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[Z-E-R-O]  作者: 村岡凡斎
激闘編
76/125

14   [D]



―――― * * * ――――



内心、怒りが燻っていることを隠すことは出来なかった。

雲の上を進むアインの背に掴まり、空を仰ぎ見る。自然とハルピュイアは眉間に皺を寄せていた。


ファーブニルの愚行。――――己の預かった軍団を投げ出し、私闘に興じた挙句、紅いイレギュラーを倒せなかったどころか、その生命までも見逃してもらった。四天王の長として、屈辱を感じずにはいられない。

元老院――――特にあのヴィルヘルムに対し、弱みを見せてしまったことも、彼としては呑み込み難い事実であったし、その失態を擁護しようと詰め寄ってきたレヴィアタンに関しても不満を感じてしまう。


――――だが……


眉間に入っていた力を解き、溜息をつく。

最も屈辱的であるのは、そのファーブニルを赦す気になってしまった自己の存在であった。


『私は…あいつの気持ちをもう少し理解してあげてもいいと思う』


先程のレヴィアタンの言葉が耳の奥で反響する。

ファーブニルの気持ち――――それは単純に言えば“闘い”を望む気持ち。

正直、それ自体には全く理解を示すことができない。救世主の守護者たる四天王としての生を受けたというのに、己の欲望と衝動に突き動かされるまま行動したというのは、彼にとって許しがたい“悪行”である。


だが……それでは何故、ファーブニルは“闘い”を望んだのか。


快楽や悦楽を求める心を満たすため?――――それもあるだろう。だが、そのような気持ちだけで四天王としての使命を放棄する程、あの男が愚かではないということくらい、ハルピュイアにはよく分かっていた。

では、彼にとっての“闘い”とは何か。

目を細めながら、照らす陽を見つめる。


答えはただ一つ、“存在の証明”である。


“闘い”を宿命付けられ、“闘い”の為に作り出された以上、“闘い”を通すことでしか己の存在を証明することはできない。

そして、ファーブニルにとって“救世主の守護者”という役割を超えた所にそれはあった。そしてその証明を満たし得ると判断した相手が“紅いイレギュラー”だったのだ。


いや或いはその宿命に、“救世主の守護者”という役割を超えさせた存在があの男なのかもしれない。


いずれにしても、彼はそれを求め続けていた。自己の存在を証明し得る“闘い”を。

そして、紅いイレギュラーとの決闘こそが、ファーブニルにとって存在の証明と成り得たのだ。


――――ならば……“僕”はどうだ…?


懐から自身の愛刀、専用ビームサーベル「ソニックブレード」を手に取り、その柄を見つめる。

“救世主の守護者”――――それはファーブニル同様役割にすぎなかった。


その役割を負う自身の“存在の証明”足り得るものは他にある筈だ。

頬切る風を感じながら、自問自答をする。だがどれだけ考えようと、辿りつく答えはただ一つである。


――――それは……「正義」


救世主エックスの「正義」、そしてそれを行使することこそが自身の存在の証明。自分はそれを守り、行うために生まれてきた。

では、その「正義」が真であることは何が証明するのか。

ソニックブレードを強く握り締める。


「僕は……“俺”は……」


その答えもただ一つ。

その「正義」が真であるならば、その「正義」を貫き続けるほかない。敗北も、屈することもあってはならない。何故ならそれが「正義」だからだ。


どれだけの犠牲を払おうと、その「正義」こそが存在の証明である以上、その「正義」を証明し続けなければならない。

そう、“どれだけの犠牲を払おうと”――――たとえ幾千の同胞の血を流し続けようとも…だ。


「俺は……負けんぞ」


“存在の証明”を果たすがために闘ったファーブニル。しかし、その心を理解していても尚、怒りと屈辱を感じてしまうのは、ハルピュイア自身の“それ”に反したが為であろう。

「難儀なものだな」と自嘲気味にニヤリと笑う。そして、ソニックブレードの柄を懐へと仕舞った。









――――  4  ――――



地下深くに広がる真の研究施設。ゼロが落下したのは、その廊下部分だった。

そして瓦礫を押し退け、すぐ傍にある壁をとりあえず突き破ってみたところで、ゼロの足が止まる。


「これは……‥?」


その奇妙な光景に言葉を失う。

仄かな灯りの中、三列ほど置かれた机の上には、毛髪や他の装飾が一切付加されていないレプリロイドの頭部だけがそれぞれ十数個ずつ整列されている。そして、一つ一つの頭部から伸びる数本のコードが、設置された謎の機器へと繋がれていた。

