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[Z-E-R-O]  作者: 村岡凡斎
激闘編
70/125

13   [C]



―――― * * * ――――



「『破壊衝動プログラムのネットワーク媒介注入計画』……ね」


埃一つ見当たらない無菌室のような会議室にてソファーに座りながら、戦略研究所第三研究室主任ベンハミンより手渡された書類に目を通すと、レヴィアタンはその名を口にしてため息をつく。


「はい。計画の概要はこちらです」


ベンハミンはニタニタといやらしい笑みを浮かべながらレヴィアタンの直ぐ側に寄り、計画書を指でなぞりながら説明を始める。


前線に投入された、メカニロイドやパンテオン以外の兵に、ネットワークを介して「破壊衝動プログラム」を注入する。

その効力は、戦闘時における破壊衝動の増大、思考、感情の一時的短絡化による戦闘レスポンスの引き上げである。つまりは、戦闘において無駄な感情を切り捨て、対象を効率的な破壊マシーンにすることをその目的としていた。

そのプログラムを初期段階より導入するよりも、実戦経験を積み、複数の戦術、戦略パターンをその身を持って実践してきた者に導入した方が効力が高まること、また、プログラムを一度の注入だけで導入しようとすると精神プログラムの拒絶反応を引き起こす可能性があることから、定期的且つ段階的にネットから注入することが適切であるとされた。


「よくもまあ、こんな下衆なこと思いつくわね」


嫌味を込めて言ったつもりだったが、ベンハミンは嬉しそうに笑っている。


「私の計算によればこのプログラムを活用することで、ただでさえ強力なミュートスレプリロイドや、あなた方四天王ですら、今より三割近くの戦力向上が望めます」


「……私は遠慮させていただくけどね」


嫌悪感を顔中に纏ったまま、そう吐き捨てる。ベンハミンは「そう仰らずに」と尚も笑う。


「それ程的はずれな考えではないはずですよ。――――例えば闘将様。あの方の戦闘センスは、それこそエックス様すら凌駕する程だと聞いています。このプログラムとは異なっておりますが、戦闘衝動に特化したが故の結果でしょう?だとすれば、このプログラムを用いれば同様の効力が望めるかと――――……‥」


