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[Z-E-R-O]  作者: 村岡凡斎
激闘編
63/125

12th STAGE [A]



―――― * * * ――――



ライドチェイサーのエンジンを切り、ヒラリと降りる。入り口に立っていた二体のパンテオンは、見慣れない彼の姿にバスターを構えるが、DNAデータの照合をすると、警戒を解き、内部の者に連絡をした。すると、一人のレプリロイドが扉を開けて現れ、「どうぞ、中へ」と彼を招き入れた。

そこで行われたのは入念なボディチェック。彼が味方であることは分かっていたが念のため、送られたデータ以外の武装を身に着けていないか調べているようだ。腕につけたコアユニットから、左腕に収納されたビームサーベルまでを確認すると、奥の部屋へと彼を通した。


白の団の基地とも同様、旧世紀の遺産であるこの岩山の奥に作られた基地はところどころ埃掛かっており、古臭さを感じさせる。それもその筈、つい先日までこの拠点は使用すらされていなかったのだから。


基地の最深部。とある一室の扉の前に辿りつくと、付き添って来た者は自身のDNAデータを照合し、モニター越しに、その部屋の主に確認を取る。すると、「入り給え」という声と共に扉のロックが解除され、横にスライドして開いた。付き添いの者はその場に留まり、彼だけを中へと入れる。

後頭部から腰まで伸びた金髪が完全に部屋に入ったことを確認すると、扉は閉められた。


彼は部屋の中を見渡す。

客人を饗す様に置かれた横長のソファー。小さな机の上には彼のために用意されたと思われるグラスが置かれていた。隅には小型のワインセラーが見える。

しかしそれらよりも、まず目についたのは正面の壁を覆う深海の風景。色とりどりの魚類達は、どれもゆらゆらとまるで本物のように泳いでいたが、よく目を凝らせば壁紙型の電子スクリーンであることが分かった。つまりは、そこの光景は虚像であった。


「……綺麗なものだろう?」


こちらに背を向けたままの肘掛け椅子に腰掛けていた、恐らくこの部屋の主と思われる男の声が、彼に問いかけた。


「ネオ・アルカディアに住む人間は本物の海を知らない。……いや、海だけではない。川も、林や森も、野原も、そこに咲き乱れる可憐な花ですら知らない。だからこうして、シュミレーターで再現した自然の風景を愛でる習慣が染み付いた」


海中に差し込む陽の光。揺れる海藻。優雅に泳ぐ魚たち、時折現れる軟体動物。そのどれもがまるで現実に存在する生物のように感じられた。


「しかしそれだけで満足し切れなかった人間は、人工の自然を生み出し街中を彩った。自らの周りに自然を欲し、そして手に入れた。――――だが、それでも海だけは未だに手に入れることができていない」


過去のツケ――――汚染された海水は人類にとって、そしてまた他の生物にとっても有害なものとなったため、遠ざけられた。それを再現するための試みは行われているが、そこに含まれた雄大さと生命の神秘性を完全に再現することは不可能であった。


「だから今でも、こうして空想の産物にしがみついているわけ…か」


彼が返した言葉に、男は「その通りだ」と答える。


「シュミレーターでの再現といえど、所詮は“空想”だ。単なる妄想と異なるのは、そこに理論的、科学的な裏付けと根拠、そして過去のデータが在るというだけだ。だが、ここに見えている色鮮やかな魚類たちのどれもが実在したかどうかは、本質的には決して証明し得ない。だからこれは結局“空想”止まりなのだ。――――しかし、それでも人間はそれを手放すことができない」


肘掛け椅子はくるりと回り、そこに座る男の目が彼を真っ直ぐに捉える。


「君は、それをどう思う?」


突然の問いに彼は一瞬だけ考えたが、殆ど間を置かず答えた。


「愚かだ。――――だが、それを俺たちは笑えない」


男はその答えに、満足気に微笑んだ。


「そうだ。……我々レプリロイドとて空想や妄想、或いは過去の栄光といった類のものに縋ろうとしてしまう事実を否定できない。だからそんな人間達を笑えはしないのだ。――――もし彼らを笑うのならば、私が君をこの場へ招待することは決して赦されないことだろう」


そう言って、椅子から立ち上がり、彼に近づく。そして右腕を差し出し、握手を求めた。


「ようこそ、“伝説の英雄”――――紅いイレギュラー、ゼロ。私がレプリロイド解放議会軍総司令官マゴテスだ」


ゼロは、そう自己紹介をする、痩せ型の体躯に、知的さを感じさせる切れ長の目をした男――――マゴテスを一度見つめると、差し出された手に従い握手に応じた。マゴテスは微笑みと共に「よろしく」と告げ、ソファーに腰掛けるよう促した。









12th STAGE




    ウラギリ








――――  1  ――――



「先日お知らせしたとおり、レプリロイド解放議会軍は塵炎軍団の襲撃を受け、壊滅状態に陥りました」


モニターからエルピスが説明をする。

塵炎軍団を率いる、闘将ファーブニルが直々に動き出したという報は白の団にも届いていた。彼が率いる部隊は、犠牲も厭わず力の限り進撃を行い、ついには解放議会軍の本拠地を陥落させたのだ。


「しかしマゴテス総司令は命からがら少数の部下と共に脱出し、万が一のために用意していた予備拠点へと移り、身を隠していたのです」


しばらく解放議会軍との連絡は途絶していたが、ちょうどゼロがスタグロフの拠点を襲撃する二日程前に通信が回復し、突然の救援要請を受けた。

「ルージュさん、説明を」とエルピスが横にいたルージュに促すと、ルージュは電子ボードを手に説明を始める。


「今日より三日後、ネオ・アルカディアに潜伏し諜報活動を行っていた解放議会軍メンバーから機密情報を携えたメカニロイドが基地へ向け放たれる手筈になっています。しかし、そのメンバーへは当然ながら本拠地壊滅の報は知らされておらず、つまりは、そのメカニロイドは敵が管理している本拠地跡に到着するわけです」


