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[Z-E-R-O]  作者: 村岡凡斎
激闘編
83/125

16th STAGE [A]



―――― * * * ――――



『…………ごこはいいトコだなぁ』


顔を上げ、辺りを見渡す。つられてCも同じように見渡す。

白銀の世界――――同胞の残骸も、争いも、それを許容する無情な荒野も、ここには見つからない。静かで、優しい時だけが包む真っ白な世界。


『……いづか、あの人にも見ぜてあげだいなぁ。……あの人は綺麗で……優じいから……きっと戦場なんかより、ごこの方が似合ってると思うんだ』


《愛していたのか?……その人を》


Cの問いかけに、カムベアスは苦笑しながら首を横に振る。


『いやぁ…ぞんなんじゃあねえよ。けれど…そうだなぁ……』


その気品に憧れていたのは確かかもしれない。ミュートスレプリロイドとして、主を護りたいと言う使命感があったことも否定できない。しかし、それ以上に――――


『あの人は……いづも何処か寂じげでな……』


懐かしむように目を細める。

『裏切ってしまったのかもしれない』と、今更ながら後悔を感じていた。

今でも覚えている。あの人は、ミュートスレプリロイドでありながら戦いから逃れようとする自分の申し出を、少しだけ哀しげな瞳をしながらも、ほんの僅かにも躊躇うこと無く受け入れてくれた。

しかし、だからこそ忘れられない。

彼女の信頼を、過去を、弱さを知りつつそれらに目を背け、茨の道から逃れようと背を向け彼女の前から去った。

そんな自分の弱さを彼女は赦してくれたというのに、自分はもう何一つ返すことはできないだろう。


流れる雲を、黙り込んだままカムベアスは目で追いかける。


《……見せればいい》


ポツリと呟くように、Cの声が脳裏に響く。


《『見せたい』と思ったならば見せればいい。いつかこの場所にその人を連れてくればいい》


思わずCの瞳を見つめる。表情を表すことなどできるはずがないアイカメラのガラスカバーが、その時はどこか力強く確信に満ちた微笑を浮かべているように見えた。


《優しいその人は、きっと君の厚意を受け入れてくれる。きっとこの場所を、気に入ってくれる。君が今、この場所を愛しているように》


『本当にそうだろうか』と問い返そうとした。けれどCの眼差しに、その強い輝きに、カムベアスは返す言葉を見つけられなかった。代わりに溢れたものは優しい、心からの笑顔だった。



「貪り尽くす者」の名を冠するボレアス山脈。しかし、その厳つい名称とは裏腹に、そこには争いも、哀しみもない平和な世界が広がっていた。

Cの言葉通り、カムベアスはこの地を愛していた。きっと彼女も――――いや、この景色を目に焼き付ければ、他の如何なる者達もこの場所を愛してくれるだろうと思えた。


同時に、「もしも世界中がこの山脈のようだったら」と、思わずにはいられなかった。












16th STAGE




   世界を覆う

     白雪の上で













――――  1  ――――



専用武装である「フロストジャベリン」を所持していなかったことを後悔した。

今回は査察だけで、こんな辺境の地で戦闘状態に――――しかも、かの紅いイレギュラーと出会してしまうとは思いもしていなかったために、本国に置いてきてしまったのだ。

とは言え、こうも簡単に後ろを取られてしまっては自慢の愛槍があったとしても、どうにもならなかったことだろう。


「こんな辺境に何の用かしら?」


レヴィアタンは喉元に当てられたビームの刃を睨みつつ、彼の目的を問いただす。あくまでも毅然とした態度で。凛とした声色で。


「…ちょいと“正義の味方ゴッコ”でもやらせてもらおうかと思ってよ」


ゼロは冗談めかして答える。笑みを浮かべてはいるが、内心、どんな罠が待ち受けているか分かったものではないと、センサーの感度を最大限に発揮し、警戒し続けていた。


「“正義の味方ゴッコ”?」


「そ。名付けて『白熊救出大作戦』ってとこかな」


「白熊救出大作戦」とまたしても冗談めかして答えるゼロ。だが、レヴィアタンはその言葉に強く反応する。


――――まさか……


ベンハミン達の報告から、カムベアスがレイビット達と親睦を深めていたこと、レイビット達が意思を持っていたことを知っていたレヴィアタンは、彼のその一言からある仮説を立てる。

