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[Z-E-R-O]  作者: 村岡凡斎
激闘編
89/125

17th STAGE [A]



―――― * * * ――――



「すまん……これ以上は無理だ」


頭を抱えながら俯き、そう零すコリニーをじっと見つめてから、ネージュはきっぱりと答えた。


「分かっています。今までありがとうございました」


言葉と共に腰を曲げ、頭を下げる。それは間違いなく本心からであった。

顔を上げると同時に、ネージュは右足の踵を基点にして何の迷いもないというように、少しのブレもなく振り返り、そのまま扉へと一直線に歩いていった。

その様子を、同僚たちはチラチラと確認してはいるが、誰も彼女と視線を合わせようとしない。しばらく相棒として働いていたフランツでさえも。

しかし、そのことについては理解している。何のことはない。皆、自分の生活が第一であり、厄介ごとには関わりたくないと言う、ただそれだけなのだ。それは至極当然な思考であり、恨むつもりも睨むつもりもない。

ただ一つ気になることがあるとするならば、自分が退室するまで――――いや、した後も暫く頭を抱えていたであろう、コリニー部長の心境だけだった。



オフィスを出てから、ネージュは小さく伸びをし、空を見渡す。


二週ほど前に書いた記事――――元老院による元老院議長マクシムスへの粛清疑惑に関する記事が原因で、ネージュは公安委員会により一週間程度の取り調べを受けた。

そして、それから暫くの間監視をされ、結果、「オリンポスプレス社退社命令」「ニューオリンピア及びアースガルズ全域からの強制退去命令」が公安委員会より下されたのだ。

これから数日中にミズガルズの外れへと住居を移さなければ、それ以上の刑罰もあり得るそうだ。


政府のことを考えれば、当然の動きと言って良い。現体制に対し、不満があるのも事実であるし、それが如実に表れた記事であったことも否めない。

だが、自分はただ正しいことを伝えようと努めただけだ。事実を捻じ曲げ、都合の良いように社会を牛耳ろうとする輩の方が断じて許すことができないし、それを正しいと認めたくはない。

そんな信条が許されないというのなら、何故ジャーナリストなどという職が、こんな終わりかけの世界でも残り続ける必要があるというのか。


とは言え、今の彼女は職を追われた一介の庶民に過ぎない。「フリージャーナリスト」を名乗って活動もできようが、政府の目がある以上は難しいだろう。結局は生活保護を受けるただの“無職”となるわけで、そんな自分が正義がどうだと吠えた所で、誰の耳に入るわけでも無ければ、説得力の欠片もあったものではない。

そもそもそんな事よりも、今後の生活に関することの方が厄介だ。結局、あのゴミ溜めのようなスラムに逆戻りしてしまうわけなのだから。

過去の記憶、そしてそれと照らしあわせて想像した今後の生活を考えるだけで一際大きな溜息が思わず出てしまう。

そんな憂鬱な気分で見上げた空は、いつもよりやけに狭く感じられて仕方がなかった。


どうしようもない事だと思いながらも、悩まずにはいられない頭を抱えてネージュは街を歩く。この街の無神経な賑やかさに、今の彼女はただ憤りを感じるだけだった。


「あれ?……ネージュ…さん…ですよね」


不意に聞き覚えのある声に呼ばれ、立ち止まる。振り返るとそこには声同様、確かに見覚えのある男――――レプリロイドが立っていた。


「あなたは……確か…」


「あ、どうも。元第一部隊副長、現隊長代理のディックっす」


そう言って微笑みながらディックは軽く頭を下げた。












17th STAGE




    理想の表裏











――――  1  ――――



一歩二歩と、奥へと進むごとに、周りを囲む者達の視線が痛い程に突き刺さるのを感じる。その眼には、本国への憎しみや怒りだけでなく、自分達の塒へと突然足を踏み入れてきた仇敵とも言える相手に対する直接の感情も、当然ながら含まれていた。

だが、相手がたった一人だと分かっていながら、彼らは手を出すことができない。それは力の差が歴然としていることを理解しているからだ。故にその瞳には、怯えの感情も確かに見えた。


荒廃した世界に、過去の遺産とも呼べる廃墟の街を利用して作り上げられたレプリロイド達の集落。その集団のリーダーとも呼べる男の前に立ち、大型ランチャーの銃口を向け、クラフトは問いただす。


