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[Z-E-R-O]  作者: 村岡凡斎
激闘編
57/125

10   [D]



――――   4   ――――



突然の眩しさに、アークはその目を覆い、次には疑った。

紅いイレギュラーに連れられ、とある岩場で隠し扉の中に侵入し、エレベーターを降りるまでは良かった。だがしばらく地下へと降りた後、停止したエレベーターから降り、扉を開けた彼の目に飛び込んできたのは、どこまでも続く青空と広大な草原。そしてネオ・アルカディアでも見たことがないような美しい花畑だった。

呆然と立ち尽くすアークに少しの説明もなく、紅いイレギュラーはライドチェイサーを手押ししながら歩き出した。それに気づき、「ちょっと」っと声をかけようとした所、それはアークよりも更に幼い声により遮られてしまった。


「ゼロ!おかえりなさい!」


「おかえりなさーい!」


その声の主は一人、二人ではなかった。紅いイレギュラーを「ゼロ」と名前で呼ぶ十数人の子ども達が駆け寄り、構ってほしそうに紅いコートを鷲掴む。


「おう、ただいま。ちゃんといい子にしてたか?」


ゼロがそう尋ねると、子供たちは口々に嬉しそうな返事をする。どうやら彼のことをとても好いているらしい。


「うしろのお兄ちゃんは、だれ?」


少女がそう尋ねると、ゼロは一度だけアークの顔を見て、それから意地悪そうな笑みを浮かべ、答える。


「新しいお友達だ。挨拶してやんな」


子供たちは一際大きな声で返事をして、颯爽とアークの下へと駆け寄っていった。突然の歓迎に、アークは戸惑う。


「ちょっと……これはいったい…」


聞きたいことが山ほどあり過ぎて、何処から聞けばいいのかすら分からない状態だった。その様子を見兼ね、ゼロは優しく声をかける。


「安心しな、ここにはレプリロイドしかいない」


「へっ!?」


思わず驚きの声が飛び出す。これ程までの(勿論、人工物かもしれないが)花や緑に囲まれた場所に――――更には、遠方に大きな豪邸のような屋敷すら見えるこの尋常ならざる土地が、全てレプリロイドだけのものだというのか。ネオ・アルカディアを統べる元老院の一部の者がようやく味わうことの出来るであろう贅ある暮らしをレプリロイドたちがその手にしているというのか。現実をその身で知っているアークには、到底信じられるものではなかった。


「あとは……そうさな。いろいろ話し合わなきゃならんことがあるか……。仕方ない、一緒に来な」


そう言うと、ゼロは振り返り、屋敷に向かって歩き出す。未だ戸惑いが拭えないアークではあるがゼロについて行くしか無いのだと思い、名残惜しそうな子供たちの手を、軽く謝りながら振りほどき、彼の後を追った。



玄関へと足を踏み入れると、屋敷の中は外から見るよりも広く感じられた。「ただいまー!」とレルピィが大きな声を張り上げる。ゼロは「ペロケ、いるか?」と誰かの名を呼びながら奥へと進んでゆく。


「…おお、赤いの…無事じゃったか…?」


数人の子どもを後ろに連れた、頭の禿げた老人レプリロイドがゼロを出迎える。


「ああ、アンドリュー。生憎、ピンピンしてるよ。ちょっと急ぎの用事があるんで、またな」


そう言って、老人レプリロイド――――アンドリューに軽い挨拶をしてその場を通り過ぎる。すると今度は別のレプリロイドが「ゼロー!」と彼の名を呼び、現れた。


「ちょうどいいところに帰って来たね!たった今新しいポエムが完成したところなんだ!聞いてくれるかい!?聞いてくれるよね!?ぜひ、聞いてくれ!!」


「いいぜ、イロンデル。けど、他の用事があるんで、また後でな」


嬉しそうな声で強引に迫る彼――――イロンデルに対し、ゼロは冷静に対処する。イロンデルは「やれやれ仕方ない」と肩をすくめる。


「分かったよ。――――でも、君が『後で』と言って聞いてくれた試しはないけどね!」


「今度は絶対に聞いてやるよ」と言葉を残し、ゼロは更に奥へと進む。そして、特別に誂えられたらしい機械的な扉の前に着く。ゼロはその横にある解錠装置にパスワードを打ち込み、扉を開けて中へと入る。彼の後ろを追って、中へと入ろうとしたアークだったが、ふと先ほどまで元気に飛び回っていたレルピィの姿がないことに気付く。いったいどうしたのかと少し気になったが、「どうした?早く入りな」と急かされ、部屋に入った。