レイビット達は何らかの方法を用いて紅いイレギュラーと交信し、カムベアスの件を彼らが望む方向へ解決することを依頼した。そして紅いイレギュラーはそれに応じ、このボレアス山脈へと足を運んだのではないだろうか。

いったい彼にどんなメリットがあるかは不明だ。しかし、先程の「白熊救出大作戦」という単語から察するに、そう考えれば辻褄が合う。

成程、確かに“英雄”と呼ぶに相応しい行動であると、半ば呆れ気味にレヴィアタンは納得した。


――――しかし、それならば……


レヴィアタンは一人、静かに考える。妖将としての責務、四天王としての尊厳。気に食わない計画、科学者達の欲望。信頼していた部下、その哀れな末路――――…‥

そして今、自身の命を脅かしている紅いイレギュラーの存在。

あらゆる要因を秤に掛け、思考を巡らす。

ふと、ビームの刃から目を逸らし、当たりを包む雪景色を見つめる。そして、一つの答えに辿り着いた。


それは、驚くほど自然な動きだった。殺気も闘気も感じさせぬまま、レヴィアタンは後ろ髪を掻き分け自分のうなじを露わにし、外部接続用のインターフェースを惜しげもなく晒した。

余りに自然過ぎたため、ゼロは自分が警戒を緩めていたことに、その動作を見送ってからようやく気付いた。


「動くなと……!?」


レヴィアタンの指が、インターフェースを軽く叩いて示す。接続を呼びかけているように見えた。


「……どうしたの?」


そのまま黙り込んでしまったゼロに対し、僅かに後ろを向き声をかける。


「あなたの欲しいものはここにあるわよ?」


レヴィアタンが所持しているであろう、基地内のマップデータ等の内部情報はそこから入手することができるだろう。

だが、それに素直に応じることなどできるはずもない。

電脳戦に持ち込まれたとしても、いくら情報戦の雄として名高い冥海軍団の団長とは言え、サイバーエルフを所持していないレヴィアタンに対して、サイバーエルフを所持しているこちらが圧倒的有利なのは確かだ。方法によっては精神プログラムへの攻撃も可能である(もちろん、成功したとしてもサイバーエルフは無事に済まないだろうから、そのようなことをするつもりはないのだが)。

ともすれば、彼女しか知りえないネオ・アルカディアの機密を入手することもできるかもしれない。

状況は明らかにゼロが優位に立っている。立ち過ぎている。だがそれ故に、こうも素直に情報を明け渡そうとする彼女の行動が不可解でならなかった。


「……焦らされるのは好きじゃないの、“する”なら早くして」


扇情的な笑みを浮かべ、そう急かす。しかし、そこには殺気や闘気だけでなく、敵意すら微塵も感じられない。それが益々ゼロを不安にさせる。

だが、迷っていても仕方がない。


――――こちらにはレルピィがいる……


左腕に装着したコアユニットを見つめ、意を決する。ペロケが特別に調整した彼女がいる限り、万が一のことがあろうとも遣り過ごすことができるだろう。

ゼロは自身のうなじに手を伸ばし、ケーブルを引っ張り出すと、レヴィアタンのうなじのインターフェースに接続した。








直後、ゼロの脳内に幾つかのデータが一斉に送り込まれた。「やはり罠だったか」と軽く舌打ち、レルピィを瞬時に電脳内に走らせてそれらのデータの対処に当たらせた。

一瞬でも気を緩めてしまったことを悔やんだ。もしもネオ・アルカディアが特殊なウイルスデータを開発し、こういう状況に備えて彼女が所持していたとしたら――――レルピィでも対応しきれなかった場合、それは即ち“死”を意味する。その想定ができていなかったのは手痛い失態だった。