「ファブが無駄な感情を持ち合わせない戦闘マシーンだとでも?」


言葉を遮り、そう素早く切り返すレヴィアタンの目は鋭利な刃物のような冷たい輝きを放っていた。

その恐ろしさに、慌ててベンハミンは取り繕う。


「いやいや!そこまでは言っていませんよ!?――――似たような例というか……なんというか……」


レヴィアタンは鼻で笑った後、「やれやれ」とため息をつく。


「とにかく、私としてはこの計画には賛同できないわ」


「そう言わずに」と、腰を低くしてベンハミンは宥める。


「既にミュートスレプリロイドを用いた評価試験をボレアス山脈の研究所にて実践中であります。一度、その眼で確かめてから判断してください」


「…………分かった、査察日程を組んだら連絡するから」


引き下がる気配がないベンハミンに嫌気が差したのか、レヴィアタンはそう言って書類を返却し、怒ったようにソファーから立ち上がった。


「あ、妖将様……今度、ディナーでもしながら今後の研究方針を――――……‥」


「悪いけど、口臭の臭う男と食事したくないの。美味しくなくなるから」


呆れながらそう断り、慌てて口臭を確かめるベンハミンを尻目に、「バァイ」と軽い挨拶をして会議室を後にした。

レプリロイドの口臭が臭うわけがないのは、言うまでもない。







自室に戻り、マントを脱ぎ捨てる。ヒールを脱ぎ捨てて、ベッドに腰掛け、細長い足を組み、窓の外に目を遣る。


「……“ファーブニル”……身体が硬い鱗に覆われ、鋭い爪と牙を持ち、口からは毒の息を吐くドラゴン……」


しかし、その正体は魔法を使えた小人のドゥエルグ、その三人兄弟の一人だった。

財宝のために父を手にかけ、兄まで殺し、ドラゴンの姿に変身し、財宝を独り占めしようとした。いずれ勇者に、その腹を貫かれ息絶える運命だとも知らずに。


「別に……正直言って、私は財宝なんか欲しくないわ」


“それ”を賭けた競争を提案したのは確かだが、自身がその使命に縛られたくないがための虚言だった。

臆しているわけではないし、怖気付いたわけでもない。ただ、“縛られ”たくなかった。自身の存在を。

とは言え、自分はこの場所から飛び出す事もできないし、背負った過去を振り切れる程早く歩くこともできない。結局、彼女は束縛から逃れることはできない。しかし、それ故に新たな束縛を受けたくはない。――――そんな囁かな反抗だった。


「……だから、独り占めしたければ好きになさい」


優しく微笑み、そう呟く。誰に向けるでもなく。


時々、ひどく羨ましく感じる。そうやって衝動のままに飛び出せるだけの素直さが。

自分は決して持ち合わせていないものだったから。


けれど――――


「……そう言えば、翼はなかったわね」


自室の窓から青い空を見上げ、そう呟く。


誰もがそうだ。真に空へと羽ばたける翼など無い。いや、翼を持った者たちでさえも特有の問題を抱えている。――――完全な自由など何処にもないのだ。

つまりは、勝手気ままにやっているように見える彼でさえ、きっと彼なりの“何か”を抱え、抗い、闘いながら生きているのだろう。



仲間として、友として、兄弟として……――――それを認めてあげたいと、心の底から思った。










――――   3   ――――



着地したファーブニルの眼前で、巻き上げられた砂埃が落ち着いてゆく。晴れた視界の中、最も鮮明に映ったのは、真紅のコートと流れる金髪。あれだけの攻勢の中、紅いイレギュラーは無事にその身を保っていた。

いったいどうやって防いだのかと、手にしたゼットセイバーを見る。するとその刀身が水を纏っていた。


「なるほどぉ…。そいつで身を守ったわけだ……流石だぜぇ」


エネルギーを水へと変換し、攻勢が止むまで頭上に放出し続けた。炎弾に対し、流水で対抗したのだ。


「馬鹿みたいにバカスカ撃ちやがって……」


ゼロは舌打ちをしながら、そう吐き捨てる。咄嗟の判断でなんとか遣り過ごすことができたが、非常に危険な状況だった。万が一の事態を覚悟せざるを得ないほどに。


「ハハッ!仕方ねえだろ?[ソドム]も、[ゴモラ]も、今まで退屈で仕方なかったんだぜぇ?叫びたくて叫びたくてよぉ……血が滾ってんだよぉ」


そう言ってランチャーを示す。右腕の「ソドム」、左腕の「ゴモラ」――――二丁一組の、ファーブニル自慢の専用マルチプルランチャーである。

そして再びそれらにエネルギーを蓄積してゆく。ゼロは、それを阻止すべく斬りつけるか、それともどの様な攻撃が繰り出されるのか警戒すべきか、躊躇ってしまう。


「もっと……!もっともっともっと!もぉおおぉぉおっと叫びてぇとよぉぉおおぉぉおお!!」


そして戦術を決めかねるゼロに構わず、そう叫びながらソドムとゴモラを振りかざすと、大地に向けて銃口を一息で突き刺し、エネルギーを放つ。

刹那、大地は大きく揺さぶられ、地表は砕かれ、その隙間から火柱が次々と立ち上った。


「なんつぅ……出鱈目な!」


ゼロはそう悪態をつき、火柱の間スレスレを掻い潜りながら、ファーブニルの元へと駆けてゆく。ギリギリで躱した火柱に、僅かに触れた髪が焼け焦げる匂いが鼻につく。


「黙ってろ!」


ゼットセイバーに水を纏わせ、足を踏み込み、突きの構えを取る。その瞬間、ファーブニルは地面に突き立てたソドムとゴモラを傾け、自分とゼロとの間に炎の壁を噴き上げる。


「ままよ!」と、炎に触れない程度のところで踏み込む足を止め、水の刃による高速の突き――――水烈閃を繰り出す。その刀身は炎の真ん中をファーブニル目掛けて突き抜ける。しかし、手応えはなかった。