部屋の中は屋敷内の他の場所と全く違う、まるで前線基地の司令室のような様相で、複数のコンピューターが並び、大型のモニターが設置されていた。

ゼロが声をかけると端の椅子に座っていた、ゼロの腰よりも背の低い、子犬のような顔をした幼気なレプリロイドが返事をする。


「おや、ゼロさん。おかえりなさいませ」


「悪いな、ペロケ。早速コードS2で白の団へ繋いでくれ」


「了解しました」とペロケは答え、素早くキーボードを打ち出す。その容姿に似合わぬ、滑らかな指の動きに、アークはぽかんと口を開けてしまう。

ふと、ゼロのコートが幼い手に引っ張られる。振り返るとそこには、いつも通りにぬいぐるみを抱いて、少女が立っていた。


「…おかえりなさい……ゼロ……」


「ただいま、アルエット」


優しく微笑み、ゼロはアルエットの頭を撫でる。


「繋がりましたよ、ゼロさん」


ペロケがそう言うと、モニターに見慣れた少女の顔が映る。



「お帰りなさい、ゼロ」


「ただいま、小娘」



その声に彼の無事を確認し、シエルはただ微笑んだ。
















―――― * * * ――――



『ゼロさんにはここから出て行ってもらいます』


第八塵炎軍団基地襲撃作戦を終えた一週間後、今後の方針について話しあう会議の場において、エルピスは突然そう伝えた。

『どういうつもりだ!』とセルヴォが声を荒げる。集められた各チームリーダーや数人のオペレーター等が困惑した表情を見せる。エルピスは『静かに』と片手を上げ、その場を鎮める。


『これもひとつの戦略です。ルージュさん、先ほどの情報を』


『はっ』と、エルピスの横に控えていたルージュが前に出る。


『近々、元老院が第十七精鋭部隊の召集を協議するのではないかという情報を、他のレジスタンス組織伝に得ることができました』


会議場が一瞬にしてざわつく。


『その理由として、ネオ・アルカディア上層部にて騒がれている“紅いイレギュラー”の存在が大きいようです』


その場にいた者たちは一斉に、ゼロへと視線を向けた。ゼロは腕を組み、ただ黙って話を聞いていた。エルピスがそれを受けて説明を始める。


『フラクロスの輸送列車襲撃成功の件から、ゼロさんの存在はネオ・アルカディアにとっても無視できない存在として認知されつつあります。ゼロさんを追うことに専念する為、第十七部隊が組織されるというのであれば、ゼロさんが行動の拠点としているこの場所にも、その手が及ぶ危険性が高まることは間違いありません』


『けど』と、複雑そうな面持ちで黙り込んでいたシエルがようやく口を開く。


『それなら尚更、私たちが傍でサポートしていくべきじゃないの?』


『サポートといえど、我々に万が一のことがあったとなっては、それこそこの先、誰が彼を支えていくと言うのですか?――――安心してください。彼の、今後の行動拠点として絶好の場所を用意してあります』


自信ありげなエルピスに、シエルはしばし首を傾げ考えた後、『まさか』と再び口を開く。


『“あの場所”を……?』


『その通りです』と頷くエルピス。“あの場所”という表現にゼロ以外の者は皆、合点がいったらしい。だが、またもや困惑と戸惑いの色が漂い始める。


『この地球上で、現在、おそらく最も安全な場所です。旧世紀の遺産でしか無い我々の基地施設と異なり、最新の機材、設備、通信設備、更には権力の保護までもが整った鉄壁の城です。あそこを利用しない手はないでしょう』


『しかし!』と今度はマークが口を挟む。


『司令!国を出る時、我々は彼らの支援を断り、二度と“あの場所”を巻き込まないことを誓ったではありませんか!それを今更――――』


『状況が変わったのです』


エルピスはたった一言で、マークの反対を切って捨てる。


『外部にある近場の空間転移装置まで、わざわざ移動しなければならない危険性は誰の目にも明らかでしょう。戦略上、ゼロさんを最大限に活かす為には“あの場所”が必要であり、また、ゼロさんを含めた我々全員の安全を考えた上でも、これが最上の判断です』


それ以上、反論が見つけられないマークたちだったが、容易に納得することも出来なかった。セルヴォとシエルも、他に良い案が無いかとその頭脳をフル回転させていた。

そうしてしばらく沈黙が流れた後、それを切り裂いたのは当人であるゼロの声だった。


『それ以上の策が無いってんなら、俺は従うぜ』


『ゼロ』とシエルが彼の名を呼ぶ。


『けど……それでも…』


『俺たちの目的は戦争で勝つことだ。そうだろ?』


ゼロは『フッ』と笑う。


『その為に必要な策を、“司令官殿”は考えてくれた。――――なら、それを信じるべきだ。違うか?』


ゼロの言葉に、とうとうその場にいた者たちは言葉を返せなかった。

ただ一人、エルピスだけは『ご理解、ありがとうございます』と自身に信頼を寄せてくれたことに感謝の言葉を述べた。


『それで、“あの場所”ってのはなんだ?俺以外、全員通じてるようだが……』


すると、エルピスはニヤリと笑いながら答える。


『そうですね、ご説明しましょう。率直に申し上げると、“あの場所”とは我々のスポンサーが所有する別邸です』


『スポンサー?』


白の団メンバーがネオ・アルカディアを抜け、組織を設立する際、政府内に彼らを支援する者がいた。――――それがスポンサー。その人物は人間として非常に高い地位につきながら、レプリロイドに対し深い理解を示しており、シエルたちの活動を支援してくれたのだ。

