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[Z-E-R-O]  作者: 村岡凡斎
激闘編
82/125

15   [E]



――――  5  ――――



青い髪を靡かせながら、レヴィアタンは一人雪原を歩いていた。遠方には険しい山々が連綿と続き、陽光が白銀の大地を一際白く輝かせている。

その美しさに溜息の一つも吐きたいところであったが、彼女の心の中はそのような幻想的な風景に浸る余裕などなかった。そう言った余裕が欲しいからこそ、息が詰まる様な研究室の外にこうして出てきたわけだが、それでも彼女の心は容易く晴れてはくれない。


「予定外試験」――――ベンハミン達がそう呼び、行なっていたもの。それは破壊衝動プログラム作動中のカムベアスに、彼の友人とも言うべき旧型メカニロイド達の群れを攻撃、殲滅させることだった。


事前に予定していた試験においては、破壊衝動プログラムは十分な結果を弾きだした。しかし、そこに一つの穴が見つけられた。

破壊衝動プログラムにより、非攻撃的な感情は塗りつぶされ、より好戦的な行動をとるはずであった。だが、カムベアスはプログラムに身を任せても尚、レイビットたちを傷つけることが出来なかったのである。

プログラム注入後の野外模擬戦闘を行った際に、偶然発見されたこの穴は、計画のコンセプトに対し大きな影であり、見過ごすことのできない重大な欠陥に成り得た。友への情を切り捨てられない今の状態では、このプログラムは完全とは言えない。あの時ベンハミンが口篭った訳がよく分かった。


しかし、計画の中止や凍結を決定する理由としては余りにも弱かった。事実、紅いイレギュラーに遮られはしたものの、カムベアスはレイビットへの攻撃行動に成功し、その欠点は解消されようとしている。

やり切れない複雑な想いが胸を締め付ける。


――――所詮、私たちはレプリロイドなのよ……


正直な所、抗って欲しいと願っていた。

大切な者との記憶を、思い出を、時間を裏切るような行為を、それを強制するプログラムなどには屈して欲しくないと思った。

そういった類の物が、恒久的なものであると信じたかった。

だが、現実は冷ややかにその喉元へと刃を突きつける。「所詮はレプリロイド」――――生物の形を成した模造人形。感情も、思い出もプログラムの力に押し負けてしまう運命なのだろう。


だから、この胸に残る「あの人」の記憶も、ただのデータに過ぎず、やがては不要なものとなるのだろう。


――――カムベアス……


先刻のやり取りが心の隅に焼き付き、離れようとしてくれない……‥‥












―――― * * * ――――



『久しぶりね、カムベアス』


整備用カプセルのカバーに手を当て、懐かしそうに声をかける。

つい先程まで閉じられていた瞼が開き、黒い瞳がレヴィアタンを見つめる。


『……妖…将……ざま…』


僅かに残った自我と、本来の思考を振り絞り、言葉を発する。


『……ベンハミンから話は聞いたわ』


「予定外試験」まで、全ての事情を洗いざらい聞き出した。


『貴方らしいわね、旧型メカニロイドに肩入れだなんて』


「フフッ」と優しく微笑む。まるで現実を誤魔化しているようだと我ながら思った。

不意にカムベアスの手が弱々しく動き出す。そして、カバー越しにレヴィアタンの手と重なる。


『オデ……全部…覚えで…る……』


震える口が発するその言葉の意味を理解した時、レヴィアタンは唇を噛み締めた。


プログラムに支配された身体で受けた試験、模擬戦闘。レイビット達と対峙したこと、傷つけたこと、殺そうとしたこと。そして紅いイレギュラーと交戦したこと。


『全部……オデ…やった……』


仲間を庇うようにして立ちはだかったCの姿。自分を庇うようにして紅いイレギュラーとの間に入ったCの姿。


『全部…覚えで…る…』


『悪い夢よ』


カムベアスの虚ろな瞳を見つめながら、ただ一言、そう言い放つ。


『――――覚めれば忘れられるわ』


その夢が覚める時はいつなのか。そう問われても、彼女は答えを持ちあわせてはいなかった。

静かに手を離し、振り返る。そして扉に手を掛けた。すると、背中の方から軽い笑い声が聞こえた。


『……あなだ……やっぱり…優じい…人だ…』


『え…?』


思わずカムベアスを見つめる。カムベアスもまた、彼女のことを見つめていた。


『あなだ……戦場に…いるべきじゃ…ない』


『……何を馬鹿なことを』


妖将として生まれた。四天王の一人、救世主を守護する戦士の一人として創りだされた。この身体はネオ・アルカディアを守る歯車の一個でしかない。戦場に立たずして、いったいどこに立てと言うのか。

