小馬鹿にしたように笑う。


「そりゃ…まあ拾われたのがたまたま此処だったってだけさ。へへへ…悪いが古参じゃあない俺が此処にいる理由なんてのは、そんなもんさ。その辺で野垂れ死ぬつもりもないし、しばらく命を繋げられるんならそれに越したこともないしな」


思わず背筋が凍るような思いがした。

きっとこのように考えているのはピックだけではないのだろう。他にも大勢の者達が、“その程度の志”でこの組織に参加しているのだ。そう考えると、コルボー自身も、白の団という組織の存在意義というものが分からなくなり始めた。

ピックの言うとおり、ゼロのような者さえいれば、エルピスも――――いや、自分達ですら必要がないのだろう。


それから、「白けちまったな」とピックは笑いながら席を立ち、談話室から去って行った。

マークとトムスは互いにしかめっ面で顔を見合わせる。コルボーはピックが出ていった扉をしばらく睨み続けた。













扉へと近づいてくる足音を聞き取り、思わずその場を離れた。

曲がり角へと身を潜め、談話室から出て軽い足取りで廊下を歩くピックの背中を、見つめる。いつしかその眼は鋭く睨みつけていた。


それからピックの姿が見えなくなると、まるで空き巣のようにコソコソと身を隠す自分の様子を省みて、言いようのない複雑な気分がこみ上げてきた。


「何をやっているんだ……私は…」


エルピスは仕方なしに苦笑する。

自分に関する話題が部屋の中から聞こえ、気づけば耳を澄まし盗み聞きしていた。

正直なところ、こんなことをしたのは今日だけの話ではなかった。

ここ最近、自分を見る団員たちの目が気になって仕方ない。前までは司令室に篭り、戦略を練るのに専念していられたというのに、今では見回りと称して基地内を徘徊しては、自分に対する団員たちの態度確かめずにはいられないのだ。


「クソ」と心の中で悪態をつく。そして、胸を締め付けるような悪寒を感じ、その場を足早に去った。



エルピスがリーダーである必要は無い。

先ほどの遣り取りから、あそこにいた者達が出した結論は、結局それだった。

ゼロさえいれば、打倒ネオ・アルカディアは果たされると。エルピスがいなくとも、それどころか白の団が存在せずとも、この戦争は進むのだと。

似たような話は既に何度も聞いてきた。その度に奥歯を噛み締め、拳に力を込めた。


だが、今まで以上にはっきり自身の存在意義を、全てを否定され、エルピスは耐え切れぬ屈辱感と堪えきれぬ憤りとを抱えたまま、黙々と歩き続けた。



――――クソ……クソ………クソぉ……!



どこから間違えたのか。何を誤ったのか。生まれた不協和音は少しずつ肥大化し、エルピスを追い詰め始めていた。“あの日”の屈辱が脳裏に思い出され、負の感情が重なり、心は更に蝕まれた。



暫くして、自分が足を止めていたことに気づく。そして、自分が辿り着いた部屋の扉を見つめる。

そこは彼女の部屋だった。

どうして此処に辿り着いたのか。明確な理由はわからなかった。だが不意に、彼女の声を聞きたい衝動が、エルピスの胸を強く叩いた。

何度か逡巡し、そして衝き上げる想いのまま、躊躇いがちに扉をノックする。



部屋の奥から少女の声が「はい」と元気よく聞こえたことに、エルピスは安堵した。

そして、「どうぞ」と促されるまま、扉を開いた。







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