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[Z-E-R-O]  作者: 村岡凡斎
激闘編
86/125

16   [D]



―――― * * * ――――



「おの…れぇ……」


瀕死の身体を無理やり引きずり、ベンハミンはなんとか瓦礫の下から這い出ることができた。

紅いイレギュラーの侵入により、基地内の設備は破壊され、大事な被験体も連れ去られてしまった。動力炉をやられた自分の身体も、もう永くは持たないだろう。

しかし、このままでは終われない。

自身の研究は完璧であった。間違いなくネオ・アルカディアの勝利に貢献する筈であった。その華々しい功績と、成果と、研究者としての栄光を無惨にも砕かれてしまった。


その恨みを返さずして生き絶える訳にはいかない。


辛うじて生きているコンピューターを起動し、キーボードを叩く。基地の監視カメラを確認すると紅いイレギュラーと被験体が支えあっているのが見えた。しかし、すぐそこにはイレギュラーハンターがいる。


「ク……クククククッ……」


ベンハミンは思わず笑みを零した。

最高のシチュエーションだと思った。これまでの研究の成果を確認し、自身の怨念を昇華するのには申し分ないキャストだと言って良い。


破壊衝動プログラムを検索する。しかし、基地のデータベースには既に見当たらない。

それもその筈で、基地内のデータベースは何者か(おそらくは紅いイレギュラーの共謀者)によりクラッキングされ、壊滅的打撃を受けていた。


だが、勿論そんなことは想定済みだ。今のはただ、確認をしただけだ。そして次が大事なのだ。

コンピューター内の防壁を即座に修復し、生きている回線を見つけると、強度の高いプロテクトをかける。

侵入しているクラッカーの手から察するに、ほんの数分あればまた破られてしまうだろう。だが、その数分があれば十分だ。


ベンハミンは慌てること無く懐に手をやると、小さなメモリーカードを取り出した。

それをスロットに差し込み、保存しておいた破壊衝動プログラムのコピーを起動する。


「まだ……試してない…実験が…一つだけ……あったなぁ……」


不気味に頬を吊り上げながら、弱った指でキーボードを叩く。

段階的なプログラムの注入――――それは精神プログラムの崩壊を恐れるがゆえの措置だった。しかし、それは理論と計算から導き出された結果に他ならない。事実として確認されてはいない。


ならば、もし“それ”を行ったらどうなるのか。


プログラムの危険値と、注入値を最高まで引き上げる。そして、その送信を開始した。


間も無く画面上にはプログラムの注入を開始したことを告げるウインドウが提示される。

それと同時に、「うへ…へへへ」と不気味な笑みを浮かべながら、ベンハミンの身体は虚しく床に崩れ落ちた。

しばらくした後、笑い声は止み、彼の機能は完全に停止した。










――――  4  ――――



紅いイレギュラーと共にいるレプリロイドに首を傾げる。

どう見てもミュートスレプリロイドの筈だ。それなのに、何故か紅いイレギュラーと身体を支えあっているように見える。


「……冷静に見ると些か状況が掴めないが…」


躊躇う余裕はない。疲弊しているとは言え、紅いイレギュラーは死に体となっているわけではない。いったいどの様な手を繰り出してくるか、用心して然るべき相手だ。

マイアはビームソードを構える。


「ここで仕留めさせてもらう!」


地を蹴り、跳びかかる。その速度は、髪色のせいもあって、黒い光かと見紛う程だった。

ゼロは「すまん」とカムベアスの身体を壁に預け、引き抜きかけのゼットセイバーでマイアの一太刀目を防いだ。


「見事……だが!」


バックステップを踏み、距離を取ると、そこから斬撃を連続して浴びせる。尋常ならざる剣速は、普通のレプリロイドでは捉え切れなかっただろう。

だが、ゼロはそれを一つ一つ丁寧に捌いてゆく。斬撃を防ぎ、時に力を流し、身を翻し、ダメージを避ける。反撃の糸口は掴めないものの、敵の一撃を受けることもない。根比べとも思える激しい攻防。

