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[Z-E-R-O]  作者: 村岡凡斎
激闘編
64/125

12   [B]



――――  2  ――――



「今になって何故、以前より活動していたベルサルクと私が、君と同時にSランクイレギュラーに認定されたか分かるか?」


そう言いながら、マゴテスはセラーからワインを一本一本手にとって品定めをする。


「体裁を保つためさ。元老院の…な」


ようやく一本を決めるとそれを手にし、予め手にしていたソムリエナイフと共に、テーブルへと持っていく。


「元老院の管轄であるイレギュラーハンターから、私のような謀反人を輩出してしまったことは、元老院にとっての失態だ。ベルサルクについても――――詳しいことは知らされていないが――――その責任は元老院の側にあると言われている」


ソファーに腰掛けると、ボトルのキャップシールをナイフで華麗に切り取る。手馴れた手つきだった。


「目の上のたんこぶを排撃するために、彼らは当然のことながら、国内の優秀な戦力を募るべく、Sランクイレギュラー認定を考慮した。しかし、そこで一つ問題があった」


ボトルの口を塞ぐコルクの丁度真ん中に、スクリューの先端を突き刺す。そして、回しながら奥へと刺し込んでゆく。


「四天王の存在だ。救世主直轄の戦力として生み出された彼らは、救世主からのみならず、国民からも厚い信頼を受け、いつの間にかある程度の権力と地位を獲得していた。それについて、殊に元老院議長団は快く想っていなかった」


そもそもの原因は命令系統の曖昧さにあった。国家の運営において元老院は救世主の次点と言って良い位置にある。そしてまた人間であることから、その言動に大抵のレプリロイドは抗うことができない。しかし、救世主エックスから直々の寵愛を受ける四天王だけは、元老院にとっても追及し難い存在であり、同時に負けられない競争相手でもあった。


「Sランクイレギュラー認定と、それに伴う部隊召集は最終的には国民からの了承を得なければ達成し得ない。しかしその為には自身の失態の詳細と、事後処理に苦戦している事実を克明に明かす必要がある。故に元老院は、彼らと比較されることを恐れ、そこまでの策に踏み切りはしなかった……がそこで、君――――紅いイレギュラーの登場だ」


紅いイレギュラーの活躍は、四天王の失態と言えた。その登場から、度重なるミュートスレプリロイドの損失、果ては大型輸送列車の損失まで、四天王は全て確認できていたにも関わらず、それらの暴挙を許してしまったのだ。

手応えから適度な所でスクリューを止め、片方の手でボトルを抑えて、コルクを引き抜き始める。


「その紅いイレギュラーをSランクイレギュラーに認定し、手駒であるイレギュラーハンターに処分させることが出来れば、四天王よりも優位に立てる。――――が、それをしてしまえば、今度は紅いイレギュラーの強大さを国民に知らしめてしまうことになる。故に、元老院は“目の上のたんこぶ”を活用することにした」


同時に三体のSランクイレギュラーを仕立てることで、それぞれの心理的影響を和らげることにしたのだ。結果、それは成功と言ってよかった。国内における世論では、Sランクレベルのイレギュラー三体の同時出現を八十年前の大反乱以来の国家危機とし、それに立ち向かう元老院と四天王を応援する声が大きくなっていた。

全ては元老院が、自身への非難を避けるためにとった、体裁保持の手段であった。そしてそれをマゴテスが愚かなことだと感じているのは、浮かべた嘲笑から分かった。


綺麗に、垂直に上がったコルクを、最後は手で優しく引き抜く。引き抜いたコルクとナイフを片付けると、マゴテスはボトルを傾けた。

トクトクと囁かな音を立て、二つのグラスに赤ワインが注がれる。そしてその内の一つを向かい側に腰掛けている英雄へと差し出す。


「任務中だ……などと無粋なことは言わんでくれたまえよ。命からがら運びだした貴重な残りを、是非君と酌み交わしたいと思っていたのだ。そしてその為に、作戦予定時刻より早く出向いてもらったのだからね」


