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[Z-E-R-O]  作者: 村岡凡斎
激闘編
87/125

16   [E]



――――  5  ――――



カムベアスの攻撃を紙一重の所で躱しながら、ゼロは基地の外へと飛び出した。

途中、回収したレルピィの報告により、基地内でほんの少しの間だけ復旧したコンピューター伝いに、破壊衝動プログラムが注入されたのだろうという話を聞いた。


天高く登った太陽に照らされて、煌く白い大地。

雪に足を取られないよう気をつけながら、とにかく基地から離れるようにして走った。

疲弊し切った今の状況で、見晴らしのいい場所に出るのは得策ではない。だが、それは敵を倒すことを念頭においた場合の話だ。

カムベアスがこれ以上ネオ・アルカディア側の攻撃を受けてはならないし、敵陣の真っ只中で今の彼をどうこうできるとは到底思えなかった。故に、こうしてリスクの高い選択を強いられてしまったのだ。


だが、たとえ自分の命が危険に晒されようと、カムベアスを救いたいという想いの方が遥かに強かった。


「あいつの脳内に侵入は…?」


「無理!今は完全なスタンドアローン状態で、とてもじゃないけど外部からの侵入は難しいわ!」


如何なレルピィと言えど、侵入口がなければハッキングをかけることもままならない。あるとすれば方法はただ一つ。


「……有線での通信か………っ!」


カムベアスの爪をゼットセイバーで受け止める。だが、なりふり構わない攻撃を受け切れる程の力は既になく、その勢いのまま、ゼロの身体は数メートルほど後方に弾き飛ばされてしまう。


「ダーリン!」


レルピィが悲痛な叫びを上げる。「喚くなよ」とゼロは平気な顔をして起き上がる。だが、当然無事に済んでいるはずがない。ダメージの影響が出始める。

雪を払いのける足の力が弱くなり、足取りが覚束なくなる。雄叫びを上げながら近づいてくるカムベアス。その勢いは留まること無く、同様にゼロの身体を三度もはじき飛ばした。


「もう無理よ!逃げよう!」


これ以上は見ていられないと、ゼロを説得する。だが、ゼロは応じる素振りを見せない。それどころか「黙って見てろ」と一喝する。


状況はこれまでにない程に追い詰められている。

倒すだけなら簡単だ。このまま懐へと飛び込み、切り裂けばいい。勿論容易な戦いではないが、今までの経験から考えれば、十分に勝機はある。

だが、目的は“救う”ことだ。悪しき呪縛から、彼を解き放ち、その命を解放する。それが目的だ。


――――今の俺に……何が出来る…?


ここまで弱りきってしまった自分に、いったい何ができるのか。

そろそろ止めを刺そうかと構えながら、ゆったりとした足取りでこちらへと近づいてくる。もう猶予はない。

その目は虚ろな輝きを放ったままだった。あんなにも愛していた山脈の中でも、破壊衝動プログラムに侵されたその眼は輝きを見せてはくれない。


――――……そんなもん…なのか…


不意に、悲しさと虚しさがこみ上げてきた。

それがいったい何処から来るのか、分からなかった。ただ、目の前のレプリロイドの無惨な姿に、何かを感じたのだ。――――愛した場所の中にいても、何一つ感じることのできない哀れな姿に。


