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[Z-E-R-O]  作者: 村岡凡斎
激闘編
91/125

17   [C]



―――― * * * ――――



「クラフト隊長は?」


本部に帰還したばかりのヒート・ゲンブレムはその巨体を揺らしながら、待機室で休息をとっていたシメオンに問いかける。

第二班班長にして、第十七部隊副長であるゲンブレムに、シメオンは敬礼をとる。それから、クラフトのことを考え、ため息と共に軽く項垂れた。


「その様子だと……また単独行動か」


「ええ……第一班を俺に押し付けたままで。全く……困ったもんです」


ボレアス山脈での一件があった後から、クラフトは何を思ったのか、一人で戦場を駆け回り、紅いイレギュラー捜索に当たっている。責任感からの行動であったならそれでも構わなかったのだが、シメオンやゲンブレムから見る限り、それとも執念ともまた違った雰囲気が感じられていた。


「まあ、マティアスからの話を聞く限り……カムベアスとの遣り取りでなにか思う所があったんでしょうね……」


「ふむ……破壊衝動プログラムに関した話で言えば……確かにショッキングな話ではある。――――それを考えれば納得できないこともない」


誰よりも付き合いの長いゲンブレムはクラフトの性格をよく理解していた。故に、行動それ自体に違和感を感じる事はなかった。しかし反面、彼の精神面を思えば、その危うさに心配は募るばかりだ。


「そう言えば副長の方は…?」


不意に問われ、ゲンブレムは少し迷った後、素直に首を横に振った。


「またしても“外れ”だ。それどころか、何時勘付かれたのか……備品を寸前で持ち去った跡があった」


黒狼軍首領エボニー・ベルサルクの所在特定と、処分を任されたゲンブレムの班であったが、数ヶ月程過ぎた今も一向にその手がかりは掴めないままだった。

ここ最近では黒狼軍による軍施設へのテロ、奇襲攻撃が相次いでいたのだが、その中にもベルサルクの姿は一向に見当たらない。それどころか、捕虜としたレプリロイドの脳内を調べても彼についての情報は露程も拾うことが出来なかった。実際のところ、近づいている感覚も、気配も掴めず、ベルサルクという存在が実在するのかどうかすら訝しむ者が出てき始めていた。


「この休息の後、再び活動を開始するつもりだ。まずは最近の情報を纏めるところからだが」


「なら、俺も手伝いますよ。まだ少し部下を休ませてやりたいんで」


二人はそのままデータルームへと向かった。











――――  3  ――――



塵炎軍団の一部が野盗紛いの暴挙に出始めてからというもの、各地に点在するレプリロイドの集落は幾度もの襲撃を受けており、その緊張感と恐怖は日頃に増すばかりであった。

装備の整った正規兵と、国を抜けてから、反抗の意思もまともに持つこと無く、平穏を求め暮らしていた彼らとではその力の差はあまりにも大きい。いいように命は奪われ、弄ばれた。


そんな時、紅いイレギュラーの噂が耳に入った。


ある塵炎軍団員は彼の姿を見ただけで、命惜しさに尻尾を巻いて退却したのだという実しやかな噂。

実際、奪い、侵すためだけに乱暴狼藉をはたらく者には、命の危険を冒してまで、そのような要注意人物と張り合うつもりなど毛頭なく、その行動にも合点がいった。

そこでこの集落の者達は、紅いイレギュラーのトレードマークとも呼べる金の長髪を持つレプリロイドに、同じくトレードマークである紅いコートを着せることで、偽物を仕立て上げ、塵炎軍団員達への牽制とすることにしたのだ。

果たして、先程の様子が物語るように、その効果は絶大で、幾度もの襲撃を防ぐに至った。


しかし、今その“紅いイレギュラー”の正体は第十七部隊長クラフトにより暴かれてしまった。


「そのビームサーベルはいったい何処で調達した?」


他の者達が見守る中、クラフトによる尋問が始まる。流石に今となってはランチャーや小銃を突き付けていないが、その威圧感は相当なものであった。

しかし“紅いイレギュラー”は少しだけ怯えたように後ずさりながらも、そっぽを向いて「まともに応対しない」という態度を前面に押し出していた。

だが、クラフトが眉間に皺を更に強く寄せると、一瞬ビクリと反応し、ぶっきら棒ではあるが、渋々答え始めた。


「拾ったんだよ、その辺で。……たぶんネオ・アルカディアのやつだけど」


四軍団のレプリロイドが戦場でやられた際に落としたものを修理、調整し、使用していたというなら確かに合点がいく。

まあ、そもそも一般レプリロイドが戦闘用に開発、訓練されたネオ・アルカディアの軍属レプリロイドから武器を奪うなどできるとは考えられない。

まして、この“紅いイレギュラー”のような少女型レプリロイドなら尚更だ。


「成程……よくもこんなやり方で我々を欺けたものだ。感心するよ、“紅いイレギュラー”」


「うっさい!“オレ”の本当の名前は“レイラ”だって、さっきも言ったろ!」


クラフトの嫌味っぽい言い方に、レイラと名乗る少女レプリロイドは口を尖らせ文句を吐く。仕舞いには「べー」と舌を見せてきた。


「分かっている。それに、紅いイレギュラーのコートはもっと暗い血の色だ。金髪も、もっと鮮やかに輝いている。さらに言えば、お前は些か以上に華奢過ぎる。背も当然のことながら…な」