そう言ってマゴテスは「この出会いに」とグラスを向ける。ゼロは黙ったまま、それに答えるようにしてグラスを向け、カチンと涼やかな音を鳴らした。

一口含んだところで、ゼロはあることに気づき、思わず口からグラスを離してまじまじと見つめてしまう。その様子に、マゴテスは満足そうに「流石だ」と微笑んだ。


「お察しの通り、これはレプリロイド用の特殊加工品などではない。正真正銘、人間たちが味わっている“本物”だ」


その微笑は、どこか嘲笑のようなものも含んでいた。


「確かにレプリロイドの内部構造への負担は、特殊加工品の方が遥かに低い。だが、我々は決して“本物”を飲むことができないわけではない」


そう言ってマゴテスもまた一口含むと、舌の上で転がすようにして味わい、静かに飲み込んだ。


「それは食品においても同様だ。肉汁の滴るステーキも、瑞々しさが溢れる野菜も、我々は人間と変わらずその味を楽しむ事ができる」


含まれる栄養分の内、エネルギーとして変換可能な物は余すことなく擬似消化器官において吸収される。そしてそれ以外の残滓は消化系ナノマシンによりミクロン単位まで分解された後、空気中に排出される。特殊加工品とは結局のところ、レプリロイドがエネルギー変換可能な栄養素のみに絞り、消化、排出の作業を潤滑に行えるような分解しやすい素材のみで構成された偽りの食品に他ならない。それで事足りてしまうのは、レプリロイドはエネルゲン水晶を利用したエネルギー炉を備えているため、食事によるエネルギー摂取を必要としないからだ。だが、それでも特殊加工品が存在するのは、食品に味覚的な娯楽としての存在価値を見出したからに他ならない。

レプリロイドの身体には、人間と変わらぬ生活を送ることを想定されてか、そう言った仕組みが備えられていた。そしてそれは、食事のみに限定されることではない。


「我々は多くの部分で……いや、我々の姿形、共通する基本的内部構造の八割は人間を模して作られていると言って良い」


眼球型のアイカメラ。聴覚センサーをカバーする耳殻。味覚センサーを備えた舌。音声発生を可能にする人工声帯。頭皮を覆う毛髪。身体中にエネルギーを運搬する擬似体液、それを内包する循環チューブ。人工筋肉。骨格。表皮――――……‥


「果ては、子を腹に宿すこともないというのに、擬似的に備えられた生殖器と、伴う性感帯を利用し、性的快楽を得ることまで我々には可能だ」


「馬鹿らしいことだが」と、マゴテスは鼻で笑う。


「凡そ人間が得られる快楽の類の殆どを我々は経験することが可能であり、同時に苦痛も感じることができる。――――しかし、これは今に始まったことではない」


レプリロイドという存在が誕生した時、既にそうした構造と機能は当然の事のように備えられていた。――――というより、その様にして人間、またはそれ以外の生物を模した形で作られた者こそが“レプリロイド”であった。


「……進化の袋小路に陥った人類は、自分たちをも含めた、地球上のあらゆる生物を模した機械を造ることで、新たな進化を求めた。――――それが俺たち、レプリロイドだ」


ゼロがポツリと呟くように言った言葉に、マゴテスはまたしても満足気に「そうだ」と頷く。


「生物を模して造られた存在。故に我々は“レプリロイド”。――――名前の由来については諸説あるが、とある山中より発見された我々のプロトタイプが、人間に酷似し過ぎていたために、その者自体の呼称として用いられたことが始まりであるという説が最も有力だ」


一息にグラスのワインを飲み干すと、マゴテスは新たに一杯注ぎ入れる。つられるようにしてゼロもまたグラスを空ける。マゴテスはそれを見とめると、ゼロのグラスにも新たに注ぎ入れた。


「生物の“レプリカ”。――――だが、我々は自分自身がそんな小さな器だけに収まる存在でないことを知っている」


グラスを揺らす。表面に照り返す仄かな灯りが水面の動揺と共に形を幾度も歪めてゆく。

尚も深海を再現し続けるシュミレーターの中。一匹の魚が、小魚の群れに口を開けて近づき、そのまま捕食するのをゼロは目の端で捉えた。


「これはわざわざ言葉を凝らす必要もないことだ。分かるだろう?――――人間の“レプリカ”として生まれた我々が、人間を遥かに超越した存在であるという紛れも無い事実は」