――――そんなもんだったのかよ……


それから湧き上がってきたのは怒りにも似た感情だった。

次の瞬間、覚悟は決まった。


「ボハー…!?」


まともな思考ができるはずもないカムベアスだったが、“獲物”のあり得ない行動に、初めて戸惑いを見せた。

ゼロは身を守るために使っていたゼットセイバーを地面に突き立てた。まるで「もう使わない」とでも言うように。


「ダーリン…何を…」


困惑するレルピィだったが、ゼロは答えない。だが、その表情は諦めの色を浮かべてはいないし、まして、ヤケクソという風にも見えなかった。

ただ、瞳の中に強い意志があることだけは分かった。


「…………違うだろう……カムベアス…」


静かに、しかしハッキリと自身の名を呼ばれ、ピクリとカムベアスの手が反応する。


「俺たちは…レプリロイドだ…」


何とも形容し難い威圧感を纏いながら、ゼロはその場から一歩も動くこと無く、ただ静かに言葉をつなげる。

カムベアスは、戸惑いからか、ただ様子を窺っているのか、ゼロの方をジロジロと眺める。その足取りは先程までに比べて明らかに遅くなっていた。


「俺達は…“感情”を持つレプリロイドなんだよ…」


その言葉に、威圧感に、カムベアスの足は遂に止まった。言葉が通じたのか。想いが届いたのかは分からない。

ただピタリと足を止め、ゼロと視線を交錯させた。

相変わらず虚ろな瞳。それを見つめ、やりきれない想いを噛み締める。


「そんな俺たちが…感情を持つ俺達が……他人の作ったプログラムごときに…いいように動かされるなんて…――――…‥」


フラつく身体を、突き立てたゼットセイバーで懸命に支える。柄を握る手には限界まで力が込められた。

そして、心のずっと奥の方へと、響くことを祈って、叫んだ。


「 違 う だ ろ う !! なあ、カムベアス!!そうじゃないだろう!?」


レプリロイド――――生物を模して作られた擬似生命体。プログラムにただ従い、忠実に動く機械人形ではない。

自分で思考し、選択し、生き方を選ぶことができる。

感情を持っている。

命を奪うことに躊躇いを感じ。傷つけることに憂いを感じ。争いの中に迷いを感じ。平和を愛し、求め、掴みたいと願い、足掻くことができる。

破壊のために生み出されようとも、未来を掴みたいと願う。戦うために生み出されても、強いられても、平和に寄り添いたいと想ってしまう。


白く輝く大地の上で、穏やかな日々を生きたいと祈ることができる。――――そして、それを叶えることも。


それなのに、今のカムベアスはどうだ。

破壊衝動プログラムに汚染され、感情を侵されてしまった。誰よりも平和を愛し、慈しみ、願っていたというのに。その感情は、心は、踏みにじられてしまった。何一つ抵抗することもなく。


「そんな簡単に負けていいもんじゃないだろう!」


突然、カムベアスは「ボハァァアアァァァァアアァ」と頭を抱え、叫びを上げる。明らかに苦しみ悶えている。プログラムと感情の狭間――――カムベアスの自我はそこで足掻いているのだ。

そしてまた、カムベアスの巨体が少しずつゼロへと寄ってゆく。悶えながら、苦しみながら、ゆっくりとした足取りで。自分を苦しめる対象を破壊しようと。そして、楽になろうとしていた。

片腕を振り上げる。ゼロの身体を射程内に捉えて。レルピィは顔を覆う。

その様子に、ゼロはただ叫んだ。想いは届くと、信じて。


「そんなふざけたプログラム如きに負けてしまうような……そんなヤワな魂だったのかよぉ!!カ ム ベ ア ァ ス !!」


心を突き抜けるような悲痛な叫びだった。

刹那、カムベアスの爪は止まった。僅かに触れたゼロの頬から、紅い擬似血液が一筋流れる。その軌跡は、まるで涙のようだった。


「……ゼ…ロ……ぉ……」


喋ることもままならなかった筈のカムベアスが、遂に口を開いた。そして、ゼロの名を確かに呼んだ。


「…カムベアス……」


カムベアスの瞳に輝きが微かに灯る。けれど、それは直ぐに消えてしまいそうな程、弱い光だった。


「ゼ…ロ………ダメ……オデ………もう……できない…」


僅かに意識が戻ったカムベアスだったが、自身の限界が直ぐそこにあることは分かっていた。このままプログラムに蝕まれ、ただの殺戮兵器となるだろう。

『もう……できない』――――プログラムに抗うことも。平和を求めることも。願うことも。

そんな諦めの声だった。


「だが…ら……殺じて……オデ………お前…………殺じたぐ…ない」


ほんの少し言葉を交わしただけだった。けれど、きっと彼がこの世界を救ってくれるのだと思えた。だから、今此処で死んでほしくはない。自分のこの手で殺したくはない。カムベアスの悲痛な願い。

しかし、それでもゼロは諦められなかった。いや、許せなかった。


「『殺したくない』なら…負けるなよ!お前の心の……魂のために!!」


そう思える心はまだ残っている。抗うことがきっと出来る。そう信じたかった。

それに答えるように、カムベアスが叫びを上げた。苦しみに塗れた痛々しい声を。息も絶え絶えに、ゼロの名を呼んでいた。その声は「逃げろ」と伝えるように聴こえた。

それでもゼロは動かなかった。カムベアスから少しも視線を逸らすこと無く。彼の名を叫んだ。


「ボハァアァ……ゼ…ロぉ………」


「 カ ム ベ ア ァ ス !!」


一際大きくカムベアスの名を叫ぶその声は、山脈中に反響しようかという程の大声だった。







その反響が消えると同時に、レーザーの束が一点に収束し、カムベアスの胸を貫いた。









カムベアスは再び振り上げていた右腕を、ピタリと止めた。そして、呻き声を上げながら、雪上へと仰向けに倒れた。

ゼロは呆然とその光景を見届けた。

それからしばらくして、レーザーの軌跡を辿るように、自分の後方へと振り返った。


そこにはレイビット達が並んでいた。

Cを中心に、耳を模して作られたレーザー砲をこちらに向けながら。


そして、この雪山に初めて来た日と同様、状況が整理できないでいたゼロの脳内に、無機質な声が響く。




〔私たちが撃った〕




その声の主がCであることは、あの日と違い、直ぐに分かった。






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