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[Z-E-R-O]  作者: 村岡凡斎
激闘編
79/125

15   [B]



――――  2  ――――



そして、“それ”は死を覚悟した。

傷ついた同胞の身体を運ぼうとした瞬間、“それ”は“彼”がそこで待ちぶせていることに気付いた。しかし時既に遅く、“彼”が目と鼻の先に立ちはだかり、退路は断たれてしまった。

“彼”は理性を失いながらも――――本能というものなのか――――獲物を狩るための知恵を未だ維持していたのだ。きっとそれも、いずれ失われてしまうのだろうが。


“それ”は、こちらを睨みつける“彼”の、意思という光を失った虚ろな眼をじっと見つめ返す。


“それら”と“彼”はかつて友であった。その筈だった。

世界にただ一つ残る最終国家――――“彼”はその軍に属していたが、とても穏やかな心を持ち、遥かに永い時をこの雪山の中で隠れ過ごしてきた“それら”に友愛の意を示し、護り続けてくれた。

だが、数週前より“彼”は少しずつ変わっていった。

初めは、時折、何かを忘れたように虚ろな瞳を見せる程度だった。それからしばらくして、突如呼吸を荒げるようになった。それからまたしばらくすると、“彼”は一度姿を消した。

そして再び現れた時、“彼”は今のように理性を失いながらこの雪山を散策しては、帰ってゆくという行動を繰り返した。


今ではもう、“それ”がどれだけ言葉をかけようと答えてくれることはなくなってしまった。


“それ”は、“彼”に起きた異常を何とかしてやりたいと思い立ち、旧友に願いを込めた。結果、そのメッセージは届けられた。先日のことである。

だが、それもまた遅かった。

今、ただの殺戮兵器と化してしまった“彼”により、“それ”は破壊されるだろう。

“それ”は死を覚悟した。


しかし、“それ”にとって自身の死など、どうでも良いことであった。


――――自分たちは、もう十分に永く生きた…………


正確に数えるなら、“それ”自身が生きた時間は百五十三年四ヶ月と十九日、二時間十七分三十八秒。――――三十九……四十………


今もまだ進み続ける生の秒針は、老朽化しても尚、正しく時を刻み続けている。

正直の所、百二十年程前――――世界の終焉たる大戦の折には既に死の覚悟ができていた。

いや、「覚悟」という表現は正確ではない。そもそも死というものに対し抵抗などなかった。何故なら死というものは“それ”にとって単なる事実でしか無かったし、意思や命を持つ者たち全てに、共通に訪れる事態であると認識していた。


――――だからこれは「覚悟」ではない


“彼”が振り上げた右腕の爪を見つめながら思う。


言うなれば「悟り」。「ここで死ぬのだ」と、極めて冷静に理解した。今この時、この場所で自分は死を迎えるのだと認識した。――――ただそれだけだ。だからそんなことはどうでも良い。


それでもただ一つだけ心残り(この表現も厳密に言えば誤りであるのだが、最も理解しやすい表現であるためにこのように呼ぶ)があるとするならば、やはり“彼”のことである。

“彼”はこのまま、ただの殺戮兵器と成り下がり、戦いの中で命を散らしてしまうのだろうか。あんなにも平和を尊び、温かく、優しかった“彼”が、そのように死を迎えてしまうのか。


そう思えば、自身の行動の遅れを恨まずにはいられない。そしてそれを“彼”に詫びたいという思考で脳内は埋め尽くされた。




“彼”との遭遇からここまでで、二分十四秒。そろそろ終わりの時だ。

願わくば、かの英雄が“彼”の魂(これもまた言葉のアヤでしか無い)を救ってくれることを願うばかりである。



そして荒い鼻息と共に、極太の腕に備えられた四本の氷の爪が、七十センチ程しかない“それ”の身体に向け、素早く振り下ろされた。





――――瞬間、“彼”はその手を止めた。



“それ”は淡い期待を抱いたが、即座にそれを捨て去った。“彼”は背後より高速で接近してきた第三者の反応を知覚し、素早く振り返ると、そのまま右腕をそちらへ向け振りぬく。