しかし突如、マイアが斬撃を止め、倒れこむようにしてその場を離れる。刹那、謎の物体が二つほど、彼女の後ろからゼロに向かって投げ込まれた。

既のところで断ち切ると、それらの物体は斬られた瞬間に爆発して破片を散らした。それらはマティアスが投げ入れた手榴弾だった。破片がゼロの身体に微力ながらもダメージを与える。


「知らせろ、馬鹿!」


自身への配慮がない事に対しマイアが怒る。「いや、気づくと思ってよ」とマティアスは平謝りを返した。

緊張感のない間の抜けた二人の遣り取りを尻目に、ゼロは膝をつく。確かに味方への配慮という点ではどうかと思うが、奇襲攻撃としては成功と言えた。敵ながら天晴である。

だがこの二人、共闘は慣れていないと見える。

それもその筈で、第十七部隊は優秀なハンター達を招集しているとは言え、寄せ集めであることに変わりはない。個々のスキルが高くとも、連携という点で言えば、先ほどのような穴があるに決まっている。そこに勝機を見い出せる筈だ。

僅かばかりの勝機に賭け、反撃に移ろうと構える。


だが、事態は一瞬にして悪化する。


「二人共、どけ」


低い声が廊下に響く。その声を聞くやいなや、マイアとマティアスは壁際へと素早く身を躱す。すると、真っ直ぐ伸びる赤いレーザーポインターがゼロの頭部を捉えた。


「当たれ」


掛け声と共に、直径三十センチ程のビームがゼロ目掛けて放たれる。

ポインターを向けられていることに気付いた瞬間、反射的にその場を飛び退いたことが幸いし、大事には至らなかった。横に流れた髪が若干焦がされる程度で済んだ。

しかし、状況は最悪と言って良かった。


現れた男――――彼の顔と名前は既に覚えていた。


「“救世主の後継者”クラフト……か…」


「伝説の英雄に名を知られているとは…光栄だな」


第十七精鋭部隊長クラフト。まさか彼自ら、ここに来ていたとは。ゼロは思わず舌打ちをする。


「残念ながら、オールオーバーだ。ここまでの手際は見事だったが……この状況を見れば分かるだろう?」


身長と同サイズ程のビームキャノンを右肩に軽々と背負い、左手でハンドガンを構える。そして、真っ直ぐこちらへ歩を進めてくる。威圧感を醸しながら。


「十秒やる。武器を捨て、投降しろ。さもなくば此処で処分する」


「気の短い奴だな……もう少し時間をくれたら喜ぶぜ?」


この窮地で、ゼロは苦し紛れに冗談めかして言葉を返す。だが、クラフトはそれに耳を貸す様子なく、「十…九…」と数え始めた。

「クソ」と悪態をつくゼロ。他の二人だけであれば、まだなんとかなったかもしれない。しかし、目の前にはあのクラフトがいる。

実際に手を合わせたことがないとしても、その佇まいと雰囲気から、彼がどれだけの力を持っているかは直ぐに分かった。彼のこれまでの実績についても知っていたため、出会うことがあれば、苦戦を強いられるだろうことは予想していた。

しかし、このタイミングで遭遇してしまうとは。運が悪いにもほどがある。


クラフトが「五」まで数えた時、のそりと白い影がゼロの前に出た。カムベアスだった。

まるでゼロを庇うような動きに、思わずクラフトも数えるのを止めてしまう。


「ゼロ……逃げろ…」


「なっ!?」


突然の言葉に、驚く。


「ふざけるなよ!何の為にここまで来たと思ってる!」


「感謝じてる………けど……お前…ごこで…死ぬべきじゃ……ない……」


ゼロとクラフト達の間に、カムベアスは仁王立ちする。

クラフトは瞬時にデータ照合をし、彼が冥海軍団に所属している「ポーラー・カムベアス」であることを知る。


――――どういうことだ…?