初見で気づけなかったことを恥じながら、本物との差を口にする。先日のボレアス山脈で遭遇した時の視覚データを用いていれば、こんな手に引っかかることはなかっただろう。流れる金髪に、紅いコート、そして、この集落では新参者であるチャンからの「紅いイレギュラーが現れる」という事前情報にすっかり感情が昂ぶり、そうした先入観にすっかり惑わされてしまった。


――――情けないことだ……


クラフトは反省する。だが、その想いは自身だけに向けたワケでもなかった。


周りを見回す。しかし他の者達は皆、クラフトと視線を合わせようとしない。それどころか怯え、震えているものまでいる。

今眼前では、曲がりなりにもこれまで自分達を救ってきてくれた、自分達より幼い少女型のレプリロイドが一人でイレギュラーハンターの前に立っているというのに。擁護するために前に出てくるどころか、誰もが自分大事に様子を窺っている始末。


突然思い立ち、クラフトは「来い」と言って、レイラの手を掴もうとする。

レイラは咄嗟に、怯えたように手を引っ込めて躱した。


「な…なんだよ!」


「……いいから、とりあえず来い」


その形相が鬼にでも見えたのか、レイラは肩を落としながら、クラフトの後について渋々歩き始めた。すると、戸惑う者達の中からチャンが飛び出てくる。


「待ってくださいよ、旦那!」


周囲の視線を振り切って、チャンもまたクラフトとレイラの後ろについて歩いていった。

他の者達はただ呆然とそれを見つめていた。















イレギュラー戦争が起こるよりも前ならば、多くの人々が足を運んでいたであろう巨大ショッピングモール。その廃墟の屋上に登る。傍らには鳩のマークをした巨大な看板が見える。

クラフトはその場に座り込み、地の果てを眺める。「お前も座れ」と促すが、当のレイラは「こんな所に何の用があるのか」と不満そうな顔をしていた。

それからしばらくの沈黙の後、クラフトが口を開く。


「何故、お前みたいな少女が紅いイレギュラーのフリをする」


「は?」


「……紅いイレギュラーと言えば国家公認のSランクイレギュラー。場合によっては俺のようなイレギュラーハンターに殺される可能性もあった。いや、先程も……俺が躊躇わずに引き金を引いていたらどうするつもりだった」


そう叱りつけるように言われ、レイラは表情を強張らせる。

クラフトの言うとおり、正直なところ彼女の存命は奇跡に近い。今まで塵炎軍団の下級兵士に出会うくらいで済んでいたことが本当に幸いで、十七部隊の面々であったならば、その生命はあっという間に狩られていたかもしれない。

特に、現在特殊班として行動しているシューターのように、何処か抜けていながらも腕だけは確かな男ならば尚更だ。その正体が見破られぬまま、殺されていただろう。

戸惑いながらも、「だって…」とまたしても不満そうに口を尖らせる。そしてクラフトと視線を重ねた。

クラフトの目は彼女を強く睨みつけていた。だが、そこには彼女の愚行に対する怒りが見えた。決して欺かれたことではなく、自身の命も顧みない軽はずみな行動に対する怒り。それは彼女にとって意外なことだった。