背後より“彼”へと光の剣を振り下ろした真紅のコートを纏ったレプリロイドは、その剣で咄嗟に“彼”の一撃を防いだ。しかし、強烈な一撃に、後方へと弾き飛ばされる。


「なん…っつう馬鹿力だ…!」


現れた男はそう悪態を吐きながら、無事に着地する。


――――あれは……


“それ”は男を視界に捉え、その容姿からデータを照合する。そして何者であるかを確認すると、僅かに安堵した。


――――間違いない……彼は……彼こそが……――――……‥












―――― * * * ――――



――――状況を整理しよう………


ゼロはゼットセイバーを構え、ここまでの流れを思い返す。


ボレアス山脈に辿り着いた後、敵の反応を警戒しつつ目的のポイントへと向かっていた。その途中、この雪景色のような白い背中を視界の端に捉え、足を止めた。それこそが今対峙しているミュートスレプリロイドの背中であった。

一時は身を隠し、遣り過ごそうとしたのだが、ミュートスレプリロイドが殺気を放ちながら何か小さいものと向かい合っているのを確認すると、その尋常ではない雰囲気に思考を改めた。

そして、そのミュートスレプリロイドが見るからに力強そうな右腕を、対峙している何者かへと向け、大きく振り上げるよりも早くその場から飛び出し、ゼットセイバーを引き抜き、斬りかかった。

弾かれ、そのまま着地し、応戦の構えをとる。そして、ミュートスレプリロイドが今にも殺そうとしていた相手が何者であったのかを確認した。――――そこで、ゼロは予想外の事態に呆然とした。


――――奴が襲いかかろうとしていたのは……


一瞬、その形状からレプリロイドであるかと思ったのだが、正確な識別をしたところそれは誤りであった。


――――あれは……


間違いない。そこにいたのはメカニロイド。兎の形状を模して作られた、紛れも無いただのメカニロイドであった。

だがそれは、傷ついた同型のメカニロイドを、まるでその身を呈して守るように、ミュートスレプリロイドと対峙していた。感情も、心も持たぬ筈のメカニロイドが――――である。


このような雪山の真ん中で、ネオ・アルカディアの四軍団内でも幹部クラスに据えられる程優秀なミュートスレプリロイドがただ一機で、ただのメカニロイドを破壊しようとしていた。

このような雪山の真ん中で、今にも破壊されようとしながらも、感情を持たないメカニロイドが――――プログラムに忠実に動作する筈のメカニロイドが、己の危険も顧みず、同型のメカニロイドを護ろうとしていた。


――――なにが……どうなって……


その異様な光景には、奇妙な違和感しか感じ得ることが出来なかった。天地がひっくり返る程、壮大な事態が起こったわけではない。もっと微妙で、些細な異常事態だ。しかし、それ故にどうにも受け入れがたい事態であり、整理がつかないのだ。一瞬、自身がどうしてこのような場所に来たのかすら忘れてしまうほど、ゼロはただ呆然としてしまった。


その隙を突くように、ミュートスレプリロイドがゼロへと襲いかかる。ゼロは間一髪のところで目の前の事態を無理矢理呑み込み、左腕の一撃を躱す。


「ごちゃごちゃ無駄なことを考えてる余裕はないな……」


どんな異様な事態の中であろうと、今対峙している相手はミュートスレプリロイドである。その実力を舐めてかかってはいけない。もう一度強くゼットセイバーを握り直し、敵を睨む。――――そしてまた新たな違和感がゼロを襲う。


――――こいつ……なんだ……?


その眼に輝きはなかった。虚ろになりながらただ殺気だけを放っている。また、気づけば先程から荒く鼻を鳴らし続けている。まるで興奮の絶頂の中にいるように。

それは明らかに正常ではなかった。


異様な状況、異常な敵――――ゼロはまたしても思考を巡らしてしまう。そしてその隙を突くように、ミュートスレプリロイドは地を蹴り、一気に間合いを詰め、右腕を振り上げる。


「しまっ……!」


躱すことも、防ぐことも手遅れであろうその状況に、ゼロは己の失態を呪い、恥じた。そして一撃を受ける覚悟を決め、歯を食いしばる。

――――刹那、ミュートスレプリロイドの腕が、ゼロの身体を捉える寸前でピタリと止まった。そして、何を思ったのか、彼はゼロから視線を外し、当たりを見回す。まるで何かに呼ばれたように、ある一方向へと視線をやった。

またしても不可解な状況に、ゼロは戸惑う。だが、動きを止めたミュートスレプリロイドの腹部が無防備であることを確認すると、その戸惑いを振り払った。


――――なんなんだか知らないが……その隙、命取りだぜ!