「……いいぜぇ…いい動きだぜぇ…紅いイレギュラー…」


炎により遮られた視界の中、頬に掠ったとは言え、既の所でゼロの一撃を躱した。その反応速度に、またもゼロに寒気が走る。


「だがよぉ……それじゃあ俺には勝てやしねえぞぉおぉおぉ!」


自分で作りだした炎の壁を突き破り、伸ばした右腕。ソドムの顎がゼロへと喰らいついた。


「んなろっ!」


「弾けとベェ!!」


挟んだ身体をそのまま軽々と持ち上げ、頭上にかざす。そして、天へとめがけ、炎弾と共に撃ち上げた。

ゼロは直前に、挟まれた腹部へと水のエネルギーを走らせダメージをカバーする。が、その爆風で上空に投げ出されてしまう。そして、身体の自由が効かないままゴモラの口が自分へと向けられているのを察知する。


「さぁ!さぁ! さ あ !どぉうするよぉぉ!?」


そして三度の炎弾連射。ゼロは咄嗟に脚部の緊急加速装置を作動させ、地面に向け飛び込むようにして回避する。その勢いのまま、二、三度転がり、ファーブニルの立ち位置を確認。すると、こちらへと飛び掛ってくる姿が目に映った。


「う ぉ お お お ぉ お ぉ ぉ お お ぉ ぉ !!」


咆哮とともに、炎を口から吹き出したままのソドムを振り抜く。ゼロはそれを咄嗟に躱し、ゼットセイバーを力いっぱい振り下ろす。ファーブニルは、それを感知したのか、直ぐ様地を蹴りその場から飛び退く。しかし、ゼロの刃から発せられた衝撃波がその身体を捉えた。弾き飛ばされ、地面を転がる。

それでも体勢を立て直したその顔からは、笑みが絶えない。むしろ、その顔はさらに嬉々と輝いている。


「ヒョォオ!すげえ!すげえぜ紅いイレギュラー!!なんつぅ攻撃だ!!」


渾身の一振りにより、射程は短いが高威力のエネルギー衝撃波を刃から発生させる「波断撃」。その衝撃波に当てられても尚、ファーブニルは少しも怯まない。

だが、ここまでの遣り取りからそれすら予想し、ゼロは既に次の攻撃、高速接近攻撃「疾風牙」を繰り出す。しかし――――


「ぬ ぅ ぅ ぉ お ぉ お ぉ お !?」


刃を振り抜こうとした右腕目掛けて、ゴモラの口が振り下ろされる。疾風牙で斬りつけようとしてきたゼロに対し、それに向かって飛び込むことで応戦したのだ。ゼロは瞬時に右腕を止め、地を蹴る。ゴモラの攻撃を躱せたが、無理な体勢から加速装置の照準を乱したことで、地面に身体が叩きつけられる。


「あぁらよっとぉ!!」


ファーブニルがソドムを地面に向けて打ち付ける。するとその衝撃波が大地を伝ってゼロの身体を捉え、またしてもその場から弾き飛ばされる。だがゼロは素早く立ち上がり、次に繰り出されるファーブニルの追い打ちに対し身構える。案の定、ファーブニルは地を蹴り、ゴモラでゼロに食らいつこうと飛びかかってきた。

ゼロはそれに対し、防御の構えを取る。が、ファーブニルは何を感じたのか、瞬時に距離を取った。


「危ねぇ……嫌な感じがしやがるぜぇその構え…」


ファーブニルの直感は正しかった。敵の攻撃の勢いを上乗せするカウンター攻撃「獄門剣」。ゼロの構えはまさしくそれだった。だが勿論、この技をファーブニルに対し見せつけたことはないし、そもそも他の戦闘においても扱ったことがなかった。つまりは、自分の直感だけでこの技の危険性を察知し、予防線を引いたのだ。