人工筋肉、骨格により生み出される力は人間のそれを遥かに上回り、人間にとっての重傷であろうと自己修復機能による回復が可能。痛覚や視覚、聴覚の操作による感覚ポテンシャルの意図的上下動。生存可能圏の許容範囲や耐久年数という名の寿命まで、あらゆる点において、人間を凌駕している。


「感情というプログラムによる個体差はあるにせよ、平均的な合理性、判断力、決断力、知識の運用など、知的活動においても我々レプリロイドの方が人間を上回っている。――――だと言うのに……」


マゴテスは湧き上がる憤りを鎮めるように、一息つく。そしてワインを一口だけ喉に流し込む。


「この世界を見給え……。何故、人間を超えた新たな“種”である我々レプリロイドが、人間に支配されるがままとなっているのだ?」


その声は、目の前にいるゼロへと向けられたが、問い自体は、何処かにいる他の誰かに向けたもののようだった。

ワインを口に含み、味を確かめ、流し込んだ後、ゼロは口を静かに開く。


「それがあんたの“理由”……か」


マゴテスは、今度は自嘲気味に「そうだ」と認めた。


「私は、レプリロイドが人間の下に甘んじている、この状況が許せなくなった。優れた者はその能力に見合う権利を得るべきだ」


「だからこその、レプリロイドによる議会の開催、そして元老院への参加要求……」


ネオ・アルカディアの頂点に君臨する救世主でさえ、その行動原理の中心は“人間”にある。


「だが、それなら何故、白の団と手を組む?」


「人間を淘汰したいわけではないからだ。人間より優れたレプリロイドが、人間未満の権利に収まることが許せないというだけで、私は何も人間全てを否定するつもりはない」


そう言って、マゴテスは柔らかく微笑む。


「君たちの行動原理の中心にいるDr.シエル。確かに彼女もまた人間ではある。だが、彼女はレプリロイドと共に歩むことを理想としているし、何より彼女自身、我々の側に近い存在と言って差支えがない。故に、問題はないのだよ」


『我々の側に近い存在』――――ゼロは、シエルが確かにレプリロイド同様、人間の手により“作り出された人間”であることをセルヴォから聞いていた。

ネオ・アルカディアの研究者たちによって、“未来のリーダー”足りうる存在として優秀な知能を持った人間を生み出すことは建国の頃より計画されていた。そして研究の末、完成された個体は決して多くなく、中でも優秀な頭脳を持って生み出されたシエルは、ネオ・アルカディアにとっても貴重な存在だったのだ。


「……成程ね」


そう言いながらも、ゼロは「だが」と口にする。


「確かにある程度の部分では人間を上回ってると言えるな。けれど、俺たちにだって、できないことはあるぜ?」


「ほう……それは?」


思わぬ反論に、マゴテスは興味深げに身を乗り出す。ゼロは少しだけもったいぶった後、その答えを教える。


「俺たちは、涙を流せない」


そう短く告げられた後、意味がよく理解できなかったのか、マゴテスは呆気に取られた。そしてようやく理解すると、小さく笑った。


「英雄ともあろう君が、そんな瑣末な事を口にするとはね」


「それは本当に『瑣末な事』と言えるか?」


どこか挑戦的なゼロの態度に、マゴテスは少しだけ「むっ」と眉を寄せる。


「確かに我々は涙を流せない。しかし、構造としては誰もがそれを可能としていることを、君も知っているだろう。だが、それでも感情的に流すことがないのは“流せない”のではなく“流さない”――――流す必要がないからだ」


「そういう風に結論づけられているのは俺も知っているさ。けどよ、それでも――――」


「フッ」と不敵に笑って、一旦グラスに口をつける。ワインの芳醇な香りが口いっぱいに広がる。


「それでも?」


勿体ぶるゼロに苛立ちを感じたのか、マゴテスは答えを急かす。その様子が可笑しかったのか、ゼロはニヤリと笑う。そして、グラスをテーブルの上に置き、マゴテスに顔を近づけ、囁くように答えた。


「それでも、あの救世主は涙を流すぜ?」


ネオ・アルカディアの頂点に君臨している救世主エックス。レプリロイドである筈の彼もまた「涙を流す」。

マゴテスもまたそれを噂としては聞いていたが、「たかが噂」とバカにしている節があった。だが、今彼が聞かされたのは単なる噂ではない。他でもない、その救世主の親友とも呼ばれた一人のレプリロイドがそう言ったのだ。