データによると、ポーラー・カムベアスはこのボレアス山脈研究所において、ある実験の被験体として扱われていた筈だ。それが何故、紅いイレギュラーを庇うような動きを見せるのか。


「ポーラー・カムベアス……――――“氷刃の熊将”と恐れられた冥海軍団の猛将が…いったいどういうつもりだ?」


「クラフト…オデも聞かせで…もらう…。……お前ぼどの男が……何故ごんなぐだらない戦いに……?」


カムベアスの言葉に、クラフトは眉をひそめる。

「くだらない戦い」――――カムベアスは確かにそう言った。


「……どういう意味だ?」


クラフトの問いに「ぞのままだ」と答え、カムベアスは懸命に踏ん張り、自らの体を何とか支えて立ち続ける。そして、クラフトから少しも視線を離さずに、睨みつける。


「ごの男を……殺じた所で………………平和が来るのか?」


クラフトの身体が思わず強張る。


「ごいつ一人を殺じた所で……人類が守れるのか?イレギュラー共を殺じた所で…世界に平和が来るのか……?……ごんな戦いに………ごの戦争に……命を懸けで……いったい何が得られるんだ?」


ボレアス山脈という辺境で。世界の片隅のような場所で。命を懸けてただ一人のイレギュラーを処分した所で、いったい何が変わるというのか。

命を懸けて今眼の前にいる敵を討ち果たしたところで、本当に掴みたいものを掴むことができるのか。


「壊じて……殺じて…………何が残るんだ?」


その言葉は、重くクラフトの心にのしかかった。前線で数多くの、“イレギュラー”と呼ばれた同胞達を処分してきた男の言葉。それはそのまま真実を映し出しているように聞こえた。

そして、それはゼロにも同様に突き刺さっていた。

カムベアスは尚も言葉を続ける。まるで命を振り絞るように声を荒げる。


「第十七部隊?…救世主の後継者?……聞いで呆れる!ごの雪山を見で……純白の世界を目に焼き付けで……何も思わながっだのか!?」


今現在世界を包んでいる戦争の渦。そこから外れた辺境の山脈。白銀に輝く平和な世界。

その中でしばらく過ごすうちに、Cと言葉を交わし分かり合うことで、カムベアスは確信した。


「今やるべきごとは、ごんなごとなのか!違うだろう!!」


壊すことも、殺すこともしないまま。共に手を取り合い、互いに助けあい、笑いあい――――そんな風に生きることができるはずだ。今からでもきっと。

クラフトは思わず唇を噛み締める。そんなことはとうの昔に分かっていた。同じ事を願い、想いもした。

しかし、それでも……――――……‥


「理想だけを吠えたところで、救える世界ではない!」


声を荒げ怒鳴り返す。

イレギュラーハンターとしてネオ・アルカディアを守り続けるうちに、彼が辿り着いた答えはそれだった。いや、それだけだった。

掲げたい理想がないわけではない。命を奪わないまま平和を勝ち取れたなら、それに越したことはない。

しかし現実に、平和を乱そうとする輩は後を絶たない。時に己の利益のために、生存のために、信念のために…………世界に国家がたった一つとなった今でさえ、心が完全に一つになってはくれない以上、争いは大なり小なり、必ず生まれてしまう。