「ここに紅いイレギュラーが頻繁に現れると聞いた。本当か?」


突き付けられた厳つい兵器に、相手はあからさまに怯えてみせる。周囲の者達も、身を強張らせているのが目の端で分かった。


「答えれば危害は加えない。俺の目的は紅いイレギュラーだけだ」


そうは言うものの、「ネオ・アルカディアの“飼い犬”とも言えるイレギュラーハンターの言うことなど信用できない」とでも言うように、ただ怯えて身体を震わせている。


『本当か?』――――そう聞いてはいるものの、「本当だ」と答えなければ、この脅迫まがいの尋問を続けるつもりでいることを、クラフトは内心で自嘲した。

だが、しばらく銃口を突きつけていても、男は口を割らない。いや、怯えきってしまい、まともな回答が出来ずにいた。

クラフトは半ば呆れ気味に息をつくと、ランチャーを渋々肩に背負い直す。そして一際大きく声を張り上げた。集落の者たち全てに聞こえるように。


「先日、この集落の者から情報提供を受けた。故に、ここに紅いイレギュラーが出没するという話が真実であることは既に分かっている。隠そうとした所で無駄だ」


周囲を訝しむような目で見回す者たち。無理もない、自分達の中に密告者がいるのだと宣告されたのだから。その様子を見てから、クラフトはさらに言葉を続けた。


「もし君たちが友好的な意志を見せるてくれるのであれば、私は第十七精鋭部隊長の権限を以って、この集落を我々の管理下に置き、保護することを誓おう」


自分を囲むほぼ全ての眼に、動揺が見られたのをクラフトは見逃さなかった。

暫くの沈黙の後、ざわざわと声が聞こえ始める。相談を始めた。クラフトの交換条件を呑むか否かを。その様子から、紅いイレギュラーがこの集落とは本当に関係しているのだろうと揺るぎない確信を得た。

しばらくすると、一人の男がヘコヘコと頭を下げながらクラフトの下へと擦り寄ってくる。


「へへッ……旦那も人が悪いや。そういう話なら最初からそう言ってくださいよ。最初に情報流した俺のことは助けてくださるんすよね?ね?」


「チャン!貴様か!」


男は、どこからか聞こえたその声に、肩を竦める。チャン――――そう言われたこの男こそが、クラフトに情報を流した密告者だった。


「助けてやった恩を忘れやがって!新参が!」


「許さねえ!裏切り者!」


次々と罵声を浴びせてくる周囲に対し、チャンは「うるせぇ!命あってのなんとやらだ!」と怒鳴り返す。

そんなチャンの態度がどうにも気に食わなかったクラフトは、彼と視線を合わせないようにしながら尚も呼びかける。


「脅迫に来たのではない。これは交渉だ。もう一度言う。我々の保護を受けろ」


『我々の保護を受けろ』――――紅いイレギュラーを差し出せ。そう再度要求をする。

クラフトの威圧感に気圧されながら、誰もが頭を悩ませる。皆、紅いイレギュラーを差し出す訳にはいかないと思いながらも、気持ちが揺らぐ。もし要求を受け入れなかった場合どうなるか――――それを想像すれば当然のことだった。

長い睨み合いが続く。重い沈黙が場を包む。


それを切り裂くように鳴り響いたのは、一発の銃声だった。


思わずクラフトは音の方へと視線を向ける。すると、そちらから一人のレプリロイドが慌てたように走り込んでくる。


「リーダー!奴らだ!来やがったぁ!!」


集落のリーダーへとそう叫んだ瞬間、彼の脚に光の弾丸が命中する。「ぐぁっ」と声を上げ、その場に転がった。

騒然とする集落内に、五、六人のレプリロイドがライドチェイサーで乱入してくる。見たところ、全員、戦闘用レプリロイドらしかった。それどころか、よく見れば数体のパンテオンも引き連れている。ライドチェイサーもよく整備されているようで、どうやらネオ・アルカディアの兵らしい。