それを事実と認める以外に道はなかった。


「……“涙”がどれほどのもんなのか、俺にも明確には説明できない」


そう言いつつも、ゼロは言葉を続けた。


「だが、“できないことがある”って事実は見逃しちゃいけない。――――そしてそれが、あの救世主と、俺たちみたいに地べたを這いずり回る連中とを隔てている差であるということも…な」


「……成程、胸に留めておこう。しかし――――」


マゴテスは視線をシュミレーターに遣る。つられるようにして、ゼロもそちらを見る。


「私はいずれ、天を掴むよ。地べたを這いずり回り続けるのは趣味ではないからね」


例え虚像とは言え、鮮やかな色の魚が、そのしなやかな身体で優雅に泳ぐ様がその目にはとても印象深く焼き付いた。




「君との話――――特に“涙”についての論議は、もう少し続けたかったが……残念ながらそろそろ時間だ」


作戦時間が近づいていることをマゴテスが告げる。


「仕方ないな。俺もあんたとはもう少し話したかったぜ」


そう言ってゼロは名残惜しそうに苦笑する。すると、マゴテスはワインボトルを揺らし、微笑む。


「作戦成功後にでもまた語り合おう。――――生憎、ワインはまだ残っている」


「そいつは俺の仕事ぶりでも肴に味わってくれよ――――…っと、悪いが通信機器を借りていいか?」


「どうした?」とマゴテスがその意図を尋ねると、ゼロは少し言葉に迷ったように頬を掻く。そして、照れくさそうに少しはにかみながら答える。


「作戦前の、儀式みたいなもんさ」













―――― * * * ――――



「……して、作戦は順調であるか?」


モニター越しに尋ねるヴィルヘルムに、醜い体を晒したままマクシムスはニタリと嫌らしい笑みを浮かべ自信満々に答える。


「報告によれば、既に八割方完了とのことでございます。あとは時が進めば、クラフトめが上手くやってくれましょう」


マクシムスは膝上に乗せた女性型レプリロイドの身体を片手で弄び、喘がせる。その様に若干の嫌悪感を顕しながら、ヴィルヘルムは冷たい目でマクシムスを見つめる。その眼には睨むような鋭さと凄みがあった。


「貴様の手駒……信用できるのであろうな?」


「勿論でございます。これまでも、奴が私の期待を裏切るようなことは決して無かったですからな」


そう言ってマクシムスはだらしなく垂れ下がった顎の肉を緊張感無く揺らして笑う。そして後ろから抱きついてくるもう一人の女性レプリロイドと口唇を強く重ねる。

どこまでも愚かしい様を恥ずかしげもなく晒すマクシムスをヴィルヘルムは更に凄みを持った眼で睨みつける。そして、殊更低い声で、告げる。


「分かっておろうが、万が一のことがあれば……貴様の身もただでは済まんぞ?」


その脅迫まがいの言葉に、マクシムスは重ねた唇も、弄ぶ指先も、全ての動きを一瞬止めた。


「問題はありませんとも」


そう自信あり気に答えたマクシムスだったが、その声は実際の所、ヴィルヘルムへの恐怖に震えていた。

ヴィルヘルムはそれに対し「フッ」と鼻で笑う。


「期待していよう」


そう言って、通信を終えた。





「くっ……老いぼれめが……」


先ほどのヴィルヘルムの顔を思い出し、冷や汗をかきながら、マクシムスは悪態をつく。


「あの狸といい……とっととくたばってしまえばいいものを……」


そう言って乱暴に二人のレプリロイドの体をまさぐる。すると二人は違わず艶かしい吐息と喘ぎ声を上げ、さらに快楽を求めるように、そのしなやかな肢体をマクシムスの身体に擦り寄せた。

元老院議長第四席――――元老院議長団の中でも高位の立場であり、次期最高議長就任も夢ではない。

今でも十分な暮らしと権力を手にしてはいるが、マクシムスの野望と欲望はそこで満ち足りることはなかった。

元老院最高議長の椅子に座り、さらに欲望と快楽に溺れた暮らしを手にすることこそが彼の目的だった。


「その為にもこの作戦、必ず成功させてもらうぞ……」


そう言いながら、自分の“手駒”のことを思い浮かべ、模造された偽りの乳房に顔を埋めた。





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