14 [C]
―――― 3 ――――
アルトロイドの反応が完全に消失する、その後次々と部隊が損耗していき、最終的には全滅となってしまった。残ったのは紅いイレギュラーの反応ただ一つのみである。
「これほどまでとは……クソッ」
ウロボックルは戦闘態勢に入る。研究所内の隔壁を作動し、通路を遮断する。とは言え、ゼットセイバーとアースクラッシュの前では大した時間稼ぎにすらならないだろうことは容易に予想できた。
だが、一つの“カモフラージュ”としての効果は期待できるだろう。
どの様な手を使おうと、どれだけの犠牲を払おうと、ここにあるものを見られる訳にはいかない。たとえ見られたとしても、その詳細な情報を外部へと持ちだされるわけにはいかないのだ。
「――――そう、どれだけの犠牲を払おうとも……な」
そう呟くと、管制室の扉から廊下へと足を踏み出し、戦場へと赴いた。
敵の残骸を避けて歩き、研究所の扉へと忍び寄る。壁に耳を当て、聴覚センサーのポテンシャルを最大限に活用する。だが、中では工場の機械のような、特に大きなものが動いているような気配はない。
「どうやらこの目で確かめるしかないようだな……」
ゼットセイバーに炎を纏わせ、ロックされた扉を乱暴に溶かし斬る。そのまま蹴破り、中へと足を踏み入れた。
警報は鳴らない。無論、既に侵入は気付かれているため、そんなものを気にしたところで何の意味もないのだが。
そのまま周囲に気を配り、奥へと進む。予想した敵の部隊は一向に現れず、施設の中はすっかり静まり返っていた。とは言え、部隊を指示していた者がいたはずだ。用心は怠れない。
目の前を閉ざす隔壁に左腕を添える。そして、小さくエネルギーを発し、溶かし破ろうとした――――その瞬間、隔壁を破るようにして二本の腕がゼロに向かい、高速で伸びてきた。
それらはゼロの身体を捉え、一気に引き戻る。ゼロは隔壁に勢い良く押し付けられた。
鈍い痛みが頭部に走るがそれに構わず、左腕からエネルギーを放つ。隔壁を破れたが、そのままゼロの身体は引きずられてしまう。その先には腕の主であるミュートスレプリロイド――――ヒューレッグ・ウロボックルが立ちはだかっていた。
「これ以上先へは通さんぞ、紅いイレギュラー!!」
そう叫ぶと伸ばした腕を振り、力尽くでゼロの身体を投げ飛ばす。横の壁に窪みができるほど強く叩きつけられた。
痛みに耐え、ゼロは立ち上がる。
「ここまでされると俄然興味が湧くな……ここに何があるのかにさ」
地を蹴り、一気に頭部へと斬りかかる。だが、ウロボックルは地を這うようにその斬撃を躱すと、長い腕を無理やり回してゼロの身体を殴りつける。遠心力を活かしたその衝撃は、細い腕に似合わぬ威力を発揮する。ゼロはまたしても反対の壁へと叩きつけられる。
「チッ」と舌打ちと共にウロボックルを睨みつける。すると、視界を覆うようにスプリング状の物体が六つ程飛んできた。そしてそれはゼロの身体に触れると共に爆発する。一発一発の威力は小さいが、複数が同時にヒットすることでその効力は高められた。
爆発により突き破られた壁。その奥へと倒れこむゼロ。立ち上る煙の中を睨み、ウロボックルは警戒する。――――と、眼前に何かが高速で投げ飛ばされる。ウロボックルはそれを咄嗟に弾き飛ばした。
「……瓦礫………っ!」
一瞬の隙を突き、ゼロの刃は右腕を断ち斬る。ウロボックルはそれに怯むこと無く冷静に痛覚を遮断し、痛みを遮ると、そのまま左腕で殴りつけた。
ゼロはそれを察知し、飛び退く。そして得意げに笑う。
「悪いが…先に行かせてもらうぜ」
一瞬の攻防の中、ウロボックルとゼロの立ち位置が逆転した。ゼロは施設内にある“何か”を探索することこそ優先すべきと判断し、ウロボックルを警戒しつつも、背を向け駆け出す。眼前を塞ぐ防壁をゼットセイバーで斬り破ると、後方――――ウロボックルに向けて左腕を地面に押し当てる。瞬間、激しい閃光がその場を包む。ダメージを与えるほどのエネルギー波を放ちはしなかったものの、その光量は視覚センサーに影響を及ぼすだけの威力を発揮した。
ウロボックルは目を覆いながら「待て」と声を荒げるが、ゼロは既に奥へと行ってしまった。
一人その場に取り残されるウロボックル。だが、彼は焦るどころか悠然と斬り落とされた右腕を拾い、切断面に押し当てる。そのまま体内の自己修復機能をフル稼働させ、応急処置を済ませた。
そして不敵な笑みを浮かべ、背後にあった壁に手を押し当て、そこに現れた隠し扉の奥へと消えた。
施設内を走りまわり、それらしき扉を見つけては蹴破る。だがその度にゼロを出迎えるのは静かに待機していたパンテオン部隊ばかりだった。
今も何度目かの銃撃を躱し、頭脳ユニットには傷をつけないよう注意を払い、横一線にその首を斬り伏せた。それから床に転がった首を一つ手に取ると、レルピィを脳内に侵入させる。
必要となるマップデータを取得したいのだが、サーバーにハッキングしようにも、端末らしき物ですらひとつも見当たらない。苦肉の策として、パンテオンが記録しているマップデータを利用しようと考えたのだが、ここまで全て空振りに終わっていた。