だが、そうしたコンマ数秒の自責の後に、レルピィがゼロに示したのは以外な事実だった。


〔ダーリン、落ち着いて。これ、全部無害よ。……それどころか……――――〕


レルピィの声につられて、ゼロもそれらのデータを確認する。驚いたことに、送られてきたのは基地内のマップデータ、構造、警備用メカニロイドの配置等、潜入するためには欠かせない情報ばかりであった。


〔ボレアス山脈の研究所は大きく三つの棟に分かれているわ〕


不意に、脳裏にレルピィとは違う声が響く。その主は間違いなく、今目の前にいる彼女以外に考えられなかった。


〔要塞設備の管理を担ったコントロールルームがある十二階建ての中央棟。冥海軍団の兵舎などの施設を複合した三階建ての西棟。そして研究、実験関係の備品や被験体の調整、及び保存場所として使用される五階建ての東棟〕


マップが詳細に示されてゆく。東棟のとあるポイントが強調され、そこまでの道筋も示される。


〔あなたの目当ての“白熊”はここにいるわ〕


そこは、ポーラー・カムベアスが軟禁されているメンテナンスルームの所在地だった。

勿論、ゼロには確認のしようがないため、こうも容易に要求を満たされては、逆に疑惑を抱いてもおかしくはなかった。しかしどうしてか、ゼロは淡々と説明を続ける彼女の声を、素直に受け入れるつもりになっていた。


〔これより二時間後、私は一旦ここを離れる。それから三時間後に“紅いイレギュラー”討伐のために冥海軍団の増援を引き連れて戻ってくるわ〕


その情報は、間違いなく機密と言ってよかった。紅いイレギュラー――――即ち、ゼロ討伐のための部隊がそのタイミングで来るというならば、絶対にそれ以降の時間は避けねばならない。


〔また、第十七部隊が戦略研究所職員の要請に応え、紅いイレギュラー討伐のための戦力を整えているという情報を耳にしたわ。おそらく……確実とは言えないけどこちらも三時間程度の時間を要すると見ていいでしょうね〕


またしても機密情報を、平気で晒してしまう。こうも軽く明かされてしまっては、信じて良いのか流石に躊躇してしまう。しかし、その真偽がどうあれ自分の侵入が敵側にとって周知の事実となっているのは間違いないだろうし、仮にそれが偽りであったとして、何の情報も所持していなかった時よりも警戒しやすくなったのもまた確かである。となれば、ここはこの情報に乗せられてみるのも悪くないかもしれないと再び納得する。


〔つまり、“妖将レヴィアタン”と、第十七部隊が同時に不在なのは、これから二時間後からのおよそ一時間……ってことになるわね〕


わざわざ自身の名を強調するのは、基地内で出会えば、現在のような気晴らしの散策中に起きた突然の遭遇とは、対応が違うという意志の表れなのだとゼロは理解した。

その遣り取りの後、レヴィアタンは一方的に通信を打ち切り、自身のインターフェースから接続端子を引き抜き、ゼロに投げ渡した。










「何故……ここまでする?」


受け取ったケーブルをうなじに仕舞い込んだ後、思わず問いかける。喉元に突きつけていたゼットセイバーの刃先は、既に地面に向いていた。


「“ここまで”…って?」


またしてもレヴィアタンは妖艶な笑みを浮かべた。

自分のしたことが分かっていないのか、その表情からはまるで悪気を感じない。


「……これは明らかな裏切り行為だろう」


一軍団の将である前に、彼女はあの四天王の一人だ。救世主への忠誠が揺らぐことなど、まず考えられない。

だが彼女は今、自身が預かる要塞基地の情報を、紅いイレギュラー討伐のための計画を、仇敵である紅いイレギュラー本人に自ら漏洩させてしまった。それも何の躊躇いもなく、脅迫的に要求されるより先に、何の悪気もなく……である。