よく目を凝らすと、それらの閉じられた瞼からは何か光る雫が流れているのが見える。おそるおそる近づき、確認する。――――それは“涙”だった。

並べられた頭部、そのどれもが閉じた瞼から涙を絶えず流し続けていた。


「どういう……――――……‥ッ!?」


呆気に取られていると、後方から伸びる二本の腕がゼロの身体を捉える。そして、そのまま一気に引き戻される。


「なにか面白いものでも見つけたか、紅いイレギュラー?」


ゼロを絞めつけたまま、ウロボックルが尋ねる。暗くて顔は良く見えなかったが、その声は焦りを滲ませていた。


「答えろ……あれは何だ?」


「貴様が知る必要のないものだ!」


反対側へと投げ飛ばされ、瓦礫に身体が叩きつけられた。

だが全身を駆け巡る痛みよりも、ゼロの頭は先程の光景のことだけで一杯だった。

涙を流し続ける、四十近くの生首。一体何がなにやら分からず、混乱だけが思考を埋め尽くす。


「…あれが隠していたもの…か?」


「どうだかな。それを教えるほど愚かではないぞ。…シャー!」


スプリング状の爆弾を投げ込む。ゼロは着弾する前にそれを斬り払い、ウロボックルへと跳びかかった。

しかし剣先が届く寸前で、ウロボックルの腕がゼロの身体に巻き付き、身動きを封じる。


「少なくともこの地下施設を隠していたことは事実だ。故に、貴様を生かす訳にはいかなくなった!」


突如、ゼロは体の力が抜けてゆくのを感じる。逆に、ウロボックルのエネルギーは増大してゆき、排熱機構と冷却装置がフル稼働している。

ウロボックルはその両腕からエネルギーを吸収していたのだ。

だが、身体が弱っていくのを感じながらも、ゼロはニヤリと笑う。


「俺と“そう言う勝負”をしようって言うのは…些か迂闊ってもんだぜ?」


両腕のジェネレーターをフル稼働させ、アースクラッシュのエネルギーを蓄積してゆく。するとその莫大なエネルギーがウロボックルの身体へと吸収されていった。


「……成程…確かに容易に許容しうる量ではない……しかし!」


オーバーヒート寸前の状態に耐え、それでもエネルギーの吸収速度を緩めることはなかった。しかし、ゼロの身体も無事ではない。普段ならば一瞬にして放出するはずのエネルギーを絶えず生み出し続けているのだ。その負担はかなりのものである。


「我慢比べと行こうじゃないか!」


悲鳴を訴える身体に構わず、エネルギーの生成を続ける。ウロボックルもまた、関節部から吹き出る煙に臆さずに、その腕を緩めること無くエネルギー吸収攻撃――――ポイズンホールドを続ける。

互いに歪む表情。だが、それでもエネルギーの生成と、その吸収という静かな攻防は続く。


そして数分に及ぶ攻防の末、決着の時が来る。


「つぁ…ッ!!」


発する熱にゼロの腕が煙を吹き始めた頃、ウロボックルの関節部から火花が走り、やがて両腕が肘のあたりから焼け落ちる。そして背中からも、排出し切れなかった熱にやられたのか、焼け焦げた匂いと共に煙が立ち上った。

力が抜けた腕を振り払い、ゼロは僅かな力を振り絞り、フラフラな身体で地を蹴り、ウロボックルの身体へと体当たりをお見舞いする。そして馬乗りになり、ゼットセイバーの切っ先を喉元に突きつけた。


「……もう一度……問う………あれは……何だ?」


息を切らしながら、震える口を動かし、ゼロは問いかける。だが、ウロボックルは答えない。そしてその代わりに高笑いを上げた。


「何が……おかしい?」


ゼロは眉をひそめる。ウロボックルは一仕切笑い終えると、「クックッ」と嘲るような表情をする。


「いや、何……それよりも貴様は他に問うべきことがあるのではないかと思ってな」


心中を言い当てられ、ゼロは「チッ」と舌打ちをする。そして素直に“それ”について尋ねることにした。


「何故…俺を……殺そうとしなかった?」


先程のポイズンホールドは確かに必殺の技であった。だが、この地下施設を見つけるまでの攻撃は、どれだけ激しかろうと、ゼロを撃退こそすれ、完全に命を奪うつもりがあったとは思えなかった。

もしも本当にこの場所を隠し通すことこそが彼にとっての使命であるならば、必殺の技を出し惜しみする必要など無かったはずである。


「……一つ、教えてやろう。貴様にとっても屈辱的な事実を」


尚も、嘲笑いながらウロボックルはその答えを口にする。


「貴様はな……生かされているんだよ。とある命により……な」


「なっ…?」


衝撃的な事実に、ゼロは戸惑いの色を隠せなかった。

“とある命”とは誰から下されたものであるのか。その理由はなんなのか。だが、それ以上問い詰めようと、ウロボックルが答えてくれる気配は一向に無かった。痺れを切らし、ゼロはゼットセイバーを握る手に力を込める。


「……お前の頭を持ち帰るしかなさそうだな」


「…………もう一つ良い事を教えてやろう」


その言葉に、首を斬り落とそうとしたゼロの腕が止まる。それを確認すると、何を思ったのかウロボックルは「フッ」と微笑んだ。そして、静かに口を開く。


「……俺は斬影軍団の一人、ヒューレッグ・ウロボックル」


斬影軍団――――四軍団の内、最も少数により構成された隠密部隊。将であるファントムの命あらば、身の危険も厭わず使命を全うする忠臣のみで構成された精鋭部隊である。

そう……如何なる無理難題であろうと、ファントムからの言葉であれば、必ずや果たさなければならない。この身は、ただそれだけの存在であり、それこそが存在の所以なのだとウロボックルも含め、全ての軍団員が理解していた。


――――如何なる犠牲を払おうとも、任務を遂行する。それこそ我が忠義の証……


たとえそれが自身の命であっても――――……‥


「…この施設の自爆装置は五分で作動する。気張れよ、紅いイレギュラー」


そう言うと、上体を無理やり起こし、自らの頭部をゼットセイバーの刃へと押し当てた。

困惑するゼロを他所に、ウロボックルの頭部は真っ二つに切り開かれてしまった。――――その瞬間、施設内を赤いランプが激しく彩り、警報がけたたましく鳴り響く。


「ダーリン、これは!?」


「野郎っ!やってくれる!」


おそらくウロボックルの死と共に自爆装置が作動する仕掛けだったのだろう。

不明な事だらけで戸惑うばかりだが、ただ一つ理解できたのは先程の台詞。


『この施設の自爆装置は五分で作動する』


先程の部屋を詳しく調査しようにも、その時間はない。

ゼロは急いで立ち上がると、耳を劈くようなエマージェンシーのコールに耐えながら、力の抜けた体を押して、なんとか瓦礫の山を駆け登り始めた。










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