塵炎軍団の真っ只中にそのメカニロイドがただ一機辿り着けば、鹵獲されることは間違いない。そうなれば機密情報を逃すどころか、ネオ・アルカディアに潜入していた諜報員も危機に陥ってしまう。その事態は避けなければならない。


「そこでマゴテス総司令から直々に、白の団に所属しているゼロさんへ協力の申し入れを頂きました」


「つまり、俺にそのメカニロイドを回収しろと?」


ゼロの問いに、エルピスとルージュは頷く。

「勿論、あなた一人で……というわけではありません」とエルピスはゼロが不安に思うであろうことについて、問われるより先に説明をする。


「ゼロさんには一旦解放議会軍の予備拠点へと立ち寄って頂き、彼らが所持する改造パンテオン部隊を率いて、その回収へと向かって頂きたいのです」


解放議会軍は戦力の差を補うため敵のパンテオンを鹵獲し、その脳内データを改竄、改造し、自軍の戦力として扱っていた。

ゼロは複雑な表情を浮かべたが、頭を掻きながら「仕方ないな」と溜息をつく。


「これまで敵として自らの手で処理し続けてきた者たちと、戦場で轡を並べる事に抵抗感はあるのでしょうが理解していただければと思います」


「大丈夫、分かってるさ、団長殿。……これも仕事だ、了解したぜ」


「ありがとうございます。それでは早速、当日の作戦経過について予定をまとめさせてから送信しますので、それまではゆったり待っていてください」


「それでは」と言葉を残し、エルピスは映像通信を終えた。










「元イレギュラーハンター第二部隊隊長にして、現レプリロイド解放議会軍総司令官――――“裏切り”のマゴテス……ですか」


自身のコンピュータ内にある解放議会軍のデータを眺めながら、ペロケは眉をひそめる。


「別に……エルピスさんを非難するつもりはないんですけど………それでも、どうして彼のことをそこまで信用できるのか、私には疑問でならないんですよ」


レプリロイドによる議会の開催と、元老院へのレプリロイドの参加要求という大義を掲げてはいるが、ネオ・アルカディアにおける治安維持の核たるイレギュラーハンターの一部隊の隊長でありながら、その責任と信用を全て捨て去り、部隊ごとレジスタンスとしての活動を開始したその行動は第三者的に見て、確かにあまり好感の持てるものではない。

一度大きな裏切りを経験している以上、同様の行為に走る可能性は大いにありうるのだ。


「あの坊ちゃんも、信用しきってるわけじゃあ無い。もし腹の中から完全に信用してるんなら、基地の所在を今日まで隠し切る必要もないだろ」


ゼロの言葉通り白の団はその本拠地を、たとえ協力関係にある解放議会軍といえど、明かしてはいなかった。いや、それは白の団のみに限らない。ほとんどのレジスタンス組織が、自らの情報をそう容易く開示しないよう心がけている。

場合によっては他のレジスタンス組織がネオ・アルカディアとの“交渉”に用いる可能性もあるからだ。それによって過去に壊滅した組織が実際にいくつかあることを誰もが知っていた。

基地などの詳細情報の開示は、よほど信頼の置ける協力組織に対して、もしくは今の解放議会軍のように、絶体絶命の危機に陥った時に、初めて行われると言って良い。


「まあ……それもそうなんですけどね……」


ペロケは渋々納得しようとするが、それでも不満を隠せないようだった。それはエルピスにというより、マゴテスに対して向けられているのだということがゼロには手に取るように分かった。


「なに、心配すんなよ。万が一、ヤツらが腹に一物抱えていようとも、そう簡単にこの俺様はやられない」


自信あり気に微笑むゼロに、ペロケもようやく、「そうですね」と微笑む。

「それじゃ、作戦の準備もあるし、しばらく俺は休ませてもらうぜ」と、ゼロはその後の通信の対応などをペロケに任せ、彼に背を向け扉を開けた。――――と、その瞬間、「あ!」とペロケがなにか思い出した様に声を上げる。


「待ってください、ゼロさん!」


椅子から小さい体を乗り出し、一歩扉の外に出ていたゼロを引き止める。


「どうした、そんなに慌てて?」


「思い出したんですよ!」


そう言ってから颯爽と振り返りキーボードを叩くペロケに、「おいおい、何をだよ」とゼロは頭を掻きながら渋々出かけた足を引き返した。


「え~…っとですね……少々言い難いのですが…………この前、少し“遊ばせていただいていた”時のことです」


子どもが、自分の仕掛けたいたずらを親に暴露する時のような、どこか恥ずかし気で且つ誇らしそうな表情を浮かべる。「“遊び”ね」とゼロもまた何処か意地悪そうに笑う。

そうしてペロケはモニターに、先日気にかかったある情報を映し出す。ゼロは眉を潜めながら、その記録をじっと眺める。「ここに注目してください」とペロケは指で差し示す。言われるままその箇所を見つめ、ゼロは「ん?」と目を細める。


「……なるほど…こいつは…………」


ゼロは視線をモニターから離し、宙へと移す。そして、しばらく考えた後、ペロケの頭をわしわしと撫でた。


「とんだ“遊び”の副産物だな。……ペロケ、後のこと、頼めるか?」


笑みを浮かべながらも、真剣な眼差しでそう問われ、ペロケは直ぐに「勿論です」と強く頷いた。






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