しばらくした後、レルピィがパンテオンの脳内からコアユニットへと戻る。
「ダメだわ。このパンテオンも、施設の正確なマップデータを所持していない」
「仕方ないな……自力で行けってことだろ」
とは言うものの、余りにも手掛かりが無さ過ぎて何処へ向かえばいいのかも分からない。そもそもここまでで何も見当たらないというのが不自然過ぎる。既に二階フロアまで扉らしきものは全てこじ開け、可能な限り制圧し尽くした筈だ。
施設の外観と、ここまで自分の足で掻き集めたフロアのマップデータを照合するが、これ以上何か研究できるようなスペースは考えられない。最上階となる三階フロアに至ってはそれだけの広さを備えている様子すら無い。
「これだけの施設を作りながら、空室ばかり作りやがって……贅沢なもんだな、ネオ・アルカディア」
皮肉めいた愚痴をこぼしながら、一応の確認のため三階へ上がろうと階段を登ってゆく。ふと、足元に何かが転がる。
「これ…は……――――……‥っ!!」
それは先程ウロボックルから投げつけられたスプリング状の爆弾だった。見上げると階段の上から、十数個のそれが飛び跳ねながら一気に落ちてくる。その更に上には先程下の階で撒いた筈のウロボックルの姿が確かに見える。
「弾け飛べぇ!」
その掛け声と共に、着弾したスプリングが一斉に爆発する。その衝撃に弾き飛ばされ、登りかけた階段から転がり落ちた。
だが、それだけでウロボックルの攻勢は終わらない。スプリング状の爆弾を絶え間なく投下する。連続した激しい爆発に、とうとう二階の床は崩落し、ゼロはそのまま瓦礫と共に一階へと落下した。
施設内を移動するための空間転移装置が何処かに仕掛けられていたのだろう――――そして三階へと先回りし、待ち伏せをした。その可能性について考えておくべきだったと、痛む体を抑えてゼロは苦笑する。
しかし、最も引っかかるのは、これだけ派手な攻撃を少しも躊躇うこと無く実行するウロボックルの戦術であった。ここが秘密研究所であり、秘匿すべき何かが本当にあるというならば、このような攻撃をするべきでないことは誰にでも分かる。
そしてゼロが辿り着いた結論は単純明快だった。
「ブラフか……この施設は…」
「如何にも。その通りだ、紅いイレギュラー」
三階からゼロを見下し、ウロボックルはチロチロと特有の長い舌を踊らせ、嘲笑を浮かべる。
ここに建てられた研究所らしき施設の全てがただのハリボテだったのだ。おそらく、真に隠している“何か”はこの周辺の何処かだろう。調査隊も、ゼロも、まんまと策にはめられたというわけだ。
「お前に選択権をくれてやる。――――今すぐここを去るか、俺の攻撃で死を迎えるか。無論、逃げたとてそうそう楽に帰してやるつもりはないがな」
「俺は逃げも隠れも…してやるつもりはない」
ゆっくりと立ち上がり、ゼットセイバーを構える。
「勿論、殺されてやるつもりもないがな」
「…シャー……減らず口を…」
睨み合う二人。だがそんな中、ゼロは表情を変えること無く、ある違和感に対し考えを巡らせていた。
――――何故、奴は攻撃を止めた?
施設が完全にハリボテであるというならば、不意打ちから続く攻勢の手を緩める必要はなかった筈だ。
上の階に陣取っている分、地の利は奴の方にある。だというのに、奴は敵を追い詰めた爆弾による攻勢を止め、こちらをただ見下し、動向を観察している。
また、挑発の中に――――それがどれだけのつもりで挙げたのかは不明だが――――「去る」という選択肢を含ませていた。万が一、ゼロが逃げ延びた場合、周辺にあると思われる本当の研究施設が発見される恐れは間違い無くあるというのに。
考えられる事実はひとつ。無意識に述べたのだろうが、“その発言”こそ本心ではないだろうか。つまり、ゼロをこの場から遠ざけることこそが、奴にとっての最優先事項。
勿論、それ程意味のない戯言という可能性は否定できない。だが、攻勢の手を緩めた事実と、こちらの動向を窺っているような現在の状況が、この推測を強く裏付けている。
――――ならば……間違いない…
真の研究施設は間違いなくこの場所のどこかにある。或いは、この施設の何処かから転送可能な場所にある。そしてその鍵は……――――止んだ攻勢こそが示していた。確たる証拠は何処にもないが。
「……レルピィ」と名を呼ぶ。レルピィはゼロを見つめる。
「ちょいと賭けをしようと思うんだが……着いて来てくれるか?」
突然の呼びかけに、一瞬呆気にとられてしまったが、レルピィはその意図を汲み取ると、強く頷く。
「何処にだって着いて行くに決まってるでしょ」
その言葉を聞き、ゼロは意を決する。
ゼットセイバーを仕舞い、左腕にエネルギーを蓄積し始める。
状況からの予想に反した、その行動にウロボックルは驚き、目を見開く。そして、その行動の意図に勘付く。
瞬間、それまでの冷静な態度とは一転、鬼のような形相で両腕を伸ばす。
「やめろォぉオオォぉ!!」
その叫びが届くかどうかという刹那、ゼロは左腕を地面へと突き立て、蓄えたエネルギーを直下へと放出した。
すると、激しい光と爆音の中、一階の床はゼロ共々見事に崩れ落ちた。
そこに広がる地下空間へと、真っ逆さまに。