それならばどうするか。

そこでクラフトは戦うことを誓った。人間のために。か弱く尊い命のために――――


「その男の存在がネオ・アルカディアの平和を脅かすのは事実だ。それならば、俺はイレギュラーハンターとしてその男を処分する」


愚直と呼べばそれまでかもしれない。しかしそれでも、人類の脅威と成りうる者を処分すると誓った。排除し続けると誓った。


「それが俺の使命であり、存在意義だ!」


クラフトにとって、それが全てだった。

カムベアスはそれを聞き、「仕方ない」とため息を吐いた。そして弱った身体で構えを取る。

残念ながら戦闘は避けられないらしい。それならばこの男だけは護ろうと思った。


「逃げろ……ゼロ…早ぐ」


先程の遣り取りから確信した。

多くの者達の命を真に救おうと足掻いている彼こそが、この世界をきっと真の平和に導いてくれるだろうと。

だからこそ、この男を此処で死なせてはならない。自分如きのために、命を散らせるようなことはあってはならない。


だが、ゼロは無理やりカムベアスを押し退け、前に進み出た。


「ゼロ……お前……!?」


「言っただろう……俺は…“ヒーロー”なんだよ」


自ら「そうあろう」と決めた。死にゆく者を、危機に瀕した者達を救いたいと思い、戦おうと決めたのだ。これから先、ずっと。


「だから、こんなところで……我が身大事に引き下がる訳にはいかないんだよ。……じゃないと…俺は“あいつ”に合わせる顔が無いのさ」


ゼットセイバーを両手で握りしめ、再び構える。しかし、「だけどよ」とカムベアスに視線を向ける。


「こんな馬鹿げた旅路にお供してくれるってんなら……いつでも大歓迎だぜ?」


カムベアスはその言葉に嬉しそうに微笑み返す。そして、共に戦闘の構えをとった。


「どうやら二人共……処分されたいらしいな」


クラフトがハンドガンを再び構え直す。すると、ここまで黙って聞いていたマイアとマティアスの二人も、それぞれの武器を構えなおした。


「その信念や見事……だが、我が剣はそれでも貴様の首を刈り取ってみせる」


「めんどくさい話はともかくとして……この状況で取り逃がすわけには行かないんだよ。俺達にも面子ってもんがあるからな」


どこか活き活きとした表情で構える二人に、クラフトが「注意しろ」と警戒を促す。


「いくら疲弊しているとは言え、相手はあの二人だ……。全力でかかれ」


その言葉に「了解」と威勢よく答える。

二対三――――……他のフロアを張っていた残りの隊員達が合流すれば二対七となる。しかし、そんな圧倒的優位な状況であっても、クラフトは尚も気を緩めることが出来なかった。

状況的にも、体力的にも、そして精神的にも追い詰められてしまっているというのに、二人の目には未だ強い闘志が漲っている。いや、むしろ先程よりも強く輝いていると言っていい。

ともすれば、容易に状況が逆転してしまうだろうと、直感が告げていた。

しかし、「それでこそ」と思う自分がいるのも確かだった。それは味方の二人も感じているに違いない。だからこそ、二人の表情はこんなにも活力に満ちているのだろう。


張り詰める緊張感。先に手を出すべきか、後の先を狙うべきか……互いの手を読み合う内に時が流れる。ほんの数秒が数十分にも思える重い沈黙。



それを一瞬にして引き裂いたのは、基地中に響き渡るような“絶叫”だった。



その場にいた者達は皆、その声の主へと視線を移す。

叫び声の主――――カムベアスは自身の頭部を両手で抑え、ひたすら言葉にならない叫びを発し続けた。


その光景に唖然とし、戦闘のタイミングを誰もが見失う。

そして、その叫びが止むと、カムベアスはだらりと両手を下に垂らした。


「……カムベアス……………?」


ゼロの声に、カムベアスは何一つ反応を見せようとしない。いや、それどころか雰囲気がおかしい。先程までの様子とはガラリと変わった、何処か禍々しいものを感じる。

瞳は次第に虚ろな輝きを見せ始め、異様な殺気を放ち始める。そして、鼻息もまただんだんと荒くなってゆく。


その光景はまさに――――……‥


呆然と見つめていたクラフトの視界に、マイアが強く踏み込むのが見えた。突然の異常事態に生まれた、紅いイレギュラーの隙を突かんと、ビームソードを構えて飛び込もうとしている。

だが、クラフトの感じた異様な雰囲気が、警告する。今、“奴”の射程内に入るべきではないと。


「待て!マイア!!」


しかし、その言葉が耳に入るより先に、マイアの足は地を蹴っていた。紅いイレギュラーがこちらの気配を察知するより早く、その首をはねるために。


――――覚悟っ!!