戦闘に立っているいかにもチンピラのような顔をした男が、下卑た笑みを浮かべながら言い放つ。


「オラオラ!イレギュラー共ぉ!久々に遊びに来てやったぜぇ!ヒャハハハハッ」


クラフトはその男の顔を瞬時に判別する。――――間違いない。塵炎軍団の構成員だ。


総司令官であるファーブニルがヘルヘイムに拘束されてから、元老院より聖騎士団から代理の団長が派遣された。しかしその手腕と統率力は、まさに“流石温厚育ちの貴族様”というところで、それ故に塵炎軍団の統率は乱れ、野盗紛いの行動に出た部隊が少なからずいるという話は、塵炎軍団の一基地の隅を拠点にしているクラフトの耳にも既に届いていた。

もしも彼らの牙がネオ・アルカディアや人類へと向けられるのならば、イレギュラーとして対処しなければならない。しかし、その辺りをよく理解している彼らが襲撃するのは決まってイレギュラー達の集落であり、ネオ・アルカディアに逆らうような動きは一つも見せないことから、処分せよという指令は下されていない。


先ほど声を上げた男が手で合図をすると、部下達はライドチェイサーを乗り回し、集落の者達へ威嚇を始める。そして、女性レプリロイドに関してはその身体を引きずるようにして連れていこうとしていた。

虫唾の走るような光景ではあったが、クラフトは一喝したい気持ちを抑え、息を潜める。

処分対象でない限り、手を出す必要はない。ここで無用な騒ぎを起こすことこそ、好ましいことではないだろう。


――――仕方ない……また出直すか……


そう思った瞬間だった。

目の端に紅い影が跳躍するのを捉えた。思わず、そちらへ勢い良く振り返る。

するとそこには、光の剣を手にした、紅い背中のレプリロイドが確かに見えた。振られたビームサーベルの切っ先は、塵炎軍団員の鼻先を僅かに掠めた。


「ぐっ……!紅いイレギュラー!?」


「くそ!またか!」と男は声を上げ、他の団員に合図する。

百体以上のネオ・アルカディア勢を相手に一人で立ち回り、数体のミュートスレプリロイドを撃破した挙句、あの闘将にまで勝利した。そんな紅いイレギュラーの実力は、既に塵炎軍団員にとって周知の事実であり、彼とまともにやり合う気になる者など何処にもいなかった。

出会ってしまったならば逃げろ――――ミュートスレプリロイドでもない普通の戦闘用レプリロイドならば、それをした所でなんら恥ではない。

かくして塵炎軍団員達は「いつかぶっ殺す」などと情けない捨て台詞を吐き捨て、嵐のように去って行った。


直後、去りゆく塵炎軍団員達の背中を見つめていた紅いイレギュラーの腕を掴み、クラフトは即座に足を払って、その場に組み敷いた。


「油断禁物だぞ…紅いイレギュラー!」


一瞬の隙を突き、紅いイレギュラーを捉えた。落ち着きを取り戻そうとしていた集落内は再び騒然とする。

クラフトは、俯せになった紅いイレギュラーの後頭部にエネルギーガンの銃口を押し付ける。「観念しろ」と声をかけるが、紅いイレギュラーもジタバタと体を動かし抵抗を試みている。


「やッ!やめろッ!!」


「『やめろ』と言われてやめる奴があるか」――――そう言った瞬間、妙な違和感が脳裏に走る。


――――待て


紅いイレギュラーはこんなにも小柄だったか。

いや、それだけではない。先ほどの声も、どこかトーンが高いような気がしてならない。よく見れば髪の色も僅かに違う気がしてきた。

違和感に気を取られていると、紅いイレギュラー(?)は腕を振り、クラフトを払いのけようとしてきた。咄嗟に胸元を抑え、身体を地面に圧しつける。――――と、妙な感触が、抑えた掌に走る。


――――………柔ら……かい……?


じっとその手のあたりを見つめる。自分の目を疑い、何度か瞬きをして、確認する。だが、間違いない。そこには小振りだが、確かに柔らかな膨らみがある。さらに、掴んだ方と別のものがもう一つ横に見える。無論、そちらはクラフトの手が圧し潰していない分、はっきりと曲線を描く膨らみが見える。

それから、おそるおそる視線を顔へと移す。そして、確信した。――――相手は紅いイレギュラーでは無い。いや、それどころか……




「…お…んな……?」




「離せバカぁ!」などと喚き散らし少女レプリロイドは尚も暴れる。

その光景を見ていた集落の者達は、皆、頭を抱える。チャンとクラフトだけが、その少女を呆然と見つめていた。







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