「“バレてしまえば”、私は処分されるでしょうね」


またしても「フフフ」と軽い笑みを零す。「バレてしまえば」と強調するのは、つまり「バレなければ良い」という意図の表れだった。

ゼロには不可解過ぎて仕方なかった。罠を貼っているにしては、殺気も敵意も全く感じられない。この状況でも救援要請を出しているかと思えば、敵襲を受ける気配は全くない。それどころか、ゼットセイバーを下ろした今ですら逃げ出そうとも、戦おうともしない。

ここまでのやり取りで確信できるのは一つ。おそらく先程、提供してくれたデータは真実だろうということだ。根拠も何も無いのだが、それだけは間違い無いと思えた。


「処分されると分かっていて……何故だ?」


問いを繰り返す。レヴィアタンは少しだけ面倒くさそうに溜息を吐くと、雪景色に再び視線を移す。


「“気に食わない”……ってだけじゃダメかしら?」


「破壊衝動プログラムのネットワーク媒介注入計画」が気に食わないというのは実際、レヴィアタンにとって正直な気持ちだった。だが勿論、レヴィアタンにとってもそれが全てではなかったし、ゼロがこの裏切り行為を理解するにも、動機として不十分であった。「けれど」とレヴィアタンは言葉を続ける。


「私にどんな意図があろうと、あなたは情報を手に入れた。それで十分じゃない?――――勿論、それが真実かどうかの判断は必要でしょうけど…ね」


彼女の言うとおりだった。

これ以上の押し問答は、いくら続けようと無駄だろうとゼロは観念し、ゼットセイバーを左腕に仕舞い込む。そしてレヴィアタンに背を向けた。


「あら、帰るの?丸腰の美女が目の前にいるのに。……好きにしてくれて構わないのよ?」


「悪いが、お前ほどの美女を初対面で平然と襲える程の度胸は無いのさ。何処に“棘”があるかも分かったもんじゃない」


「案外、ウブなのね」


レヴィアタンはまたしても笑みを零す。


「言っとくけど、基地内の至る所でDNAデータの照合が必要になってくるから、今の情報だけじゃ侵入は容易じゃないわよ」


「その辺は慣れっこさ。どうとでもできる。――――敵とは言え、女を組み敷いてまで、これ以上のアドバンテージを得るつもりは無いしな」


「むしろ貰い過ぎだ」と苦笑する。元々、「出たとこ勝負」だと覚悟をしていたくらいで、この遭遇と情報入手は幸運と言って良かった。

ゼロはそのまま地を蹴り、駆け出した。背中から「また会いましょう」と声を掛けられたが、それに応えはしなかった。

「ここで斬っておけばよかったかもしれない」と罪悪感に似た感覚が胸の奥に渦巻く。この先も、そう思うことがあるかもしれない。きっとその時は、手遅れなのだろうが。

しかし、彼女の真意を確認できない以上、それをすることは、ゼロにはどうしても出来なかったのだ。

今はただカムベアスの救出にのみ専念しようと、ゼロは戸惑いを風とともに振り切った。


そうして雪原に刻まれた足跡を視線でなぞり、レヴィアタンはどんどん小さくなってゆく紅い背中を見つめる。


「所詮はレプリロイド」――――先程、胸に突き刺さるようにして心に浮かんだ言葉を反芻する。


感情も、思い出もプログラムの力に押し負けてしまう運命なのだろう――――そう割り切っているつもりだった。

しかし、ついさっきの自分の行動はどうだ。

結局は今も、微力ながら、僅かながら、どうにか抗おうとしていた。どうにかして運命を変えようと裏切りにまで手を伸ばした。その様はきっとレプリロイドとしては愚かで滑稽だろう。

けれど、それでも構わないと思えた。


そうしてまた、美しい白銀の世界を見渡す。

綺麗で平和なそこは、先程よりも輝いて見えた。


「私……此処、好きよ」


誰にともなくそう呟く。


そして、静かに祈った。









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