それからレイラは静かに膝を抱えて座る。クラフトの横に。


「だって……オレがやんなかったら……みんなが殺されるかもしれないだろ」


そう言って、視線を逸らす。先程にも増してしおらしい雰囲気に、クラフトはそれが純粋な本音であることを確信した。


「しかし、お前が殺されていたかもしれない。――――先ほどの様子を見ただろう。奴らは誰も、お前のことを救おうとも護ろうともしなかった」


ただ怯えて、状況を傍観していただけだ。彼女が体を張って護ろうとしたというのに。彼女の命などどうなっても良いと言うように。


「それなのに、お前が命を懸ける必要など有るのか」


クラフトは、自分の為を思って言葉をかけてくれているのだと、レイラにも分かった。イレギュラーハンターという立場でありながら、自分のことを心配してくれているのだ。

だが、だからと言って全てを認めるわけにはいかなかったし、認めたくないと思った。


「いいんだ…別に。オレは自分で選んだんだから」


その事実に、クラフトは驚いた。誰かに仕立て上げられたものだと勝手に思い込んでいた節があったのだが、それは早々に裏切られた。


「オレが決めたんだ。紅いイレギュラーのフリして、上手くやってやれば、アイツらを追っ払えるんじゃないかって思ってさ」


そして、実際にそれは上手く行ってしまった。これまでにも数度、敵を退けてきた。その度に仲間達からは感謝された。


「だからと言って……続けていけば、今回のようにバレる時が来る。その時に後悔した所で遅いんだぞ」


語気を強め、厳しく言い聞かせる。

だが、レイラは「うっさい」と悪態をつく。


「元はと言えば、アンタ達みたいなハンターや兵隊がいなけりゃこんなことしなくて済んだんだ。アンタ達がイレギュラー呼ばわりしてオレ達のこと殺そうとするから……」


そう言われてはクラフトも、確かに返す言葉がない。今こうして彼女の身を案じた言葉をかけてはいるものの、彼女達がこのような廃墟で暮らすようになった理由は国を追われたからに他ならないのだから。

「だが」とクラフトは、それでもなんとか反論する。


「それは人間に危害を加えるからだ。決して不当な理由で捌いてきたわけじゃない。だが今は違う」


瞬間、レイラの眼の色が変わった。怒りを顕に声を張り上げる。


「違くない!さっきの奴らみたいのだっているんだ!誰かがみんなを守んなきゃいけないんだよ!――――みんなオレを必要としてくれるんだ!」


それから飛び上がるようにして勢い良く立ち上がると、恐る恐る様子を見守っていたチャンに肩をぶつけながら横切り、登ってきた階段の方へと駆け出した。慌ててクラフトも追いかける。


「待て!何処へ行く!」


「フンだ!アンタだってレプリロイドのくせに!人間なんかの味方しやがって!アンタなんて救世主の後継者だかなんだか言われていい気になってるだけだろ!」


「ええい…とにかく落ち着け!話を聞くんだ!」


「うっさいうっさい!オレのおっぱい揉んだクセに偉そうにすんな!このロリコンセクハラエロ救世主!!」


思わず「んなっ!?」と素頓狂な声を上げる。

「あれは不可抗力だ」と慌てて言い訳するクラフトを無視して、レイラは再び舌を「べー」と見せつけ、逃げるようにその場を去っていった。

それからクラフトは一人「クソッ」と悪態をつく。どうしてこうも伝えたいことが上手く伝わってくれないのか。


「旦那…?どうしやした?」


そわそわと機嫌を伺うチャン。クラフトは「何でもない」と一言だけぶっきら棒に答え、階段を降りていった。













レイラについては一旦自分の中で保留とし、クラフトは本部へと通信を入れた。


「隊長、自分であります」


「ゲンブレムか?」


任務から既に帰投していたゲンブレムが答える。気心の知れた部下が出たことに正直なところホッとした。

気を取り直し、本題を伝える。


「これから俺の視覚データを送る。そこに写っているレプリロイドの所属を教えて欲しい」


「了解であります」とゲンブレムが答えたのを確認すると、データの送信を始める。ネットワークは本部側からサイバーエルフが二重三重に防壁を張り巡らせているので、容易く進入はできないようになっている。

クラフトが送ったのは、先程集落を襲撃した塵炎軍団のデータだった。ゲンブレムは少しだけ奇妙に感じながらも、命令通り解析を始める。そして、本国のデータベースにアクセスし、その所属を確認した。


「塵炎軍団第二十三独立遊撃隊所属、サイモンであります」


「その部隊の隊長は?」


「隊長は……」と答えかけた所で、不意に口篭った。「どうした」と問い詰めると、少しだけ間をおいた後、ゲンブレムはその名を口にする。


「ガラノフ……であります」


その名を聞いた時、ゲンブレムが口篭った意味がよくわかった。なんとも懐かしい名前だった。

戸惑いの色を悟られないようあくまでも冷静に、「了解だ、ありがとう」と短く答え、通信を早々に切った。ゲンブレムが何か言おうとしていたのは分かったが、問われることもなんとなく分かっていたので、聞かないようにしたというのもあった。


「ガラノフか……」


もう一度確かめるように、その名を自身で呟く。


ハンターとなる前――――養成課程でのこと――――共に競い合った、好敵手とも呼べる男のことは未だに覚えている。

ここ数年、会うことも思い出すこともなかった相手が、まさかこのようなところで関係してくるとは。そういえば確かに、奴はイレギュラーハンターとならず、四軍団入りをしていた。塵炎軍団の前線部隊を配属希望にしていたのも覚えている。


よく意見が食い違って衝突したのも、思い出として覚えている。無論、レプリロイドにとってそれは思い出というには淡白な、単なる情報記録に過ぎないのだが。


意を決し、ライドチェイサーに跨る。そして、第二十三独立遊撃隊の位置情報を取得し、アクセルを回した。










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