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[Z-E-R-O]  作者: 村岡凡斎
激闘編
66/125

12   [D]



――――  4  ――――



「作戦、開始。健闘を祈ります」


いつもとは違う声に見送られ、ゼロはライドチェイサーのアクセルを絞る。数十機のパンテオンが同様にライドチェイサーを走らせ、彼の後ろに続いていた。

その様子を、大型モニター上のレーダーでマゴテスは確認する。ゼロの位置を示す赤い点が順調に所定のポイントへと走ってゆく様を、ほくそ笑みながら眺めた。


「全て滞り無く済みましたね」


副官のアシルは安堵の表情を浮かべるが、マゴテスは「まだ早い」と諌める。


「作戦は始まったばかりだよ。最後まで油断せずに…な」


しかし、口端を歪めた表情は自らの勝利を確信していることを如実に表わしていた。


「それよりどうだ?…君も一杯。祝杯と言うには早すぎるが、成功を祈願して乾杯といこうじゃないか。ちょうどグラスは二つある」


「頂きましょう」


素直にそのグラスを受け取り、ワインを注いでもらう。実際の所、マゴテスが自分のコレクションを他者に振る舞うなどというのはよっぽどのことがない限りはあり得なかった。つまりは英雄への敬意にも、この作戦の成功に対する感情にも偽りはなかった。


「……涙を流すレプリロイドがいたとして、君はどう思う?」


ふと、マゴテスが問いかける。


「涙……ですか…。――――それは、悲哀を表す感情的な涙のことでしょうか?それとも、アイカメラの洗浄等に関する機能的な涙のことでしょうか?」


「無論、前者だ」


アシルは鼻で笑い、躊躇無く答えた。


「欠陥ですな。レプリロイドとしては」


それを聞いて、マゴテスは「ハハッ」と軽く笑い声を上げる。


「私も同意見だよ。――――全く、馬鹿らしいことだ」


レプリロイドは涙を流さない。――――それは百年前の頃から既に存在している常識の筈だった。そしてそれは「レプリロイドには涙を流す必要がないから」という理由で結論づけられ、揺るぎ無い事実としてほぼ全ての者の頭に認知されていた。


「だが、紅いイレギュラーが言うには、ネオ・アルカディアの救世主は涙を流すらしい」


そう言いながら嘲笑を浮かべる。それは紅いイレギュラーと、救世主の二人に向けられたものだった。


「所詮はイレギュラーの戯言でしょうが……もしそれが事実なら、救世主は恐るるに足らずですな」


アシルもまた、嘲笑を浮かべる。

救世主と仰がれる存在が、無意味且つ、無価値な行動をするような欠陥品であるとは何とも馬鹿げた話である。そのような欠陥品に、レプリロイドのトップとも呼べる四天王も、人間の頂点でもある元老院も頭を垂れているというのだから、更に馬鹿げていると言って良い。


「この世界の頂点が、そのような欠陥品であると言うなら、私に越えられぬ壁ではない」


グラスを翳してそこに映る自身の姿を見つめる。


「その頂を、天に上りて見下してくれよう。――――これはその序曲だ」


オペレーターが、レーダーの反応から目的地到着までのカウントを始める。「十……九……」とカウントが進むに連れ、その場にいた者たちは固唾を飲み、作戦の成功を確信してゆく。そして、レーダー上で補足できているもう一つの集団の存在を確認すると、誰もが口端を歪めた。


「…五……四……」


勝利の時は近い。手にした盃が、祝杯へと変わってゆく。


「派手に踊ってくれ給えよ、紅いイレギュラー」


「二……一……零!」


レーダー上の赤い点が、五十を超える別の反応に接触した。

瞬間、場を包む沈黙。そこに流れる緊張感は、次に聞こえてくるだろう通信の一言まで緩むことはない。誰も、一言も発さず、ただその時を待った。











「…どういうことだ……マゴテス!?」











聞こえてきたその台詞は、マゴテスが予想したあらゆる反応の範疇であった。マゴテスはこの瞬間、高笑いを上げた――――筈だった。


「なん……だと……?」


しかし、聞こえてきた声の主はその台詞に対しては予想外の人物だった。


「『どういうことだ』とは……どういうことだ…クラフト!?」


音声通信を入れてきた第十七精鋭部隊長クラフトに、マゴテスは慌てて問い返す。アシルも含め、その場にいた者たちは戸惑うばかりだった。

クラフトは冷静に辺りを見渡し、静かに状況を教える。


「……ここに紅いイレギュラーはいない。いるのは貴様のパンテオン部隊だけだ」


「 バ カ な !!」


マゴテスは慌てて身を乗り出す。ワインが溢れるのも構わず、レーダーを確認する。しかし、そこにはしっかりとゼロの存在が示されていた。自らのパンテオン部隊と、第十七精鋭部隊により囲まれる、紅いイレギュラーの存在が。


「貴様!この私を謀ろうというのか!?」


「その言葉、そっくり返すぞ。――――紅いイレギュラーの身柄と交換に、貴様のネオ・アルカディアへの復帰許可と一定の報奨を与える協定だった筈。それを違えるとはどういうつもりだ?」


叱咤するクラフトの声に、マゴテスはたじろぐ。そして、オペレーター達に状況を解析するよう必死の形相で指示を出した。オペレーター陣も、訳が分からないまま、状況を整理しようとキーボードを叩き始める。

しかし、モニター上には間違いなく紅いイレギュラーの存在が確認されている。データにも異常は見当たらない。だが、クラフトの様子からその言葉は嘘でないだろうことがわかった。それ故に、マゴテスたちの混乱はただ拡大する一方だった。