そして“あの場所”とは、彼がネオ・アルカディア外部に所有しているセーフハウスの一つである。最新の空間転移装置や通信機器などが揃っており、実際の所、白の団本拠地よりも時代に即した隠れ家となっている。だが、そこには彼と親交のあったレプリロイドたちだけが集められ、静かで穏やかな暮らしが築かれていたのだ。

シエル達はネオ・アルカディアから抜け出す際に、経由地としてその場所を利用させてもらったが、彼らの暮らしにこれ以上の迷惑を掛けるべきではないとして、そこに住む者たちからの協力を断り、二度と関わらないことを約束していた。


一通りの説明を受けた後、ゼロは『成程ね』と呟く。


『詳しいことは、実際にその場へ行けば分かるはずです』


『だろうな。――――そうと決まればさっさと支度をさせてもらうか』


『ええ、ですが』と、エルピスは説明を続ける。


『その場所へ入るには道案内が必要になります。あなたのDNAデータはあちらに登録されていないでしょうから、侵入は叶わないでしょう。そこで、そうですね……シエルさん――――』


『それなら、アルエットを連れていって』


エルピスが彼女自身を指名しようとした声よりも早く、シエルはアルエットを指名した。『そんな!』とエルピスは慌てて訂正する。


『いえ是非、シエルさんに行って頂きます!これから先の戦いはより厳しくなるはず!人間であるアナタをこれ以上危険な目に……』


『白の団を設立した中心人物である私が、一人安全な場所に隠れる訳にはいかないわ』


きっぱりと言い放つシエルに、エルピスは尚も『しかし』と食い下がろうとするが、シエルはそれを聞かない。


『ごめんなさいエルピス、ゼロ、そして皆。私のエゴだっていうのは分かってるけど……アルエットだけでも、もっと平和な場所にいて欲しいの』


『お願い』と、シエルは深々と頭を下げた。切実な願いに、エルピスですらついに反論できなかった。

彼女たちの間に特別な絆があることを白の団に所属する者たちは、詳しいところまでは知らずともとてもよく理解していた。だからこそ、シエルが身辺からアルエットを遠ざけるという話には驚いたが、その理由を聞いて納得した。アルエットを大切に思うが故に、彼女の安全を願ったのだ。


『小娘の言うとおりにしてやろうぜ』


しばらく考えた後、ゼロはそう言った。渋々ではあるがエルピスもそれに頷き、シエルは『ありがとう』と再び頭を下げた。















―――― * * * ――――



「今日もほとんど成果なし…だ。どこも壊滅的だな」


シエルの要望で、作戦実行日とその前後以外、暇が許す限りゼロは各地のレジスタンス、またレプリロイドの集落を見て回っている。そして敵に襲撃を受けた場所では、保護できる者は保護し、他のレジスタンスチームのアジトや、この屋敷に連れてくることにしている。ここにいる子供たち、また屋敷の奥に匿われているのはそう言った境遇の者ばかりだっただが、思ったような成果は挙げられていないのが現状だ。


「そう……仕方ないわ。ありがとう」


シエルは苦笑いしながら答える。その顔に、ゼロは複雑な想いを抱かずにはいられない。


「けどまあ、なんとか一人だけだが、拾うことができた。ほら、こっち来い」


そう言ってアークを呼ぶ。アークは画面に映る少女に、「どうも」と会釈をする。シエルは「よかった」と小さく呟き、安堵の色を浮かべる。


「早速で悪いんだが、アーク。お前さんがどうしてあそこにいたのか手短に説明してくれるか?」


「えっ?」


「どういう状況だったのか詳しく聞きたい。これからの方針に関わるからな」


少しピンと来なかったアークだったが、ゼロが言わんとしていることに気づくと、「もしかして」と問い返す。


「助けてくれるの?俺の仲間を……」


「そいつは、お前の話次第だ。――――小娘、ルージュを呼んでくれ、いろいろ確認してほしいことがある」


「分かったわ」とシエルは直ぐ様、ルージュをその場に呼び寄せた。

全員が揃った後、アークは事の顛末を語りだした。共に暮らしていた家族、スタグロフの襲撃、自分が助かった理由、遺体の見つからない仲間――――……‥


時折シエルが哀しそうに、悔しそうにするのを、ゼロは決して見逃さなかったが、ひたすら冷静にアークの話に耳を傾け続けた。






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