――――こいつは……危険過ぎる……


これまでの攻防を振り返り、ゼロがファーブニルに対して下した評価はそれだった。

その攻撃行動は煩雑としか言い様のないものであったが、その欠点を補って余りある驚異的な直感力、刃物のように研ぎ澄まされた戦闘センス、そして自身に向けられた脅威に対する嗅覚――――どれもが一流を超えていた。

獄門剣を構えた瞬間、ゼロはその効力を百二十パーセント発揮するべく、意図して闘志を最小限に抑えたつもりだった。しかし、それすらも見ぬいてしまうほど、ファーブニルの感覚は飛び抜けていた。

このような相手から勝利をもぎ取るには、生半可な方法では不可能である。


――――そう……生半可なやり方じゃダメだ


そのために必要なのは、リスクを冒す精神力――――“度胸”というやつだ。


ゼロは覚悟を決めると、セイバーを構え直す。そこから煌々と感じられる闘気が、威圧感が、ファーブニルの心を大きく揺さぶった。


「おぉ!?おお!?おお!おお!おおぉぉおお!!」


子供のように目をキラキラと輝かせ、その様を嬉しそうに見つめ、驚きの声を上げる。


「まだ来んのか!?まだ出せんのか!?――――いいぜぇ!!いいぜぇ、紅いイレギュラー!!メチャクチャいい!!」


そして、ソドムとゴモラを構える。


「それじゃぁよぉ……ガチンコ勝負と行こうやぁ!!」


そう言うと、叫び声を上げながらゼロへと駆け出す。それに対し、ゼロもまた、地を蹴り飛び込んだ。

ソドムを前方に向け、トリガーを引き、炎弾を乱射する。ゼロはその攻勢を掻い潜り、巻き上げられる砂埃の中、ファーブニルの懐へと潜り込む。それも、ゴモラを構える左側へと――――……‥

その瞬間、ゼロの捨て身の攻撃を察知した。が、ファーブニルはあえてそれをそのまま受けることにした。ゴモラの口を大きく開き、ゼロの身体へと振り抜く。


「ゥオラァァアァアアァ!!」


咆哮とともにゴモラがゼロの身体を真っ直ぐ捉える。そしてそのまま、再び頭上に翳そうと振り上げた――――その刹那だった。


「ヌオッ!?」


咄嗟にゴモラの口を離す。が、「バァン」と大きな破裂音と共に、爆発的な衝撃と閃光が一瞬にして弾けた。

その衝撃に、ファーブニルは弾き飛ばされる。気づくとゴモラの銃口と開口部が大破していた。ゼロもまた空中へと投げ出され、叩きつけられるようにして地面に落下する。


ゼロは捉えられた瞬間、ゴモラの口に添えた左腕からアースクラッシュを放った。無論、自らへのダメージは避けられないと覚悟しての策だ。とにかくファーブニルが持つ二つの牙の内、片方を削ぐことに徹したのだ。そしてそれは成功した。


「まあ……代償は安くなかったけど…な……」


腹部を押さえ、立ち上がる。


「ハハッ……やりやがるぜぇ……紅いイレギュラー……」


だがそれでも尚、ファーブニルはとても嬉しそうに、腹の底から笑い声を上げた。確かに、形勢が大きく傾いたわけではない。しかし、自身が優勢になったわけでもない。


「けどよぉ……まだまだこっからだぜぇ!」


そう言って飽くなきまでに笑い続ける。その様子は“イカレている”としか形容できなかった。だが、それに対しゼロも「当たり前だ」と何処か嬉しそうにゼットセイバーを構えなおした。


「ハハッ!ヒャハハハッ!最っ高だぜぇ!紅いイレギュラぁあああぁああ!テメエはよぉおおぉぉおぉおおぉぉお!!」


叫ぶと共に、地を蹴る。ゼロは応戦の構えを取る。戦闘の緊張感が最高潮に達する――――……‥















瞬間、何処からとも無く放たれた絶え間ない銃撃が、ゼロの身体を撃ちぬいた。















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