横一線に、光の刃を振りぬく――――筈だった。

「ボグッ」と鈍い音が身体の芯から響くのを感じる。次の瞬間、マイアの華奢な体は壮絶な勢いで壁へと叩きつけられていた。「カハッ」と擬似血液を吐き出す。


「マイア!」


マティアスが名を呼び駆け寄る。クラフトはその状況を呆然と見守った。

ゼロは直ぐそこにいる、カムベアスをじっと眺めていた。


「カムベアス………お前………」


マイアを片手で軽くはじき飛ばした。彼女の勢いに臆すことも、まして嫌いな暴力を振るうことに躊躇うこともなく。殺意のみを纏ったままに。


「お前……まさか…」


間違いない。「破壊衝動プログラム」が起動している。それも、今までとは比べものにならない程の強制力を持って。



「逃 げ ろ !」



思わずゼロはそう叫ぶ。しかし、その声よりも先に、カムベアスは雄叫びを上げながら、瀕死のマイアを抱き上げるマティアスへとその拳を振り上げた。

既のところでカムベアスの右腕はマティアスを外れる。その軌道は、クラフトが咄嗟に放ったハンドガンにより逸らされた。


「戻れ!マティアス!……急げ!」


しかし、カムベアスの左腕がマティアスの横っ腹を狙い振り回される。その氷の爪を、今度はゼロがゼットセイバーで受け止める。

命からがら、マティアスはクラフトの下へとマイアの身体を運び込んだ。


「おい、マイア!しっかりしろ!」


名を大声で呼びかけても、マイアは虚ろな目をしたまま返事をしない。どうやら人間で言うところの気絶に近い状態に陥っているらしい。


「マティアス、マイアを担いで後退しろ。あれは危険だ」


クラフトはそこに仁王立ちし、ビームランチャーを構える。

マティアスは悔しさに奥歯を噛み締めながら、「了解」と答え、命令通り、マイアを担いで後方へと退がった。

ゼロをはじき飛ばしたカムベアスがクラフトへと駆け出す。その勢いに半ば気圧されながらも、クラフトはビームランチャーの照準を合わせ、引き金を引いた。

だが、その危険の匂いを感じ取ったのか、銃口からビームが放たれるよりも早く、カムベアスは地を蹴り、跳び上がる。空を切るビームの真上――――突き抜けるかという程の勢いで天井に身体をぶつけ、そのままクラフトの眼前に「ドスン」と着地する。床に亀裂が走る。


「くぉッ!」


咄嗟にランチャーの先から銃剣を突き出し、カムベアスの爪を受け止める。

先程までの疲弊仕切っていた様子が嘘のように、目の前の白熊は俊敏かつ重厚な動きを見せ、襲いかかってきている。本能のままに、獲物を狩ろうとしている野生の獣のように。

受け止めた掌から、急激に冷気が噴き出し始める。


「しまった!」と声を上げた時には既に遅く、あっという間にクラフトのランチャーは凍りづけにされ、それを握っていた両腕の自由も効かなくなってしまう。

そのままカムベアスはもう片方の腕を振り上げる。だが、後方からの気迫を察知したのか、咄嗟に振り返り、自身の項を狙って振り下ろされたゼットセイバーを受け止めた。


「そうだ……コッチに来い!」


「遊んでやるよ!」とゼロは挑発的な声を上げ、後方へ跳び退く。それを追いかけるように、カムベアスも地を蹴る。そして、横へ跳んだゼロの身体目掛けて再び右腕を振る。ギリギリで躱したゼロの後ろの壁が、カムベアスの打撃で崩れた。

ゼロはカムベアスへと刃を振り、掠り傷を負わせると、その穴から向こう側へと抜け出す。それを追うようにしてカムベアスもそこから抜けだしてしまった。


クラフトはその攻防を目で追った後、立ち去った脅威に素直に安堵し、腰を降ろした。


「隊長……紅いイレギュラーは…」


「いい、マティアス。予想外の事態が起きた。これ以上の追撃はいらない」


そう言って、駆け出そうとするマティアスを引き止めた。


「それより、シメオンに連絡だ。救護班を回すようにな。――――マイアが相当危険だ」


「了解」


氷漬けにされた腕を下ろし、同時に胸を撫で下ろす。

それから沸々と湧き上がる、自らの非力さと、任務の失敗への悔しさをぶつけるように、凍ったままのランチャーの柄で床を勢い良く殴り付けた。







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