ゼットセイバーを腹部へと狙い定め、勢い良く振る。――――が、既のところで、ゼロもまたその刃をピタリと止めた。


「………な…………!?」


ゼロとミュートスレプリロイドの間に、先程の兎型メカニロイドが、今度はミュートスレプリロイドを庇うように立ちはだかった。ゼロをじっと見つめている。


「おい……退いてろ!」


思考が追いつかぬまま、その兎型メカニロイド――――「レイビット」に怒鳴りつける。だが、レイビットはゼロを見つめたままその場から動く気配を見せない。それどころか、その見つめる眼差しには、異様な気迫のようなものを感じられた。――――ただのメカニロイドであるというのに。


そうこうしている内に、ミュートスレプリロイドは右腕を静かに下ろした。そして、何も言葉を発さぬまま、ゼロとレイビットに目もくれず、何処かへと向け歩き始めた。


「ちょっと待て!」


その理解しがたい行動に、戸惑うまま声をかける。そして追撃をかけようと、地を蹴ろうとした瞬間、脚に何かが擦り寄っていることを確認した。


「……お前…」


先程のレイビットだった。まるで今度は「放っておけ」とでも言うように、ゼロを見つめている。それに気を取られている内に、ミュートスレプリロイドの背中は遠ざかり、ついには見えなくなってしまった。

追撃ができなくなったことに複雑な想いを抱きながら、ゼロはゼットセイバーを左腕に収める。そして、身を屈め、レイビットを見つめる。




先程から、眼の前にいるこのレイビットの行動は不可解なものばかりであった。同型機を守るように、そしてミュートスレプリロイドを庇うように――――その動きは、まるで意志を持っているかのようだった。

いや、そもそもこれだけ古い型のメカニロイドが、自分同様、今でもこうして稼動していることに驚きを隠せない。間違いなく、「レイビットシリーズ」は百年前――――ゼロが活躍していたイレギュラー戦争時代以前のものである。それがこのような雪山で一体何をしているというのか。


「お前は………なんなんだ……?」


思わず問いかける。





〔『なんなんだ』という君の問いに対し、私は幾つかの回答を提示することができる。君が望むのはどれだ?〕


突如として脳内に響く音声に、ゼロはぽかんと口を開ける。


「今の……は……?」


〔『今の』というと、先程私が行わせてもらった、君への音声通信のことであろうか?それならば、申し訳ないが白の団が扱っている通信コードを借用させてもらった。君と直接語り合いたいのでね〕


またしても声が響く。どこからともなく語りかけてくる、初めて聞くその声に、ゼロは思考を巡らす。――――だが、どれだけ考えても、ある一つの答えにたどり着いてしまうのだった。いや、だからこそ受け容れ難く、理解が出来なかった。そんなゼロへ、声は語りかけ続ける。


〔その表情からすると君は、私――――眼前にいるレイビットが声の主であることにようやく気づきつつも、その事実を容認できないというところであろう。無理もない。私と出会った者は必ず、事実を受け容れるまでにある程度の時間を要する。焦ることはない、じっくり受け容れてくれれば良い〕


レイビットはそう告げ、さらに言葉を続ける。


〔それでは先ほどの問いに答えよう――――と、その前に、せっかくこのような辺境まで足を運んでくれたのだ。歓迎の挨拶をさせていただこう〕


そう言うと、レイビットは佇まいを直すようにして、未だ呆然としているゼロと向かう。そしてお辞儀をするように頭を下げる。


〔ようこそ、伝説の英雄ゼロ。私“たち”は君を歓迎する〕


気がつけば二十数機のレイビットが辺りを囲むようにして並び、同じように頭を下げていた。

ゼロは混乱する一歩手前で、意識を保つのに精一杯で、状況を受け容れるまでに十数分程、呆然と目の前のレイビットを見つめていた。







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