そう、“妖将として生まれた”。


『オデ…知ってる……あなだ………過去………………哀しい…背負っでる…』


『カムベアス……あなた…』


誰よりも理解してくれていたのかもしれない。だからこそ、誰よりも信頼できたのだろう。そう、今になって気づく。

もしも前から分かっていたなら、あの申し出を受け容れず、ずっと側に置いていたかもしれない。そうすれば、誰も傷つかずに済んだかもしれない。


だが、時既に遅い。今ここにいる“彼”はもうじき消える。


『ごこ……綺麗……平和……あなだ…ぴっだり…』


微笑みを浮かべ、言葉を振り絞る。いつかこの雪景色を見せたいものだと思っていた。平和な白銀の世界を。


『だから………ずっと…ごこに……』


『もういいわ』


言葉を遮る。これ以上聞いてしまえば、耐え切れなくなる。


『ありがとう、カムベアス。――――あなたのそういうところ、嫌いじゃなかったわよ』


そう言って微笑みを返す。だが、その笑みはすぐに消え、レヴィアタンは再び背を向ける。


『けれど、私は冥海軍団団長“妖将”レヴィアタン。戦場に背を向けることは生涯あり得ない』


そう言って扉を開く。そして、ただ一言だけ最後の言葉をかける。


『さよなら』


それが届いたかどうかは分からないが、今生の別れに等しい瞬間だったと互いに確信していた。












―――― * * * ――――



見渡すかぎりの白い世界を哀しげな瞳で眺める。


「私は……“優しい”わけじゃない」


成程、確かにここは綺麗で、平和な場所だ。けれど、ここに立ち続けることは叶わない。背負った使命が、役目が自分にはあるのだ。

この戦争の中、救世主を護り、彼が創り上げた理想郷を、そこに住む人類を守るという大きな役目が。

だがそれ以上に、この胸に強く突き刺さるのは過去の記憶。


恨み、呪い、拒絶し、記憶の隅に追いやろうとしたもの。思い出せない、「あの人」の言葉。


誰よりも愛した人の言葉。


「私は…弱いだけよ……」


過去と向き合うことを恐れ、拒絶し続けている。使命と役目を盾に、戦場へと身を投じることで逃げ続けている。それだけだ。

そんな自分に、この美しい場所に立ち続ける資格などないのだろう。












「一瞬の隙が命取りだぜ」












気付いたときには既に鮮緑の刃が首に当てられていた。

「しまった」と心のなかで悪態をつく。感傷に浸っている内に、索敵を怠っていた。センサーの感度には自信があった。普段ならばどれだけ気配を消されようと、後ろを取られるようなことなど無かったはずである。


――――最低の失態…ね……


情報があったというのに……この男が基地の周辺まで来ていると知っていたのに、警戒を解いてしまった。まさに「何たる不覚」。


「まさか……こんなところで会えるとは思っても見なかったわ…」


「俺もさ。こんな美女が辺境の雪山を一人散策してるなんてのは予想外だったぜ。なかなか似合ってたが。……おっと、変な動きはしてくれるなよ?」


振り向こうとするレヴィアタンに対し、首に当てたビームの刃を強調する。


「フフッ……挨拶くらいはさせてくれないかしら?アナタみたいないい男と出会えたのは久しぶりなの」


「本当に奇遇だな。俺もそう思ってたよ。こんな場所でなけりゃ一杯酌み交わしたいくらいさ。――――しかし残念ながら、俺様も必死なのさ。自己紹介はそのままで頼むぜ?」


抵抗しようにも武器を携行してきていなかった。レヴィアタンは観念し、「やれやれ」と自嘲した。


「お前は“妖将レヴィアタン”で…間違いないな?」


「ええ…初めまして、紅いイレギュラー。……あなたのことはよく知っているわ」


「そりゃ、どうも」と警戒はそのまま、ゼロは不敵な笑みを浮かべた。















NEXT STAGE




   世界を覆う

     白雪の上で











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