「これは……紅いイレギュラーの仕業では…?」


マイアがそう進言する。

戸惑っているのはイレギュラーハンター達も同様だった。そして、おそらくマイアの言うとおり、紅いイレギュラーが何かトリックを用いてマゴテス達を出しぬいたのだろう。となれば、早急に紅いイレギュラーを捜索すべきだ。

しかし、クラフトは人差し指で、マイアに何も言わぬよう促した。そして、マゴテスへの通信を続ける。


「協定を破棄するというつもりならば…マゴテス、ただでは済まんぞ」


「待て!クラフト、待ってくれ!!」


叫ぶように訴える。


「違う!我々にはそんな意志はない!考えても見ろ、これ以上貴様らと争った所で、瀕死の我々に勝ち目はないことくらい分かる!それなのにどうして――――…‥」


「信用できんな、貴様の言葉は」


クラフトはその一言で一蹴する。

確かに、マゴテス達の僅かな戦力で、精鋭のハンター達に敵うはずもない。しかし、裏切り者のマゴテスの言葉こそ、そう簡単に信用すべきものではない。――――と言うより、信用する気はなかった。


「これ以上、貴様がその身大事にくだらぬ言い訳を続けるというのならば、俺達はイレギュラーとして処分させてもらうが、どうだ!?」


「待て!!待ってくれっ!!――――そうだ!」


尚も訴え続ける。そして激しい混乱の中、マゴテスは自らを守るために最後の切り札を切る事を決意する。それは紛れも無い、“ジョーカー”だった。


「いいことを教えてやる!クラフト!……我々が謀反を企てたその裏についてだ!聞きたくないか!?」


そう問われしばしの思考の後、クラフトは「ほう」と興味深げな声を出す。横でその様子を見ていた隊員たちは固唾を飲んで見守っていた。


「聞かせてみろ」


そう言われ、マゴテスは全てを暴露する。


「マクシムスだ……奴が唆したのだ!ネオ・アルカディアを外側から変革する力の中心となるよう、奴が我々を唆し、離反を提案した!その後も奴は外に情報を流し続けた!我々だけではない!他にも多くのレジスタンス組織に流し続けている!奴こそが諸悪の根源であり、元凶だ!――――我々は奴に踊らされているに過ぎん!」


「なるほど……」と、クラフトは納得したように呟く。

マゴテスはその声に、一瞬安堵した。しかし、いつもの冷静さが保てていれば、このような失敗は冒さなかっただろう。それは早計だった。


「今の証言は記録したな?」


確認するクラフトに「バッチリです」とシメオンが不敵に笑いながら答える。他の隊員たちも笑みを浮かべながら頷く。

その遣り取りに、マゴテスは唖然とする。クラフトは素早く指示を出す。


「オペレーターに通達。先程の通信記録を公安委員会にデータ送信。逆賊の名は元老院議員マクシムス。その身柄拘束を進言。また、ヴィルヘルム卿に直ちに伝えろ、『協定は破棄された』」


そして、全隊員に告げる。


「交渉の決裂により、協定は破棄。これよりレプリロイド解放議会軍の掃討を開始する!」


力強く、右腕を前に出し、突撃の合図を示す。


「Sランクイレギュラー、裏切り者マゴテスを処分せよ!総員、突撃!!――――先鋒は第八、十三班!マイア、マティアス、任せたぞ!」


「「了解!」」


クラフトの命令を合図に、十七精鋭部隊の選抜チームは一斉にパンテオン部隊へと襲いかかる。そして、解放議会軍の予備拠点へと向け、駆け出した。

次々にロストしてゆくパンテオンたちの反応に、解放議会軍の混乱はピークに達した。


「クラフト……貴様!!……キ サ マ は ぁ !!」


混乱と怒りの入り交じった激しい感情を顕に、マゴテスは吠える。


「キサマはどうしていつも私の邪魔をする!キサマさえいなければ!キサマさえ存在しなければ私こそがハンターのトップだった!!私以上に優秀な者はいなかった!いや、キサマですら私には及ばないというのに!それなのに――――」


普段の冷静さのかけらもなく、マゴテスは取り乱したまま恨みつらみを吐露してゆく。


「何故だ!?なぜ、キサマがそこにいる!?第十七精鋭部隊長などに、どうしてキサマがなった!?なぜ私がこんなところにいる!?なぜこんなところで敗れねばならん!?……答えろ!!答 え ろ ク ラ フ ト ぉ !!」


「それが分からぬから、貴様はそこにいるのだ。マゴテス」


かつての同胞の名を呼び、唯一言でその答えを告げた。

十七部隊の進軍に恐れをなし、部下たちは次々に裏口より退避をしようと一目散に駆けてゆく。懸命に引きずって行こうとするアシルの腕に構わず、マゴテスは「チクショウ、チクショウ」と頭を掻き毟る。そこにかつての智将の姿はなかった。

誰に気付かれること無く、溢れたワインが血のように広がってゆく。マゴテスとアシルの手からいつの間にか投げ出されたグラスと、ワインボトルの残骸がその上に虚しく散らばっていた。


ふと、怪しい影を見つけ、シメオンがクラフトを呼ぶ。


「あれは……」


そこにはライドチェイサーを駆り、高速で去りゆく紅いコートの背中が見えた。

クラフトはそれを僅かに眺めた後、「フッ」と笑ってシメオンに言った。


「我々は何も見ていない。マゴテスの処理に夢中で…な」


シメオンはニヤリと笑って、「はっ」と答えた。


――――この借りはいずれ返すぞ、紅いイレギュラー


クラフトは心のなかでそう誓い、マゴテスの首を討ち取るべく、駆け出した。










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